「…今日 何にもやりたくない」
起きたばかりの
ユーリアはベッドに腰掛けたままそう呟いた。
珍しく起床が遅い彼女を心配して様子を見に来たリヴァイは、唖然として あ…?と小さく反応する。
「…体調が悪いわけではねぇよな」
「至って元気」
「じゃあ何だ…どういう事だ」
「自分では何もやりたくないの」
意味が分からないというように眉間に皺を寄せたリヴァイ。来て、と手招きをされ、素直に彼女の傍へと近寄る。
「そこに今日のお洋服があるから、着替えさせてほしいわ」
「…馬鹿か?」
「お願い」
「馬鹿なのか?」
「自分ではやりたくない」
「………馬鹿なんだな」
「馬鹿三連続…」
聞いてくれそうにないリヴァイにヘソを曲げた様子の
ユーリアは、起こしていた上体をベッドへと沈めてしまった。自分に背を向けるように不貞寝をする彼女を見て溜息を吐くリヴァイ。
「今日のお前は面倒くせぇな…」
「…ファーランだったらやってくれる…」
「俺はファーランじゃねぇ。お前の親父でも兄貴でも、…恋人でもねぇぞ」
怒気を含んでいるように聞こえるリヴァイの声に、ちらりと見て様子を窺った
ユーリアはおもむろに上体を起こした。どこか不機嫌そうなリヴァイの顔を覗き込むといつもの声色で言う。
「私達…二人しかいないのよ。これから先も、ずっと二人だわ…」
「………」
「あなたが結婚とかしたら別だけど…」
「お前がいる限りそれはない」
「………自分の幸せは二の次なのね…」
「そうでもねぇよ」
お前といるのが幸せだ、と言ったところでその真意は彼女に伝わらない。それを分かっているリヴァイは、それ以上言葉を続ける事はなかった。
「…生きていれば歳を取るわ。どちらかの助けがなければ生活が出来なくなる可能性は大いにあると思うの」
「………それで?」
「だから練習だと思って、私のお世話をしてちょうだい!」
盛大に溜息を吐いたリヴァイを見て俯いた
ユーリアは、たまにはわがままを聞いてほしいわ…と呟いた。わがままが過ぎると思いながらも、彼女の望みは全て叶えてあげたいという思いがある事も否定できないリヴァイは頭を抱えてしまった。
数秒後、またしても溜息を吐きながら顔を上げ、
ユーリアに向かって両手を広げて見せた。
「え…?…抱っこしてくれるの?」
「…まずはそこから出ろ」
ベッドから出る手伝いをしてくれると言うリヴァイに、うんっ!と嬉しそうに抱きついた
ユーリア。どういう心理か顔を顰めるように強く目を閉じたリヴァイは、彼女の体を抱き上げた。
「わっ……リヴァイにお姫様抱っこされちゃった!ちょっと怖いわ…っ」
「間違っても落としたりしねぇから心配すんな」
そっと椅子に座らせると、今日着る予定の服を
ユーリアに渡し部屋を出ようとする。
「着替えは自分でやれ。…終わったら呼べよ」
「…うん!」
─数分後、部屋の外で待つリヴァイの耳に、彼女の気の抜けたような声が入った。扉を開けたリヴァイは
ユーリアの格好を見て目を見開く。
「オイ!俺は着替え終わったら呼べと言ったんだ!」
下着姿の彼女に強い口調でそう言うも、悪びれる様子がない
ユーリアは洋服を彼に見せる。
「このタグ邪魔!とって!」
「は…?自分でやれ…」
「……………」
「………ああ、やりたくねぇんだったな。チッ…今日のお前は本当に面倒くせぇな…。…いいだろう、とことん付き合ってやる」
服を受け取り丁寧にタグを取るリヴァイを、
ユーリアは目を細めてどこか嬉しそうに見つめた。
「リヴァイ」
「何だ」
「…リヴァイ」
「だから何だ」
「こっち見て?」
手元から目を離し
ユーリアを見たリヴァイは、満面の笑みを向ける彼女からすぐに目を逸らした。
「…何がそんなに嬉しい?」
「ふふ、…何でもないっ」
「…ったく、…ほら。さっさと着ろ。風邪引くだろうが」
「ありがとう!」
衣服を着用した
ユーリアは、抱っこをねだる子供のようにリヴァイを見上げて両手を広げた。唾を飲み込み一瞬目を逸らしたリヴァイは、小さく息を吐き彼女の体に腕を回す。
「あなたって力持ちね。重くない?」
抱き上げられた
