CP無(総受/愛され系)
いつも通りにレイドをこなし、ついでに少しスキル性能を試したりして、家に帰ってきた頃には既に0時を回っていた。
既に寝ているであろう母さんを起こさないように、そーっと玄関を開け、暗闇の中リビングの扉を開くと…。
パン!パン!とクラッカーの音が鳴り響いた。いきなりの事に目を白黒させてしまっているうちにリビングの電気がパチリと付けられ、そこにいたのは…。
「「旬(お兄ちゃん)お誕生日おめでとう!!」」
「母さん…葵…」
「もー!お兄ちゃんってば帰ってくるの遅いよー!」
「そんなに前から待ってたのか?」
「ふふ、そうなの。この子ったら22時くらいからずーっと「お兄ちゃんまだかな」って言っていたのよ?」
クラッカーを手に、にこにこと微笑んでいる母さんと遅くなったことに拗ねている葵の姿。
「そう、か…今日誕生日なんだ…」
呆然と俺が呟くと、母さんが俺をぎゅっと抱き締めた。
「旬…葵から聞いたわ。貴方、お母さんが寝ている間、自分の誕生日を祝いもしなかったんですって?」
「そ、れは…」
「自分の誕生日なのに葵にだけはケーキを買ってきて、プレゼントは勿体ないからって禁止にしていたそうじゃない。もっと自分の事を大切にして頂戴」
「無理矢理プレゼント押し付けてたけど、それなのにお兄ちゃん私の誕生日にはホールケーキ買って、プレゼントも毎年結構高価な物もポンって買ってきてたんだから!」
抱き締められながら優しく咎められる。
…だってあの頃は余裕なんか無くて。俺の誕生日なんて大したことじゃないし、少しでも削れる部分は削って、その分葵に良いものを買ってやりたかった。
何も言えずに黙っている俺の両頬を母さんが包み、眉を下げて微笑んだ。
「…わかっているのよ。旬が頑張ってくれていた事は。でもね、今はお母さんもこうして元気になったんだからちゃんとお誕生日を祝いたかったの。…だって旬が生まれて来てくれた大切な日ですもの」
「そうだよお兄ちゃん!…もう節約とか考える必要もなくなったんだからさ。お祝いぱーっとしようよ!」
「母さん、葵……わかったよ」
似た顔をして俺の背中を押してくる二人に苦笑して白旗を上げる。
「よーし!それじゃあケーキ食べよ!」
「は?この時間から!?正気か?0時回ってるんだぞ?」
「お兄ちゃん待ってたら小腹すいちゃったんだからしょうがないじゃん」
「肥えるぞ」
元気よくケーキを切り分けようとする葵に思わずツッコみを入れる。深夜にケーキってどういう胃袋してるんだ…。
「お母さん!お兄ちゃんが酷いこと言うんだけど!」
「あら、旬の言う事にも一理あるわよ。ケーキは夜ご飯の後にしましょう?」
「ほらな」
「お母さんまで~!もー、お腹すいてるのに~!」
そう言って情けない声を上げる葵に、母さんがくすくすと笑い始めると伝播して、気付くと三人で笑い合っていた。
***
「…ん、電話…?」
朝、枕元から振動が聞こえた気がして目を開け、スマホを手に取った。寝ぼけ眼で見るとどうやら電話の様で。
昨日はあの後母さんの寝ている間の誕生日の話をしていたから結構遅くなったんだよな…まだ眠いのに、誰だよ。
「ふぁ…はい、水篠です…」
『Best wishes on your birthday! ミズシノ!』
「…トーマス!?」
画面を見ずに出たので、スマホの向こう側から聞こえてきたトーマスの声に驚き、一気に目が覚めた。
『誕生日ならもっと早くに教えてくれても良いだろう』
「え、あ…祝ってくれた…んだよな?え、と…有難う」
まさか家族の次に祝ってもらえるのがトーマスだとは思わなくて。呆然としながら礼を言うと、電話口から笑い声が聞こえてきた。
『HAHAHA!なんだ、俺が祝うのはそんなに意外か?』
