Ⅲ
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炎が、夜空の星まで飲みこんで轟々と燃え上がる。
夕日が水平線の向こうへ落ちる間際に一際紅く輝くように、辺り一面真っ赤に染まって、神秘的なその光景は一瞬ここが戦場であることも忘れて、あまりの美しさに惹き付けられた。
鼻をつく焦げ臭い匂い、大地を揺るがすようなドラゴンの咆哮、逃げ惑う兵士たち。
美しく磨きあげられた宝石のような深紅の瞳と一瞬目が合ったような気がした。
次の瞬間、攻撃呪文が放たれ、閃光がドラゴンの体を貫く。
耳をつんざくような断末魔、翼は力を失い、重力の法則に従い真っ直ぐ地面へ引き寄せられる。
振り返った先には、杖を手に握りしめたまま呆然と立ち尽くす自分の姿があった――。
――
「――ねえ、ニュート、ニュートってば」
軽く肩を揺すられ、はっと気がつく。
「大丈夫?」リジーが心配そうに顔を覗き込んだ。
「ああ……何でもないよ」
座り心地の良いソファーに軽快なピアノ、手にはフォークとブランデーケーキの皿。
つい先程までの光景とはかけ離れた様子に一瞬戸惑いつつもほっと胸を撫で下ろす。
「少し酔ってきたんだろう、心配ないよ。ここのブランデーケーキは濃厚だからね」
目の前に座る精悍な顔立ちの若い男がからかうように言った。
「弟は父親似なんだ、母曰く若い頃の父にそっくりらしい、シャイなとことかね。酒に弱いのは今もそうだが」
「兄さん」
リジーの前であんまりだと眉を寄せて軽く睨むと「本当のことじゃないか」と彼は笑って言った。
テセウス・スキャマンダー。
先の大戦では多くの人命を救い、終戦とともにイギリスに帰還した時には、戦争の英雄として大々的に報じられた。
今や彼の名をイギリス魔法界で知らぬ者はそう多くないだろう。
6歳離れたニュートの兄で、イギリス魔法省の闇祓い局局長であり、リジーの上司でもある。
若くしてすでにその頭角を現し、同い年の誰よりも早く局長の椅子まで上り詰めた。
顔立ちや話し方はよく似ているが、外国人風の飄々とした態度や自信に満ちた雰囲気はニュートとはまるで正反対だ。
テセウスは話上手で、家族の話やリジーの知らない幼い頃のニュートの話を面白おかしく語って聞かせた。
ニュートは一刻も早くこの場から立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
元々乗り気でなかった上に、兄が面白がって自分の子供の頃の失敗談やら恥ずかしいエピソードをリジーの前で暴露することが目に見えていたからだ。
「ミス・ヴァンクス、お茶をもう一杯いかがかな。ああ、アルテミスのことは気にしなくてもいいよ。僕がこれ以上余計なことを喋る前に帰りたくて仕方ないみたいだ。せいぜいゆっくりして行くといい」
これは僕への嫌がらせだ、こんなに機嫌のいい兄の姿はここ数年見たことがない。
大方、弟に恋人がいた事を家族の中で自分だけ知らされていなかった事が気にくわないんだろう。
あれこれとネタにする絶好の機会を逃したわけだから。
「局長のお仕事はお忙しいでしょう?私たち、ご挨拶だけですぐお暇するつもりでしたのに」
「そうそう」
すかさずニュートが賛同の意を表した。
「書類をチェックして、サインして、大臣の顔色を伺うだけなら誰でも出来る。ただ椅子に座ってるだけってのも退屈な話だよ」
「でも、尊敬できるお人じゃないと私たちもついていこうとは思えません」
リジーはニュートを見ると微笑みを浮かべながら言った。
ニュートは何も言わず目線を落として、紅茶のカップに口をつけた。
テセウスは満足げに口元に笑みを乗せる、数秒の沈黙の後に彼は重々しく口を開いた。
「君は確か、ご両親がマグルだったね?」
「はい」
「これはただ単に純粋な疑問なんだが……君のようなマグル生まれの魔法使いにとって今のロンドン、いやイギリスはあまりにも危険すぎやしないかい?」
リジーが恐る恐る言った。
「それは……"狂信者"のことでしょうか?」
