Ⅲ
夢小説設定
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次の日、ニュートはロンドン郊外のとある建物を訪れていた。
大通りから一本道を外れた、古いアーケード。
十年前は賑やかに栄えていたというここも今となっては人の気配は感じられず、シャッターは閉じられ、軒先のテントはぼろぼろになっている。
通りを歩くうちにふと、何かに引き寄せられるように足を止めた。
そこは朽ち果てて廃屋のようになった、閉店した空き店舗。
元は仕立て屋だったのか、ショーウィンドウにはトルソーが幽霊みたいに呆然と立ち並び、奥の棚には様々な生地が上までびっしり詰められている。
一見、通りに所狭しと居を構える看板を下ろした老舗と何ら変わりない。
人の気配などあるはずもなく、だとしたら一片の曇りもなく窓ガラスがピカピカに磨かれているのは明らかに変だ。
一歩後ずさり、レンガ造りの建物を見上げる。
年季の入った看板は、うっすらと針と糸の絵が描かれ、店名は文字が掠れてしまって読めない。
だが、よくよく見てみると、僅かに絵が揺れている。
繊細な糸が風にたゆたい緩く波をうつ。
懐から杖を取り出し、看板に向け振り上げると縫い針が踊りだし、長く雨風にさらされ日焼けた看板に、みるみる内に優雅な綴り文字で「Obscurus Books」と黒い糸で刺繍が施されていった。
ニュートが手をかける前に真鍮のノブがひとりでに回り、客人を歓迎してドアが開く。
店の中は先ほどの様子とはがらりと変わり、棚に詰まった流行遅れの生地は本棚いっぱいの書物に、上等の羽根ペンとインク壺が行儀よく机の上に並び、真新しいタイプライターは忙しく働き始めるのを今か今かと待ち構えているようだ。
店の奥からひょろりとした眼鏡の青年が笑顔で出迎えた。
「はじめまして、編集長のオーガスタス・ワームです。君がアルテミス?」
「ニュートです、よろしく」
「テセウスから聞いてるよ、どうぞ掛けて」
勧められるままに手近なソファに腰を下ろす。
魔法でティーカップに紅茶が注がれる間、ワームは嬉々として話し始めた。
「やあ、嬉しいな。君が噂の"二フラーを追いかけてホグワーツをクビになったアルテミス"か」
「いえ、少々違うかと……」
「おかしいな、テセウスからそう聞いていたんだが。ところで、彼は元気かい?」
「おかげさまで……」
「残念。いや失礼、2人で賭けてたんだよ、どちらが先に働き過ぎでぶっ倒れるか。悪趣味だろう?僕らは学生時代からの悪友でね、クィディッチの試合はいつも2人で医務室行き。想像できるかい?僕を箒からたたき落とす彼の姿が。まあ僕も人の事言えないんだけどね」
ワームは楽しげに笑い声をあげる。
兄の学生時代を知らないニュートにとっては衝撃的としか言えない内容だった。
「まあ、彼の口添えでこうして自分の会社も持てた。前は神秘部にいたんだけどね、あそこは精神病むよ……おかげで今だにカーテンが怖くて仕方ない」
言葉通り、窓辺にはカーテンの代わりにブラインドが引いてある。
どんな恐怖体験をしたらカーテンがトラウマになるのか、神秘部にはレシフォールドでもいるのか。
ニュートが尋ねようとしたら、ワームは紅茶を一口飲んで、却説と話題を切り替えた。
「新生、オブスキュラス出版の記念すべき第一号を君に託したい。題名は、そうだな……『幻の生物とその生息地』」
ワームが劇的に手をかざすと、魔法で文字が浮かび上がった。
幻の生物とその生息地、ニュートはそれに倣って小さく復唱した。
「世界中のありとあらゆる魔法動物を調査し、生態を記し、危険性を分類する。君はきっと、魔法生物学界の権威と呼ばれるだろう。僕は晴れて、ダイアゴン横丁の一等地に会社を構えるんだ。素敵だろう?」
ワームは早口で熱っぽく語り終えると、紅茶で喉を潤した。
「資金は援助するよ、もちろん。これは投資だ、必ず売れると確信してる。ただ、執筆しながらの調査旅行となると少なくとも5年は掛かるだろう。危険も伴う、動物相手に言葉は通じないからね」
大好きな、動物たちに関わる仕事。
この本が出版されれば、魔法動物に対する見方も変わるかもしれない。
人間の都合で、理不尽に潰える命を、一つでも救えるかもしれない。
ニュートは胸を踊らせた、これこそが自分のしたかった事だと。
しかし不意に表情を曇らせた。
それはつまり、否が応でも動物の"死"に直面するということ。
それに向き合い、耐えられるかと心の中で自問する。
これまで生きてきた中で何よりも悲しい出来事で、考えただけで胸が締めつけられる思いだ。
「……少し、考えさせてほしい」
ワームは特に驚いた様子もなく、手つかずの紅茶を勧めてから理由を尋ねた。
「魔法動物に関わる仕事をするのが、昔からの夢だった。こんなに素晴らしいことはない。ただ、個人的な問題がいくつか……それに……」
