涙の二人は二度出会う
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ニュートの診断結果は、解離性健忘――過去に強いストレスを受けた記憶が頭を強打したことにより失われてしまったということだった。
それを聞いたテセウスは「ということはあいつは今、1917年で止まってるんだろうな」と呟く。
1917年――忘れもしない、第一次世界大戦。東部戦線での極秘プログラム、ウクライナアイアンベリーとの戦い。
つまり彼はリジーのことを忘れてしまったのではなく、二人が出会う前の記憶に戻ってしまっただけなのだと知ってリジーはほんの少し胸を撫で下ろす。
それでも不安なことに変わりはなかった。
記憶が戻らなかったらどうしよう、これからどう対処していけばいいんだろう、わたし一人で動物たちの世話なんてできるだろうか。
わたしたち、これからどうなってしまうんだろう――漠然とした不安が胸を過ぎる。
先生のお話を聞いて、仕事でもう戻らなくてはいけないテセウスとリタをロビーで見送って、リジーはまっすぐ病室へと戻らずに少しだけ寄り道してコーヒーを買いに行った。
一人で静かに心を落ち着ける時間が欲しかったのだ。
ミルクティーとカフェインレスのコーヒーを買って、少しだけゆっくり歩いてみたり、わざと各階停止のエレベーターに乗ってみたりする。
一歩足を踏み出すごとに"なにかの間違いだ"と言って欲しかった。
病室の前で一歩立ち止まって躊躇し、神に祈る。
泣いてはいけない、不安な顔を見せてはいけない、いつも通りに振る舞えるように。どうか、どうか。
「――僕たち、いつから結婚してたの?」
いつの間にかベッドから起き上がっていたニュートが戸惑いがちに笑っている、その手にはどこから見つけてきたのか結婚式の時の写真があった。
「三ヶ月前、ハネムーンはエディンバラ」
「わお、それって……」
「案外楽しかったよ?食事も美味しかったし」
まだ記憶に新しい、だが今となっては懐かしい写真を横目で見ながらリジーはコーヒーをサイドテーブルに置いて、傍の小さな木製スツールに足を組んで腰掛けた。
座って話すと、目線が同じになるから話しやすい。
ポケットの中からピケットが這い出てきて、うれしそうにニュートの元に駆け寄っていく。
ニュートは写真を置いてコーヒーを一口飲んでから、リジーを見て尋ねる。
「戦争が終わったって本当?」
いまの彼はまだ、1917年に取り残されている。
詳しくは何も聞いていない、ただテセウスは分かっていたようだった。彼の人生で最悪な記憶がどこから始まっているか、実の兄だけが知っていた。
リジーは戦場を知らない、幸いなことにマグルの戦争は魔法使いの世界からは遠く離れていたから。
ニュートは戦場を知っている、彼の目がそう語っている。
「1918年の11月11日、忘れない」
「三年も続いたのにあと一年も続くのか……ああ、ごめん。まだ混乱してて」
「過去からタイムスリップしてきたような気分?」
「……そんな感じ」
リジーはニュートを見つめる、しかしニュートはどこか遠くを見つめていた。
リジーはニュートの手に手を伸ばしかけ、思い直して引っ込める。記憶を取り戻して欲しいけど、急ぎたくはない。
「……どうしてこうなったか覚えてる?」
「あー……あんまり」
「ユニコーンに蹴り飛ばされたんだって」
なんとか戦争から話題を変えたくて、リジーは身を乗り出して尋ねた。
ユニコーンの話題で思ったとおり効果的面、ニュートはくしゃっと目元を綻ばせて吹き出す。
「それは自業自得だね」
いつもの笑顔、いつもの笑い方、いつも通りの彼にリジーはなんとも言えない不思議な心地になる。
まるで二人の間にぽっかりと溝ができてしまったようだ。
溝ができたら少しずつ水を流して川にすればいい、小舟を漕いで渡れるように。
