Ⅲ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
魔法省を出てホワイトホールに停めてあったリジーのモデルTに乗り込み、ドアを閉めるとニュートは青緑色のコートを脱いで彼女に預けた。
頬に軽くキスを受けながらリジーはずっと気になっていた疑問をぶつけてみることにした。
「局長が婚約したって本当なの?」
「え?あー……うん、そうらしいね」
ニュートはなんて答えようか迷ったが、知らないふりをするのもおかしいし、自分が嘘が下手なのも自覚していたので正直に認めた。
リジーは訝しげに眉をひそめた。
「……僕も昨夜知ったんだ、事後報告で」
「なんて?」
「婚約してきた、式は挙げない……とだけ」
「何それ、他には?相手の女性のこととか」
「他……」
無いこともない……けど、今ここで話す訳にもいかない。
ニュートは必死で誤魔化した。
「えーっと、そのう……実はだいぶ飲んじゃって……途中から記憶があんまり……」
リジーはぽかんと口を開けたまま、唖然とした。
恐る恐る答えたニュートは彼女の表情を見てしまった!と思った。
よくよく考えたら大事な話の時に「酔ってて覚えてない」はない、語尾がだんだん小さくなっていく。
リジーは信じられないといった様子で首を振った。
「二人でお酒を飲んだの?お兄さまと?」
彼女の言い方がまるで、子供の成長に驚く母親のような口ぶりだったのでニュートは少しむきになって「僕もう22だよ?」と付け加えた。
「そんなに仲良かった?」
「……向こうはそう思ってる」
核心をついた質問に、ニュートは煮すぎた紅茶を一気に飲み干したような渋い顔で答えた。
ふーん、とニュートのコートを畳みながらリジーはなおも首を傾げて先程のテセウスの様子を思い浮かべていた。
「あんまり幸せそうじゃなかった。おめでとうございますって言ったんだけど、そんな雰囲気じゃなくて……言わない方がよかったかしら」
「……それ以外なんて言うんだよ」
リジーは横目でちらりとニュートを見つめて、コートを畳んで膝の上に乗せた。
ふと、手のひらがポケットを撫でて、ウールのコートを中から押し上げる小さな膨らみに違和感を感じて手を中に入れてみた。
出てきたのはくしゃくしゃになった紙切れ、なんだろうと思いつつシワを伸ばして広げてみる。
シートベルトをはめたニュートは、キーに指をかけながら助手席のリジーを確認する。
あっ、と気づいたときにはもう遅かった。
「嘘でしょ……一体何を買ったの?」
600ガリオンも!
彼女が広げていたのはニュートのサインが入った指輪を買った時の伝票だった。
そういえば、丸めてコートのポケットにつっこんだような気がしなくもない。
「うっそだろ……僕はなんてバカなんだ……」
「変な壺でも買わされたの?」
「いや、違うんだよ、そうじゃなくて、これはそのう……」
「じゃあ何?二フラーのための金の延べ棒?」
リジーは無意識に声を張り上げた。
さすがに見過ごせるような金額ではない。
給料の3ヶ月分だ、その中にはアパートの家賃に水道光熱費、二人分(二フラーとニュート)の食費、毎月の貯金、諸々の生活費が含まれているわけで……。
頭の中が真っ白になった。
「リジー、ちゃんと説明するから、とりあえずなにか食べに行こうよ、ね?」
そろりそろりと伝票とコートを取り返そうとするが、彼女は頑なに離そうとしない。
「なぜ?」
「な、なぜって……」
「今話してよ、気になるじゃない!それとも話せない理由でもあるわけ?」
「ああそうだよ、大アリだ!」
ニュートはコートを後部座席へ放った。
まだポケットの中に物が入ってるんだ、リジーは直感した。
ポケットの中に入るぐらいの大きさのもの、まずここで「変な壺」が候補から消える。
延べ棒ぐらいなら余裕で入りそうだが、小さいものでもそれなりに重いはず、さっき持った感じから言ってそうでもなかった。
良くも悪くもNOと言えない人だから、しつこく勧められたり二フラーにねだられたりしたら何でも買ってしまいそう。
「……貯金だよ」
「え?」
「僕の貯金、親がずっと貯めてくれてたやつ」
ニュートはハンドルにごつんと額を打ちつけた。
リジーは伝票に視線を戻す。
薄い紙に透かし彫りで浮かび上がったロゴマークが、ダイアゴン横丁にある老舗の高級ジュエラーのだと気づくとリジーは口許を手で覆いながらシートに倒れ込んだ。
それから嬉しくてニュートの唇にキスをして、力いっぱい抱きしめた。
勢いあまって狭い車内に体のあちこちをぶつけながらニュートはリジーを受け止めた。
「サプライズが台無しだ」
「詰めが甘いのよ」
ニュートは後部座席に腕を伸ばしてコートのポケットから小さい箱を取り出した。
