Ⅲ
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ああ大好きな人、やっとまた会えた。やっぱり僕たちは離れているべきじゃなかったんだ、とリジーを抱きしめながら何度も繰り返した間違いをニュートはもう一度後悔する。
リジーが手のひらでそっとニュートの頬を撫でる、何かを期待させるような潤んだ目がニュートの視線を捉えて離さない。
「抱いて」と囁くように小さな声で、赤い唇が確かにそう紡いだのをニュートは見逃さなかった。
一瞬目を瞠らせ、いつもの悪い癖で「え、なに?」とつい意地悪を言いそうになってしまうのをぐっと飲み込む。
「……またいじわる言ったら、許さないから」
そんな思いも全部見透かしたように、リジーは顔を林檎のように真っ赤にしながらそれを隠すようにわざと怒ったような口振りで言う。
「分かってる」
ニュートは悦びに堪えきれない笑みを滲ませながら、顔を傾けて深く唇を重ね合わせる。
初めて口づけた時のようにやわく、慎重に門戸を叩くが、やがて熱を増すごとにアルコールのように何もかもどうでもよくなってくる。
考えてみれば年頃の若い男女がよくもまあ何ヶ月も耐えられたものだ、彼女はそんな事ちっとも知らないだろうがニュートは自分で自分を表彰してやりたい気分だった。
理性を麻痺させる脳内麻薬に溺れながら、本能のままに唾液と唇を貪っていると、ふと気がかりなことを思い出しリジーは眉をひそめて顔を離そうと試みる。
「ん、待って……ねえニュート、先にシャワー……」
この期に及んでも全くこの子は、ニュートは頭の中でそんなふうに独りごちる。
しかしニュートの手のひらが後頭部をしっかりと押さえており、リジーは口づけながら懸命に伝えようと努力を試みるがニュートはそんなことお構いなしに久々のキスを堪能する。
ワインと、ペンハリガンの香水の香り。
冷えた指先から溶け合う体温。
白く降り積もった雪が街中の音を吸い込み、静かなNYの夜。
二人は自然と、夜に混ざり合い溶け込んでいった。
――
早朝、寝室に置かれた電話がけたたましい音で鳴ってリジーは目が覚めた。
時計を見ると朝の五時、窓の外はまだ暗い。
今日はクリスマスホリデーだというのに、こんな朝早くにこんな風に叩き起されてたまったものじゃない。
リジーは毛布にくるまったまま、手探りで探し当て受話器を取り上げた。
「イギリス魔法省からお電話です、お繋ぎします」電話に出るなり、電話交換手が淡々とした声で告げた。
「魔法省……?」
まだ覚醒しきっておらず、上手く回らない頭ではとっさに状況が理解できなくてリジーはぼんやりと呟く。
「ん……どうしたの?」
それを聞いて、隣にいたニュートも起きてきて心配そうに覗き込む。
電話の相手は英国と米国の連絡担当官からだった、彼女とは学生時代からの友人だ。
彼女はどこか不安げに取り乱した様子で、電話の内容は衝撃的なものだった。
「ショーン・フィネガンが、亡くなった」
第一声、それを聞いてリジーはサッと心臓が冷たくなっていくような心地を覚える。
まさか、嘘でしょう?と聞き返せば彼女は詳しく事情を説明してくれた。
それを聞いて、リジーはますます現実のこととは思い難くなる。
ショーンがグリンデルバルドの信奉者で、ずっと魔法省の機密をスパイしていたというのだ。
闇払いたちがそれを掴み、身柄を確保しようとして闘いとなり、そのうちに呪文が当たってたまたま打ちどころが悪く……彼は亡くなったと。
まさかあのショーンが。リジーは信じられない気持ちで、胸が引き裂かれそうになる。
「朝一番で帰ってくるようにと大臣からの要請よ。あなたも疑われてる」
「どうして私が?」
「ショーンがリジーの名前を出していたのよ、詳しくは分からないけど……そもそもあなた、どうしてアメリカに行くことになったの?」
