Ⅲ
夢小説設定
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珍しく話があるとテセウスに呼び出され待ち合わせに指定されたのは、彼の執務室でもコッツウォルズの実家でもなく、ロンドン一番の五つ星ホテルのラウンジだった。
ただでさえ兄からの呼び出しで気が重いのに、格式ある豪奢なホテルはあまりに敷居が高い。
肝心のテセウスはまだで、仕方なく何か飲みながら待ってようかとカウンター奥のバックバーを見渡せば、見事に知らない酒ばかりで、このまますっぽかして逃げ帰りたくなった。
「悪い、待たせた」
テセウスは珍しく疲れた様子で現れ、隣に腰を下ろすとネクタイを少し緩めて強い酒を頼んだ。
「一度入ってみたかったんだ、ここはガリオンが使えるぞ」
勧められるまま注がれた黄金色の液体を一口舐めて、顔を顰める。
「……それで、話って?」
それ以上酒に手をつけることなく、それとなく会話を促す。
テセウスはグラスを一気に煽り、かんっと音を立ててカウンターの上に置いた。
「リタを見つけた」
ニュートは驚いてテセウスの方を見た。
並々とグラスを注ぎ足しながら彼は淡々と続ける。
「詳しいことは言えないが、信奉者ではなかった。重要事件の証人として法的に保護される。悪いが、もう彼女とは会えない」
「そう……」
無事ならそれでいい、彼女は潔白だったわけだから。
そう自分に言い聞かせながらも、言葉が出てこなかった。
「それから……」
テセウスは数秒の間、酔いがまわったようにぼんやりと酒杯を弄んで言った。
「ついさっき、婚約した」
「……は?」
「式は挙げない。その分お前が盛大にやればいい、母さんたちを喜ばせてやれ」
驚きのあまり言葉を失った。
よくよく見ると、彼の指には金のエンゲージリングが光っていた。
いるにはいるだろうと、むしろ恋人の一人や二人いない方がおかしいと思ってはいたが。
まさか、こんなに急だなんて。
「相手は……好きな人?」
どうしてそんなことを、テセウスが尋ねる。
自分でもおかしな事を言ってる自覚はあった。
兄の性格からいって、わざわざ政略結婚をするような男ではない。
実際、そうでなくともここまでのし上がったわけだから。
「……幸せそうには見えないから」
テセウスは小さくため息をつく。
疲れの滲んだ表情はどう見ても、ついさっき婚約してきた幸せの絶頂にいる人には見えない。
「……まあ、いずれ分かることか」
「なにが?」
グラスの氷を指でつっつきながらニュートは上の空みたいに答える。
聞きたいことは山ほどあったが、今の兄に声を掛けてもいいのか分からなかった。
「マーガレット、彼女の名前はマーガレットだ」
兄の口から出た言葉に一瞬、耳を疑った。
少なくとも、共通の知り合いで「マーガレット」と呼ばれる人物は一人しかいない。
幼き日、リタの母親が娘のことをそう呼んでいた。
「……嘘だろ?」
テセウスは何も答えず、グラスの酒を煽る。
無言はすなわち肯定の意だ。
「事と次第によっては大事だ」
「要はバレなきゃいい、バレたとしても彼女は無実なんだから」
法と秩序を重んじる立場の人間とは思えない発言に、彼の必死さが伝わってきて、ニュートはどこか哀れに思えた。
「幼なじみでも実の妹のように思ってきたんだ。家族の命が危険かもしれないのに、見捨てられるわけないだろう」
そう言って、右手の指輪を愛情のこもった眼差しで見つめた。
いつからか野心を求め、自らの安定を計るようになり、すっかり人が変わってしまったように思えた兄の本音を一瞬、その一言に垣間見た気がした。
「お前は心配しなくてもいい、これは僕の仕事だ。必ずカタを付けるよ」
彼が何を考えているのか、ニュートにはまだ分からなかった。
ただでさえ兄からの呼び出しで気が重いのに、格式ある豪奢なホテルはあまりに敷居が高い。
肝心のテセウスはまだで、仕方なく何か飲みながら待ってようかとカウンター奥のバックバーを見渡せば、見事に知らない酒ばかりで、このまますっぽかして逃げ帰りたくなった。
「悪い、待たせた」
テセウスは珍しく疲れた様子で現れ、隣に腰を下ろすとネクタイを少し緩めて強い酒を頼んだ。
「一度入ってみたかったんだ、ここはガリオンが使えるぞ」
勧められるまま注がれた黄金色の液体を一口舐めて、顔を顰める。
「……それで、話って?」
それ以上酒に手をつけることなく、それとなく会話を促す。
テセウスはグラスを一気に煽り、かんっと音を立ててカウンターの上に置いた。
「リタを見つけた」
ニュートは驚いてテセウスの方を見た。
並々とグラスを注ぎ足しながら彼は淡々と続ける。
「詳しいことは言えないが、信奉者ではなかった。重要事件の証人として法的に保護される。悪いが、もう彼女とは会えない」
「そう……」
無事ならそれでいい、彼女は潔白だったわけだから。
そう自分に言い聞かせながらも、言葉が出てこなかった。
「それから……」
テセウスは数秒の間、酔いがまわったようにぼんやりと酒杯を弄んで言った。
「ついさっき、婚約した」
「……は?」
「式は挙げない。その分お前が盛大にやればいい、母さんたちを喜ばせてやれ」
驚きのあまり言葉を失った。
よくよく見ると、彼の指には金のエンゲージリングが光っていた。
いるにはいるだろうと、むしろ恋人の一人や二人いない方がおかしいと思ってはいたが。
まさか、こんなに急だなんて。
「相手は……好きな人?」
どうしてそんなことを、テセウスが尋ねる。
自分でもおかしな事を言ってる自覚はあった。
兄の性格からいって、わざわざ政略結婚をするような男ではない。
実際、そうでなくともここまでのし上がったわけだから。
「……幸せそうには見えないから」
テセウスは小さくため息をつく。
疲れの滲んだ表情はどう見ても、ついさっき婚約してきた幸せの絶頂にいる人には見えない。
「……まあ、いずれ分かることか」
「なにが?」
グラスの氷を指でつっつきながらニュートは上の空みたいに答える。
聞きたいことは山ほどあったが、今の兄に声を掛けてもいいのか分からなかった。
「マーガレット、彼女の名前はマーガレットだ」
兄の口から出た言葉に一瞬、耳を疑った。
少なくとも、共通の知り合いで「マーガレット」と呼ばれる人物は一人しかいない。
幼き日、リタの母親が娘のことをそう呼んでいた。
「……嘘だろ?」
テセウスは何も答えず、グラスの酒を煽る。
無言はすなわち肯定の意だ。
「事と次第によっては大事だ」
「要はバレなきゃいい、バレたとしても彼女は無実なんだから」
法と秩序を重んじる立場の人間とは思えない発言に、彼の必死さが伝わってきて、ニュートはどこか哀れに思えた。
「幼なじみでも実の妹のように思ってきたんだ。家族の命が危険かもしれないのに、見捨てられるわけないだろう」
そう言って、右手の指輪を愛情のこもった眼差しで見つめた。
いつからか野心を求め、自らの安定を計るようになり、すっかり人が変わってしまったように思えた兄の本音を一瞬、その一言に垣間見た気がした。
「お前は心配しなくてもいい、これは僕の仕事だ。必ずカタを付けるよ」
彼が何を考えているのか、ニュートにはまだ分からなかった。