「とりあえず、まずご飯を食べに行こう。それから、決めること決めちゃわないと」
「例えば?」
「仕事のこととか、お金のこと。あとは……子供は何人欲しいかとか」
「まだ早すぎよ!」
「最重要事項だよ」
ニュートが悪戯っぽく笑うとリジーは照れくさそうにはにかんだ。
それから、と続けながらリジーの手をとる。
「休みを取って、きみのお義父さんに会いに行ったら、結婚しよう」
ビロードの箱の蓋をぱくりと開けると揃いの金の指輪が二つ重なって収まっていた。
表面が所々薄く削られていて、二つ合わさると世界地図になる。
イギリスの部分にダイヤが光っていた。
指輪はリジーの指にぴったりはまった。
「すてき、あなたも」
リジーはニュートの手をとり、もう一つの指輪を骨ばりごつごつした指にはめた。
二つの指輪がはめられると同時に、指輪に掛けられたいくつもの魔法が発動するのを感じた。
「? なんの呪文を掛けたの?」
「紛失防止魔法」
「二フラー避けにもなるかしら、寝てる間に取られないようにね?」
「あとボケ防止の魔法、これで将来も安心だね」
「なあにそれ!わたしはボケたりしないわっ」
ニュートの意地悪にリジーは憤慨したふりをしながらも、表情には満面の笑みを浮かべていた。
幸せすぎて胸がいっぱいで、通りすがる人全員抱きしめたくなるほどに。
ニュートの計画は失敗に終わったが、結果として大成功だと言えるだろう。
リジーは自分が今世界中で誰よりも幸せだと言える自信があった。
反面、嬉しすぎて笑顔のまま頬が固まってしまったみたいでどうにもこうにも戻らず、そのうちギシギシ痛くなってきた。
「笑いすぎて頬が痛いわ、もう戻らないかも」と冗談っぽく言うとニュートは頬を手のひらで揉みながら「愉快だね、かわいいよ」と笑ってキスをした。
ふと、テセウスの顔が頭をよぎった。
彼は違った、幸せとは程遠いところで一人ぼっちみたいに。
政略結婚……そんな回りくどいことしなくてもあの人ならいつかもっと上まで行けるはずだ。
あの表情は、罪悪感?もしくは葛藤?
誰かを悲しませてしまった、こうするより他なかった。
……まさか。
「ねえ、ニュート……」
「うん?」
リタのこと、何か聞いてる?
そう言いかけて、やめた。
「……何食べに行くか覚えてる?」
ニュートは長い沈黙の後に「……パスタだ!」と晴れやかな表情で答えた。
頬に軽くキスを受けながらリジーはずっと気になっていた疑問をぶつけてみることにした。
「局長が婚約したって本当なの?」
「え?あー……うん、そうらしいね」
ニュートはなんて答えようか迷ったが、知らないふりをするのもおかしいし、自分が嘘が下手なのも自覚していたので正直に認めた。
リジーは訝しげに眉をひそめた。
「……僕も昨夜知ったんだ、事後報告で」
「なんて?」
「婚約してきた、式は挙げない……とだけ」
「何それ、他には?相手の女性のこととか」
「他……」
無いこともない……けど、今ここで話す訳にもいかない。
ニュートは必死で誤魔化した。
「えーっと、そのう……実はだいぶ飲んじゃって……途中から記憶があんまり……」
リジーはぽかんと口を開けたまま、唖然とした。
恐る恐る答えたニュートは彼女の表情を見てしまった!と思った。
よくよく考えたら大事な話の時に「酔ってて覚えてない」はない、語尾がだんだん小さくなっていく。
リジーは信じられないといった様子で首を振った。
「二人でお酒を飲んだの?お兄さまと?」
彼女の言い方がまるで、子供の成長に驚く母親のような口ぶりだったのでニュートは少しむきになって「僕もう22だよ?」と付け加えた。
「そんなに仲良かった?」
「……向こうはそう思ってる」
核心をついた質問に、ニュートは煮すぎた紅茶を一気に飲み干したような渋い顔で答えた。
ふーん、とニュートのコートを畳みながらリジーはなおも首を傾げて先程のテセウスの様子を思い浮かべていた。
「あんまり幸せそうじゃなかった。おめでとうございますって言ったんだけど、そんな雰囲気じゃなくて……言わない方がよかったかしら」
「……それ以外なんて言うんだよ」
リジーは横目でちらりとニュートを見つめて、コートを畳んで膝の上に乗せた。
ふと、手のひらがポケットを撫でて、ウールのコートを中から押し上げる小さな膨らみに違和感を感じて手を中に入れてみた。
出てきたのはくしゃくしゃになった紙切れ、なんだろうと思いつつシワを伸ばして広げてみる。
シートベルトをはめたニュートは、キーに指をかけながら助手席のリジーを確認する。
あっ、と気づいたときにはもう遅かった。
「嘘でしょ……一体何を買ったの?」
600ガリオンも!
