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「僕と結婚してほしい」
俯きがちに、はにかみながらニュートからそう言われた日は、間違いなく人生で最高に幸せな瞬間だった。
しかし、幸せな時期というのは大抵長続きしないものである。
引越しの荷造りを終えて、空っぽになった実家の自分の部屋を見回して、漠然とした不安にリジーはひとり涙した。
この家で生まれ育ったけど、今日からはもう自分の居場所はない。
これまで当たり前にあったものが何もかも変わってしまう、仕事も、名前も、家族も。
愛する人と幸せに暮らそうと願ったのに、そんなの耐えられないと思ってしまった。
初めてのことで分からないことばかりで、でもそんなことで誰にも、ニュートにさえ「助けて」と言えなくて、いっそのこと何もかも捨てて逃げ出したいなんて考えが一瞬頭の中を過ぎる。
色々な手続きのこと、結婚式の準備のこと。
いくら計算しても予算は膨れ上がるばかり、春にしても夏にしても誰かのスケジュールが合わない、そんなの知ったことか。
ドレスは何を着ても似合う気がしないし、ニュートのタキシードはどれも同じに見える。
招待客の席順なんて、そんなの早い者勝ちで順番にどんどん前から詰めていけばいいだけじゃない!
「交際期間がどれだけ長くても、どんなに順調でも、夫婦になったらそうはいかない」なんて言われて、しまいには「本当に彼と結婚していいのだろうか」などと信じられないことを考え出してしまう。
もう、リジーの心は限界だった。
「リジー、結婚式にティナたちも呼びたいんだけどいいかな」
リジーは咄嗟に返事をすることができなかった、そんなこと一言だって聞いていない。
「でも、ニューヨークからこっちまで来てもらうのって迷惑じゃないかしら」
「クイニーとジェイコブは大丈夫だって、すごく楽しみにしてくれてるみたい」
「……そう、よかった」
なんだってここで彼女たちの名前が出るのか、確かにニュートにとってかけがえのない友人たちだし、リジーもニューヨークでの冒険譚は大好きだ。
でも結婚式の席は限られている、ほかの親族たちの中にわざわざニューヨークから呼び寄せてまで。
しかもリジーの知らないところで話は通っていて、すでにほぼ決定事項らしい。
……それでも、ニュートの大切な友人たちだ。せっかく二人の門出を祝福してくれているのに、今さら招待状を取り下げるのも失礼だと、リジーは笑顔で了承した。
その数日後、ニューヨークからニュート宛にクイニーから手紙が届いた。
「ティナ、来れなくなったって……」
ニュートはあからさまに落胆しながらリジーに手紙を差し出す。
手紙には仕事が忙しいということ、行けなくてとても残念に思ってるということと祝辞の言葉が可愛らしい丸い綴り字で書き記してあった。
そのくらいなら普通は本人から手紙が来そうだけど、差出人はクイニー・ゴールドスタイン。
リジーは何かを悟って、同時にぷつりと何かが途切れる音がした。
心のどこかでほっとしてしまう自分がいる、けれどニュートが「ルーンスプールの真ん中頭」とまで褒めた彼女のことを本当はどう思っているのか。
「ごめんなさい……わたし、ちょっと……」
「リジー?どうしたの?」
ニュートが心配そうに表情を曇らせる。
まぶたの縁から勝手に涙がこぼれ落ちてきて、リジーは彼から顔を背けた。
「わたし、どうしてこんな……もう分かんないことばっかりでやんなっちゃう……っ」
リジーは思わず走って逃げ出した、ニュートがそんなこと思うはずないのに一々嫉妬したり苛立ってしまう自分が嫌で、合わせる顔がなかった。
勝手に抱え込んで、勝手に傷ついて、馬鹿みたい。
夕方、家路に着く人の波に逆らって宛もなく彷徨う。
石畳で靴のかかとが折れてしまって、リジーは足を止めた。
家に帰りたい、パパとママに会いたいと思ったけど杖も財布も持たずに飛び出してきてしまって、シャッターの閉じた店の軒先で惨めに膝を抱える。
もう帰れない、何もかも台無しにしてしまったと心の底から後悔した。
「……リジー 」
柔らかな低い声が頭上から響く。
リジーが顔を上げられずにいると、ニュートはしゃがみこんで視線を合わせた。
「ごめん……気づかなくてごめん、でもつらい時はつらいって言っていいんだよ」
家族なんだから、大きな手のひらに優しく頭を撫でられる。
じわりとまた視界に涙が滲む。
「ごめんなさい……っ、わたし……」
「……さ、もう帰ろう。明日は一日ゆっくりして、それから二人で話し合おう、ね?」
頬を濡らす涙を拭ってやりながらニュートは安心させるように微笑む。
差し伸べられた手をリジーは決して離すまいと固く握った。
ふと折れたかかとのことを思い出して足元を見やる、ニュートもそれに気づいて「あーあ……」と声をもらす。
「杖貸して、レパロする」というとニュートは肩を竦めてから背中を向けた。
「乗って、忘れた」
「ポッケにあるじゃない――」
「いいから、忘れた」
杖の柄先がズボンのポケットからはみ出しているのも無視して、リジーは思わず声を上げて笑いながら大人しく彼の背に身を預けた。
▶あとがき
俯きがちに、はにかみながらニュートからそう言われた日は、間違いなく人生で最高に幸せな瞬間だった。
しかし、幸せな時期というのは大抵長続きしないものである。
引越しの荷造りを終えて、空っぽになった実家の自分の部屋を見回して、漠然とした不安にリジーはひとり涙した。
この家で生まれ育ったけど、今日からはもう自分の居場所はない。
これまで当たり前にあったものが何もかも変わってしまう、仕事も、名前も、家族も。
愛する人と幸せに暮らそうと願ったのに、そんなの耐えられないと思ってしまった。
初めてのことで分からないことばかりで、でもそんなことで誰にも、ニュートにさえ「助けて」と言えなくて、いっそのこと何もかも捨てて逃げ出したいなんて考えが一瞬頭の中を過ぎる。
色々な手続きのこと、結婚式の準備のこと。
いくら計算しても予算は膨れ上がるばかり、春にしても夏にしても誰かのスケジュールが合わない、そんなの知ったことか。
ドレスは何を着ても似合う気がしないし、ニュートのタキシードはどれも同じに見える。
招待客の席順なんて、そんなの早い者勝ちで順番にどんどん前から詰めていけばいいだけじゃない!