この頃、イギリス魔法界を中心とするヨーロッパの国際魔法使い連盟は闇の魔法使い、ゲラート・グリンデルバルドの逮捕を急いでいたが未だその行方を掴めないままでいた。
彼らは魔法使いが国際機密保持法によりその存在を隠して生きていかなければならない事に異議を唱え、ある者は自らを狂信者と騙り、国際機密保持法を擁護する魔法使いや、無関係のマグルを無差別に虐殺した。
すべてはより大きな善のために、信奉者はみな口を揃えてこう言った。
「すでに関係のない人間にまで死者が出ている、最悪の場合は魔法界とマグルで戦争になるかもしれない」
「そうなれば、それこそグリンデルバルドの思う壷でしょう」
リジーは凛として落ち着いた口調で言った。
ニュートは静かに目を伏せる、忘れたくとも忘れられない戦場での記憶が瞼の裏に映る。
「彼らの目的は国際機密保持法を廃止し、魔法使いが表に出てマグルを支配することだ。彼らがいずれマグル生まれの魔女や魔法使いたちを迫害してもおかしくはない」
リジーが僅かに息を呑む。
ニュートは敏感に彼女の様子を察して、その手を握った。
「……ここ数ヶ月で、少なくともイギリス国内で起きた信奉者による事件の犯人はすべて逮捕されています、疑いのある者にも監視をつけ厳しく取り調べました。にも関わらず、グリンデルバルドの影すら掴めない」
「それはなぜか?」
テセウスが続きを促す。
リジーはケーキスタンドを見つめて言った。
「彼らは組織に属していないのです、各々が縦の線で繋がっているならどこかで必ず関連し合っているはず。信奉者を騙り、グリンデルバルドの思想を利用した可能性が考えられます。グリンデルバルド本人がイギリスで力を振るったのは恐らく、グレゴロビッチ襲撃の時ただ一度きりでしょう」
「なぜ?イギリス魔法省は国際的にも発言力があるのに、革命を起こすにはうってつけじゃないか」
「……何かを、恐れているのかも。リスクか、もしくは誰かを。いずれにせよ、状況が変わらない限り下手にこの国を離れない方が得策かと思います」
リジーの答えに、テセウスは不敵な笑みを浮かべた。
兄の表情に、ニュートは背筋に冷たいものを感じた。
あの顔は悪企みしてる時の顔だ、きっとろくでもないことを思いついたに違いない。
「僕も全く同意見だよ。君は思ってた以上に有能だ、弟にはもったいないくらい。僕の秘書にならないか?」
弟の表情がますます険しくなるのを見て、テセウスは愉快そうに笑った。
「光栄です。でもショーンがヤキモチを妬きますわ、きっと。彼、顔を合わせるたびに嬉しそうに自慢してくるんです。局長の側にいるとすごく勉強になるって」
「ああ、彼か……うん、確かによくやってくれてるよ。ただ……」
歯切れの悪い返答の後に、内密の話をするように身を乗り出し低いトーンで、「驚くほど散漫だ、女性を口説く以外においては」
リジーは苦笑いを浮かべた。
「……さてと、僕はそろそろ行かないと。大臣のご機嫌を伺いに」
腕時計で時間を確認すると、彼は鞄を持って立ち上がった。
リジーが見送りに行こうと立ち上がるのを紳士らしく軽く手を上げて制した。
「構わないよ、どうかゆっくりして行ってくれ、紅茶が冷める。……ああ、そうだアルテミス、忘れるところだった」
鞄から封筒を取り出してニュートに差し出す。
少し膨らんだ大きめの封筒を恐る恐る受け取ると思いの外ずっしりと重みがあった、右端に小さく「オブスキュラス出版社」と印字が施されている。
「出版社に務めている知り合いが面白い企画を提案してきてね、誰かちょうどいいのを紹介してほしいというもんだから、お前を勧めておいた」
「え、勧めておいたって、僕?!」
「どうせ暇だろう。来週までに返事してくれればいいから、資料だけでも読んでおけ。では、ミス・ヴァンクス。久しぶりに楽しい時間を過ごせたよ、これからも弟をよろしく頼む。……秘書の件、どうか前向きにね」
外套を持ってきたウェイターにチップを握らせながら、最後に忘れずに念を押し意気揚々と出て行った。