彼女が広げていたのはニュートのサインが入った指輪を買った時の伝票だった。
そういえば、丸めてコートのポケットにつっこんだような気がしなくもない。
「うっそだろ……僕はなんてバカなんだ……」
「変な壺でも買わされたの?」
「いや、違うんだよ、そうじゃなくて、これはそのう……」
「じゃあ何?二フラーのための金の延べ棒?」
リジーは無意識に声を張り上げた。
さすがに見過ごせるような金額ではない。
給料の3ヶ月分だ、その中にはアパートの家賃に水道光熱費、二人分(二フラーとニュート)の食費、毎月の貯金、諸々の生活費が含まれているわけで……。
頭の中が真っ白になった。
「リジー、ちゃんと説明するから、とりあえずなにか食べに行こうよ、ね?」
そろりそろりと伝票とコートを取り返そうとするが、彼女は頑なに離そうとしない。
「なぜ?」
「な、なぜって……」
「今話してよ、気になるじゃない!それとも話せない理由でもあるわけ?」
「ああそうだよ、大アリだ!」
ニュートはコートを後部座席へ放った。
まだポケットの中に物が入ってるんだ、リジーは直感した。
ポケットの中に入るぐらいの大きさのもの、まずここで「変な壺」が候補から消える。
延べ棒ぐらいなら余裕で入りそうだが、小さいものでもそれなりに重いはず、さっき持った感じから言ってそうでもなかった。
良くも悪くもNOと言えない人だから、しつこく勧められたり二フラーにねだられたりしたら何でも買ってしまいそう。
「……貯金だよ」
「え?」
「僕の貯金、親がずっと貯めてくれてたやつ」
ニュートはハンドルにごつんと額を打ちつけた。
リジーは伝票に視線を戻す。
薄い紙に透かし彫りで浮かび上がったロゴマークが、ダイアゴン横丁にある老舗の高級ジュエラーのだと気づくとリジーは口許を手で覆いながらシートに倒れ込んだ。
それから嬉しくてニュートの唇にキスをして、力いっぱい抱きしめた。
勢いあまって狭い車内に体のあちこちをぶつけながらニュートはリジーを受け止めた。
「サプライズが台無しだ」
「詰めが甘いのよ」
ニュートは後部座席に腕を伸ばしてコートのポケットから小さい箱を取り出した。
「とりあえず、まずご飯を食べに行こう。それから、決めること決めちゃわないと」
「例えば?」
「仕事のこととか、お金のこと。あとは……子供は何人欲しいかとか」
「まだ早すぎよ!」
「最重要事項だよ」
ニュートが悪戯っぽく笑うとリジーは照れくさそうにはにかんだ。
それから、と続けながらリジーの手をとる。
「休みを取って、きみのお義父さんに会いに行ったら、結婚しよう」
ビロードの箱の蓋をぱくりと開けると揃いの金の指輪が二つ重なって収まっていた。
表面が所々薄く削られていて、二つ合わさると世界地図になる。
イギリスの部分にダイヤが光っていた。
指輪はリジーの指にぴったりはまった。
「すてき、あなたも」
リジーはニュートの手をとり、もう一つの指輪を骨ばりごつごつした指にはめた。
二つの指輪がはめられると同時に、指輪に掛けられたいくつもの魔法が発動するのを感じた。
「? なんの呪文を掛けたの?」
「紛失防止魔法」
「二フラー避けにもなるかしら、寝てる間に取られないようにね?」
「あとボケ防止の魔法、これで将来も安心だね」
「なあにそれ!わたしはボケたりしないわっ」
ニュートの意地悪にリジーは憤慨したふりをしながらも、表情には満面の笑みを浮かべていた。
幸せすぎて胸がいっぱいで、通りすがる人全員抱きしめたくなるほどに。
ニュートの計画は失敗に終わったが、結果として大成功だと言えるだろう。
リジーは自分が今世界中で誰よりも幸せだと言える自信があった。
反面、嬉しすぎて笑顔のまま頬が固まってしまったみたいでどうにもこうにも戻らず、そのうちギシギシ痛くなってきた。
「笑いすぎて頬が痛いわ、もう戻らないかも」と冗談っぽく言うとニュートは頬を手のひらで揉みながら「愉快だね、かわいいよ」と笑ってキスをした。
ふと、テセウスの顔が頭をよぎった。
彼は違った、幸せとは程遠いところで一人ぼっちみたいに。
政略結婚……そんな回りくどいことしなくてもあの人ならいつかもっと上まで行けるはずだ。
あの表情は、罪悪感?もしくは葛藤?
誰かを悲しませてしまった、こうするより他なかった。
……まさか。
「ねえ、ニュート……」
「うん?」
リタのこと、何か聞いてる?
そう言いかけて、やめた。
「……何食べに行くか覚えてる?」
ニュートは長い沈黙の後に「……パスタだ!」と晴れやかな表情で答えた。