そのうち立派な橋をかければ、今までよりもっとよいものが築けるかもしれない。
でも今はただ、川辺に立って遠くに見える向こう岸を想いながら泣きたい。
どうして分からないの。
どうして忘れちゃったの。
わたしのことを"彼女"なんて呼ばないで。
涙を堪えて握りしめた手のひらに、結婚指輪が当たって痛かった。
「……あの、ごめんね。そろそろわたし、面会時間が……」
本当はただこの場から少し離れられる理由であればなんでもよかった。
離れがたそうにしているピケットをポケットの中へ戻して立ち上がる。
ニュートはそれを知ってか知らずか、少し寂しそうに俯いてそれから不安げに口を開いた。
「また来てくれる?」
リジーはその言葉に少し驚いて、ニュートを見つめる。
また、会いに来てもいいのだと許された気がした。
その一言は、リジーの中にある不安や戸惑いを何倍にも軽くした。
リジーはペンをとり、コーヒーのテイクアウトカップに自宅の電話番号と、念の為テセウスとのホットラインを書いて渡す。
「ああどうも、ご親切に。テセウスのも……たぶん使うことはないだろうけど……」
「いつでも電話して、また明日来るから」
ニュートはカップを大切そうに眺めてふと、「君のことはなんて呼べばいい?」と尋ねた。
「リジー?……ハニー?ダーリン?」
リジーはおかしくて笑いながら「なんて呼びたいの?」
「……できればスタンダードがいいかも」
「ふふ、ではそう呼んで」
ニュートは名残惜しげに「また」とリジーの目を見つめる。
内心、彼女がもうここには来ないのではと心配していた。
リジーがあまりにも悲しげに自分を見るので、どうしてだか分からないけどそう思ったのだ。
面会時間終了のチャイムが鳴る中、リジーが遠慮がちにニュートの頬にキスをする。
そして、病室を出ていく彼女の背中をいつまでも見送っていた。
家について玄関のドアを閉めるなり、堪えていたものが堰を切ったように溢れ出す。
リジーは堪らなくなって玄関でうずくまり、声を上げて泣いた。
それを聞いたテセウスは「ということはあいつは今、1917年で止まってるんだろうな」と呟く。
1917年――忘れもしない、第一次世界大戦。東部戦線での極秘プログラム、ウクライナアイアンベリーとの戦い。
つまり彼はリジーのことを忘れてしまったのではなく、二人が出会う前の記憶に戻ってしまっただけなのだと知ってリジーはほんの少し胸を撫で下ろす。
それでも不安なことに変わりはなかった。
記憶が戻らなかったらどうしよう、これからどう対処していけばいいんだろう、わたし一人で動物たちの世話なんてできるだろうか。
わたしたち、これからどうなってしまうんだろう――漠然とした不安が胸を過ぎる。
先生のお話を聞いて、仕事でもう戻らなくてはいけないテセウスとリタをロビーで見送って、リジーはまっすぐ病室へと戻らずに少しだけ寄り道してコーヒーを買いに行った。
一人で静かに心を落ち着ける時間が欲しかったのだ。
ミルクティーとカフェインレスのコーヒーを買って、少しだけゆっくり歩いてみたり、わざと各階停止のエレベーターに乗ってみたりする。
一歩足を踏み出すごとに"なにかの間違いだ"と言って欲しかった。
病室の前で一歩立ち止まって躊躇し、神に祈る。
泣いてはいけない、不安な顔を見せてはいけない、いつも通りに振る舞えるように。どうか、どうか。
「――僕たち、いつから結婚してたの?」
いつの間にかベッドから起き上がっていたニュートが戸惑いがちに笑っている、その手にはどこから見つけてきたのか結婚式の時の写真があった。
「三ヶ月前、ハネムーンはエディンバラ」
「わお、それって……」
「案外楽しかったよ?食事も美味しかったし」
まだ記憶に新しい、だが今となっては懐かしい写真を横目で見ながらリジーはコーヒーをサイドテーブルに置いて、傍の小さな木製スツールに足を組んで腰掛けた。