「それは――とにかくこっちのボスにも話を通してもらうように言って、朝一なんて無理よ」
とっさに答えられなくて、リジーは思わず適当な理由をつけて電話を切った。
隣でそれを聞いていたニュートも深刻そうに表情を曇らせている、彼は黙ってリジーの身体を抱き寄せた。
「……つらいね」
「……ええ、すごく」
ニュートの肩に抱きしめられながら、リジーはそっと目を閉じる。
イギリスを発つ前……最後にショーンと話した時のことを思い出していた。
『……ボスを変える?』
『そうだね、どうせ信頼もされてないし』
『だったら、最初からあなたに頼み事なんてしない』
『だとしても、いいように使われるのはごめんだ』
『……そんなこと、あの人が出来ると思う?』
『リジー――言いそびれてたけど、婚約おめでとう』
ずっと長い間、彼は良い友だった。
リジーによくしてくれて、守ってくれていた。
それが今、裏切られただけでなく喪った悲しみまでもが同時に津波のように押し寄せている。
どうしてそんな馬鹿な真似をしたのか。許されることではないけどそれでも、死ななければいけないほどのことをしたのかと心の中で問いかける。
……答えは返ってこない。
なによりも信じられない気持ちでいっぱいで、夢と現実がぐるぐるする。
「……ねえ、聞いてもいい?」
ニュートが不意に口を開いて尋ねる。
「どうして君がアメリカに来ることになったの?」
リジーは答えられないと頑として首を横に振る。
「……出向て、何しにきたの?研修?違うよね、君はもうとっくに一人前の闇払いだ」
「言えない、機密なの」
「目的があってきた訳だ……僕には知る権利がある、君、今疑われてるんだよ?」
「何かの間違いよ、わたしは魔法省の人間。なにより、あなたを裏切ったりはしない」
しかしなおもニュートは食い下がった。
「兄さんに言われて来た、兄さんが関わってる。しかもちょうど兄さんの婚約と同時だった、リタでしょ?」
「!……知ってたの?」
「ああ知ってた、知ってたとも。でも君はなにも言ってくれなかった、けどこれに関しては僕も黙ってたからおあいこだね。リタのことで、兄さんに頼まれて動いてる。教えてくれ、テセウスは何を考えてるの?」
「ねえ、ニュート、お願い怒らないで」
「怒ってないよ!君はなんにも言ってくれないし、危ない橋を渡ろうとしてるのにも気づいてたけど僕は黙って見てただけ!怒る権利なんてさらさらないだろう?」
ニュートが、リジーに対してはじめて声を荒らげた。
そんなこと今までにだって一度も見た事がなくて、リジーは驚いて彼のことがはじめて怖くなってしまった。
ニュートははっと我に返り、「ごめん」と呟く。感情的になってしまったのを恥じ入りはしたが、彼はただリジーのことが心配なのだと伝える。
「いいよ、君の立場はわかってる……テセウスに直接聞くよ」
はじめての衝突、はじめての軋轢。
リジーは泣きそうになりながら受話器に手を伸ばしかけるニュートの手を止めた。
「ま、待って!……一から説明させて」
ニュートはふと動きを止めて、リジーの目を見つめる。
リジーは全てを話した、リタの生き別れの兄弟を探してアメリカに来たこと。
リタとその子をグリンデルバルドが狙っていること。
今までに掴んだその子の手がかり、何もかもを語って聞かせた。
しかしそのうちにふと気がついた――どうして、局長はわたしをアメリカに?
全てはリタの見たことと記憶だけ、それも証拠はなくリジーは彼女と直接話したわけでもない。
やりとりは全てテセウスを通じてなされていた。
彼はどうして、彼女を信じた?
「ねえリジー……それ、どう考えてもおかしいよ……」
「でも……っ、」
「他にそれ知ってるのは?」
誰だ、誰がいる?
ショーンは知らなかったはず、ほかの同僚たちも多分知らない。魔法大臣は?
