Ⅲ
夢小説設定
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しゅるりと影を纏い、音もなく聖マンゴ魔法疾患傷害病院のエントランスに姿現しすると、骨と交差した杖の紋章が足下の大理石の床に浮かんでいた。
テセウスに気がついた何人かの癒師たちは驚きを隠しきれずじろじろと視線を送りながらも忙しく働いている。
歳を重ねた経験豊かな癒師が恭しく進み出て前を先導した。
一歩踏み出すたびに仕立てのよい革靴が大理石を踏み鳴らす。
丸っこいドーム型の天井には遥かな大空が広がっている。
担架を担いで乗れる大きな昇降機に全員乗り込んだのを確認すると、癒師は杖の先でボタンを押した。
建物は12階まであり、その最上階を目指してゆっくりと上昇しはじめる。
昇降機の窓から院の中庭と、ロンドンの街並みが見える。
僅かな重力の抵抗とともに重苦しいベルの音が最上階への到着を告げた。
長い廊下に沿うように並ぶ病室は今は全て空き部屋で、開け放たれたドアの向こうで窓に掛かるライムグリーンのカーテンが柔らかく風に揺れている。
そのフロアは、いわゆる機密だった。
立場上、居所を公にできないような人物が様々な理由で患者として滞在する。
癒師は一つの部屋の前で立ち止まり、ドアを閉めてから、細長い透明なガラス板を壁のサインプレートに差し込んだ。
透明なガラス板の上に魔法で文字が浮かび上がり、白い壁と映えて次第にはっきりと読み取れるようになった。
タイプライターで打ち込んだような掠れた黒字で「 L・L 」とだけ。
部屋の鍵は最初からかかっていなかった。
ただ、限られた癒師の持つ室名札を差し込むことにより他の人間は初めてそこに患者がいることを知るのだ。
これこそが機密を守る魔法だった。
「全員、席を外してくれ」
囁くように静かな声で告げると、癒師はすごすごと後ろに下がり、部下たちは何か言いたそうにテセウスの目を見たが大人しく指示に従って昇降機の方へと歩いていった。
きっちり4回、扉をノックすると部屋の中から澄んだ女の声が返ってきた。
カーテンと揃いのライムグリーンのドアを開けた先は、先ほど見た部屋とはガラッと印象を変え、白木の壁にあめ色が眩しい重厚なベッドと紋様の美しい毛織の絨毯が敷かれた部屋だった。
テセウスは帽子を手に持ち、懐かしさと親しみを込めて微笑んだ。
「リタ、気分はどう?」
陽だまりの中でリタが振り向く。
振り返りざまに少し俯いて、滑り落ちた髪で泣き腫らした目を隠すように手の甲で拭った。
「君は重要事件の証人として保護されることになった、生まれも名前も変わる」
「……シエナやニュートには、また会える?」
テセウスは一瞬言い淀んだ。
彼女の口から弟の名が出てきたことに罪悪感を覚えたのだ。
「……難しいだろうね。でも、これ以上にない安全を保証しよう」
そう言って、懐から一枚の書類を取り出した。
薄い紙に並んだ小さな文字をじっと見つめて、リタは決心したように唇をかたく引き結んでペンを取った。
「名前は? 君が決めていいよ」
テセウスに促され、迷うことなく「マーガレット」と丁寧な綴り字で書き記した。
「私の名は、マーガレットの花からとられたのよ」
マーガレットの花言葉は真実の愛。
家のために政略結婚をした母が、娘の将来を願って名付けた。
しかし、あえてそれ以上口には出さなかった。
「……僕には、これしか他に出来ることがないんだ。許してくれ」
机に置かれた婚約指輪を数秒しげしげと眺めて、リタはテセウスに自分の手を差し出した。
彼女への後ろめたさのようなものから、内心ひどく緊張しながらその手に指輪を嵌める。
「……ありがとう、本当に」
リタは穏やかに微笑んで、大事そうに指輪を撫でた。
テセウスに気がついた何人かの癒師たちは驚きを隠しきれずじろじろと視線を送りながらも忙しく働いている。
歳を重ねた経験豊かな癒師が恭しく進み出て前を先導した。
一歩踏み出すたびに仕立てのよい革靴が大理石を踏み鳴らす。
丸っこいドーム型の天井には遥かな大空が広がっている。
担架を担いで乗れる大きな昇降機に全員乗り込んだのを確認すると、癒師は杖の先でボタンを押した。
建物は12階まであり、その最上階を目指してゆっくりと上昇しはじめる。
昇降機の窓から院の中庭と、ロンドンの街並みが見える。
僅かな重力の抵抗とともに重苦しいベルの音が最上階への到着を告げた。
長い廊下に沿うように並ぶ病室は今は全て空き部屋で、開け放たれたドアの向こうで窓に掛かるライムグリーンのカーテンが柔らかく風に揺れている。
そのフロアは、いわゆる機密だった。
立場上、居所を公にできないような人物が様々な理由で患者として滞在する。
癒師は一つの部屋の前で立ち止まり、ドアを閉めてから、細長い透明なガラス板を壁のサインプレートに差し込んだ。
透明なガラス板の上に魔法で文字が浮かび上がり、白い壁と映えて次第にはっきりと読み取れるようになった。
タイプライターで打ち込んだような掠れた黒字で「 L・L 」とだけ。
部屋の鍵は最初からかかっていなかった。
ただ、限られた癒師の持つ室名札を差し込むことにより他の人間は初めてそこに患者がいることを知るのだ。
これこそが機密を守る魔法だった。
「全員、席を外してくれ」
囁くように静かな声で告げると、癒師はすごすごと後ろに下がり、部下たちは何か言いたそうにテセウスの目を見たが大人しく指示に従って昇降機の方へと歩いていった。
きっちり4回、扉をノックすると部屋の中から澄んだ女の声が返ってきた。
カーテンと揃いのライムグリーンのドアを開けた先は、先ほど見た部屋とはガラッと印象を変え、白木の壁にあめ色が眩しい重厚なベッドと紋様の美しい毛織の絨毯が敷かれた部屋だった。
テセウスは帽子を手に持ち、懐かしさと親しみを込めて微笑んだ。
「リタ、気分はどう?」
陽だまりの中でリタが振り向く。
振り返りざまに少し俯いて、滑り落ちた髪で泣き腫らした目を隠すように手の甲で拭った。
「君は重要事件の証人として保護されることになった、生まれも名前も変わる」
「……シエナやニュートには、また会える?」
テセウスは一瞬言い淀んだ。
彼女の口から弟の名が出てきたことに罪悪感を覚えたのだ。
「……難しいだろうね。でも、これ以上にない安全を保証しよう」
そう言って、懐から一枚の書類を取り出した。
薄い紙に並んだ小さな文字をじっと見つめて、リタは決心したように唇をかたく引き結んでペンを取った。
「名前は? 君が決めていいよ」
テセウスに促され、迷うことなく「マーガレット」と丁寧な綴り字で書き記した。
「私の名は、マーガレットの花からとられたのよ」
マーガレットの花言葉は真実の愛。
家のために政略結婚をした母が、娘の将来を願って名付けた。
しかし、あえてそれ以上口には出さなかった。
「……僕には、これしか他に出来ることがないんだ。許してくれ」
机に置かれた婚約指輪を数秒しげしげと眺めて、リタはテセウスに自分の手を差し出した。
彼女への後ろめたさのようなものから、内心ひどく緊張しながらその手に指輪を嵌める。
「……ありがとう、本当に」
リタは穏やかに微笑んで、大事そうに指輪を撫でた。