Ⅲ
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リジーは朝早くに目が覚め、カレンダーを確認して、ポストを見に行くために起き上がった。
リジーが送ったカードは全部で十枚、イギリスにいる両親とニュートとオルガとミニー。
ショーンは学生時代から毎年欠かさず送ってくれるので一応カードだけ、あとはティナとクイニーとグレイブス長官と、テセウス宛に二枚。
一枚は彼に、もう一枚はリタ・レストレンジ宛に。無事に届くことを願う。
朝一で届けられたイギリスからの数枚のクリスマスカードと、いくつかのプレゼント。
旧友のミニーからはリジーが恋しくて止まないロンドン限定の紅茶缶と真珠の髪飾り。
オルガからは小さな宝石箱に入った上等のアモルテンシア二瓶。
ヴァンクス家からはペンハリガンの香水と石鹸セット、ニューヨークでは貴重なレリッシュ、それにハロッズの紅茶。これで当分お茶には事欠かないで済みそう。
そしてショーンからは大量のオレンジが一箱、正直言って彼の贈り物のセンスはあまり良いとは言えない。
その中にニュートからのものはなかった、エジプトではもう三時間も前からクリスマスが始まっているはずなのに。
そもそもエジプトではクリスマスを祝うのか?リジーはすっかり日に焼けて黒焦げになってしまったニュートを想像して、思わず頬が緩む。
今日から朝食には当分の間オレンジジュースだ、アメリカ流に。悪くなる前に早いところなんとかしなければ、にしてもとても一人で消費できる量ではない。
ティナとクイニーにも幾つか持って行ってあげよう、あの方はオレンジなんて食べるのだろうかとリジーはふとグレイブスの顔を思い浮かべながら、オレンジの行く末をあれこれ考えていた。
贈られてきたオレンジはどれを切っても全てきっちり五つ種のものばかりだった。
前言撤回しよう、ショーンはやっぱり贈り物のセンスがいい。
お昼を過ぎても、夕方になっても、結局ニュートからプレゼントが届くことはなかった。
郵便が遅れているのだろうか、それにしてもクリスマスカードすら届かないなんて。
リジーは電話を掛けようかと何度も手に取っては、受話器を置くのを繰り返していた。
リジーはもやもやした気持ちを抱えたまま、プレゼントとワインとヘイミッシュを抱えてゴールドスタイン家を訪ねた。
洒落た流行りのジャズと、チキンの焼ける香ばしい香りと共にクイニーは温かく出迎えてくれた。
「メリークリスマス!いらっしゃい!待ってたのよ、車はどこに?」
「メリークリスマス、パーティに来るのに車なんて!明日は日曜なのよ?それより聞いてよクイニー、」
「まあ!そんなことないわよ!きっとフクロウが迷ってるのよ、エジプトと違ってニューヨークは見通しが悪いから。心配しなくてもきっとそのうち来るわ」
「ああ……ええそうね、きっと」
リジーの心配事にいち早く気づき、クイニーは明るく励ます。
彼女の気遣いを嬉しく思いながらも、今まで普通に会話していたのが急に会話のテンポが早くなってリジーはまだ少し変な感じがして笑ってしまうのだった。
「その子がヘイミッシュね?なんて可愛いの……!ああ、会いたかったわダーリン!ミルクはお好き?」
ヘイミッシュを見てクイニーはすぐにその愛らしさに虜になってしまい、彼女に構い切りになった。
ティナはリジーと挨拶のキスをしながら訝しげに首を傾げる。
「メリークリスマス、リジー……?この猫、」
「はいティナ!とってもかわいいわよ!」
クイニーから勧められて、ティナは複雑そうに苦笑いしながらヘイミッシュを抱き上げる。
国外からの動物の持ち込み許可が降りるのは申請から最低でも数ヶ月は掛かる、彼女がニューヨークに来てから何ヶ月経ったかとティナは思い出していた。
「クリスマスなのに」と言っていたリジーも悩みなどすっかり忘れて、ゴールドスタイン姉妹とのパーティーは楽しいものとなった。
