世界一大きな額縁
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まるで時計の針が止まってしまったかのように、時間はゆっくりと二人の間を満たしていった。
ニュートとリジーは色々なことを語り合った。
好きな本の話、動物たちの話。
ニュートは今までに旅行した様々な国の話や、目にした風景を意気揚々と話しで聞かせ、リジーはその話に胸を踊らせた。
リジーは話すことと言ったら自分には家族の話しかないことに気がついて心の中で嘆いた。
「父は伯爵、世間知らずな母、跡継ぎの兄。父は必死で娘の存在を隠そうとしている、母は理想の娘を持てなかった自分自身に嘆いている、兄はわたしのことを憎んでる。わたしだけが家族の中で期待はずれ」
「それでも愛してる?」
「たった一つの家族ですもの、生まれが恵まれてるだけ幸せよね」
「……それは本心?」
リジーはふっと自嘲気味に笑みを浮かべる。
キャンパスの中で全く同じように彼女が微笑んだ。
ニュートは最後の一筆を描き加え、完成した肖像画と彼女を見比べ、満足げに微笑む。
「……見てごらん、やっぱりそのドレスで正解だった」
リジーは思わず感嘆のため息をつく。
絵の具で彩られたスカンブルの彼女が照れくさそうに髪を耳に掛ける。
「すごいわ、まるで生きてるみたい……」
ニュートは懐かしさに囚われながらじっと彼女を見つめる。
もう一度切実な願いを込めて口を開く。
「リジー……身勝手な頼み事なのはよく分かってる、でもお願いだ……僕と一緒に来て。二人で色んなところを旅しよう、スイスや、中国、それからパリも。動物たちもきっと君を気にいるよ。だから……」
「……」
リジーはじっと黙ったままニュートの目を見つめた。
息を呑む、こういう場面ではなんて言ったらいいのか、今までに読んだ物語の内容を必至に思い起こすが言葉が出てこない。
「そんなこと……わたし、すぐには決められない。今日会ったばかりなのに駆け落ちなんて……」
「僕はただ、君に幸せになってほしいだけだよリジー」
リジーの心が揺れる。
キャンパスの中で彼女が悲しげに目を伏せる、そのことに誰も気づく者はいなかった。
「自分で何かを決定したことがないの、そんな簡単なことじゃないのよ……!」
「……次はいつ会えるか、もう二度と会えないかも分からない。君はここでなけなしの名誉と誇りに縋って、何もかもお終いにしてもいいのか」
ニュートは静かに決断を迫る。
名誉と誇りを何よりも大切にして生きてきた、もうそれしか残っていなかったから。
――でも、それらは何一つわたしに与えてくれることはなかった。
それどころか無情にも何もかもを奪い去っていった、若さと時間も、幸福も、将来も。
あとに残ったのはどこかの誰かが空想した物語の本と、女王からのたった一枚のカードと、ひとりぼっちの毎日だけ。
「……手紙を、書かせて」リジーは静かに口を開いた。
生まれて初めての、最初で最後の反抗。
家族のことが頭を過った、どんな家族にも幸せな時期があった。
それが過去のことになってしまった今でも、まだ愛情を捨てきれずにいることに今になって気づく。
「……一番、最初に行くのは、お城がいいわ。こんなに近くなのに行ったことないの。それにね……学校にも、本当は行ってみたかったの、こんなこと、誰にも言えなかったけど……」
「……ああ、行こう。どこでも、君の行きたいところへ」
リジーは涙を堪えながらふっと柔らかに微笑む。
これで、本当によかったのか。ニュートは胸に広がるほんの少し苦い気持ちに気づかぬ振りをした。
その時、不意に屋敷のどこかで時計の鐘の音が鳴り響いた。
鈍い音で鐘を打ち鳴らしながら、徐々に鼓動を早め、屋敷全体に響き渡る。
リジーは怯えた様子で身を竦める、ニュートは警戒しながら頭上を見回した。
ポケットの中から壊れて動かないはずのタイムターナーを取り出す、割れた砂時計が高速に回転しながら時計が巻き戻されていく。
壊れた拍子に誤作動を起こしたか、元の時代に運良く戻れればラッキーだが、最悪の場合いつどこに飛ばされるか分からない。