「交際期間がどれだけ長くても、どんなに順調でも、夫婦になったらそうはいかない」なんて言われて、しまいには「本当に彼と結婚していいのだろうか」などと信じられないことを考え出してしまう。
もう、リジーの心は限界だった。
「リジー、結婚式にティナたちも呼びたいんだけどいいかな」
リジーは咄嗟に返事をすることができなかった、そんなこと一言だって聞いていない。
「でも、ニューヨークからこっちまで来てもらうのって迷惑じゃないかしら」
「クイニーとジェイコブは大丈夫だって、すごく楽しみにしてくれてるみたい」
「……そう、よかった」
なんだってここで彼女たちの名前が出るのか、確かにニュートにとってかけがえのない友人たちだし、リジーもニューヨークでの冒険譚は大好きだ。
でも結婚式の席は限られている、ほかの親族たちの中にわざわざニューヨークから呼び寄せてまで。
しかもリジーの知らないところで話は通っていて、すでにほぼ決定事項らしい。
……それでも、ニュートの大切な友人たちだ。せっかく二人の門出を祝福してくれているのに、今さら招待状を取り下げるのも失礼だと、リジーは笑顔で了承した。
その数日後、ニューヨークからニュート宛にクイニーから手紙が届いた。
「ティナ、来れなくなったって……」
ニュートはあからさまに落胆しながらリジーに手紙を差し出す。
手紙には仕事が忙しいということ、行けなくてとても残念に思ってるということと祝辞の言葉が可愛らしい丸い綴り字で書き記してあった。
そのくらいなら普通は本人から手紙が来そうだけど、差出人はクイニー・ゴールドスタイン。
リジーは何かを悟って、同時にぷつりと何かが途切れる音がした。
心のどこかでほっとしてしまう自分がいる、けれどニュートが「ルーンスプールの真ん中頭」とまで褒めた彼女のことを本当はどう思っているのか。
「ごめんなさい……わたし、ちょっと……」
「リジー?どうしたの?」
ニュートが心配そうに表情を曇らせる。
まぶたの縁から勝手に涙がこぼれ落ちてきて、リジーは彼から顔を背けた。
「わたし、どうしてこんな……もう分かんないことばっかりでやんなっちゃう……っ」
リジーは思わず走って逃げ出した、ニュートがそんなこと思うはずないのに一々嫉妬したり苛立ってしまう自分が嫌で、合わせる顔がなかった。
勝手に抱え込んで、勝手に傷ついて、馬鹿みたい。
夕方、家路に着く人の波に逆らって宛もなく彷徨う。
石畳で靴のかかとが折れてしまって、リジーは足を止めた。
家に帰りたい、パパとママに会いたいと思ったけど杖も財布も持たずに飛び出してきてしまって、シャッターの閉じた店の軒先で惨めに膝を抱える。
もう帰れない、何もかも台無しにしてしまったと心の底から後悔した。
「……リジー 」
柔らかな低い声が頭上から響く。
リジーが顔を上げられずにいると、ニュートはしゃがみこんで視線を合わせた。
「ごめん……気づかなくてごめん、でもつらい時はつらいって言っていいんだよ」
家族なんだから、大きな手のひらに優しく頭を撫でられる。
じわりとまた視界に涙が滲む。
「ごめんなさい……っ、わたし……」
「……さ、もう帰ろう。明日は一日ゆっくりして、それから二人で話し合おう、ね?」
頬を濡らす涙を拭ってやりながらニュートは安心させるように微笑む。
差し伸べられた手をリジーは決して離すまいと固く握った。
ふと折れたかかとのことを思い出して足元を見やる、ニュートもそれに気づいて「あーあ……」と声をもらす。
「杖貸して、レパロする」というとニュートは肩を竦めてから背中を向けた。
「乗って、忘れた」
「ポッケにあるじゃない――」
「いいから、忘れた」
杖の柄先がズボンのポケットからはみ出しているのも無視して、リジーは思わず声を上げて笑いながら大人しく彼の背に身を預けた。
▶あとがき
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