幻獣たちのカルテ
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リジーは困惑していた、出会って三十分も経たぬうちにイケメン――ニュート・スキャマンダーと自己紹介を済ませ、彼が顔に似合わずカッパ好きの変質者であることを知り、言われるがままにニュートのアパートに連れ込まれ、今は本格英国式の紅茶とお手製のサンドウィッチを頬張っている。
美味しい、イギリスの食事はまずいってよく聞くけど、普通に美味しい。てかこんな状況だとめっちゃ心に沁みる味……
イケメンの英国紳士の手作りサンドウィッチなんて滅多に食べる機会ないからよく味わって食べてる。
一方で、ニュート自身も自分の行動に驚き惑っていた。
出会ったばかりの女性を家に連れ込むなんて……
強制わいせつ、婦女暴行、拉致監禁……アズカバンの文字が脳裏を過る。
どうしよう逮捕される。でも家に返してあげたい。
ニュートが頼れる所はもう一つしかなかった、兄のテセウス。
魔法省に務めてて、闇祓いのトップのテセウスならきっと時間旅行者を元の時代に帰すことぐらい造作もない。
でもテセウスに知られたらなんて言われるか……今まで散々迷惑を掛けて困らせてきた過去がある手前、頼りづらい。
というか、現在進行形で今も困らせてる……
悩んだ末に、ニュートは意を決して受話器を取り、ダイヤルを回す。
鈍いコール音、電話交換手が淡々とした声で相手先を問う。
お繋ぎします、という言葉の後にすぐにテセウスが少々苛立った様子で電話口に出た。
「ニュート……何度言っても無駄だ、最低二ヶ月は謹慎を解けない」
「やあ、テセウス……分かってる、今回の件はすごく身に染みたし反省もしてるよ、迷惑掛けてほんとごめん」
「ニュート、お前……」
初めて聞く弟の素直な言葉にテセウスは思わず感動、の一歩手前まで行く。
だがしかし、テセウスは闇祓いの局長だ。
実の弟と言え、一闇祓いとして簡単に騙されてはくれない。
はあ、と深いため息をついた後に低い声で怪訝さを顕にしながら尋ねた。
「お前……今度は何をしたんだ?」
「実はそのう……拾いものをして」
ちらりとリビングの方を振り返る。
電話口の向こうでテセウスは頭を抱えていた。
「元の場所に返してあげたいんだけど……」
「勘弁してくれ、ニュート……気持ちは分かるが、国外旅行の許可は降りない、無理だ」
国外どころか未来の国外だなんて言ったら、今度こそ兄の胃に穴が空きそうだ。
「……参考までに聞くが、ドラゴンか、それともヒッポグリフか」
「えっと、なんて言っていいのか……人?」
――
サンドウィッチの最後の一口をごくんと飲み込み、空っぽのお皿を名残惜しげに見つめながら写真を撮っておくんだったと少し後悔した。
食べ終わった食器を抱えて、キッチンはどこかしらと部屋の奥へ恐る恐る足を踏み入れる。
「スキャマンダーさーん?あの、キッチンってどこですかー?」
「――こっちだよ!」
どこからが響いてきた声に開け放たれたドアの向こう、地下へと続く階段を覗き込む。
食器を抱えたまま階段を進むと思ったより長い、地下深くまで続いていた。
「ごちそうさまです、美味しかったです」
「ああ、食器ありがとう。あとはいいから」
「いえ、食器洗いぐらいさせてくださ――」
みなまで言い終えぬうちに、ひとりでにカチャカチャと浮かび上がる食器たち。
まるで生きもののように、慣れた足取りで(?)キッチンへと消えていく。
人は本当に驚くと声も出ないらしい、あまりの出来事にぽかんと口を開けたまま呆然と、ティーカップがよいしょよいしょと階段を上っていく様子を眺めていた。
「……なに?」
「え」
ニュートは不思議そうな顔をして木の枝をくるくると弄んでいる。
なぜあんたがそんな顔をするんだ、とリジーはツッコミたくなった。
この光景は見たことある、美女と野獣だ。
魔法で食器に変えられた召使いたちが自由に動き回り、歌って踊る。
感動的なラストシーンでは思わず涙したが、あれはファンタジーの世界であって現実にはありえないこと。
重力を無視して、ティーカップが浮くなんて。
ニュートはそこでようやく気づいた、彼女がマグルであることに。
「しまった……またテセウスに叱られる」
「今のは、え、なに?ええ?!」
「魔法だよ」
魔法?マジック?手品?
