Ⅲ
夢小説設定
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店を出ると、外はわずかに白い雪がちらついていた。
買ったばかりの焼き菓子の紙袋を下げて、足早に通りを歩いていく。
息をつくたびに冷えた空気に白い靄が滲む。
肌を突き刺す寒さに身を竦め、マフラーに顔を埋める。
その時ふと、通りを行く人並みの中に溺れるように小さな子供が一人立ち尽くしているのが目についた。
まだ三つか四つぐらいの女の子が一人で、身の丈よりも随分大きい大人用のコートと古ぼけたマフラーをぐるぐる巻きにして、足元は冬用のブーツに靴下も履かずに大量のビラを手に持っていた。
リジーは思わず足を止め、唖然としながらこの子の保護者はどこに行ったのかと周囲を見回す。
「ねえ、あなた……」
戸惑いながらも声を掛ける、少女は今にも凍えそうなくらいに震えながらリジーを見上げる。
その瞳には怯えたような表情が浮かんでいる。
少女は寒さですっかり白くなった小さな手にビラを一枚差し出した。
「新セーレム救世軍」の文字と子供に配らせてよいものとは到底思えない、炎につつまれ悶え苦しむ女性たちの描かれたおぞましい挿絵。
リジーは恐怖から目を背けたくなった。
「……お嬢ちゃん、パパとママは?」
「いない」
「一人で来たの?それとも……誰かにビラを配るように言われたの?」
「……」
少女は俯いたまま黙りこくる。
寒そうなむき出しの小さな手をさすってあげようとリジーが手を出すと、打たれるとでも思ったのか少女はビクッと身体を揺らして手を引っ込めた。
リジーは膝をついて目線を合わせる、一人っ子だったせいか小さな子供にどうやって接していいのか分からずに内心戸惑っていた。
その時、きゅう~と少女の腹の虫が切ない声をあげる。
お腹を空かしているのだと悟り、リジーは慌てて紙袋の中を漁る。
綺麗に包装されたマフィンの袋を開けて差し出す、少女は反射的に首をぶるずる横に振った。
「いらないの?お腹空いてるんでしょう?」
「……ミセス・ベアボーンに叱られる」
名前で呼ぶあたり、実の母親ではないのだろう。
普通の母親なら、真冬に子供をこんな格好で一人で通りに立たせたりはしない。
彼女の不遇は気の毒としか言い様がないが、かと言ってリジーにどうにか出来るものでもない。
じゃあ、とリジーは少女の手から大量のビラを取って、その手にマフィンを持たせる。
「これと交換」
少女は驚いてマフィンを見つめながら、でもと口にする。
「早く食べちゃいなさい……お腹の中に隠しちゃえばミセス・ベアボーンも分からないわ」
「……」
毒味でもするかのように恐る恐るマフィンにかぶりつく。
少女は弾かれたように顔を上げて、やっと子供らしいあどけない顔になって嬉しそうに頬を綻ばせた。
「おいしい?」
「おいしい!」
リジーは自然と笑顔になりながら少女の小さな頭を撫でる。
その時、十七か八ぐらいのひょろりと背の高い黒髪の青年が息を切らして走ってきて少女に「モデスティ」と呼びかけた。
「クリーデンス……」
「帰ろう、モデスティ」
クリーデンスという名の青年はどこかオドオドして怯えたような目でリジーを見ると、せっつくようにモデスティに手を繋ぐよう差し出す。
その手を見て、リジーはぎょっとした。
彼の手のひらは細い赤みが重なるように何本も広がり皮がむけており、まるで鞭打たれたようなまだ真新しい傷がついていた。
モデスティは残りのマフィンを慌てて口の中に押し込めて、クリーデンスの手を見ると彼の上着のの袖を遠慮がちに掴んだ。
「その手……」
クリーデンスはモデスティを連れて逃げるように足早に去って行き、モデスティは名残惜しげにリジーを振り返り小さく手を振ってくれた。