リジーはにこやかに微笑みながらも困惑を隠しきれず、ニュートは封筒を抱えたまま、肩にずうんと伸し掛る重いものにため息をつかずにはいられなかった。
夕日が水平線の向こうへ落ちる間際に一際紅く輝くように、辺り一面真っ赤に染まって、神秘的なその光景は一瞬ここが戦場であることも忘れて、あまりの美しさに惹き付けられた。
鼻をつく焦げ臭い匂い、大地を揺るがすようなドラゴンの咆哮、逃げ惑う兵士たち。
美しく磨きあげられた宝石のような深紅の瞳と一瞬目が合ったような気がした。
次の瞬間、攻撃呪文が放たれ、閃光がドラゴンの体を貫く。
耳をつんざくような断末魔、翼は力を失い、重力の法則に従い真っ直ぐ地面へ引き寄せられる。
振り返った先には、杖を手に握りしめたまま呆然と立ち尽くす自分の姿があった――。
――
「――ねえ、ニュート、ニュートってば」
軽く肩を揺すられ、はっと気がつく。
「大丈夫?」リジーが心配そうに顔を覗き込んだ。
「ああ……何でもないよ」
座り心地の良いソファーに軽快なピアノ、手にはフォークとブランデーケーキの皿。
つい先程までの光景とはかけ離れた様子に一瞬戸惑いつつもほっと胸を撫で下ろす。
「少し酔ってきたんだろう、心配ないよ。ここのブランデーケーキは濃厚だからね」
目の前に座る精悍な顔立ちの若い男がからかうように言った。
「弟は父親似なんだ、母曰く若い頃の父にそっくりらしい、シャイなとことかね。酒に弱いのは今もそうだが」
「兄さん」
リジーの前であんまりだと眉を寄せて軽く睨むと「本当のことじゃないか」と彼は笑って言った。
テセウス・スキャマンダー。
先の大戦では多くの人命を救い、終戦とともにイギリスに帰還した時には、戦争の英雄として大々的に報じられた。
今や彼の名をイギリス魔法界で知らぬ者はそう多くないだろう。
6歳離れたニュートの兄で、イギリス魔法省の闇祓い局局長であり、リジーの上司でもある。
若くしてすでにその頭角を現し、同い年の誰よりも早く局長の椅子まで上り詰めた。
顔立ちや話し方はよく似ているが、外国人風の飄々とした態度や自信に満ちた雰囲気はニュートとはまるで正反対だ。
テセウスは話上手で、家族の話やリジーの知らない幼い頃のニュートの話を面白おかしく語って聞かせた。
ニュートは一刻も早くこの場から立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
元々乗り気でなかった上に、兄が面白がって自分の子供の頃の失敗談やら恥ずかしいエピソードをリジーの前で暴露することが目に見えていたからだ。
「ミス・ヴァンクス、お茶をもう一杯いかがかな。ああ、アルテミスのことは気にしなくてもいいよ。僕がこれ以上余計なことを喋る前に帰りたくて仕方ないみたいだ。せいぜいゆっくりして行くといい」
これは僕への嫌がらせだ、こんなに機嫌のいい兄の姿はここ数年見たことがない。
大方、弟に恋人がいた事を家族の中で自分だけ知らされていなかった事が気にくわないんだろう。
あれこれとネタにする絶好の機会を逃したわけだから。
「局長のお仕事はお忙しいでしょう?私たち、ご挨拶だけですぐお暇するつもりでしたのに」
「そうそう」
すかさずニュートが賛同の意を表した。
「書類をチェックして、サインして、大臣の顔色を伺うだけなら誰でも出来る。ただ椅子に座ってるだけってのも退屈な話だよ」
「でも、尊敬できるお人じゃないと私たちもついていこうとは思えません」
リジーはニュートを見ると微笑みを浮かべながら言った。
ニュートは何も言わず目線を落として、紅茶のカップに口をつけた。
テセウスは満足げに口元に笑みを乗せる、数秒の沈黙の後に彼は重々しく口を開いた。
「君は確か、ご両親がマグルだったね?」
「はい」
「これはただ単に純粋な疑問なんだが……君のようなマグル生まれの魔法使いにとって今のロンドン、いやイギリスはあまりにも危険すぎやしないかい?」
リジーが恐る恐る言った。
「それは……"狂信者"のことでしょうか?」
この頃、イギリス魔法界を中心とするヨーロッパの国際魔法使い連盟は闇の魔法使い、ゲラート・グリンデルバルドの逮捕を急いでいたが未だその行方を掴めないままでいた。