さらりと何でもないことのように答える彼に、リジーの脳は完全にキャパオーバー状態に陥っている。
「あなたはマジシャン?ハンドパワー?ミスターマリック?」自分でも何言ってるか分からないまま尋ねるとニュートは苦笑しつつ「魔法の杖だよ」と木の枝を掲げた。
オーマイゴッド!わたしは夢でも見ているのだろうか。
それともタイムスリップして頭のねじが外れてしまったのだろうか、タイムスリップしたと思い込んでる時点でだいぶ手遅れ感は否めないけど。
瞳を白黒させて頭を抱えるリジーの反応をニュートは半分楽しげに見守っていた。
「ねえ、それよりリジー、動物とか平気?」
「動物?OK、大丈夫よ」
「良かった、今日バンティが休みで困ってたんだ、助かるよ」
ひょいっといきなりバケツを差し出される、よく分からないまま受けとると中には見たことのないペットフードが入っていた。
「ムーンカーフたちにエサをあげてくれるかい?」
「ムーン……え、なに?」
こっちだよ、と案内されて着いていくと、顔の半分以上ありそうな大きな目と深い紺色の毛をしたアルパカのような生きものが、お腹を空かせて今か今かとぴょんぴょん飛び跳ねながらエサを待ち構えていた。
見たことのない、未知の動物に驚きつつもその愛らしさに思わず頬が緩む。
はいはい、今あげるからとバケツの中に手を突っ込む。
普通のペットフードのような見た目のエサからカリッとした感触を想像していたら、指先に触れるプルンとした感触に一瞬ぞわっと背筋に悪寒が走る。
えいっと鷲掴みにしてばら撒くと、エサは地に落ちることなくふわりと空中で停止した。
宙に舞うエサに向かってアルパカたちが群がる、まるで鯉の餌やりのようだ。
だんだんと楽しくなってきてついついエサをやりすぎているとあっという間にバケツの中は空になってしまった。
それでもまだ物欲しそうに見つめてくるアルパカたち、追加のエサをやってもいいかどうか聞いてみようと、ふと後ろを振り返るとそこにはいつの間にか巨大なトナカイがぬうんと立ち尽くしていた。
圧倒的な存在感、威厳すら感じさせるその姿形はまるでシシガミのよう。
ぐわあ、と思ったより大きな口を開けてあくびする。
「ス、スキャマンダーさん!シシガミ!シシガミが!」
すっかり興奮して我を忘れて日本語でまくし立てるリジーにニュートは首を傾げた。
「ああ、エサやりありがとう。悪いけど、ちょっと手伝ってくれ」
カモノハシのような、モグラのような動物の首根っこを掴んで押さえつけているニュート。
それは何?と尋ねると、二フラーだよと笑いながら答える。
「こいつ、風邪引いてて、一昨日からなんにも食べてくれなくて、注射を打ちたいんだけど、このとおりで……そこの注射器、取ってもらえる?」
「わたし、押さえてましょうか?」
「ああ、大丈夫、怪我するかもしれないから」
力いっぱい抵抗する二フラー、成人男性でもやっと押さえ込めるぐらいなんて小さな体にどれくらいのパワーを秘めているのか。よっぽど注射が嫌いなんだろう。
リジーは意を決して注射器を手に取る。
「わたしがやる」
「いや、僕が――」
不安げに見上げるニュート。
当然だ、見ず知らずの人間にかわいい動物に針を刺させるなんて。
「わたしは獣医よ」
「……本当?」
「しっかり押さえてて」
ニュートが力を込めると一瞬、二フラーの動きが鈍くなったところで首の後ろの皮膚の薄いところに注射する。
薬を入れ終わり、解放されると二フラーは弾かれたように素早く逃げ出して行った。
「ありがとう……助かったよ」
「どういたしまして」
ああ~さすがにカモノハシは触ったこともないから緊張した~!血管の位置も全っ然分からんし!