ニュートは一瞬言葉を詰まらせ、はにかんでうつむいた。
「結婚したい人がいる」
大通りから一本道を外れた、古いアーケード。
十年前は賑やかに栄えていたというここも今となっては人の気配は感じられず、シャッターは閉じられ、軒先のテントはぼろぼろになっている。
通りを歩くうちにふと、何かに引き寄せられるように足を止めた。
そこは朽ち果てて廃屋のようになった、閉店した空き店舗。
元は仕立て屋だったのか、ショーウィンドウにはトルソーが幽霊みたいに呆然と立ち並び、奥の棚には様々な生地が上までびっしり詰められている。
一見、通りに所狭しと居を構える看板を下ろした老舗と何ら変わりない。
人の気配などあるはずもなく、だとしたら一片の曇りもなく窓ガラスがピカピカに磨かれているのは明らかに変だ。
一歩後ずさり、レンガ造りの建物を見上げる。
年季の入った看板は、うっすらと針と糸の絵が描かれ、店名は文字が掠れてしまって読めない。
だが、よくよく見てみると、僅かに絵が揺れている。
繊細な糸が風にたゆたい緩く波をうつ。
懐から杖を取り出し、看板に向け振り上げると縫い針が踊りだし、長く雨風にさらされ日焼けた看板に、みるみる内に優雅な綴り文字で「Obscurus Books」と黒い糸で刺繍が施されていった。
ニュートが手をかける前に真鍮のノブがひとりでに回り、客人を歓迎してドアが開く。
店の中は先ほどの様子とはがらりと変わり、棚に詰まった流行遅れの生地は本棚いっぱいの書物に、上等の羽根ペンとインク壺が行儀よく机の上に並び、真新しいタイプライターは忙しく働き始めるのを今か今かと待ち構えているようだ。
店の奥からひょろりとした眼鏡の青年が笑顔で出迎えた。
「はじめまして、編集長のオーガスタス・ワームです。君がアルテミス?」
「ニュートです、よろしく」
「テセウスから聞いてるよ、どうぞ掛けて」
勧められるままに手近なソファに腰を下ろす。
魔法でティーカップに紅茶が注がれる間、ワームは嬉々として話し始めた。
「やあ、嬉しいな。君が噂の"二フラーを追いかけてホグワーツをクビになったアルテミス"か」
「いえ、少々違うかと……」
「おかしいな、テセウスからそう聞いていたんだが。ところで、彼は元気かい?」
「おかげさまで……」
「残念。いや失礼、2人で賭けてたんだよ、どちらが先に働き過ぎでぶっ倒れるか。悪趣味だろう?僕らは学生時代からの悪友でね、クィディッチの試合はいつも2人で医務室行き。想像できるかい?僕を箒からたたき落とす彼の姿が。まあ僕も人の事言えないんだけどね」
ワームは楽しげに笑い声をあげる。
兄の学生時代を知らないニュートにとっては衝撃的としか言えない内容だった。
「まあ、彼の口添えでこうして自分の会社も持てた。前は神秘部にいたんだけどね、あそこは精神病むよ……おかげで今だにカーテンが怖くて仕方ない」
言葉通り、窓辺にはカーテンの代わりにブラインドが引いてある。
どんな恐怖体験をしたらカーテンがトラウマになるのか、神秘部にはレシフォールドでもいるのか。
ニュートが尋ねようとしたら、ワームは紅茶を一口飲んで、却説と話題を切り替えた。
「新生、オブスキュラス出版の記念すべき第一号を君に託したい。題名は、そうだな……『幻の生物とその生息地』」
ワームが劇的に手をかざすと、魔法で文字が浮かび上がった。
幻の生物とその生息地、ニュートはそれに倣って小さく復唱した。
「世界中のありとあらゆる魔法動物を調査し、生態を記し、危険性を分類する。君はきっと、魔法生物学界の権威と呼ばれるだろう。僕は晴れて、ダイアゴン横丁の一等地に会社を構えるんだ。素敵だろう?」
ワームは早口で熱っぽく語り終えると、紅茶で喉を潤した。
「資金は援助するよ、もちろん。これは投資だ、必ず売れると確信してる。ただ、執筆しながらの調査旅行となると少なくとも5年は掛かるだろう。危険も伴う、動物相手に言葉は通じないからね」
大好きな、動物たちに関わる仕事。
この本が出版されれば、魔法動物に対する見方も変わるかもしれない。
人間の都合で、理不尽に潰える命を、一つでも救えるかもしれない。
ニュートは胸を踊らせた、これこそが自分のしたかった事だと。
しかし不意に表情を曇らせた。
それはつまり、否が応でも動物の"死"に直面するということ。
それに向き合い、耐えられるかと心の中で自問する。
これまで生きてきた中で何よりも悲しい出来事で、考えただけで胸が締めつけられる思いだ。
「……少し、考えさせてほしい」
ワームは特に驚いた様子もなく、手つかずの紅茶を勧めてから理由を尋ねた。
「魔法動物に関わる仕事をするのが、昔からの夢だった。こんなに素晴らしいことはない。ただ、個人的な問題がいくつか……それに……」
ニュートは一瞬言葉を詰まらせ、はにかんでうつむいた。
「結婚したい人がいる」