世界一大きな額縁
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リジーは1850年、ヴァンクス家の長女として誕生した。
五つ上の兄レミントンに続き、次は女の子をと願っていた夫妻にとってはまさに待望の出来事だった。
優しい乳母と素敵なドレスと大好きな家族、なに不自由なく育てられ、全ての女の子が憧れるように、リジーは自分の屋敷の中ではどこに行っても間違いなくお姫様だった。
しかしある日を境に、幸せな家族は突然崩壊しはじめた。
リジーが六歳の誕生日を迎えて少ししたある日のこと、幼少期のおぼろげな記憶に埋もれながらも今でもはっきりと覚えている。
小さな子供には持ち上げることすら困難な大きな花瓶が空中で停止している。
怯える兄の表情……最初は誰も、リジーがなしえたことだとは思いもよらなかった。
彼女の魔力は日に日に力を増し、八歳を迎えた頃にはとうとう自分では抑えきれないほどに強力になっていた。
両親はリジーを一人、田舎の屋敷の奥に隠し、母親は毎日のように腕のたつと評判の医者を呼び、娘は病気だと嘆いた。
それでも、自分は愛されているのだとリジーは何度も何度も己に言い聞かせていた。
「お嬢様は少々血液の量が多いのでしょう、大丈夫、悪い血を抜けば症状も和らぎます」
医師が注射器を取り出し、リジーの細い腕を紐で縛って薄い皮ふの下の血管に針を当てる。
リジーは恐怖から涙を溢れさせる。
「注射は嫌よ、やめて、お願い、助けてお母さま……っ」
「力を抜いて、すぐ済みますから……」
リジーは痛みに声をつまらせ、顔を背けて地獄のように長い時間を必死で耐える。
次第に目の前が真っ暗になり意識が遠のいていく。
「これ以上悪化するようなら、精神病院も検討した方がよろしいでしょう……」傍らで医師の声と、母の啜り泣く嗚咽が聞こえていた。
目を開けた時にはさっきまでの部屋の様子とは明らかに違い、ニュートは1865年の夏にまで時間を遡っていた。
螺を回しすぎたせいで手の中のタイムターナーは砂時計が割れて壊れてしまっていた。
本棚には隙間なく整然と本が並べられ、出窓にはレースのカーテンが揺らめき、足元には織物の絨毯が敷かれている。
「あら……」部屋の前で少女が不思議そうに首を傾げている、ニュートは一目でリジーだと気づいた。
「ああ……もしかしてまた肖像画の画家さん?」
「また……?」
「下書きも出来てないのに、一ヶ月の間にもう二人も逃げちゃったものですから」
わたし一日中ポーズを取らされてたのに、やれやれと肩を竦めた。
リジーは鏡に向かって髪を少し整え、机の前の肘掛け椅子にすまして浅く腰掛ける。
どうやら本当にニュートを画家と勘違いしているらしく、かと言って本当のことを明かす訳にもいかずニュートは戸惑っていた。
「黒いドレスの方がいいかしら?」
「……なぜ?」
「わたしのお葬式の時に飾る絵ですから」
なんでもないことのようにさらりと口にした彼女に、ニュートはあまりの衝撃に言葉を失った。
「……そのままで、そのドレスのままで結構です」
ニュートはコートを脱いで、シャツの袖を捲った。
トランクから動物たちのスケッチに使っているキャンパスとイーゼルを立て、向かい合って座り、見よう見まねで線を描いていく。
リジーはその様子をじっと眺めていた。
微かな息遣いと、キャンパスを引っ掻く音だけが響く中、二人だけの穏やかな時間が流れる。
ニュートはあの秘密基地での一時を思い出していた。
「……僕たち、自己紹介でもしますか」
「良かった、あなたはおしゃべりするタイプの芸術家なのね。気が楽になりました」
「僕はニュート・スキャマンダー」
「リジー・ヴァンクス」
「ええ……知っています」ニュートはキャンパスの向こうから顔を覗かせて笑いかける。
リジーは驚いて、どうして?と訝しげに尋ねる。