「あ、いやそういう訳じゃ無くて…!今まで家族以外から祝われるってほぼなかったから…」
『…それなら尚更早く言ってくれれば良かっただろう。誕生日プレゼントは何が欲しい?アメリカのゲートか?』
「えっ!くれるのか!?…って違う!別に祝って貰っただけで充分だよ」
一瞬アメリカのゲート内は日本と違うんだろうか、レベルが高いモンスターや違う種類のモンスターがいるのだろうかとレベルアップへの期待が過り、喜びそうになったが直ぐに自分を戒める。
しかし、既に一瞬喜んでしまった事は電話越しに伝わったらしく、笑って話を続けられた。
『どうやらプレゼントのチョイスは正解だったようだな。遠慮するな!今度ミズシノがアメリカに来たときはAランクゲートをいくつかプレゼントしてやるから楽しみにしておけ!それじゃあな、近いうちにアメリカに来いよ!』
「え、ちょ…切れた。あいつ言いたいことだけ言ってったな…。でもアメリカのゲート…少し楽しみかも」
更にレベルアップ出来る予感にほんの少しだけ嬉しくなりながら、起こされてしまっては仕方が無いと体を起こした。
「んー…今日はゲート攻略も無いけど…我進ギルドと協会にでも顔出すかな」
我進ギルドには諸菱くんが居るだろうし、会長が時間ある時協会に来てくれたら嬉しいって言ってたしな…。
「(よし、出かけるか)…母さん、葵。ちょっと出てくる」
部屋を出て、廊下からリビングにいた二人に声をかけると葵が顔を覗かせる。
「いってらっしゃーい。でも早めに帰ってきてよ?今日は三人でご飯食べるんだから!」
「わかってるって。いってきます」
葵に挨拶をして玄関のドアを開ける。…さて、まずは我進に寄ろうかな。
***
「水篠くん!」
「水篠ハンター!」
「え?あ、馬渕さん…と向坂ハンター?」
我進ギルドへと向かう最中、呼び止められ誰かと思えばE級の頃にお世話になった馬淵さんと何故か向坂ハンターの姿。
「…お二人は知り合いだったんですか?」
珍しい組み合わせに目を瞬いたまま問いかければ、互いに目を合わせて思い当たった様に話始めた。
「そうか、水篠くんは同じS級として向坂くんと親交があるのも当然だったな。彼女はうちの道場の門下生でね。今日は私の買い出しに付き合ってくれているんだ」
「あの…水篠ハンターと師範はどういった…?」
馬淵さんからの説明に納得して頷くと、今度は向坂ハンターから問いかけられたので、俺が口を開く。
「E級の頃は何度も馬淵さんに助けてもらって…恩人です」
「私が今こうして生きているのも水篠君のお陰なんだ、寧ろ返しきれないほどの恩があるのは私の方だろう」
笑って俺の肩を叩く馬淵さんに苦笑を返す。再覚醒を黙ってもらっていた件も含めて恩があるのは俺なんだけどな。
「成程。そうでしたか」
「おっと長い間引き留めてしまっては申し訳ないな。呼び止めたのには理由があったんだ。…水篠くん、誕生日おめでとう」
「水篠ハンター誕生日なんですか…!?」
「!馬淵さん知ってたんですか」
馬淵さんのは誕生日を話したことが無かったと思うんだけど…。向坂ハンターも驚いたようにこちらを見て…あれ?いなくなった。
「ああ、去年だったかな。水篠くんがレイドで大怪我をした際『誕生日なのにまた妹に心配をかける』と零していただろう?災難だと思ったこともあって、覚えていたんだよ。…ただ、今の水篠くんとこんなに簡単に会えると思っていなかったからプレゼントも何も用意出来ていないのだが…」
「そんなのいりませんよ!でもそうか、去年はそんな感じの誕生日でしたっけ…怪我が多くて忘れてました」
「…嫌なことを思い出させたかね?」
「いえ、祝って頂けて嬉しいです。ありがとうございます」