ニュートは真っ先にトランクを掴んで、リジーを抱き寄せ二人の首にタイムターナーを掛けた。
「ごめん、時間切れみたいだ」
金色の砂嵐が巻き起こり、二人を包み込む。
時計の鐘の音がだんだん遠のいていく。
リジーは何が起こってるのか分からないまま、机の引き出しの奥に眠ったままの宝物にしていた女王からのカードにほんの少し後ろ髪を引かれながら、ただしっかりとニュートの背に手を回した。
――
目を開けた時、ニュートは再びあの朽ち果てた部屋の中に戻っていた。
最初に見た時と何も変わらない、しんとした静けさ。
ただ一つ違うのは、ニュートは一人だった。
腕の中にしっかりと抱きしめていたはずのリジーの姿はどこにもなかった、かわりに彼女が大切にしていた一枚のカードだけが手の中に残されていた。
「リジー?」
ニュートの声が部屋の隅で無意味にこだまする。
壊れたタイムターナーの鎖がちぎれて床に落ちた。
呆然と自分の両腕を眺める、その手のひらにはまだ彼女のぬくもりが僅かながらにもしっかりと残っている。
「リジー……?そんな、嘘だろう、リジー?」
答えるものは誰もいない。
ニュートが描いた肖像画もイーゼルも跡形もなく消え去っていた。
――そうだ、よくよく考えれば分かることなのに。
タイムターナーはニュートにとっては過去でも、リジーにとっては未来を遡ることだ。
そんなこと道理にかなってない、できるはずがない。
ニュートは力なく床に膝をついた。
確かにここに彼女はいた、間違いなく実在していた。
「リジー……っ、確かにここに、君はずっとここにいたのに……っ」
やっと、やっと出会えたと思ったのに。
どこまでも時間が二人の間を遮って切り離す。
手にしたカードを、ぽたりとこぼれ落ちたニュートの涙が濡らした。
近くの教会でヴァンクス家の墓を見つけた。
手入れする人間もなく、長い間風雨に晒されつづけたせいでくすんだ御影石には、家人の名前の彫刻がうっすらと消えかかっている。
その中にもリジー・ヴァンクスの名は残されてはいなかった。
彼女の行方は永遠に闇の中で途絶えてしまった。
ニュートとリジーは色々なことを語り合った。
好きな本の話、動物たちの話。
ニュートは今までに旅行した様々な国の話や、目にした風景を意気揚々と話しで聞かせ、リジーはその話に胸を踊らせた。
リジーは話すことと言ったら自分には家族の話しかないことに気がついて心の中で嘆いた。
「父は伯爵、世間知らずな母、跡継ぎの兄。父は必死で娘の存在を隠そうとしている、母は理想の娘を持てなかった自分自身に嘆いている、兄はわたしのことを憎んでる。わたしだけが家族の中で期待はずれ」
「それでも愛してる?」
「たった一つの家族ですもの、生まれが恵まれてるだけ幸せよね」
「……それは本心?」
リジーはふっと自嘲気味に笑みを浮かべる。
キャンパスの中で全く同じように彼女が微笑んだ。
ニュートは最後の一筆を描き加え、完成した肖像画と彼女を見比べ、満足げに微笑む。
「……見てごらん、やっぱりそのドレスで正解だった」
リジーは思わず感嘆のため息をつく。
絵の具で彩られたスカンブルの彼女が照れくさそうに髪を耳に掛ける。
「すごいわ、まるで生きてるみたい……」
ニュートは懐かしさに囚われながらじっと彼女を見つめる。
もう一度切実な願いを込めて口を開く。
「リジー……身勝手な頼み事なのはよく分かってる、でもお願いだ……僕と一緒に来て。二人で色んなところを旅しよう、スイスや、中国、それからパリも。動物たちもきっと君を気にいるよ。だから……」
「……」
リジーはじっと黙ったままニュートの目を見つめた。
息を呑む、こういう場面ではなんて言ったらいいのか、今までに読んだ物語の内容を必至に思い起こすが言葉が出てこない。
「そんなこと……わたし、すぐには決められない。今日会ったばかりなのに駆け落ちなんて……」
「僕はただ、君に幸せになってほしいだけだよリジー」
リジーの心が揺れる。
