Flower
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ちりりん、銅製のベルが来客を歓迎して楽しそうに揺れる。
ダイアゴン横丁の外れにある、表通りの喧騒が届かない静かな場所にぽつんと佇む小さな店。
赤煉瓦造りの店内に一歩足を踏み入れれば、アスフォデル、ハナハッカ、カノコソウ、様々な薬草の香りが鼻をつく。
自然由来の独特な匂いは苦手な人もいるだろうが、僕はわりと好きな匂いだ。
出窓から射し込む陽光が、棚いっぱいに並べられた茶色の薬瓶に当たってきらきらと反射する。
ラベルの殆どは経年劣化で掠れてしまっていて読み取れないものが多いが、一部の文字はなんとか解読することができた。
ミノカサゴの棘、一角獣の尾の毛など定番なものから珍しいベゾアール石まで。
薬瓶の一つになぜか古いガリオン硬貨が数枚、瓶の中に入れられ陳列されていた。
魔法薬専門の薬局に置いてあるということは少なくとも、魔法薬の調合に使うものなのだろうが何に使うのかさっぱり分からない。
手に取って、掠れたラベルを親指で擦り目を凝らす。
「――死人のポケットの中の小銭、やっと手に入れたの!それに目をつけるなんて、お目が高いですね。スキャマンダーさん」
「リジー」
白いブラウスに身軽なパンツスタイルで、マンドレイクの若苗を腕に抱えながらこの店の主、リジーが嬉しそうに店の奥から姿を現す。
「これでピッシュサルヴァーが作れる、上手く出来たらお裾分けしますね」
「ピッシュサルヴァー?」
「アリスの縮み薬ですよ、"Drink me"ってやつ」
「ああ……」
――とは言ったものの、実のところピッシュサルヴァーが何なのかも、アリスがどこの誰なのかも、ニュートは全く知らない。
「残念ながら、そちら非売品でございます」リジーが誇らしげに胸を張る、よほどの収穫だったらしい。
それにしても、"死人のポケットの中の小銭"とは。
一体どこで拾ったのやら、この話題に下手に触れるのはよしておこう。
ニュートはガリオン硬貨の薬瓶を元の場所へそっと戻しておいた。
「……マンドレイクの調子はどう?」
「教えてもらったとおりに土を増やして暖かくしてあげたら、夜泣きしなくなったんです!他の子たちも葉っぱの緑が濃くなってきて元気になったみたい」
「よかった……なるべく太陽の光に当ててあげて、水は少々あげすぎくらいでも大丈夫だから」
青々とした緑の葉を指ですーっとなぞると、鉢の中でくすぐったそうに根が葉っぱを揺らす。
「さすがに魔法生物の先生なだけありますね、パッと見ただけですぐ分かっちゃうなんて」
感心したようにリジーが言った、ニュートはどぎまぎしながらマンドレイクを撫でる手を放す。
その様子にリジーはからかうようにふふっと笑みを零した。
「さてと……今日はどうなさったの?またムーンカーフちゃんの目薬?」
リジーが杖を一振りすると、調合用のエプロンが一人でに彼女の身にまとわり、とことこと引き出しから髪留めが出てきて艶やかなブルネットを頭の後ろで一つにきゅっと結んだ。
「いや、今日はちがくて、えっと……」
何もいやらしい光景でもないのに、ニュートはなぜか見てはいけないものを見てしまったような気がして思わず目を背けた。
リジーはちょこんと首を傾げる。
「あの、こんなこと初めてで、ひょっとしたら僕、変なこと言うかもしれないんだけど……」
ちらりと視線を上げてリジーを見る、彼女の澄んだ大きな瞳とまっすぐ目が合う。
頬が熱くなって、頭が真っ白になった。
心臓がどくりどくりと拍動し、喉が乾いて緊張で手に汗が滲む。
ニュートはごそごそとコートのポケットの中に手をつっこんで、しわくちゃになったイーロップのふくろう店の伝票を取り出した。
破れないようにそっとしわを伸ばしながら歪んだ走り書きの文字を辿る。
「あー……リジー?」
「はい?」
リジーは朗らかに微笑みながら答える。
ニュートはすーっと深く息を吸って、吐いて、まるで卒業証書でも読み上げるかのように仰々しく姿勢を正した。
「君には、その……動物たちのこととか、すごくいろいろ助けてもらって……感謝してる、ありがとうリジー」
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
「その、お礼と言ったら何なんだけど……今度映画でも、一緒に、どうかな……」
「あら……嬉しいけど、うーん……」
リジーは小首を傾げて唸り声をあげる。
ニュートはごくりと固唾を飲んで見守った。
この店に通い続けて二年、恋愛にはとんと疎い彼だったがジェイコブの知恵を借り勇気を出してデートに誘うことを決意したのだ。
しかし、リジーの反応は思ったより芳しくなかった。
「映画はよく分からないわ」
ごめんなさいね、眉を下げて笑うリジー。