てか92年前の注射器って針太いのね……これは痛そう……。
普段使ってる注射器より大きな注射針を見て顔を顰める。
そら暴れるわ、わたしだってこんなん出されたらギャン泣きしますよ。
「……君、植物とかも診れる?」
「植物はさすがにちょっと……」
「薬を塗ったり、包帯巻いたり……傷を縫ったり」
「それが仕事」
ニュートは思わず口元に弧を描く。
「他にも見て欲しい子がたくさんいるんだけど」と言うとリジーは嬉しそうに「任せて」と答えた。
これが二人の出会いであった。
こうしてリジーの、1927年のロンドンで唯一平成生まれの日本人の不思議な暮らしが始まった。
▶︎あとがき
美味しい、イギリスの食事はまずいってよく聞くけど、普通に美味しい。てかこんな状況だとめっちゃ心に沁みる味……
イケメンの英国紳士の手作りサンドウィッチなんて滅多に食べる機会ないからよく味わって食べてる。
一方で、ニュート自身も自分の行動に驚き惑っていた。
出会ったばかりの女性を家に連れ込むなんて……
強制わいせつ、婦女暴行、拉致監禁……アズカバンの文字が脳裏を過る。
どうしよう逮捕される。でも家に返してあげたい。
ニュートが頼れる所はもう一つしかなかった、兄のテセウス。
魔法省に務めてて、闇祓いのトップのテセウスならきっと時間旅行者を元の時代に帰すことぐらい造作もない。
でもテセウスに知られたらなんて言われるか……今まで散々迷惑を掛けて困らせてきた過去がある手前、頼りづらい。
というか、現在進行形で今も困らせてる……
悩んだ末に、ニュートは意を決して受話器を取り、ダイヤルを回す。
鈍いコール音、電話交換手が淡々とした声で相手先を問う。
お繋ぎします、という言葉の後にすぐにテセウスが少々苛立った様子で電話口に出た。
「ニュート……何度言っても無駄だ、最低二ヶ月は謹慎を解けない」
「やあ、テセウス……分かってる、今回の件はすごく身に染みたし反省もしてるよ、迷惑掛けてほんとごめん」
「ニュート、お前……」
初めて聞く弟の素直な言葉にテセウスは思わず感動、の一歩手前まで行く。
だがしかし、テセウスは闇祓いの局長だ。
実の弟と言え、一闇祓いとして簡単に騙されてはくれない。
はあ、と深いため息をついた後に低い声で怪訝さを顕にしながら尋ねた。
「お前……今度は何をしたんだ?」
「実はそのう……拾いものをして」
ちらりとリビングの方を振り返る。
電話口の向こうでテセウスは頭を抱えていた。
「元の場所に返してあげたいんだけど……」
「勘弁してくれ、ニュート……気持ちは分かるが、国外旅行の許可は降りない、無理だ」
国外どころか未来の国外だなんて言ったら、今度こそ兄の胃に穴が空きそうだ。
「……参考までに聞くが、ドラゴンか、それともヒッポグリフか」
「えっと、なんて言っていいのか……人?」
――
サンドウィッチの最後の一口をごくんと飲み込み、空っぽのお皿を名残惜しげに見つめながら写真を撮っておくんだったと少し後悔した。
食べ終わった食器を抱えて、キッチンはどこかしらと部屋の奥へ恐る恐る足を踏み入れる。
「スキャマンダーさーん?あの、キッチンってどこですかー?」
「――こっちだよ!」
どこからが響いてきた声に開け放たれたドアの向こう、地下へと続く階段を覗き込む。
食器を抱えたまま階段を進むと思ったより長い、地下深くまで続いていた。
「ごちそうさまです、美味しかったです」
「ああ、食器ありがとう。あとはいいから」
「いえ、食器洗いぐらいさせてくださ――」
みなまで言い終えぬうちに、ひとりでにカチャカチャと浮かび上がる食器たち。
まるで生きもののように、慣れた足取りで(?)キッチンへと消えていく。
人は本当に驚くと声も出ないらしい、あまりの出来事にぽかんと口を開けたまま呆然と、ティーカップがよいしょよいしょと階段を上っていく様子を眺めていた。
「……なに?」
「え」
ニュートは不思議そうな顔をして木の枝をくるくると弄んでいる。
なぜあんたがそんな顔をするんだ、とリジーはツッコミたくなった。
この光景は見たことある、美女と野獣だ。
魔法で食器に変えられた召使いたちが自由に動き回り、歌って踊る。
感動的なラストシーンでは思わず涙したが、あれはファンタジーの世界であって現実にはありえないこと。
重力を無視して、ティーカップが浮くなんて。
ニュートはそこでようやく気づいた、彼女がマグルであることに。
「しまった……またテセウスに叱られる」
「今のは、え、なに?ええ?!」
「魔法だよ」
魔法?マジック?手品?