ユーリアは、彼の首に軽く腕を回した状態で小首を傾げた。思いのほか顔が近かった事が彼の表情を強ばらせた原因らしい。顔を背けたリヴァイに、
ユーリアは不思議そうに眉を寄せた。
「…リヴァイ?」
「………少しは黙ってられねぇのかお前は…」
「何も言わずにお姫様抱っこする状況を耐えられるの?」
「……………」
「無理でしょ?面倒くさいなら返事はしなくてもいいわよ」
「無視を決め込むつもりはない…。…それより足を動かすな」
「バタ足の練習!」
「抱き上げられてる状況でよくやろうと思ったな」
「褒められちゃった!」
「どこをどう捉えたら褒められたと思うんだ…」
「ポジティブポジティブ!」
「…そういうところは嫌いじゃねぇが、たまに呆れるぞ」
「ふーん」
「急激に興味が失せる癖はどうにかならねぇのか…一応会話の途中だったんだが」
「そうだ!」
「何だ」
「何にもやりたくないって言ったけど、ご飯の支度はちゃんとするわ!私の仕事だから!」
「…………いや、いい。もう今日は何もするな。飯も俺が作る」
「だけど…」
「いいと言っている」
リヴァイのご飯…やったぁ!と小さく喜びのポーズを作った
ユーリアに、そんなに嬉しいか?と疑問に思ったリヴァイは小首を傾げた。
割れ物を扱うようにダイニングチェアにそっと
ユーリアを下ろすと、腕まくりをしてキッチンへと向かう。
「期待はするなよ」
「最初からしてない!」
「………それはそれでどうなんだ…」
そうは言いながらも「わくわく」と口に出している
ユーリアに顔が綻ぶ。「わくわく言うな」と呆れたような口調で言い調理を開始した。
キッチンに立つ彼の背中を見るのが好きらしい
ユーリアは、ニコニコと笑いながらその姿をじっと見つめている。
数分後、テーブルに並べられた料理を見て「わぁ」と嬉しそうな声を零した
ユーリアはリヴァイの顔を見上げた。
「スプーンとって!」
自分で動く気は全くないらしく、手を伸ばして催促をした。立っていたリヴァイは「必要ねぇだろ」とだけ言うと彼女のすぐ隣に腰を掛け、持っていたスプーンで料理を少量掬い上げた。
「口を開けろ」
「え?」
「練習するんだろ。一人で飯が食えねぇ状況になる事も視野に入れる必要がある」
言い出しっぺの自分が断る訳にもいかないが、さすがに気恥ずかしいらしい
ユーリアは顔を背けて多めに瞬きをした。それを見てフッと小さく笑ったリヴァイは「ほら…」と急かすように料理を突き出す。照れ笑いを浮かべながら彼に向き合い小さく口を開けると、そっと少量の料理が入れられた。彼の視線をこれでもかというほどに浴びながら、恥ずかしそうに咀嚼をする。
「味はどうだ」
「ん…、…普通!」
「普通か…手厳しいな」
一度してしまえば後は平気らしく、次の一口を求めて口を開けた
ユーリア。
皿の料理を全て平らげてから、彼の目を見て満足そうに微笑んだ。
「わがままに付き合ってくれてありがとう」
「介護はもういらねぇのか」
「もう十分よ。………あなた、最近忙しかったでしょう?やっと落ち着いたみたいだったから…、………構ってほしかったの。…ごめんね」
「げほ!げほっげほ!」
「あらっ大丈夫?」
喉を押さえて咳き込むリヴァイの背を優しく擦る
ユーリア。心配そうに顔を覗き込んできた彼女を見て、ひどい頭痛に襲われたように手で目元を覆った。
「チッ………」
「急にどうしたの?頭が痛いの?」
「心配は無用だ。ただの動悸、咳、息切れ、めまい、頭痛だからな」
「ア…アレルギー反応…?」
「…かもな」
「一体何の………」
「………幸福感、…だろ」
「……………どういう事なのかしら………」
「すぐに治まる…ちょっと待ってろ」
突如として発症した幸福感アレルギーなるものに戸惑いを隠せない
ユーリアは、とりあえずリヴァイの背中を擦りながら様子を見る事にした。
頭を抱えて目を閉じたリヴァイは、ある事を思い出す。
仕事で数日空けていたファーランが帰った時も、今日と同じように構って主張が激しかったという事。恋人である彼にした事と似たような事が自分に向けられた事実を嬉しく思う、その気持ちを否定できないリヴァイは顔を顰めるように一層強く目を閉じた。
《究極かまってちゃん》
Ende.