ニュートは笑って「言っても信じないでしょう」と誤魔化そうとすると、「言ってみてください、気になるわ」とリジーは退屈しのぎに続きを促した。
「会ったことがある、随分前に」
「まさか、わたしは体が弱くてほとんど家から出たことがないもの」
「……違う、君は本当は病気じゃないでしょう?」
リジーは驚いて息をのむ。
家族も、どの医者も病気だと言うからそう信じて疑わずに生きてきた。
そうして考えることを放棄していかないと、不安と恐怖で押しつぶされそうになるから。
「……でも、知らない間に物を壊してしまったりするから、血の気が多いんだってお医者さまが……」
「……瀉血にはなんの効果もありません、あれは医師の怠慢だ」
「見えないものが見えたり、聞こえないものが聞こえたりするから……精神病院がいいって」
恐怖で上擦った声で、リジーは微かに震えていた。
「……魔法をコントロールできないまま抑圧されると、そういうことが起こることがある、その主治医は早く変えた方がいい」
「ああ、あなたはあの学校の人ね……あの手紙が来てから、わたしの家族はめちゃくちゃよ……っ」
どうしようもない不安と苛立ちが突如としてリジーを襲う。
ふと異変を感じて、ニュートは無意識にトランクに目をやった。
金属の鎖を軋ませながら頭上のシャンデリアが揺れる、重い本棚もガタガタ震え、屋敷全体が地震でも起きたかのように大きく揺れ動く。
「ああ、神さま」リジーは悲鳴のようなか細い声で小さく呟いた。
ニュートはこの原因がリジーにあると悟って、とっさに彼女の傍にかけ寄って膝をつく。
「大丈夫だよリジー、落ち着いて、落ち着けばすぐに止む。shh……」
「こわい、こわいの、助けて」がたがたと震えながら大粒の涙を流すリジーの手を握り、動物たちにするようにニュートは低い声で囁き続ける。
「楽しかったことを思い出すんだ、女王から花束をもらった時のこと、あとは……レミーをひっぱたくところを想像してごらん。ほら、深呼吸してゆっくり……」
年の割に痩せた肩を抱き寄せて、一緒に呼吸を合わせる。
リジーはゆっくりと徐々に落ち着きを取り戻していき、息遣いが正常に戻ると家の揺れはピタリと止まった。
「ほら止まった……僕の言ったとおり」
念の為脈を計ろうとリジーの手首をとった時、両肘の内側にひどい青痣を見つけた。
毎日のように瀉血を繰り返し、針を刺していたせいだろう。
痛々しさにニュートは思わず表情を歪める。
「……どうして知ってるの、花束や、兄のこと」
「君のことなら僕はよく知っている」
ニュートはポケットから小さな薬瓶を取り出し、注射の痕にハナハッカエキスを二、三滴垂らす。
リジーは反射的にビクリと肩を震わせ、見る見るうちに痣が消えていき元の皮ふの赤みを取り戻していく様子に目を見開く。
ニュートは気不味い思いで、握った手をやんわり解いた。
「リジー……このままだと君は死んでしまうよ」
「……そのために肖像画を残すの」リジーは椅子の背もたれに身を預けて、しきりに自分の腕を撫でながら疲れた顔で答える。
ニュートは祈るような気持ちで必至に説得を試みた。
「君は病気じゃない、ずっと病気扱いされてきたからそう思い込んでるだけだ、ホグワーツに行けばちゃんと自分をコントロールできるようになる」
どうしてマグルの彼女が魔法使いの肖像画に描かれていたのか、ずっと不思議だった。
"あなたに会ったことがあるのはわたしだけ"という彼女の言葉の意味がずっと分からなかった。
でも今全ての疑問が腑に落ちた、あの絵を描いたのは今の僕で、いつかこの日が巡ってくることを彼女は最初から知っていたのだ。
リジーがどうなったのかはもはや誰も知らない、でも少なくともあの朽ち果てた屋敷には誰も何もいなかった。
過去を変えることは出来ない、未来はどうなるか分からない。
でも今この瞬間、僕たちは同じ世界に生きている。