さらりと何でもないことのように答える彼に、リジーの脳は完全にキャパオーバー状態に陥っている。
「あなたはマジシャン?ハンドパワー?ミスターマリック?」自分でも何言ってるか分からないまま尋ねるとニュートは苦笑しつつ「魔法の杖だよ」と木の枝を掲げた。
オーマイゴッド!わたしは夢でも見ているのだろうか。
それともタイムスリップして頭のねじが外れてしまったのだろうか、タイムスリップしたと思い込んでる時点でだいぶ手遅れ感は否めないけど。
瞳を白黒させて頭を抱えるリジーの反応をニュートは半分楽しげに見守っていた。
「ねえ、それよりリジー、動物とか平気?」
「動物?OK、大丈夫よ」
「良かった、今日バンティが休みで困ってたんだ、助かるよ」
ひょいっといきなりバケツを差し出される、よく分からないまま受けとると中には見たことのないペットフードが入っていた。
「ムーンカーフたちにエサをあげてくれるかい?」
「ムーン……え、なに?」
こっちだよ、と案内されて着いていくと、顔の半分以上ありそうな大きな目と深い紺色の毛をしたアルパカのような生きものが、お腹を空かせて今か今かとぴょんぴょん飛び跳ねながらエサを待ち構えていた。
見たことのない、未知の動物に驚きつつもその愛らしさに思わず頬が緩む。
はいはい、今あげるからとバケツの中に手を突っ込む。
普通のペットフードのような見た目のエサからカリッとした感触を想像していたら、指先に触れるプルンとした感触に一瞬ぞわっと背筋に悪寒が走る。
えいっと鷲掴みにしてばら撒くと、エサは地に落ちることなくふわりと空中で停止した。
宙に舞うエサに向かってアルパカたちが群がる、まるで鯉の餌やりのようだ。
だんだんと楽しくなってきてついついエサをやりすぎているとあっという間にバケツの中は空になってしまった。
それでもまだ物欲しそうに見つめてくるアルパカたち、追加のエサをやってもいいかどうか聞いてみようと、ふと後ろを振り返るとそこにはいつの間にか巨大なトナカイがぬうんと立ち尽くしていた。
圧倒的な存在感、威厳すら感じさせるその姿形はまるでシシガミのよう。
ぐわあ、と思ったより大きな口を開けてあくびする。
「ス、スキャマンダーさん!シシガミ!シシガミが!」
すっかり興奮して我を忘れて日本語でまくし立てるリジーにニュートは首を傾げた。
「ああ、エサやりありがとう。悪いけど、ちょっと手伝ってくれ」
カモノハシのような、モグラのような動物の首根っこを掴んで押さえつけているニュート。
それは何?と尋ねると、二フラーだよと笑いながら答える。
「こいつ、風邪引いてて、一昨日からなんにも食べてくれなくて、注射を打ちたいんだけど、このとおりで……そこの注射器、取ってもらえる?」
「わたし、押さえてましょうか?」
「ああ、大丈夫、怪我するかもしれないから」
力いっぱい抵抗する二フラー、成人男性でもやっと押さえ込めるぐらいなんて小さな体にどれくらいのパワーを秘めているのか。よっぽど注射が嫌いなんだろう。
リジーは意を決して注射器を手に取る。
「わたしがやる」
「いや、僕が――」
不安げに見上げるニュート。
当然だ、見ず知らずの人間にかわいい動物に針を刺させるなんて。
「わたしは獣医よ」
「……本当?」
「しっかり押さえてて」
ニュートが力を込めると一瞬、二フラーの動きが鈍くなったところで首の後ろの皮膚の薄いところに注射する。
薬を入れ終わり、解放されると二フラーは弾かれたように素早く逃げ出して行った。
「ありがとう……助かったよ」
「どういたしまして」
ああ~さすがにカモノハシは触ったこともないから緊張した~!血管の位置も全っ然分からんし!
てか92年前の注射器って針太いのね……これは痛そう……。
普段使ってる注射器より大きな注射針を見て顔を顰める。
そら暴れるわ、わたしだってこんなん出されたらギャン泣きしますよ。
「……君、植物とかも診れる?」
「植物はさすがにちょっと……」
「薬を塗ったり、包帯巻いたり……傷を縫ったり」
「それが仕事」
ニュートは思わず口元に弧を描く。
「他にも見て欲しい子がたくさんいるんだけど」と言うとリジーは嬉しそうに「任せて」と答えた。
これが二人の出会いであった。
こうしてリジーの、1927年のロンドンで唯一平成生まれの日本人の不思議な暮らしが始まった。
▶︎あとがき