『裏切られたみたいな気分だよ、正直今はまだ誰も信じられない……部下でさえも』
テセウスの言っていた言葉を思い出す。
……大臣もきっと知らない、誰も知らない。
彼はリジー一人にだけ言った、リジーが一番信頼出来る人に近いと思ったから。つまり彼の場合は家族だ。
家族しか信じない、家族を守るためならなんでもする。テセウスにとってリタは紛れもない家族だ。
「いない……」
「……テセウスは何をしようとしているの?」
「知らない、そんなの、知るわけない……っ、ニュートこそ実の兄弟でしょ、なんでわたしあの時何も聞かなかったんだろう……」
「僕が知ってるのは兄さんだ、闇払いのテセウスのことは君の方が知ってる。きっと君にそう"信じ込ませた"んだよ、兄さんの得意分野だ」
「呪文にかけられたって言うの?」
「そう、テセウスには何を報告していたの?手紙の写しはある?」
「やりとりは残さないようにしてたの……機密だから」
「よく思い出してみて」
リジーは今までの手紙のやりとりを思い出そうとしてみたが、ショーンのことも相まって頭の中がごちゃごちゃになって訳が分からない。
どうしてこんなことになってしまったのか、どこで間違ったのか。後悔ばかりが心に浮かぶ。
「子どものこと……セーレム救世軍ていうマグルの過激団体に目をつけてたの。子どもをたくさん面倒見てて、その中に一人スクイブがいる、年の近い男の子……」
「子どもはきっと理由に過ぎないよ、それっぽっちの情報でほんとに見つかるなんて思っていない。他には?」
「ほか……他なんて何も……秘書だから、長官とのメッセンジャー役をやってたくらい。いついつに電話するとか、その日はいるとかいないとか……」
「……テセウスは、長官とよく連絡を取りあっていた?」
「それは……だってほら、こっちにいる間はわたしの、保護者?だから……」
ニュートに言われて、リジーはそういえばと疑問に思った。
テセウスはよくリジーに電話をかけてきて、なにかと理由をつけては長官の予定を聞かれた。
いつなら空いてるか、どこにいるのか、今日は誰となんの会議なのか。
「長官……長官に知らせないと」
彼ならきっとこの状況を何とかしてくれるはずだ、リジーは藁にもすがる思いで長官に電話を掛けようとした。
しかし、ニュートがそれを制した。
「……彼も信用できるかまだ分からない」
「な……なんてこと言うの……っ!?」
「だってそうだろう!?」
そうだ、もはや誰が敵で誰が味方か分からない状況にまで追い込まれている。
誰かがわたしたちを嵌めようとしている、敵はグリンデルバルドだけでなく今や魔法省もそれと化した。
「とにかくヘイミッシュを連れて今すぐカイロに。荷物は最低限、あとは向こうで揃えればいいから。ここにいると危険だ……たぶん、少しの間は安全だと思うよ。その間に計画を練ろう」
リジーは急いで荷物をまとめ、誰にも言わずにアメリカを発った。
まだ朝の早い時間、ニューヨークの街には雪が積もっていた。
リジーは短い間を過ごしたアメリカの景色を目にやきつけ、愛猫を連れてニュートと二人エジプト・カイロへと長い逃亡の旅に出ることとなった。
リジーが手のひらでそっとニュートの頬を撫でる、何かを期待させるような潤んだ目がニュートの視線を捉えて離さない。
「抱いて」と囁くように小さな声で、赤い唇が確かにそう紡いだのをニュートは見逃さなかった。
一瞬目を瞠らせ、いつもの悪い癖で「え、なに?」とつい意地悪を言いそうになってしまうのをぐっと飲み込む。
「……またいじわる言ったら、許さないから」
そんな思いも全部見透かしたように、リジーは顔を林檎のように真っ赤にしながらそれを隠すようにわざと怒ったような口振りで言う。
「分かってる」
ニュートは悦びに堪えきれない笑みを滲ませながら、顔を傾けて深く唇を重ね合わせる。
初めて口づけた時のようにやわく、慎重に門戸を叩くが、やがて熱を増すごとにアルコールのように何もかもどうでもよくなってくる。
考えてみれば年頃の若い男女がよくもまあ何ヶ月も耐えられたものだ、彼女はそんな事ちっとも知らないだろうがニュートは自分で自分を表彰してやりたい気分だった。
理性を麻痺させる脳内麻薬に溺れながら、本能のままに唾液と唇を貪っていると、ふと気がかりなことを思い出しリジーは眉をひそめて顔を離そうと試みる。
「ん、待って……ねえニュート、先にシャワー……」
この期に及んでも全くこの子は、ニュートは頭の中でそんなふうに独りごちる。
しかしニュートの手のひらが後頭部をしっかりと押さえており、リジーは口づけながら懸命に伝えようと努力を試みるがニュートはそんなことお構いなしに久々のキスを堪能する。
ワインと、ペンハリガンの香水の香り。
冷えた指先から溶け合う体温。
白く降り積もった雪が街中の音を吸い込み、静かなNYの夜。
二人は自然と、夜に混ざり合い溶け込んでいった。
――
早朝、寝室に置かれた電話がけたたましい音で鳴ってリジーは目が覚めた。
時計を見ると朝の五時、窓の外はまだ暗い。