チキンを食べて、ワインを飲んで、女三人のおしゃべりに花を咲かせた。その夜の出来事は忘がたい、楽しい思い出だ。
夜も更けた頃、リジーは夜風に当たろうとそっと抜け出して、階下に降りて行った。
窓の外は雪が舞い、ニューヨークの街は真っ白な雪の下に覆われている。
隅の窓辺にひっそりと怪しいもののように据え置かれた電話をじっと見つめて、たっぷり迷った末に恐る恐る、他人の机を覗き見るような後ろめたい心地で受話器を取り上げる。
電話交換手が出る、「ニュート・スキャマンダーに」
いつも心にあるのにも関わらず、はっきりとその名前を口にするのは少し久しぶりで、ひどく懐かしく愛おしくリジーの耳に響く。
遥か遠く、エジプトの町のどこかで鳴っているベルの外で、粉雪を翼に乗せたフクロウがミセス・エスポジトのアパートの窓をつついた。
何度も結び直したあとのあるくしゃくしゃのリボンと、不器用な包装の小包を携えて。
――リジーへ、メリークリスマス。
最高のクリスマスを。N.S
走り書きみたいな癖字のカードを、リジーはプレゼントごと大事そうに胸に抱きしめる。
プレゼントの中身は、一冊の本だった。
「空き家の冒険」と題された本は、リジーお気に入りの帽子の探偵が活躍する話だ。
けれどこの本ならもう持ってる、ヴァンクス家の子ども部屋には今も数多くの探偵たちのミステリーと共にシャーロック・ホームズが全巻揃って眠っている。
どんなお話だったかもリジーはよく覚えていた、学生時代に何度となく読み返し、ジョン・ワトソンが記した二人の記録の中でも特に際立ったお話だったから。
リジーは大急ぎで階段を駆け上がり、二人にハグをした。
「帰らないと……!ああ、今夜は楽しかったわ!お料理も今までで一番美味しかった!最高のクリスマスよ!愛してるわ、メリークリスマス!」
コートと本とヘイミッシュを抱えて、リジーは姿くらましをして嵐のようにあっという間に消え去っていった。
彼女の心はあまりにも早口のイギリス訛りでまくし立てて、何が起こったのかクイニーでさえ分からなかった。
二人は呆然と顔を見合わせ、彼女の落としていった一枚のカードを見つけてティナはなるほどと納得した。
「プレゼントが届いたみたい、全く。さあ、わたしたちだけで仕切り直しましょ」
ティナはやれやれといった様子で、リジーが置いていった二本目のワインの栓を抜いた。
いつも通り、姉妹二人きりになってしまった夜をクイニーは少し寂しく思いながら、今は亡き両親の写真に向かってグラスを掲げ、二人は互いに乾杯した。
――
「空き家の冒険」とは、最後の事件でシャーロック・ホームズがライヘンバッハの滝へ落ちて死亡したと思われていた三年後の出来事である。
1891年の春、親友と妻をも喪い、孤独な日々を送っていたワトソンの前に再びホームズが現れ、二人は感動的な再会を果たす。
真夜中にベッドの上で「生きてた!!」と拳を振り絞って叫んだ、初めて読んだ時の興奮を思い出す。
凍てつく寒さにリジーは白い息を吐きながら、自宅のアパートを見上げた。
街灯の曇った黄色い明かりの下、玄関先で野良猫と戯れる彼を見つけて、リジーは名前を呼んだ。
「やあ」
目の前にしてもにわかには信じがたくて、リジーは溢れる感情に声を上げてしまいそうになるのを口元を押さえて堪える。
「おいで、リジー」とニュートが腕を広げる、リジーは何もかも道端に捨て去って、ヘイミッシュの入ったかごだけしっかり抱え子供のように走り寄り、大好きな人の腕の中に飛び込んだ。
「動物たちを預けに実家に寄ったら捕まっちゃって。予定より遅くなっちゃった、ごめんよリジー」
リジーはニュートの肩に顔を埋めたまま小さく首を振る、存在を確かめるように背中に腕を回して二人は固く抱き合い、唇を重ねた。
寂しかった、会いたかった、大好き、抱きしめて欲しかった。