彼らは魔法使いが国際機密保持法によりその存在を隠して生きていかなければならない事に異議を唱え、ある者は自らを狂信者と騙り、国際機密保持法を擁護する魔法使いや、無関係のマグルを無差別に虐殺した。
すべてはより大きな善のために、信奉者はみな口を揃えてこう言った。
「すでに関係のない人間にまで死者が出ている、最悪の場合は魔法界とマグルで戦争になるかもしれない」
「そうなれば、それこそグリンデルバルドの思う壷でしょう」
リジーは凛として落ち着いた口調で言った。
ニュートは静かに目を伏せる、忘れたくとも忘れられない戦場での記憶が瞼の裏に映る。
「彼らの目的は国際機密保持法を廃止し、魔法使いが表に出てマグルを支配することだ。彼らがいずれマグル生まれの魔女や魔法使いたちを迫害してもおかしくはない」
リジーが僅かに息を呑む。
ニュートは敏感に彼女の様子を察して、その手を握った。
「……ここ数ヶ月で、少なくともイギリス国内で起きた信奉者による事件の犯人はすべて逮捕されています、疑いのある者にも監視をつけ厳しく取り調べました。にも関わらず、グリンデルバルドの影すら掴めない」
「それはなぜか?」
テセウスが続きを促す。
リジーはケーキスタンドを見つめて言った。
「彼らは組織に属していないのです、各々が縦の線で繋がっているならどこかで必ず関連し合っているはず。信奉者を騙り、グリンデルバルドの思想を利用した可能性が考えられます。グリンデルバルド本人がイギリスで力を振るったのは恐らく、グレゴロビッチ襲撃の時ただ一度きりでしょう」
「なぜ?イギリス魔法省は国際的にも発言力があるのに、革命を起こすにはうってつけじゃないか」
「……何かを、恐れているのかも。リスクか、もしくは誰かを。いずれにせよ、状況が変わらない限り下手にこの国を離れない方が得策かと思います」
リジーの答えに、テセウスは不敵な笑みを浮かべた。
兄の表情に、ニュートは背筋に冷たいものを感じた。
あの顔は悪企みしてる時の顔だ、きっとろくでもないことを思いついたに違いない。
「僕も全く同意見だよ。君は思ってた以上に有能だ、弟にはもったいないくらい。僕の秘書にならないか?」
弟の表情がますます険しくなるのを見て、テセウスは愉快そうに笑った。
「光栄です。でもショーンがヤキモチを妬きますわ、きっと。彼、顔を合わせるたびに嬉しそうに自慢してくるんです。局長の側にいるとすごく勉強になるって」
「ああ、彼か……うん、確かによくやってくれてるよ。ただ……」
歯切れの悪い返答の後に、内密の話をするように身を乗り出し低いトーンで、「驚くほど散漫だ、女性を口説く以外においては」
リジーは苦笑いを浮かべた。
「……さてと、僕はそろそろ行かないと。大臣のご機嫌を伺いに」
腕時計で時間を確認すると、彼は鞄を持って立ち上がった。
リジーが見送りに行こうと立ち上がるのを紳士らしく軽く手を上げて制した。
「構わないよ、どうかゆっくりして行ってくれ、紅茶が冷める。……ああ、そうだアルテミス、忘れるところだった」
鞄から封筒を取り出してニュートに差し出す。
少し膨らんだ大きめの封筒を恐る恐る受け取ると思いの外ずっしりと重みがあった、右端に小さく「オブスキュラス出版社」と印字が施されている。
「出版社に務めている知り合いが面白い企画を提案してきてね、誰かちょうどいいのを紹介してほしいというもんだから、お前を勧めておいた」
「え、勧めておいたって、僕?!」
「どうせ暇だろう。来週までに返事してくれればいいから、資料だけでも読んでおけ。では、ミス・ヴァンクス。久しぶりに楽しい時間を過ごせたよ、これからも弟をよろしく頼む。……秘書の件、どうか前向きにね」
外套を持ってきたウェイターにチップを握らせながら、最後に忘れずに念を押し意気揚々と出て行った。
リジーはにこやかに微笑みながらも困惑を隠しきれず、ニュートは封筒を抱えたまま、肩にずうんと伸し掛る重いものにため息をつかずにはいられなかった。