嬉しいが複雑な気持ちで視線を逸らすと、何かを抱えた向坂ハンターが戻って来るのが見えた。
「…み、水篠ハンター!お誕生日おめでとうございます!」
そうして抱えた白い何かを俺に突き出して来たのだが、これは…。
「花束?」
「ダリアです。その…架南島でお世話になりましたし、感謝の気持ちです」
小さな花束を受け取ると、なんだか胸に暖かい気持ちが広がっていく。
「…嬉しいです。馬淵さん、向坂ハンターありがとうございます」
微笑んで伝えると、二人も笑顔を返してくれた。しかし…。
「水篠ハンター誕生日なんですかー!?おめでとうございます!」
「おめでとー!」
「誕生日プレゼント受け付けてますか!?」
「我進ギルドに送りつけはありですかー!?」
一連のやり取りを往来でしてしまったものだから、気が付いた時にはすっかりと野次馬に囲まれてしまっていた。一応全てが好意的な声であるからまだいいものの…。
「…すみません、俺はこれで失礼します」
「水篠ハンターすみません…また」
「水篠君、健康に気をつけて」
二人に頭を下げて、その場から急いで立ち去った。
取り合えず次は事務所…だけどこの感じではまた何かありそうな予感がする。
***
「諸菱君居る?…って、え?」
「っえええええ!?水篠さん!?!?」
「あら、来ちゃったわね」
ガチャリと事務所のドアを開けると…事務所の一室がカラフルなバルーンやら何やらで飾りつけがされており、頭上には【HAPPY BIRTHDAY】の文字。
そして俺を見た瞬間膝から崩れ落ちて、落ち込んでいる姿の諸菱くんとその隣で苦笑している明菜さん。
これはもしや…。
「…もしかしてなんだけど、誕生日祝ってくれようとしてた?」
「……はいぃぃぃ………驚かせたくて…それなのに、それなのに…いつも呼ばないと事務所に来ないのに!どうして今日はこんな早くから来るんですか!!」
「あー…なんか、ごめん」
膝をついたまま、泣きながら怒るという器用な芸当をやってのけている諸菱君にいたたまれなくなって、目を逸らして謝る。
「賢太ってばそれはもう張り切っていたのよ。『兄貴の驚いた顔を写真に収めるんだ!』なんて言って。…ふふ、代わりに情けない賢太と水篠さんのバツが悪い顔は撮れるわね」
説明と共に諸菱くんと俺に向けてカメラのシャッターをきる明菜さん。…俺はともかく諸菱君のそんな顔残してやるなよ…。
「うぅ…もうバレてしまったからには仕方ありません…!」
どこかの悪役のような台詞を言いながら立ち上がった諸菱くんは、明菜さんを手招きするとクラッカーを手渡し、息を大きく吸い込んだ。
「「水篠さん!誕生日おめでとうございます(おめでとう)!!」」
笑顔で俺の誕生日を祝福すると同時に、パン!と昨夜も聞いたクラッカーの大きな音が事務所に鳴り響き、俺の頭上で紙吹雪がはらはらと舞って床へと落ちていく。
「諸菱君、明菜さん。ありがとうございます」
「水篠さん…いや、兄貴のお陰でここまで来れました!本当に有難う御座います!さあさあ!ケーキも食事も用意してあるので!少し早いですけど、昼食として一緒に食べましょう!」
「プレゼントもあるわよ」
俺の背を押してソファに座らせる諸菱君。そして明菜さんが事務所の奥に一度向かった。暫くすると、何やらガラガラと大きな音を立てながら、ハンガーラックを引き摺って戻ってきた。
「…え?」
「洋服フルコーデ一週間分。私からのプレゼントよ。水篠さん私服がいつもシンプル過ぎるんだもの。折角の素材を生かしてちょうだい!」
「え゛?」
バッとかかっていたカバーを外すと、そこには言葉通りきっちり靴まで含んで纏められたコーデ一式が吊るされていて。
「…姉ちゃん…昨日何やら業者が運んできたと思ってたら…」