伝えたいことが沢山あるのに、話したいことも山ほどあるのに、心が震えて言葉が出てこなくて、リジーはただ懐かしい温もりに浸っていた。
リジーが送ったカードは全部で十枚、イギリスにいる両親とニュートとオルガとミニー。
ショーンは学生時代から毎年欠かさず送ってくれるので一応カードだけ、あとはティナとクイニーとグレイブス長官と、テセウス宛に二枚。
一枚は彼に、もう一枚はリタ・レストレンジ宛に。無事に届くことを願う。
朝一で届けられたイギリスからの数枚のクリスマスカードと、いくつかのプレゼント。
旧友のミニーからはリジーが恋しくて止まないロンドン限定の紅茶缶と真珠の髪飾り。
オルガからは小さな宝石箱に入った上等のアモルテンシア二瓶。
ヴァンクス家からはペンハリガンの香水と石鹸セット、ニューヨークでは貴重なレリッシュ、それにハロッズの紅茶。これで当分お茶には事欠かないで済みそう。
そしてショーンからは大量のオレンジが一箱、正直言って彼の贈り物のセンスはあまり良いとは言えない。
その中にニュートからのものはなかった、エジプトではもう三時間も前からクリスマスが始まっているはずなのに。
そもそもエジプトではクリスマスを祝うのか?リジーはすっかり日に焼けて黒焦げになってしまったニュートを想像して、思わず頬が緩む。
今日から朝食には当分の間オレンジジュースだ、アメリカ流に。悪くなる前に早いところなんとかしなければ、にしてもとても一人で消費できる量ではない。
ティナとクイニーにも幾つか持って行ってあげよう、あの方はオレンジなんて食べるのだろうかとリジーはふとグレイブスの顔を思い浮かべながら、オレンジの行く末をあれこれ考えていた。
贈られてきたオレンジはどれを切っても全てきっちり五つ種のものばかりだった。
前言撤回しよう、ショーンはやっぱり贈り物のセンスがいい。
お昼を過ぎても、夕方になっても、結局ニュートからプレゼントが届くことはなかった。
郵便が遅れているのだろうか、それにしてもクリスマスカードすら届かないなんて。
リジーは電話を掛けようかと何度も手に取っては、受話器を置くのを繰り返していた。
リジーはもやもやした気持ちを抱えたまま、プレゼントとワインとヘイミッシュを抱えてゴールドスタイン家を訪ねた。
洒落た流行りのジャズと、チキンの焼ける香ばしい香りと共にクイニーは温かく出迎えてくれた。
「メリークリスマス!いらっしゃい!待ってたのよ、車はどこに?」
「メリークリスマス、パーティに来るのに車なんて!明日は日曜なのよ?それより聞いてよクイニー、」
「まあ!そんなことないわよ!きっとフクロウが迷ってるのよ、エジプトと違ってニューヨークは見通しが悪いから。心配しなくてもきっとそのうち来るわ」
「ああ……ええそうね、きっと」
リジーの心配事にいち早く気づき、クイニーは明るく励ます。
彼女の気遣いを嬉しく思いながらも、今まで普通に会話していたのが急に会話のテンポが早くなってリジーはまだ少し変な感じがして笑ってしまうのだった。
「その子がヘイミッシュね?なんて可愛いの……!ああ、会いたかったわダーリン!ミルクはお好き?」
ヘイミッシュを見てクイニーはすぐにその愛らしさに虜になってしまい、彼女に構い切りになった。
ティナはリジーと挨拶のキスをしながら訝しげに首を傾げる。
「メリークリスマス、リジー……?この猫、」
「はいティナ!とってもかわいいわよ!」
クイニーから勧められて、ティナは複雑そうに苦笑いしながらヘイミッシュを抱き上げる。
国外からの動物の持ち込み許可が降りるのは申請から最低でも数ヶ月は掛かる、彼女がニューヨークに来てから何ヶ月経ったかとティナは思い出していた。
「クリスマスなのに」と言っていたリジーも悩みなどすっかり忘れて、ゴールドスタイン姉妹とのパーティーは楽しいものとなった。
チキンを食べて、ワインを飲んで、女三人のおしゃべりに花を咲かせた。その夜の出来事は忘がたい、楽しい思い出だ。
