世界一大きな額縁
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それから十二年が経った頃。
ニュートは「幻の生物とその生息地」出版のため、スコットランドの田舎町に執筆調査に訪れた。
豊かな自然と中世の古城が残る、伝統と格式を重んじる風光明媚な町。
森は秋の装いに変わりつつあり、美しい丘の上でモサモサの毛に長い角を生やした風変わりなスコットランドのハイランドキャトルがのんびりと草を食んでいる。
柵の近くにいた仔牛を撫でるとその愛らしさにニュートは自然と笑がこぼれた。
「この間産まれたんですよ、なかなかの美人でしょう」牛の世話をしていた男性が観光客と思ったのか愛想よく話しかけてくる。
ニュートは笑顔で同意する。
「ご旅行ですか?」
「ええまあ、そんなところ」
仔牛に視線を落としたままニュートは上の空で答える。
仔牛はくんくんと鼻を鳴らしてニュートのコートの匂いを嗅いでいた。
「バルモラルにはもう行かれましたか?綺麗なお城ですよ。アイリーン・ドナン城やアニック城も美しい。あとは幽霊屋敷なんかも」
「幽霊屋敷?」
「あれだよ」と男性は遠くを指さす、丘の向こうに背の高い針葉樹の陰から尖った三角の屋根が見える。
「四、五十年前までは貴族さまが住んでおられたらしいが、今はボロボロで廃墟みたいになってる」
「本当に幽霊が出るの?」
「さあね、子供の頃に一度行ったきりですから」
男性は肩を竦めて仕事に戻っていった。
ニュートはもう一度振り返り屋敷の方を見つめる。
"――父が伯爵だから、お城で働いていたのよ"
十年以上も前の記憶が淡い思い出となって蘇る。
彼女の時代は今は亡きヴィクトリア女王の治世中、バルモラルは女王夫妻が好んで使っていた夏の避暑地……
いずれも四十年か五十年は経っていてもおかしくはない。
「――あ、あの!あそこに住んでた人たちの名前って、覚えていませんか……?」
「さあ……僕が子供の頃には、もう誰も住んでいなかったからねえ」
力になれなくてすまないね、と男性は帽子をとって小さく頭を下げた。
次の瞬間にはニュートは屋敷の近くに姿現ししていた。
もし、あれがリジーの家だったら。
子供の頃に見つけた肖像画に描かれた女の子……二人が生まれてくるのが早いか遅いかしたらと、何度も願い悩んで後悔した。
あの頃の僕の気持ちに嘘はない。
でも今なら、あの時の彼女の気持ちも理解出来る。
どうしてあの時、彼女を責めるような言葉が言えたのか。
なぜ黙ってさよならもなしに別れることができたのか、今もずっと悔やんでいる。
主を失い、手入れもされず、屋敷はもはや忘れ去られたかのように朽ち果てていた。
しんと静まりかえった、長らく人の生活の気配がしていない内部はまるで、家自体が死んでしまっているかのよう。
ギシ、ギシ、歩くたびに床が軋んで悲鳴をあげる。
宮殿の舞踏場のようになだらかな曲線を描く階段の踊り場にはこの家のかつての主と思しき、軍服に身を包んだ凛々しい顔立ちの青年の肖像画が飾られていた。
窓から射し込む陽光で日焼けてしまい、所々絵の具が剥がれた肖像画には"1845.7 レミントン・ヴァンクス"とサインが記されている。
ヴァンクス……レミントン、レミー……
"――レミーお兄さまが四つの時には婚約者がいたわ"
恐らく、名前と年代からしてこの人物はリジーの父親だろう。
跡継ぎの長男には父親の名前をつけるのが当時の貴族の慣習だから。
床板を軋ませながら階段を上がって上階へと向かう。
もし今もリジーがここにいるのなら、ゴーストでもなんでもいいから姿を見せてくれと心の中で祈る。
僅かな気配も逃さないように意識を集中させて、身長に歩を進める。
開きかけた一枚のドアを軽く手で押すと、蝶番が甲高い泣き声を上げながら重いドアがゆっくり開く。
日当たりのいい南向きの出窓、恐らくここが屋敷の中で一番いい部屋。
まず視界に飛び込んできたのは、背の高い本棚から落ちて床に折り重なったたくさんの本と比較的保存状態のよい白木の机。
若草物語、シェイクスピア、不思議の国のアリス――無造作に散らばった初版本の数々は現在では計り知れないほどの値がするのだろう。
ニュートは机の引き出しをゆっくりと開ける、中には古い日焼けたカードが一枚、大切に仕舞われていた。
"ヴァンクス家の皆さんへ、よいクリスマスをお過ごしください"短い言葉が添えられ王家の紋章が描かれたクリスマスカード。
ニュートはゆっくりと深く息をつく。
ここはきっとリジーの部屋だったんだ、彼女はずっとこの部屋で一人ぼっちで長い時間を過ごしていた。
ずっと探し求めていた気配がすぐ近くにあるような気がしてニュートは部屋を見渡す、埃っぽい朽ちた部屋にはニュート以外誰もいない。
トランクからタイムターナーを取り出し、祈るような気持ちで螺を回す。