「……あなたに何がわかるの……っ」
リジーの涙に濡れた瞳は絶え間ない不安と恐怖に揺らぎながらも、育ちの良さと高潔さを保ち、凛とした声で一蹴する。
「ヴァンクス家は王室とも縁ある由緒正しい家柄よ……わたしには遠くとも、偉大なる国王の血が流れているの!わたしは魔女なんかじゃない!どこもおかしくなんてない!」
リジーが恐れていたのは自らの死ではなく、抑えきれない力にあるとニュートはようやく理解した。
無理に押さえ込もうとするほどその身に余る魔力が暴走する。
いつオブスキュラスが生まれてもおかしくない、今の彼女は家族への愛情でなんとか保たれているだけ。
「リジー……」
やっと会えたのに、手を伸ばせば助けをさしのべることも、慰めることもできるのに。
恐れがリジーを頑なにさせており、ニュートは落胆する。
「……分かった」
今までの画家たちと同じように、さすがに恐れをなして逃げ帰るだろうとリジーは予測して内心ほっと胸を撫で下ろす。
ニュートはトランクを掴むと、蓋を開けてリジーの前に置いた。
てっきり帰るものだと思っていた彼女は椅子に腰掛けたまま目を白黒させる。
「入って」
「……」
呆然とニュートを見つめていると、ニュートはトランクの中に片足を入れ、吸い込まれるように中へと消えていった。
驚きのあまり、リジーは慌てて椅子から転げ落ちるように床に跪いてトランクの中を覗き込む。
降りておいで!奥へと続く梯子の下からニュートが呼びかける。
何の変哲もない、古びた傷だらけのトランク。
トランクを見ていつも思うのは、こんな小さな箱に本当に必要な旅支度が全て収まるかという謎。
リジーからしてみれば、半日の外出も不安になるほど。
それなのに、目の前で人が一人すっぽりと消えていってしまったのだ。
そおっと絨毯の上に頬をつけて床と底の接地面に目を凝らす。
トランクの中からニュートが顔だけ出して、ついさっきまで女王様のように威厳たっぷりに振舞っていたはずのリジーを見て苦笑する。
「何してるの?早くおいで、すごいものを見せてあげる」
五つ上の兄レミントンに続き、次は女の子をと願っていた夫妻にとってはまさに待望の出来事だった。
優しい乳母と素敵なドレスと大好きな家族、なに不自由なく育てられ、全ての女の子が憧れるように、リジーは自分の屋敷の中ではどこに行っても間違いなくお姫様だった。
しかしある日を境に、幸せな家族は突然崩壊しはじめた。
リジーが六歳の誕生日を迎えて少ししたある日のこと、幼少期のおぼろげな記憶に埋もれながらも今でもはっきりと覚えている。
小さな子供には持ち上げることすら困難な大きな花瓶が空中で停止している。
怯える兄の表情……最初は誰も、リジーがなしえたことだとは思いもよらなかった。
彼女の魔力は日に日に力を増し、八歳を迎えた頃にはとうとう自分では抑えきれないほどに強力になっていた。
両親はリジーを一人、田舎の屋敷の奥に隠し、母親は毎日のように腕のたつと評判の医者を呼び、娘は病気だと嘆いた。
それでも、自分は愛されているのだとリジーは何度も何度も己に言い聞かせていた。
「お嬢様は少々血液の量が多いのでしょう、大丈夫、悪い血を抜けば症状も和らぎます」
医師が注射器を取り出し、リジーの細い腕を紐で縛って薄い皮ふの下の血管に針を当てる。
リジーは恐怖から涙を溢れさせる。
「注射は嫌よ、やめて、お願い、助けてお母さま……っ」
「力を抜いて、すぐ済みますから……」
リジーは痛みに声をつまらせ、顔を背けて地獄のように長い時間を必死で耐える。
次第に目の前が真っ暗になり意識が遠のいていく。
「これ以上悪化するようなら、精神病院も検討した方がよろしいでしょう……」傍らで医師の声と、母の啜り泣く嗚咽が聞こえていた。
目を開けた時にはさっきまでの部屋の様子とは明らかに違い、ニュートは1865年の夏にまで時間を遡っていた。
