涙の二人は二度出会う
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「ニュートが怪我をして病院に運ばれた」テセウスから電話でそう聞かされた時、リジーはアパートのキッチンで彼の好物のパイを焼いていたところだった。
――明日は日曜日。動物たちもたまには本物のお日様を浴びれる広い場所で羽根を伸ばしたかろうと、トランクとランチボックスを持って朝からハイランドの方へ出かける予定だった。
どうせ周りにあるのはホグズミードとホグワーツだけだから、あそこならフランクを飛ばしたところで誰もなにも思うまい。
動物たちの準備に手間取るだろうから朝早くに起きてお昼出発の汽車を目指し、車内販売を買って、ホグズミードを見て回って、もしできたら学校の方まで少し足を伸ばしてみたりして、先生方に挨拶して帰る。
準備は万端、最高のホリデーになるはずだった。
リジーはオーブンの火を止め、急いで出かける支度をする。
クローゼットに何年も使っていない大きなボストンバックがあったことを思い出し奥から引っぱり出してきて、ニュートの着替えやら歯ブラシやら、もし急に入院ということになっても大丈夫なように思いつく限り必要なものを片っ端から鞄に詰め込む。
家の中を行ったり来たりするリジーの後を電話がついてまわり、テセウスが今の状況をひとつひとつ説明してくれた。
「動物課で保護したユニコーンに蹴り飛ばされて頭を打ったらしい、いま処置してもらってる最中だけど命に別状はないって。でもしばらくは入院になると思う」
「分かった、必要になりそうなものを持ってくけど、そっちに着くのは……あー、二十分後くらい」
「大丈夫、それまで僕とリタもいるから。両親もいまこっちに向かってる。それでリジー、その……ちょっとした問題があるかもしれないんだ。着いたら先に話せる?」
「……問題って?」
それまで冷静だったテセウスの声に仄暗い陰が差す、リジーは不思議に思って首を傾げた。
なんだろうと考えたけど、考えても仕方ないので会って直接確かめればいいと今は一旦目の前の作業に集中することにする。
大急ぎで身支度をし、荷物をまとめ、家から姿くらましで聖マンゴへ向かった。
着いてすぐエントランスホールでリタに出迎えられ、病棟でテセウスと合流する。
救急外来はすこし混雑していたけど、入院病棟の方はそうでもなかった。
「びっくりしたでしょう、でも案外平気そうよ。頭から出血しながらも癒者の人に、頭のどこを打ったか自分で説明してたくらいだから」
「スキャマンダー家は昔から石頭で有名でね……ああリジー、悪いけどそろそろこいつを引き取ってくれると助かるんだけど……どこまでも飼い主そっくりらしくて」
テセウスがポケットからボウトラックルのピケットを引きずり出してリジーの手の上に乗せた。
ピケットはいきなりニュートから引き離されて知らない人のポケットの中に詰め込まれてえらく怒っている様子で、テセウスの指に噛みついていた。
リタとテセウスが冗談めかして笑いながら、リジーを安心させるように励ます。
ニュートは兄夫婦に苦手意識を持っているようだったけれど、それでもこうして傍についていてくれる二人にリジーはとても心が暖かくなる。
病院の待合室でひとりぼっちで待つのは、ひどく孤独で不安なものだ。
「それでその……癒者から言われたことなんだけど」
テセウスが言いずらそうに口を開く。
「頭を打ったショックで、記憶障害が出てるかもしれないって」
「どういうこと?」
「詳しく検査してみないと分からない……よくある事らしいんだ、大抵の場合は直近の記憶を忘れてしまったり、頭を打った時の事を覚えていなかったり。一時的なもので思い出すこともあるし、もうずっと思い出さないこともある。いずれにせよ日常生活に支障はない程度だろうって」
「そう……まあ何とかなるでしょう、臨機応変に対応していけば」
「リジー……」
テセウスがまだ何か言いたげに口ごもる、しかしその時ちょうど癒者から面会の許可が出て三人は病室に呼ばれて行った。
リジーが小声でテセウスにこそっと尋ねる。
「……労災、おりるのよね?」
「ああ……もちろん」
「話を聞くに、職場復帰はしばらく無理だと思うのよ。どこか静かな……スイスか、それかフィジーにでも連れて行って療養しないと」
「リジー……それは僕の権限では、」
「お願いよ、いつか借りは返すわ……」
テセウスは困ったように眉をかいた、しかし結局彼女に押されて陥落し「なんとかしてみるよ」と呻く。