リジーは二人がこの後どんな家に、どんな家族のもとに帰っていくのかと思うと、笑顔で手を振り返すことができなかった。
買ったばかりの焼き菓子の紙袋を下げて、足早に通りを歩いていく。
息をつくたびに冷えた空気に白い靄が滲む。
肌を突き刺す寒さに身を竦め、マフラーに顔を埋める。
その時ふと、通りを行く人並みの中に溺れるように小さな子供が一人立ち尽くしているのが目についた。
まだ三つか四つぐらいの女の子が一人で、身の丈よりも随分大きい大人用のコートと古ぼけたマフラーをぐるぐる巻きにして、足元は冬用のブーツに靴下も履かずに大量のビラを手に持っていた。
リジーは思わず足を止め、唖然としながらこの子の保護者はどこに行ったのかと周囲を見回す。
「ねえ、あなた……」
戸惑いながらも声を掛ける、少女は今にも凍えそうなくらいに震えながらリジーを見上げる。
その瞳には怯えたような表情が浮かんでいる。
少女は寒さですっかり白くなった小さな手にビラを一枚差し出した。
「新セーレム救世軍」の文字と子供に配らせてよいものとは到底思えない、炎につつまれ悶え苦しむ女性たちの描かれたおぞましい挿絵。
リジーは恐怖から目を背けたくなった。
「……お嬢ちゃん、パパとママは?」
「いない」
「一人で来たの?それとも……誰かにビラを配るように言われたの?」
「……」
少女は俯いたまま黙りこくる。
寒そうなむき出しの小さな手をさすってあげようとリジーが手を出すと、打たれるとでも思ったのか少女はビクッと身体を揺らして手を引っ込めた。
リジーは膝をついて目線を合わせる、一人っ子だったせいか小さな子供にどうやって接していいのか分からずに内心戸惑っていた。
その時、きゅう~と少女の腹の虫が切ない声をあげる。
お腹を空かしているのだと悟り、リジーは慌てて紙袋の中を漁る。
綺麗に包装されたマフィンの袋を開けて差し出す、少女は反射的に首をぶるずる横に振った。
「いらないの?お腹空いてるんでしょう?」
「……ミセス・ベアボーンに叱られる」
名前で呼ぶあたり、実の母親ではないのだろう。
普通の母親なら、真冬に子供をこんな格好で一人で通りに立たせたりはしない。
彼女の不遇は気の毒としか言い様がないが、かと言ってリジーにどうにか出来るものでもない。
じゃあ、とリジーは少女の手から大量のビラを取って、その手にマフィンを持たせる。
「これと交換」
少女は驚いてマフィンを見つめながら、でもと口にする。
「早く食べちゃいなさい……お腹の中に隠しちゃえばミセス・ベアボーンも分からないわ」
「……」
毒味でもするかのように恐る恐るマフィンにかぶりつく。
少女は弾かれたように顔を上げて、やっと子供らしいあどけない顔になって嬉しそうに頬を綻ばせた。
「おいしい?」
「おいしい!」
リジーは自然と笑顔になりながら少女の小さな頭を撫でる。
その時、十七か八ぐらいのひょろりと背の高い黒髪の青年が息を切らして走ってきて少女に「モデスティ」と呼びかけた。
「クリーデンス……」
「帰ろう、モデスティ」
クリーデンスという名の青年はどこかオドオドして怯えたような目でリジーを見ると、せっつくようにモデスティに手を繋ぐよう差し出す。
その手を見て、リジーはぎょっとした。
彼の手のひらは細い赤みが重なるように何本も広がり皮がむけており、まるで鞭打たれたようなまだ真新しい傷がついていた。
モデスティは残りのマフィンを慌てて口の中に押し込めて、クリーデンスの手を見ると彼の上着のの袖を遠慮がちに掴んだ。
「その手……」
クリーデンスはモデスティを連れて逃げるように足早に去って行き、モデスティは名残惜しげにリジーを振り返り小さく手を振ってくれた。
リジーは二人がこの後どんな家に、どんな家族のもとに帰っていくのかと思うと、笑顔で手を振り返すことができなかった。