今日はクリスマスホリデーだというのに、こんな朝早くにこんな風に叩き起されてたまったものじゃない。
リジーは毛布にくるまったまま、手探りで探し当て受話器を取り上げた。
「イギリス魔法省からお電話です、お繋ぎします」電話に出るなり、電話交換手が淡々とした声で告げた。
「魔法省……?」
まだ覚醒しきっておらず、上手く回らない頭ではとっさに状況が理解できなくてリジーはぼんやりと呟く。
「ん……どうしたの?」
それを聞いて、隣にいたニュートも起きてきて心配そうに覗き込む。
電話の相手は英国と米国の連絡担当官からだった、彼女とは学生時代からの友人だ。
彼女はどこか不安げに取り乱した様子で、電話の内容は衝撃的なものだった。
「ショーン・フィネガンが、亡くなった」
第一声、それを聞いてリジーはサッと心臓が冷たくなっていくような心地を覚える。
まさか、嘘でしょう?と聞き返せば彼女は詳しく事情を説明してくれた。
それを聞いて、リジーはますます現実のこととは思い難くなる。
ショーンがグリンデルバルドの信奉者で、ずっと魔法省の機密をスパイしていたというのだ。
闇払いたちがそれを掴み、身柄を確保しようとして闘いとなり、そのうちに呪文が当たってたまたま打ちどころが悪く……彼は亡くなったと。
まさかあのショーンが。リジーは信じられない気持ちで、胸が引き裂かれそうになる。
「朝一番で帰ってくるようにと大臣からの要請よ。あなたも疑われてる」
「どうして私が?」
「ショーンがリジーの名前を出していたのよ、詳しくは分からないけど……そもそもあなた、どうしてアメリカに行くことになったの?」
「それは――とにかくこっちのボスにも話を通してもらうように言って、朝一なんて無理よ」
とっさに答えられなくて、リジーは思わず適当な理由をつけて電話を切った。
隣でそれを聞いていたニュートも深刻そうに表情を曇らせている、彼は黙ってリジーの身体を抱き寄せた。
「……つらいね」
「……ええ、すごく」
ニュートの肩に抱きしめられながら、リジーはそっと目を閉じる。
イギリスを発つ前……最後にショーンと話した時のことを思い出していた。
『……ボスを変える?』
『そうだね、どうせ信頼もされてないし』
『だったら、最初からあなたに頼み事なんてしない』
『だとしても、いいように使われるのはごめんだ』
『……そんなこと、あの人が出来ると思う?』
『リジー――言いそびれてたけど、婚約おめでとう』
ずっと長い間、彼は良い友だった。
リジーによくしてくれて、守ってくれていた。
それが今、裏切られただけでなく喪った悲しみまでもが同時に津波のように押し寄せている。
どうしてそんな馬鹿な真似をしたのか。許されることではないけどそれでも、死ななければいけないほどのことをしたのかと心の中で問いかける。
……答えは返ってこない。
なによりも信じられない気持ちでいっぱいで、夢と現実がぐるぐるする。
「……ねえ、聞いてもいい?」
ニュートが不意に口を開いて尋ねる。
「どうして君がアメリカに来ることになったの?」
リジーは答えられないと頑として首を横に振る。
「……出向て、何しにきたの?研修?違うよね、君はもうとっくに一人前の闇払いだ」
「言えない、機密なの」
「目的があってきた訳だ……僕には知る権利がある、君、今疑われてるんだよ?」
「何かの間違いよ、わたしは魔法省の人間。なにより、あなたを裏切ったりはしない」
しかしなおもニュートは食い下がった。
「兄さんに言われて来た、兄さんが関わってる。しかもちょうど兄さんの婚約と同時だった、リタでしょ?」
「!……知ってたの?」
「ああ知ってた、知ってたとも。でも君はなにも言ってくれなかった、けどこれに関しては僕も黙ってたからおあいこだね。リタのことで、兄さんに頼まれて動いてる。教えてくれ、テセウスは何を考えてるの?」
「ねえ、ニュート、お願い怒らないで」
「怒ってないよ!君はなんにも言ってくれないし、危ない橋を渡ろうとしてるのにも気づいてたけど僕は黙って見てただけ!怒る権利なんてさらさらないだろう?」
ニュートが、リジーに対してはじめて声を荒らげた。
そんなこと今までにだって一度も見た事がなくて、リジーは驚いて彼のことがはじめて怖くなってしまった。
ニュートははっと我に返り、「ごめん」と呟く。感情的になってしまったのを恥じ入りはしたが、彼はただリジーのことが心配なのだと伝える。
「いいよ、君の立場はわかってる……テセウスに直接聞くよ」
はじめての衝突、はじめての軋轢。
リジーは泣きそうになりながら受話器に手を伸ばしかけるニュートの手を止めた。
「ま、待って!……一から説明させて」
ニュートはふと動きを止めて、リジーの目を見つめる。
リジーは全てを話した、リタの生き別れの兄弟を探してアメリカに来たこと。
リタとその子をグリンデルバルドが狙っていること。
今までに掴んだその子の手がかり、何もかもを語って聞かせた。
しかしそのうちにふと気がついた――どうして、局長はわたしをアメリカに?