座って話すと、目線が同じになるから話しやすい。
ポケットの中からピケットが這い出てきて、うれしそうにニュートの元に駆け寄っていく。
ニュートは写真を置いてコーヒーを一口飲んでから、リジーを見て尋ねる。
「戦争が終わったって本当?」
いまの彼はまだ、1917年に取り残されている。
詳しくは何も聞いていない、ただテセウスは分かっていたようだった。彼の人生で最悪な記憶がどこから始まっているか、実の兄だけが知っていた。
リジーは戦場を知らない、幸いなことにマグルの戦争は魔法使いの世界からは遠く離れていたから。
ニュートは戦場を知っている、彼の目がそう語っている。
「1918年の11月11日、忘れない」
「三年も続いたのにあと一年も続くのか……ああ、ごめん。まだ混乱してて」
「過去からタイムスリップしてきたような気分?」
「……そんな感じ」
リジーはニュートを見つめる、しかしニュートはどこか遠くを見つめていた。
リジーはニュートの手に手を伸ばしかけ、思い直して引っ込める。記憶を取り戻して欲しいけど、急ぎたくはない。
「……どうしてこうなったか覚えてる?」
「あー……あんまり」
「ユニコーンに蹴り飛ばされたんだって」
なんとか戦争から話題を変えたくて、リジーは身を乗り出して尋ねた。
ユニコーンの話題で思ったとおり効果的面、ニュートはくしゃっと目元を綻ばせて吹き出す。
「それは自業自得だね」
いつもの笑顔、いつもの笑い方、いつも通りの彼にリジーはなんとも言えない不思議な心地になる。
まるで二人の間にぽっかりと溝ができてしまったようだ。
溝ができたら少しずつ水を流して川にすればいい、小舟を漕いで渡れるように。
そのうち立派な橋をかければ、今までよりもっとよいものが築けるかもしれない。
でも今はただ、川辺に立って遠くに見える向こう岸を想いながら泣きたい。
どうして分からないの。
どうして忘れちゃったの。
わたしのことを"彼女"なんて呼ばないで。
涙を堪えて握りしめた手のひらに、結婚指輪が当たって痛かった。
「……あの、ごめんね。そろそろわたし、面会時間が……」
本当はただこの場から少し離れられる理由であればなんでもよかった。
離れがたそうにしているピケットをポケットの中へ戻して立ち上がる。
ニュートはそれを知ってか知らずか、少し寂しそうに俯いてそれから不安げに口を開いた。
「また来てくれる?」
リジーはその言葉に少し驚いて、ニュートを見つめる。
また、会いに来てもいいのだと許された気がした。
その一言は、リジーの中にある不安や戸惑いを何倍にも軽くした。
リジーはペンをとり、コーヒーのテイクアウトカップに自宅の電話番号と、念の為テセウスとのホットラインを書いて渡す。
「ああどうも、ご親切に。テセウスのも……たぶん使うことはないだろうけど……」
「いつでも電話して、また明日来るから」
ニュートはカップを大切そうに眺めてふと、「君のことはなんて呼べばいい?」と尋ねた。
「リジー?……ハニー?ダーリン?」
リジーはおかしくて笑いながら「なんて呼びたいの?」
「……できればスタンダードがいいかも」
「ふふ、ではそう呼んで」
ニュートは名残惜しげに「また」とリジーの目を見つめる。
内心、彼女がもうここには来ないのではと心配していた。
リジーがあまりにも悲しげに自分を見るので、どうしてだか分からないけどそう思ったのだ。
面会時間終了のチャイムが鳴る中、リジーが遠慮がちにニュートの頬にキスをする。
そして、病室を出ていく彼女の背中をいつまでも見送っていた。
家について玄関のドアを閉めるなり、堪えていたものが堰を切ったように溢れ出す。
リジーは堪らなくなって玄関でうずくまり、声を上げて泣いた。
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