螺を回しすぎたせいで手の中のタイムターナーは砂時計が割れて壊れてしまっていた。
本棚には隙間なく整然と本が並べられ、出窓にはレースのカーテンが揺らめき、足元には織物の絨毯が敷かれている。
「あら……」部屋の前で少女が不思議そうに首を傾げている、ニュートは一目でリジーだと気づいた。
「ああ……もしかしてまた肖像画の画家さん?」
「また……?」
「下書きも出来てないのに、一ヶ月の間にもう二人も逃げちゃったものですから」
わたし一日中ポーズを取らされてたのに、やれやれと肩を竦めた。
リジーは鏡に向かって髪を少し整え、机の前の肘掛け椅子にすまして浅く腰掛ける。
どうやら本当にニュートを画家と勘違いしているらしく、かと言って本当のことを明かす訳にもいかずニュートは戸惑っていた。
「黒いドレスの方がいいかしら?」
「……なぜ?」
「わたしのお葬式の時に飾る絵ですから」
なんでもないことのようにさらりと口にした彼女に、ニュートはあまりの衝撃に言葉を失った。
「……そのままで、そのドレスのままで結構です」
ニュートはコートを脱いで、シャツの袖を捲った。
トランクから動物たちのスケッチに使っているキャンパスとイーゼルを立て、向かい合って座り、見よう見まねで線を描いていく。
リジーはその様子をじっと眺めていた。
微かな息遣いと、キャンパスを引っ掻く音だけが響く中、二人だけの穏やかな時間が流れる。
ニュートはあの秘密基地での一時を思い出していた。
「……僕たち、自己紹介でもしますか」
「良かった、あなたはおしゃべりするタイプの芸術家なのね。気が楽になりました」
「僕はニュート・スキャマンダー」
「リジー・ヴァンクス」
「ええ……知っています」ニュートはキャンパスの向こうから顔を覗かせて笑いかける。
リジーは驚いて、どうして?と訝しげに尋ねる。
ニュートは笑って「言っても信じないでしょう」と誤魔化そうとすると、「言ってみてください、気になるわ」とリジーは退屈しのぎに続きを促した。
「会ったことがある、随分前に」
「まさか、わたしは体が弱くてほとんど家から出たことがないもの」
「……違う、君は本当は病気じゃないでしょう?」
リジーは驚いて息をのむ。
家族も、どの医者も病気だと言うからそう信じて疑わずに生きてきた。
そうして考えることを放棄していかないと、不安と恐怖で押しつぶされそうになるから。
「……でも、知らない間に物を壊してしまったりするから、血の気が多いんだってお医者さまが……」
「……瀉血にはなんの効果もありません、あれは医師の怠慢だ」
「見えないものが見えたり、聞こえないものが聞こえたりするから……精神病院がいいって」
恐怖で上擦った声で、リジーは微かに震えていた。
「……魔法をコントロールできないまま抑圧されると、そういうことが起こることがある、その主治医は早く変えた方がいい」
「ああ、あなたはあの学校の人ね……あの手紙が来てから、わたしの家族はめちゃくちゃよ……っ」
どうしようもない不安と苛立ちが突如としてリジーを襲う。
ふと異変を感じて、ニュートは無意識にトランクに目をやった。
金属の鎖を軋ませながら頭上のシャンデリアが揺れる、重い本棚もガタガタ震え、屋敷全体が地震でも起きたかのように大きく揺れ動く。
「ああ、神さま」リジーは悲鳴のようなか細い声で小さく呟いた。
ニュートはこの原因がリジーにあると悟って、とっさに彼女の傍にかけ寄って膝をつく。
「大丈夫だよリジー、落ち着いて、落ち着けばすぐに止む。shh……」
「こわい、こわいの、助けて」がたがたと震えながら大粒の涙を流すリジーの手を握り、動物たちにするようにニュートは低い声で囁き続ける。
「楽しかったことを思い出すんだ、女王から花束をもらった時のこと、あとは……レミーをひっぱたくところを想像してごらん。ほら、深呼吸してゆっくり……」
年の割に痩せた肩を抱き寄せて、一緒に呼吸を合わせる。