夜も更けた頃、リジーは夜風に当たろうとそっと抜け出して、階下に降りて行った。
窓の外は雪が舞い、ニューヨークの街は真っ白な雪の下に覆われている。
隅の窓辺にひっそりと怪しいもののように据え置かれた電話をじっと見つめて、たっぷり迷った末に恐る恐る、他人の机を覗き見るような後ろめたい心地で受話器を取り上げる。
電話交換手が出る、「ニュート・スキャマンダーに」
いつも心にあるのにも関わらず、はっきりとその名前を口にするのは少し久しぶりで、ひどく懐かしく愛おしくリジーの耳に響く。
遥か遠く、エジプトの町のどこかで鳴っているベルの外で、粉雪を翼に乗せたフクロウがミセス・エスポジトのアパートの窓をつついた。
何度も結び直したあとのあるくしゃくしゃのリボンと、不器用な包装の小包を携えて。
――リジーへ、メリークリスマス。
最高のクリスマスを。N.S
走り書きみたいな癖字のカードを、リジーはプレゼントごと大事そうに胸に抱きしめる。
プレゼントの中身は、一冊の本だった。
「空き家の冒険」と題された本は、リジーお気に入りの帽子の探偵が活躍する話だ。
けれどこの本ならもう持ってる、ヴァンクス家の子ども部屋には今も数多くの探偵たちのミステリーと共にシャーロック・ホームズが全巻揃って眠っている。
どんなお話だったかもリジーはよく覚えていた、学生時代に何度となく読み返し、ジョン・ワトソンが記した二人の記録の中でも特に際立ったお話だったから。
リジーは大急ぎで階段を駆け上がり、二人にハグをした。
「帰らないと……!ああ、今夜は楽しかったわ!お料理も今までで一番美味しかった!最高のクリスマスよ!愛してるわ、メリークリスマス!」
コートと本とヘイミッシュを抱えて、リジーは姿くらましをして嵐のようにあっという間に消え去っていった。
彼女の心はあまりにも早口のイギリス訛りでまくし立てて、何が起こったのかクイニーでさえ分からなかった。
二人は呆然と顔を見合わせ、彼女の落としていった一枚のカードを見つけてティナはなるほどと納得した。
「プレゼントが届いたみたい、全く。さあ、わたしたちだけで仕切り直しましょ」
ティナはやれやれといった様子で、リジーが置いていった二本目のワインの栓を抜いた。
いつも通り、姉妹二人きりになってしまった夜をクイニーは少し寂しく思いながら、今は亡き両親の写真に向かってグラスを掲げ、二人は互いに乾杯した。
――
「空き家の冒険」とは、最後の事件でシャーロック・ホームズがライヘンバッハの滝へ落ちて死亡したと思われていた三年後の出来事である。
1891年の春、親友と妻をも喪い、孤独な日々を送っていたワトソンの前に再びホームズが現れ、二人は感動的な再会を果たす。
真夜中にベッドの上で「生きてた!!」と拳を振り絞って叫んだ、初めて読んだ時の興奮を思い出す。
凍てつく寒さにリジーは白い息を吐きながら、自宅のアパートを見上げた。
街灯の曇った黄色い明かりの下、玄関先で野良猫と戯れる彼を見つけて、リジーは名前を呼んだ。
「やあ」
目の前にしてもにわかには信じがたくて、リジーは溢れる感情に声を上げてしまいそうになるのを口元を押さえて堪える。
「おいで、リジー」とニュートが腕を広げる、リジーは何もかも道端に捨て去って、ヘイミッシュの入ったかごだけしっかり抱え子供のように走り寄り、大好きな人の腕の中に飛び込んだ。
「動物たちを預けに実家に寄ったら捕まっちゃって。予定より遅くなっちゃった、ごめんよリジー」
リジーはニュートの肩に顔を埋めたまま小さく首を振る、存在を確かめるように背中に腕を回して二人は固く抱き合い、唇を重ねた。
寂しかった、会いたかった、大好き、抱きしめて欲しかった。
伝えたいことが沢山あるのに、話したいことも山ほどあるのに、心が震えて言葉が出てこなくて、リジーはただ懐かしい温もりに浸っていた。