Ⅲ
夢小説設定
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ホワイトホールからほど近い、ロンドンの中心部にある古いアパートメント。
古風な、と言えば聞こえはよろしいが、築年数はシャーロック・ホームズよりも年上だ。
ドアを開けて真っ先に二人を出迎えたのはこの部屋の愛らしい同居人、二フラーだ。
本棚から雪崩れた本の上で狼藉を働いていた彼は、主の帰りに気づくと走って出迎え、リジーの肩によじ登って熱烈に歓迎した。
ニュートがため息をつきながら荒れた部屋に杖を振ると、床に散乱したものはふよふよと宙を漂い元の場所へ収まり、雪崩を起こした本もきちんと本棚に並んでいった。
肩にしがみついたままの二フラーには目もくれず、リジーは夕食の支度に取り掛かる。
わざわざ高い家賃を払って一人暮らしを始めた理由は車で約1時間は掛かる通勤時間の短縮。
と本人は言うが、実際は実家暮らしに嫌気がさしたか、あるいは兄、テセウスへの対抗意識からだろう。
出来のいい兄弟を持つのもそれなりに苦労がありそうだ。
くんくん。
ローストビーフの焼ける芳ばしい臭いに二フラーが鼻を鳴らす。
きゅう〜と耳元で鳴く切ない悲鳴を哀れに思い、付け合せのレタスを一枚摘まんで与えると二フラーはレタスを嘴にくわえて部屋の隅に飛び跳ねて行った。
焼いたローストビーフを冷ますために少し置いておく、その間にりんごを剥く。
一つは二フラー用に、もう一つは食後に出して、食べきれなさそうな分はコンポートにすればある程度は日持ちするだろう。
こればっかりは魔法に頼りたくない。
手で剥いたほうが薄く剥ける気がする、まあ魔法を使っても実際そう変わらないんだけど。
くるくると細長く渦を巻いたりんごの皮に興味を惹かれた二フラーがくんくん鼻を鳴らす。
匂いをかいで、引きずってみたり裂いてみたりして、気に入ったのか腕や首に巻き付けると走ってニュートのところに見せに行った。
「あ!ちょっとニュート!二フラーが皮を持ってちゃった!」
二フラーを見たニュートは「ちょっと、なんて格好してるんだいキミ」なんて言って珍しく肩を震わせて笑った。
ひとしきり笑い転げ、やっと二フラーからりんごの皮を取り上げて代わりに小さく切ったりんごをやると取られまいと急いで自分の寝床に持っていった。
「行った行った。……うん、やっぱり。上達したね、この間は実が半分も残ってなかったのに」
「半分って……もっと残ってたわよっ、ちょっと皮を分厚く剥いちゃっただけで」
「ジャガイモみたいにゴツゴツしてたな、味はりんごなのに」
「うるさいわね」
ニュートが面白がってからかう。
料理は好きな方だし、簡単な家庭料理や菓子も一通りは作れるのだが、どうやら私は不器用らしい。
それもつい先日、ニュートにりんごを剥いてあげた時に発覚した。
実際、その出来の悪さに自分が一番驚いたし、不格好なりんごを見てジャガイモのようだと思ったことも事実だけど、先に言われたのが癪に障るので意地でも認めるつもりはない。
といっても私が特別不器用なわけではないと思う、大体薄い金属の刃でさらに薄く皮を剥くのはもはや職人技だ。
危険すぎる、手を切ったらどうするの?