「デートに誘うんなら映画が一番!二人で一つのポップコーンなんかつまんじゃってさ」ジェイコブの言葉が、たった一つの頼みの綱がぷつりと途絶える。
ジェイコブ、この手の話題には詳しいんじゃなかったのか。君しか頼れる人がいないのに。
ニュートは考えた、これ以上の会話は台本に記されてはいない。
そうだ、テセウスならなんて言うか。咄嗟に兄の言動パターンを頭の中で思い起こす。
「映画じゃなくて……リジーの、行きたいところに」
「なら薬草採りがいいわ!」
リジーはぱあっと瞳を輝かせ、即座に答えた。
ニュートはほっと頬を綻ばせる、気取らない彼女らしい答えにますます心惹かれた。
と同時に心から安堵した、実を言うと彼も映画には詳しくない。
女性と話すのも苦手なのに、薄暗い中で二時間も隣同士に座って一つのポップコーンをつまむなんて……そんなの絶対無理だ、僕が死んでしまう。
「いいよ、そうしよう、僕もそっちがいい。じゃあ、今度の休みに――デート」
「――薬草採り!……え?」
「え」
二人の声が重なる。
リジーは思ってもみなかった様子で「でーと」と小声で繰り返し、頬を林檎のように赤く染めた。
「いや、だったかな……」
ニュートはさあっと笑顔を引っ込めて恐る恐る尋ねると、リジーは真っ赤に染まった顔に手を当ててふるふると首を横に振った。
「それはつまり、その……」
「……好き、です」
リジーは手のひらですっぽり顔を覆い隠してしまうと、恥ずかしそうにカウンターの下に隠れた。
よろしくお願いします、と消え入りそうにか細い声で返事をした。
こちらこそ、耳まで真っ赤に染めて俯いてニュートがもごもごと答える。
リジーはにやけてしまいそうになる頬を必至に手で抑えながら、嬉しくて密かに喜びに打ち震えていた。
好きな人が自分を好きになってくれたなんて、自分は夢でも見ているのだろうか。
そしてふと、重大なことに今さら気がついてしまった。
「っ……やっぱり映画にしましょう!」
「え……いや薬草採りに、」
「映画にしましょう!」
「どうしたんだい急に」
「だって……だって…… 」
薬草採りじゃ、お洒落して行けない……
囁くように小さな声でリジーはぽつりと言った。
なんともいじらしい、好きな女性が自分のために着飾ってくれるなんて。
この時のニュートの気持ちを想像できるだろうか。
「君はそのままで充分、素敵だよ」
「う……そういうのは、ずるいです……」
リジーは手で顔を覆い隠したまま、両膝にコツンと額を打ちつけた。
▶あとがき
ダイアゴン横丁の外れにある、表通りの喧騒が届かない静かな場所にぽつんと佇む小さな店。
赤煉瓦造りの店内に一歩足を踏み入れれば、アスフォデル、ハナハッカ、カノコソウ、様々な薬草の香りが鼻をつく。
自然由来の独特な匂いは苦手な人もいるだろうが、僕はわりと好きな匂いだ。
出窓から射し込む陽光が、棚いっぱいに並べられた茶色の薬瓶に当たってきらきらと反射する。
ラベルの殆どは経年劣化で掠れてしまっていて読み取れないものが多いが、一部の文字はなんとか解読することができた。
ミノカサゴの棘、一角獣の尾の毛など定番なものから珍しいベゾアール石まで。
薬瓶の一つになぜか古いガリオン硬貨が数枚、瓶の中に入れられ陳列されていた。
魔法薬専門の薬局に置いてあるということは少なくとも、魔法薬の調合に使うものなのだろうが何に使うのかさっぱり分からない。
手に取って、掠れたラベルを親指で擦り目を凝らす。
「――死人のポケットの中の小銭、やっと手に入れたの!それに目をつけるなんて、お目が高いですね。スキャマンダーさん」
「リジー」
白いブラウスに身軽なパンツスタイルで、マンドレイクの若苗を腕に抱えながらこの店の主、リジーが嬉しそうに店の奥から姿を現す。
「これでピッシュサルヴァーが作れる、上手く出来たらお裾分けしますね」
「ピッシュサルヴァー?」
「アリスの縮み薬ですよ、"Drink me"ってやつ」
「ああ……」
――とは言ったものの、実のところピッシュサルヴァーが何なのかも、アリスがどこの誰なのかも、ニュートは全く知らない。
「残念ながら、そちら非売品でございます」リジーが誇らしげに胸を張る、よほどの収穫だったらしい。
それにしても、"死人のポケットの中の小銭"とは。
一体どこで拾ったのやら、この話題に下手に触れるのはよしておこう。
ニュートはガリオン硬貨の薬瓶を元の場所へそっと戻しておいた。
「……マンドレイクの調子はどう?」
「教えてもらったとおりに土を増やして暖かくしてあげたら、夜泣きしなくなったんです!他の子たちも葉っぱの緑が濃くなってきて元気になったみたい」
「よかった……なるべく太陽の光に当ててあげて、水は少々あげすぎくらいでも大丈夫だから」
青々とした緑の葉を指ですーっとなぞると、鉢の中でくすぐったそうに根が葉っぱを揺らす。
「さすがに魔法生物の先生なだけありますね、パッと見ただけですぐ分かっちゃうなんて」