リジーはゆっくりと徐々に落ち着きを取り戻していき、息遣いが正常に戻ると家の揺れはピタリと止まった。
「ほら止まった……僕の言ったとおり」
念の為脈を計ろうとリジーの手首をとった時、両肘の内側にひどい青痣を見つけた。
毎日のように瀉血を繰り返し、針を刺していたせいだろう。
痛々しさにニュートは思わず表情を歪める。
「……どうして知ってるの、花束や、兄のこと」
「君のことなら僕はよく知っている」
ニュートはポケットから小さな薬瓶を取り出し、注射の痕にハナハッカエキスを二、三滴垂らす。
リジーは反射的にビクリと肩を震わせ、見る見るうちに痣が消えていき元の皮ふの赤みを取り戻していく様子に目を見開く。
ニュートは気不味い思いで、握った手をやんわり解いた。
「リジー……このままだと君は死んでしまうよ」
「……そのために肖像画を残すの」リジーは椅子の背もたれに身を預けて、しきりに自分の腕を撫でながら疲れた顔で答える。
ニュートは祈るような気持ちで必至に説得を試みた。
「君は病気じゃない、ずっと病気扱いされてきたからそう思い込んでるだけだ、ホグワーツに行けばちゃんと自分をコントロールできるようになる」
どうしてマグルの彼女が魔法使いの肖像画に描かれていたのか、ずっと不思議だった。
"あなたに会ったことがあるのはわたしだけ"という彼女の言葉の意味がずっと分からなかった。
でも今全ての疑問が腑に落ちた、あの絵を描いたのは今の僕で、いつかこの日が巡ってくることを彼女は最初から知っていたのだ。
リジーがどうなったのかはもはや誰も知らない、でも少なくともあの朽ち果てた屋敷には誰も何もいなかった。
過去を変えることは出来ない、未来はどうなるか分からない。
でも今この瞬間、僕たちは同じ世界に生きている。
「……あなたに何がわかるの……っ」
リジーの涙に濡れた瞳は絶え間ない不安と恐怖に揺らぎながらも、育ちの良さと高潔さを保ち、凛とした声で一蹴する。
「ヴァンクス家は王室とも縁ある由緒正しい家柄よ……わたしには遠くとも、偉大なる国王の血が流れているの!わたしは魔女なんかじゃない!どこもおかしくなんてない!」
リジーが恐れていたのは自らの死ではなく、抑えきれない力にあるとニュートはようやく理解した。
無理に押さえ込もうとするほどその身に余る魔力が暴走する。
いつオブスキュラスが生まれてもおかしくない、今の彼女は家族への愛情でなんとか保たれているだけ。
「リジー……」
やっと会えたのに、手を伸ばせば助けをさしのべることも、慰めることもできるのに。
恐れがリジーを頑なにさせており、ニュートは落胆する。
「……分かった」
今までの画家たちと同じように、さすがに恐れをなして逃げ帰るだろうとリジーは予測して内心ほっと胸を撫で下ろす。
ニュートはトランクを掴むと、蓋を開けてリジーの前に置いた。
てっきり帰るものだと思っていた彼女は椅子に腰掛けたまま目を白黒させる。
「入って」
「……」
呆然とニュートを見つめていると、ニュートはトランクの中に片足を入れ、吸い込まれるように中へと消えていった。
驚きのあまり、リジーは慌てて椅子から転げ落ちるように床に跪いてトランクの中を覗き込む。
降りておいで!奥へと続く梯子の下からニュートが呼びかける。
何の変哲もない、古びた傷だらけのトランク。
トランクを見ていつも思うのは、こんな小さな箱に本当に必要な旅支度が全て収まるかという謎。
リジーからしてみれば、半日の外出も不安になるほど。
それなのに、目の前で人が一人すっぽりと消えていってしまったのだ。
そおっと絨毯の上に頬をつけて床と底の接地面に目を凝らす。
トランクの中からニュートが顔だけ出して、ついさっきまで女王様のように威厳たっぷりに振舞っていたはずのリジーを見て苦笑する。
「何してるの?早くおいで、すごいものを見せてあげる」