そんなことをニュートに言ったら笑われたので「じゃあニュートがやって」と渡したら、驚いたことに魔法を使わずに綺麗に薄く剥いてみせてきた。
悔しいから家で猛練習してきたわけだ。
「練習したの?」
「この前はたまたま失敗しちゃっただけ、ほんとは上手に剥けるもん」
「ふーん、たまたまねえ……」
「何……やだっ、ちょっとどこ触って、ニュート!」
「どこって……腰?」
文字通り「どこを」ではなく、「触らないで」という意味だったのだが。
悪びれもなく今手を置いている箇所を口にする。
いやほんとに、危ないから触らないで。
「ねえ、局長から頼まれた資料は読んだの?」
「そんなの後でいいよ」
「……やっぱりダメ。明日はオルガの結婚式で、私は朝一番に式場に行かないと」
「ここから行けばいいだろ」
「……パパに、今日は早く帰るって言っちゃった」
「……。」
たっぷり数秒の葛藤の末、彼は吐き出すようなため息を一つ吐いた。
「キスもダメ?」
耳元で囁かれたら何も言えない。
持っていた包丁は大人しくまな板の上で眠りにつき、ごろんとりんごが手から滑り落ちた。
頬に感じる掌の体温、熱っぽく潤んだ深いブルー。
柔らかく唇を食まれ、深くなっていく口付けに目を瞑る。
耳元で鳴る彼の腕時計の針は一瞬時を刻むのをやめて、またカチカチと小刻みに動き出した。
古風な、と言えば聞こえはよろしいが、築年数はシャーロック・ホームズよりも年上だ。
ドアを開けて真っ先に二人を出迎えたのはこの部屋の愛らしい同居人、二フラーだ。
本棚から雪崩れた本の上で狼藉を働いていた彼は、主の帰りに気づくと走って出迎え、リジーの肩によじ登って熱烈に歓迎した。
ニュートがため息をつきながら荒れた部屋に杖を振ると、床に散乱したものはふよふよと宙を漂い元の場所へ収まり、雪崩を起こした本もきちんと本棚に並んでいった。
肩にしがみついたままの二フラーには目もくれず、リジーは夕食の支度に取り掛かる。
わざわざ高い家賃を払って一人暮らしを始めた理由は車で約1時間は掛かる通勤時間の短縮。
と本人は言うが、実際は実家暮らしに嫌気がさしたか、あるいは兄、テセウスへの対抗意識からだろう。
出来のいい兄弟を持つのもそれなりに苦労がありそうだ。
くんくん。
ローストビーフの焼ける芳ばしい臭いに二フラーが鼻を鳴らす。
きゅう〜と耳元で鳴く切ない悲鳴を哀れに思い、付け合せのレタスを一枚摘まんで与えると二フラーはレタスを嘴にくわえて部屋の隅に飛び跳ねて行った。
焼いたローストビーフを冷ますために少し置いておく、その間にりんごを剥く。
一つは二フラー用に、もう一つは食後に出して、食べきれなさそうな分はコンポートにすればある程度は日持ちするだろう。
こればっかりは魔法に頼りたくない。
手で剥いたほうが薄く剥ける気がする、まあ魔法を使っても実際そう変わらないんだけど。
くるくると細長く渦を巻いたりんごの皮に興味を惹かれた二フラーがくんくん鼻を鳴らす。
匂いをかいで、引きずってみたり裂いてみたりして、気に入ったのか腕や首に巻き付けると走ってニュートのところに見せに行った。
「あ!ちょっとニュート!二フラーが皮を持ってちゃった!」
二フラーを見たニュートは「ちょっと、なんて格好してるんだいキミ」なんて言って珍しく肩を震わせて笑った。
ひとしきり笑い転げ、やっと二フラーからりんごの皮を取り上げて代わりに小さく切ったりんごをやると取られまいと急いで自分の寝床に持っていった。
「行った行った。……うん、やっぱり。上達したね、この間は実が半分も残ってなかったのに」
「半分って……もっと残ってたわよっ、ちょっと皮を分厚く剥いちゃっただけで」
「ジャガイモみたいにゴツゴツしてたな、味はりんごなのに」
「うるさいわね」
ニュートが面白がってからかう。
料理は好きな方だし、簡単な家庭料理や菓子も一通りは作れるのだが、どうやら私は不器用らしい。
それもつい先日、ニュートにりんごを剥いてあげた時に発覚した。
実際、その出来の悪さに自分が一番驚いたし、不格好なりんごを見てジャガイモのようだと思ったことも事実だけど、先に言われたのが癪に障るので意地でも認めるつもりはない。
といっても私が特別不器用なわけではないと思う、大体薄い金属の刃でさらに薄く皮を剥くのはもはや職人技だ。
危険すぎる、手を切ったらどうするの?
そんなことをニュートに言ったら笑われたので「じゃあニュートがやって」と渡したら、驚いたことに魔法を使わずに綺麗に薄く剥いてみせてきた。
悔しいから家で猛練習してきたわけだ。
「練習したの?」
「この前はたまたま失敗しちゃっただけ、ほんとは上手に剥けるもん」
「ふーん、たまたまねえ……」
「何……やだっ、ちょっとどこ触って、ニュート!」
「どこって……腰?」
文字通り「どこを」ではなく、「触らないで」という意味だったのだが。
悪びれもなく今手を置いている箇所を口にする。
いやほんとに、危ないから触らないで。
「ねえ、局長から頼まれた資料は読んだの?」
「そんなの後でいいよ」
「……やっぱりダメ。明日はオルガの結婚式で、私は朝一番に式場に行かないと」
「ここから行けばいいだろ」
「……パパに、今日は早く帰るって言っちゃった」
「……。」
たっぷり数秒の葛藤の末、彼は吐き出すようなため息を一つ吐いた。
「キスもダメ?」
耳元で囁かれたら何も言えない。
持っていた包丁は大人しくまな板の上で眠りにつき、ごろんとりんごが手から滑り落ちた。
頬に感じる掌の体温、熱っぽく潤んだ深いブルー。
柔らかく唇を食まれ、深くなっていく口付けに目を瞑る。
耳元で鳴る彼の腕時計の針は一瞬時を刻むのをやめて、またカチカチと小刻みに動き出した。