感心したようにリジーが言った、ニュートはどぎまぎしながらマンドレイクを撫でる手を放す。
その様子にリジーはからかうようにふふっと笑みを零した。
「さてと……今日はどうなさったの?またムーンカーフちゃんの目薬?」
リジーが杖を一振りすると、調合用のエプロンが一人でに彼女の身にまとわり、とことこと引き出しから髪留めが出てきて艶やかなブルネットを頭の後ろで一つにきゅっと結んだ。
「いや、今日はちがくて、えっと……」
何もいやらしい光景でもないのに、ニュートはなぜか見てはいけないものを見てしまったような気がして思わず目を背けた。
リジーはちょこんと首を傾げる。
「あの、こんなこと初めてで、ひょっとしたら僕、変なこと言うかもしれないんだけど……」
ちらりと視線を上げてリジーを見る、彼女の澄んだ大きな瞳とまっすぐ目が合う。
頬が熱くなって、頭が真っ白になった。
心臓がどくりどくりと拍動し、喉が乾いて緊張で手に汗が滲む。
ニュートはごそごそとコートのポケットの中に手をつっこんで、しわくちゃになったイーロップのふくろう店の伝票を取り出した。
破れないようにそっとしわを伸ばしながら歪んだ走り書きの文字を辿る。
「あー……リジー?」
「はい?」
リジーは朗らかに微笑みながら答える。
ニュートはすーっと深く息を吸って、吐いて、まるで卒業証書でも読み上げるかのように仰々しく姿勢を正した。
「君には、その……動物たちのこととか、すごくいろいろ助けてもらって……感謝してる、ありがとうリジー」
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
「その、お礼と言ったら何なんだけど……今度映画でも、一緒に、どうかな……」
「あら……嬉しいけど、うーん……」
リジーは小首を傾げて唸り声をあげる。
ニュートはごくりと固唾を飲んで見守った。
この店に通い続けて二年、恋愛にはとんと疎い彼だったがジェイコブの知恵を借り勇気を出してデートに誘うことを決意したのだ。
しかし、リジーの反応は思ったより芳しくなかった。
「映画はよく分からないわ」
ごめんなさいね、眉を下げて笑うリジー。
「デートに誘うんなら映画が一番!二人で一つのポップコーンなんかつまんじゃってさ」ジェイコブの言葉が、たった一つの頼みの綱がぷつりと途絶える。
ジェイコブ、この手の話題には詳しいんじゃなかったのか。君しか頼れる人がいないのに。
ニュートは考えた、これ以上の会話は台本に記されてはいない。
そうだ、テセウスならなんて言うか。咄嗟に兄の言動パターンを頭の中で思い起こす。
「映画じゃなくて……リジーの、行きたいところに」
「なら薬草採りがいいわ!」
リジーはぱあっと瞳を輝かせ、即座に答えた。
ニュートはほっと頬を綻ばせる、気取らない彼女らしい答えにますます心惹かれた。
と同時に心から安堵した、実を言うと彼も映画には詳しくない。
女性と話すのも苦手なのに、薄暗い中で二時間も隣同士に座って一つのポップコーンをつまむなんて……そんなの絶対無理だ、僕が死んでしまう。
「いいよ、そうしよう、僕もそっちがいい。じゃあ、今度の休みに――デート」
「――薬草採り!……え?」
「え」
二人の声が重なる。
リジーは思ってもみなかった様子で「でーと」と小声で繰り返し、頬を林檎のように赤く染めた。
「いや、だったかな……」
ニュートはさあっと笑顔を引っ込めて恐る恐る尋ねると、リジーは真っ赤に染まった顔に手を当ててふるふると首を横に振った。
「それはつまり、その……」
「……好き、です」
リジーは手のひらですっぽり顔を覆い隠してしまうと、恥ずかしそうにカウンターの下に隠れた。
よろしくお願いします、と消え入りそうにか細い声で返事をした。
こちらこそ、耳まで真っ赤に染めて俯いてニュートがもごもごと答える。
リジーはにやけてしまいそうになる頬を必至に手で抑えながら、嬉しくて密かに喜びに打ち震えていた。
好きな人が自分を好きになってくれたなんて、自分は夢でも見ているのだろうか。
そしてふと、重大なことに今さら気がついてしまった。
「っ……やっぱり映画にしましょう!」
「え……いや薬草採りに、」
「映画にしましょう!」
「どうしたんだい急に」
「だって……だって…… 」
薬草採りじゃ、お洒落して行けない……
囁くように小さな声でリジーはぽつりと言った。
なんともいじらしい、好きな女性が自分のために着飾ってくれるなんて。
この時のニュートの気持ちを想像できるだろうか。
「君はそのままで充分、素敵だよ」
「う……そういうのは、ずるいです……」
リジーは手で顔を覆い隠したまま、両膝にコツンと額を打ちつけた。
▶あとがき
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