全てはリタの見たことと記憶だけ、それも証拠はなくリジーは彼女と直接話したわけでもない。
やりとりは全てテセウスを通じてなされていた。
彼はどうして、彼女を信じた?
「ねえリジー……それ、どう考えてもおかしいよ……」
「でも……っ、」
「他にそれ知ってるのは?」
誰だ、誰がいる?
ショーンは知らなかったはず、ほかの同僚たちも多分知らない。魔法大臣は?
『裏切られたみたいな気分だよ、正直今はまだ誰も信じられない……部下でさえも』
テセウスの言っていた言葉を思い出す。
……大臣もきっと知らない、誰も知らない。
彼はリジー一人にだけ言った、リジーが一番信頼出来る人に近いと思ったから。つまり彼の場合は家族だ。
家族しか信じない、家族を守るためならなんでもする。テセウスにとってリタは紛れもない家族だ。
「いない……」
「……テセウスは何をしようとしているの?」
「知らない、そんなの、知るわけない……っ、ニュートこそ実の兄弟でしょ、なんでわたしあの時何も聞かなかったんだろう……」
「僕が知ってるのは兄さんだ、闇払いのテセウスのことは君の方が知ってる。きっと君にそう"信じ込ませた"んだよ、兄さんの得意分野だ」
「呪文にかけられたって言うの?」
「そう、テセウスには何を報告していたの?手紙の写しはある?」
「やりとりは残さないようにしてたの……機密だから」
「よく思い出してみて」
リジーは今までの手紙のやりとりを思い出そうとしてみたが、ショーンのことも相まって頭の中がごちゃごちゃになって訳が分からない。
どうしてこんなことになってしまったのか、どこで間違ったのか。後悔ばかりが心に浮かぶ。
「子どものこと……セーレム救世軍ていうマグルの過激団体に目をつけてたの。子どもをたくさん面倒見てて、その中に一人スクイブがいる、年の近い男の子……」
「子どもはきっと理由に過ぎないよ、それっぽっちの情報でほんとに見つかるなんて思っていない。他には?」
「ほか……他なんて何も……秘書だから、長官とのメッセンジャー役をやってたくらい。いついつに電話するとか、その日はいるとかいないとか……」
「……テセウスは、長官とよく連絡を取りあっていた?」
「それは……だってほら、こっちにいる間はわたしの、保護者?だから……」
ニュートに言われて、リジーはそういえばと疑問に思った。
テセウスはよくリジーに電話をかけてきて、なにかと理由をつけては長官の予定を聞かれた。
いつなら空いてるか、どこにいるのか、今日は誰となんの会議なのか。
「長官……長官に知らせないと」
彼ならきっとこの状況を何とかしてくれるはずだ、リジーは藁にもすがる思いで長官に電話を掛けようとした。
しかし、ニュートがそれを制した。
「……彼も信用できるかまだ分からない」
「な……なんてこと言うの……っ!?」
「だってそうだろう!?」
そうだ、もはや誰が敵で誰が味方か分からない状況にまで追い込まれている。
誰かがわたしたちを嵌めようとしている、敵はグリンデルバルドだけでなく今や魔法省もそれと化した。
「とにかくヘイミッシュを連れて今すぐカイロに。荷物は最低限、あとは向こうで揃えればいいから。ここにいると危険だ……たぶん、少しの間は安全だと思うよ。その間に計画を練ろう」
リジーは急いで荷物をまとめ、誰にも言わずにアメリカを発った。
まだ朝の早い時間、ニューヨークの街には雪が積もっていた。
リジーは短い間を過ごしたアメリカの景色を目にやきつけ、愛猫を連れてニュートと二人エジプト・カイロへと長い逃亡の旅に出ることとなった。
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