リジーはふいになってしまった週末の遠出を、いっその事この機会に豪華なものにしようと考えていたのだ。
どこか自然の豊かな地で動物たちも連れて何週間か過ごせば、きっと憂鬱も吹き飛ぶだろうと――。
「――えっと……ごめん、彼女誰だっけ……?」
リジーは愕然とした、そしてテセウスの言った言葉の意味をはじめて理解した。
ニュートは思っていた以上に元気そうだった、頭に包帯を巻かれて痛々しくはあるもののそれ以外はどこも変わりなく見える。
しかし見舞いに来た三人を見て「兄さん、リタ」とどこかぎこちなくはあるものの親しげな笑みを見せて、それからリジーを見て――戸惑いながらリタに尋ねた。
「リジーよ、来てくれるってさっき言ったでしょう?あなたの……」
リジーの代わりにリタがそう答えたが、なんて言っていいか分からずにテセウスを見た。
ニュートはリジーのことをすっかり忘れてしまっていた。彼女が誰かも、その名前すら。
「……ごめん、君の顔を見ればなにか変わるかと思ったんだけど……ごめん、ちゃんと言うべきだった」
テセウスは申し訳なさそうに謝りながら、そっとリジーの肩を撫でる。
リジーはなんと答えていいか分からず、言葉を失っていた。
誰も、なにも言えなかった。
「……あの、えっと……動物たちのことはわたしに――わたしたちに任せて。要りそうなものを持ってきたから……もし足りないものが、あったら……」
「……リジー」
出ましょう、リタにそっと促されリジーはいたたまれなくなって病室を出た。
ニュートは不思議そうに兄を見上げて「誰なの?」と尋ねる。
テセウスはそんな二人を哀れに思いながらも、どうしてやることもできずに沈黙する。
「……あとで話そう」
テセウスはいつものようにニュートにハグをしようとしたが、彼はベッドからまだ起き上がれないので、かわりに頬にキスをされてニュートは鳥肌立った。
三人が出ていった扉の方を見つめながら、ニュートは誰にも見られないようにそうっとベッドから頭を起こし、リジーが持ってきてくれたボストンバッグの中を開ける。
着替え、財布、手帳、いつも使ってるマグカップに歯ブラシとカミソリ。
手帳の間からなにかが一枚、はらりとシーツの上に落ちる。
それはスコットランドの実家の庭先でウェディングドレスを着て写るリジーと、ニュートの写真だった。
――明日は日曜日。動物たちもたまには本物のお日様を浴びれる広い場所で羽根を伸ばしたかろうと、トランクとランチボックスを持って朝からハイランドの方へ出かける予定だった。
どうせ周りにあるのはホグズミードとホグワーツだけだから、あそこならフランクを飛ばしたところで誰もなにも思うまい。
動物たちの準備に手間取るだろうから朝早くに起きてお昼出発の汽車を目指し、車内販売を買って、ホグズミードを見て回って、もしできたら学校の方まで少し足を伸ばしてみたりして、先生方に挨拶して帰る。
準備は万端、最高のホリデーになるはずだった。
リジーはオーブンの火を止め、急いで出かける支度をする。
クローゼットに何年も使っていない大きなボストンバックがあったことを思い出し奥から引っぱり出してきて、ニュートの着替えやら歯ブラシやら、もし急に入院ということになっても大丈夫なように思いつく限り必要なものを片っ端から鞄に詰め込む。
家の中を行ったり来たりするリジーの後を電話がついてまわり、テセウスが今の状況をひとつひとつ説明してくれた。
「動物課で保護したユニコーンに蹴り飛ばされて頭を打ったらしい、いま処置してもらってる最中だけど命に別状はないって。でもしばらくは入院になると思う」
「分かった、必要になりそうなものを持ってくけど、そっちに着くのは……あー、二十分後くらい」
「大丈夫、それまで僕とリタもいるから。両親もいまこっちに向かってる。それでリジー、その……ちょっとした問題があるかもしれないんだ。着いたら先に話せる?」
「……問題って?」
それまで冷静だったテセウスの声に仄暗い陰が差す、リジーは不思議に思って首を傾げた。
なんだろうと考えたけど、考えても仕方ないので会って直接確かめればいいと今は一旦目の前の作業に集中することにする。
大急ぎで身支度をし、荷物をまとめ、家から姿くらましで聖マンゴへ向かった。
着いてすぐエントランスホールでリタに出迎えられ、病棟でテセウスと合流する。
救急外来はすこし混雑していたけど、入院病棟の方はそうでもなかった。