金色の雪のようなものが風になって屋敷中を駆け抜け、この家の過去の記憶が蘇っていく――。
ニュートは「幻の生物とその生息地」出版のため、スコットランドの田舎町に執筆調査に訪れた。
豊かな自然と中世の古城が残る、伝統と格式を重んじる風光明媚な町。
森は秋の装いに変わりつつあり、美しい丘の上でモサモサの毛に長い角を生やした風変わりなスコットランドのハイランドキャトルがのんびりと草を食んでいる。
柵の近くにいた仔牛を撫でるとその愛らしさにニュートは自然と笑がこぼれた。
「この間産まれたんですよ、なかなかの美人でしょう」牛の世話をしていた男性が観光客と思ったのか愛想よく話しかけてくる。
ニュートは笑顔で同意する。
「ご旅行ですか?」
「ええまあ、そんなところ」
仔牛に視線を落としたままニュートは上の空で答える。
仔牛はくんくんと鼻を鳴らしてニュートのコートの匂いを嗅いでいた。
「バルモラルにはもう行かれましたか?綺麗なお城ですよ。アイリーン・ドナン城やアニック城も美しい。あとは幽霊屋敷なんかも」
「幽霊屋敷?」
「あれだよ」と男性は遠くを指さす、丘の向こうに背の高い針葉樹の陰から尖った三角の屋根が見える。
「四、五十年前までは貴族さまが住んでおられたらしいが、今はボロボロで廃墟みたいになってる」
「本当に幽霊が出るの?」
「さあね、子供の頃に一度行ったきりですから」
男性は肩を竦めて仕事に戻っていった。
ニュートはもう一度振り返り屋敷の方を見つめる。
"――父が伯爵だから、お城で働いていたのよ"
十年以上も前の記憶が淡い思い出となって蘇る。
彼女の時代は今は亡きヴィクトリア女王の治世中、バルモラルは女王夫妻が好んで使っていた夏の避暑地……
いずれも四十年か五十年は経っていてもおかしくはない。
「――あ、あの!あそこに住んでた人たちの名前って、覚えていませんか……?」
「さあ……僕が子供の頃には、もう誰も住んでいなかったからねえ」
力になれなくてすまないね、と男性は帽子をとって小さく頭を下げた。
次の瞬間にはニュートは屋敷の近くに姿現ししていた。
もし、あれがリジーの家だったら。
子供の頃に見つけた肖像画に描かれた女の子……二人が生まれてくるのが早いか遅いかしたらと、何度も願い悩んで後悔した。
あの頃の僕の気持ちに嘘はない。
でも今なら、あの時の彼女の気持ちも理解出来る。
どうしてあの時、彼女を責めるような言葉が言えたのか。
なぜ黙ってさよならもなしに別れることができたのか、今もずっと悔やんでいる。
主を失い、手入れもされず、屋敷はもはや忘れ去られたかのように朽ち果てていた。
しんと静まりかえった、長らく人の生活の気配がしていない内部はまるで、家自体が死んでしまっているかのよう。
ギシ、ギシ、歩くたびに床が軋んで悲鳴をあげる。
宮殿の舞踏場のようになだらかな曲線を描く階段の踊り場にはこの家のかつての主と思しき、軍服に身を包んだ凛々しい顔立ちの青年の肖像画が飾られていた。
窓から射し込む陽光で日焼けてしまい、所々絵の具が剥がれた肖像画には"1845.7 レミントン・ヴァンクス"とサインが記されている。
ヴァンクス……レミントン、レミー……
"――レミーお兄さまが四つの時には婚約者がいたわ"
恐らく、名前と年代からしてこの人物はリジーの父親だろう。
跡継ぎの長男には父親の名前をつけるのが当時の貴族の慣習だから。
床板を軋ませながら階段を上がって上階へと向かう。
もし今もリジーがここにいるのなら、ゴーストでもなんでもいいから姿を見せてくれと心の中で祈る。
僅かな気配も逃さないように意識を集中させて、身長に歩を進める。
開きかけた一枚のドアを軽く手で押すと、蝶番が甲高い泣き声を上げながら重いドアがゆっくり開く。
日当たりのいい南向きの出窓、恐らくここが屋敷の中で一番いい部屋。
まず視界に飛び込んできたのは、背の高い本棚から落ちて床に折り重なったたくさんの本と比較的保存状態のよい白木の机。
若草物語、シェイクスピア、不思議の国のアリス――無造作に散らばった初版本の数々は現在では計り知れないほどの値がするのだろう。
ニュートは机の引き出しをゆっくりと開ける、中には古い日焼けたカードが一枚、大切に仕舞われていた。
"ヴァンクス家の皆さんへ、よいクリスマスをお過ごしください"短い言葉が添えられ王家の紋章が描かれたクリスマスカード。
ニュートはゆっくりと深く息をつく。
ここはきっとリジーの部屋だったんだ、彼女はずっとこの部屋で一人ぼっちで長い時間を過ごしていた。
ずっと探し求めていた気配がすぐ近くにあるような気がしてニュートは部屋を見渡す、埃っぽい朽ちた部屋にはニュート以外誰もいない。
トランクからタイムターナーを取り出し、祈るような気持ちで螺を回す。
金色の雪のようなものが風になって屋敷中を駆け抜け、この家の過去の記憶が蘇っていく――。