キャンパスの中で彼女が悲しげに目を伏せる、そのことに誰も気づく者はいなかった。
「自分で何かを決定したことがないの、そんな簡単なことじゃないのよ……!」
「……次はいつ会えるか、もう二度と会えないかも分からない。君はここでなけなしの名誉と誇りに縋って、何もかもお終いにしてもいいのか」
ニュートは静かに決断を迫る。
名誉と誇りを何よりも大切にして生きてきた、もうそれしか残っていなかったから。
――でも、それらは何一つわたしに与えてくれることはなかった。
それどころか無情にも何もかもを奪い去っていった、若さと時間も、幸福も、将来も。
あとに残ったのはどこかの誰かが空想した物語の本と、女王からのたった一枚のカードと、ひとりぼっちの毎日だけ。
「……手紙を、書かせて」リジーは静かに口を開いた。
生まれて初めての、最初で最後の反抗。
家族のことが頭を過った、どんな家族にも幸せな時期があった。
それが過去のことになってしまった今でも、まだ愛情を捨てきれずにいることに今になって気づく。
「……一番、最初に行くのは、お城がいいわ。こんなに近くなのに行ったことないの。それにね……学校にも、本当は行ってみたかったの、こんなこと、誰にも言えなかったけど……」
「……ああ、行こう。どこでも、君の行きたいところへ」
リジーは涙を堪えながらふっと柔らかに微笑む。
これで、本当によかったのか。ニュートは胸に広がるほんの少し苦い気持ちに気づかぬ振りをした。
その時、不意に屋敷のどこかで時計の鐘の音が鳴り響いた。
鈍い音で鐘を打ち鳴らしながら、徐々に鼓動を早め、屋敷全体に響き渡る。
リジーは怯えた様子で身を竦める、ニュートは警戒しながら頭上を見回した。
ポケットの中から壊れて動かないはずのタイムターナーを取り出す、割れた砂時計が高速に回転しながら時計が巻き戻されていく。
壊れた拍子に誤作動を起こしたか、元の時代に運良く戻れればラッキーだが、最悪の場合いつどこに飛ばされるか分からない。
ニュートは真っ先にトランクを掴んで、リジーを抱き寄せ二人の首にタイムターナーを掛けた。
「ごめん、時間切れみたいだ」
金色の砂嵐が巻き起こり、二人を包み込む。
時計の鐘の音がだんだん遠のいていく。
リジーは何が起こってるのか分からないまま、机の引き出しの奥に眠ったままの宝物にしていた女王からのカードにほんの少し後ろ髪を引かれながら、ただしっかりとニュートの背に手を回した。
――
目を開けた時、ニュートは再びあの朽ち果てた部屋の中に戻っていた。
最初に見た時と何も変わらない、しんとした静けさ。
ただ一つ違うのは、ニュートは一人だった。
腕の中にしっかりと抱きしめていたはずのリジーの姿はどこにもなかった、かわりに彼女が大切にしていた一枚のカードだけが手の中に残されていた。
「リジー?」
ニュートの声が部屋の隅で無意味にこだまする。
壊れたタイムターナーの鎖がちぎれて床に落ちた。
呆然と自分の両腕を眺める、その手のひらにはまだ彼女のぬくもりが僅かながらにもしっかりと残っている。
「リジー……?そんな、嘘だろう、リジー?」
答えるものは誰もいない。
ニュートが描いた肖像画もイーゼルも跡形もなく消え去っていた。
――そうだ、よくよく考えれば分かることなのに。
タイムターナーはニュートにとっては過去でも、リジーにとっては未来を遡ることだ。
そんなこと道理にかなってない、できるはずがない。
ニュートは力なく床に膝をついた。
確かにここに彼女はいた、間違いなく実在していた。
「リジー……っ、確かにここに、君はずっとここにいたのに……っ」
やっと、やっと出会えたと思ったのに。
どこまでも時間が二人の間を遮って切り離す。
手にしたカードを、ぽたりとこぼれ落ちたニュートの涙が濡らした。
近くの教会でヴァンクス家の墓を見つけた。
手入れする人間もなく、長い間風雨に晒されつづけたせいでくすんだ御影石には、家人の名前の彫刻がうっすらと消えかかっている。
その中にもリジー・ヴァンクスの名は残されてはいなかった。
彼女の行方は永遠に闇の中で途絶えてしまった。