「びっくりしたでしょう、でも案外平気そうよ。頭から出血しながらも癒者の人に、頭のどこを打ったか自分で説明してたくらいだから」
「スキャマンダー家は昔から石頭で有名でね……ああリジー、悪いけどそろそろこいつを引き取ってくれると助かるんだけど……どこまでも飼い主そっくりらしくて」
テセウスがポケットからボウトラックルのピケットを引きずり出してリジーの手の上に乗せた。
ピケットはいきなりニュートから引き離されて知らない人のポケットの中に詰め込まれてえらく怒っている様子で、テセウスの指に噛みついていた。
リタとテセウスが冗談めかして笑いながら、リジーを安心させるように励ます。
ニュートは兄夫婦に苦手意識を持っているようだったけれど、それでもこうして傍についていてくれる二人にリジーはとても心が暖かくなる。
病院の待合室でひとりぼっちで待つのは、ひどく孤独で不安なものだ。
「それでその……癒者から言われたことなんだけど」
テセウスが言いずらそうに口を開く。
「頭を打ったショックで、記憶障害が出てるかもしれないって」
「どういうこと?」
「詳しく検査してみないと分からない……よくある事らしいんだ、大抵の場合は直近の記憶を忘れてしまったり、頭を打った時の事を覚えていなかったり。一時的なもので思い出すこともあるし、もうずっと思い出さないこともある。いずれにせよ日常生活に支障はない程度だろうって」
「そう……まあ何とかなるでしょう、臨機応変に対応していけば」
「リジー……」
テセウスがまだ何か言いたげに口ごもる、しかしその時ちょうど癒者から面会の許可が出て三人は病室に呼ばれて行った。
リジーが小声でテセウスにこそっと尋ねる。
「……労災、おりるのよね?」
「ああ……もちろん」
「話を聞くに、職場復帰はしばらく無理だと思うのよ。どこか静かな……スイスか、それかフィジーにでも連れて行って療養しないと」
「リジー……それは僕の権限では、」
「お願いよ、いつか借りは返すわ……」
テセウスは困ったように眉をかいた、しかし結局彼女に押されて陥落し「なんとかしてみるよ」と呻く。
リジーはふいになってしまった週末の遠出を、いっその事この機会に豪華なものにしようと考えていたのだ。
どこか自然の豊かな地で動物たちも連れて何週間か過ごせば、きっと憂鬱も吹き飛ぶだろうと――。
「――えっと……ごめん、彼女誰だっけ……?」
リジーは愕然とした、そしてテセウスの言った言葉の意味をはじめて理解した。
ニュートは思っていた以上に元気そうだった、頭に包帯を巻かれて痛々しくはあるもののそれ以外はどこも変わりなく見える。
しかし見舞いに来た三人を見て「兄さん、リタ」とどこかぎこちなくはあるものの親しげな笑みを見せて、それからリジーを見て――戸惑いながらリタに尋ねた。
「リジーよ、来てくれるってさっき言ったでしょう?あなたの……」
リジーの代わりにリタがそう答えたが、なんて言っていいか分からずにテセウスを見た。
ニュートはリジーのことをすっかり忘れてしまっていた。彼女が誰かも、その名前すら。
「……ごめん、君の顔を見ればなにか変わるかと思ったんだけど……ごめん、ちゃんと言うべきだった」
テセウスは申し訳なさそうに謝りながら、そっとリジーの肩を撫でる。
リジーはなんと答えていいか分からず、言葉を失っていた。
誰も、なにも言えなかった。
「……あの、えっと……動物たちのことはわたしに――わたしたちに任せて。要りそうなものを持ってきたから……もし足りないものが、あったら……」
「……リジー」
出ましょう、リタにそっと促されリジーはいたたまれなくなって病室を出た。
ニュートは不思議そうに兄を見上げて「誰なの?」と尋ねる。
テセウスはそんな二人を哀れに思いながらも、どうしてやることもできずに沈黙する。
「……あとで話そう」
テセウスはいつものようにニュートにハグをしようとしたが、彼はベッドからまだ起き上がれないので、かわりに頬にキスをされてニュートは鳥肌立った。
三人が出ていった扉の方を見つめながら、ニュートは誰にも見られないようにそうっとベッドから頭を起こし、リジーが持ってきてくれたボストンバッグの中を開ける。
着替え、財布、手帳、いつも使ってるマグカップに歯ブラシとカミソリ。
手帳の間からなにかが一枚、はらりとシーツの上に落ちる。
それはスコットランドの実家の庭先でウェディングドレスを着て写るリジーと、ニュートの写真だった。
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