「これを、俺が着るんですか…?」
「そうよ?センスが無いのは賢太から聞いているから、組み合わせにも迷わないようにしてあげたわ」
「あ、ありがとうございます…」
引き攣った顔の俺と呆れ顔の諸菱君を全く意に介さず、堂々と言い放つ明菜さんの言葉を聞いて「何を余計な事言ってるんだ」とジトっと諸菱君を睨んだ。
「姉ちゃんそれは言わないって言ったじゃん!え、えっとぉ………あ!水篠さん!僕のプレゼントも見て下さいよ!」
「…まあいいけどな」
露骨に話題を変え始めた弟分に呆れながら、何やらずっしりとした重みのあるラッピング箱を受け取り、箱を開ける。出てきたのは…。
「…アルバム?」
「はい!僕が水篠さん関連の記事をスクラップブックに纏めているのは知っていますよね?それと同じものに一緒に撮った写真を加えてもう一冊作りました!」
パラパラとめくってみると、確かに今までの俺の記事に加え明菜さんが撮った写真などが加えられていた。
「へぇ…こういうのも良いな。…諸菱君、ありがとう」
「いえいえ!これからも増やしていきますからね!また来年は進化したアルバムを送りますよ!」
キラキラとした笑顔で語る諸菱君に俺も笑顔を返す。
「楽しみにしてる」
「はい!…よし、じゃあ食べましょう!改めて水篠さん誕生日おめでとうございます!」
「おめでとう!」
「ありがとう」
そして三人で乾杯をして、アルバムを見ながらささやかなパーティが始まった。
***
みんなで食事をして、ケーキも食べ終えたところで明菜さんが「全部試着してみて頂戴!」なんて言うものだから、着せ替え人形にされる前に協会に用事があると抜け出してきた。
確かに明菜さんの言っていたように俺の服はシンプルなものが多いので服を用意してもらえるのは有難い。ただ、やはりモデルだからか装飾品まで凝りだされると困る。
「そんなお洒落とか格好に興味も拘りも無いしな」
「そうですよね」
「!」
急に話しかけられて驚き、顔を上げると観月さんが微笑んで俺の顔を覗き込んでいた。
…嘘だろ。考え事をしながら歩いていたせいか全く気が付かなかった。
それに、周りを見渡せばいつの間にか協会の敷地内についているし…。
「お久しぶりです、水篠さん」
「…お久しぶりです。観月さん。どうして協会に?」
「ふふ…どうしてだと思います?」
質問に質問で返され一瞬言葉に詰まる。…何でといわれてもな…?俺が悩んでいるのがわかったのか、上機嫌で手のひらを向けてあるものを見せて来た。
「ハンターライセンスの更新です。地元でも良かったんですが、折角なので遊びがてらここに」
「えっ?引退されたんじゃ…」
前回の別れ際、田舎に帰ると言っていたのに…。
「水篠さんのお陰です」
「俺の?」
いきなり俺のお陰といわれ戸惑ってそのまま返してしまう。あれ以来観月さんとは会っていないのに、一体何が俺のお陰なんだ?
「あんなに怪我ばっかりしていた水篠さんが再覚醒して、どんどん前に進んでいるのを見てもう一度やってみようかなって思ったんです」
なので、水篠さんのお陰です。と微笑む観月さんにひとつ首を振る。
「それは観月さんの努力の結果だと思います。トラウマを克服するのは並大抵のことではないと思いますよ」
「…ありがとうございます。…あっ!そうだ、これ」
互いに笑みを交わしたところで観月さんが思い出したようにポケットから何かを取り出して俺の手に載せた。
「…魔石?」
「はい。あの時のリベンジです。今度こそ一緒に食事に行きましょう。それと…誕生日、おめでとうございます」
渡すものがそれしか思い当たらなくて、と笑って約束とお祝いを告げられる。
手にした魔石をギュっと握りしめて頷いた。
「ありがとうございます。食事、行きましょう。今の俺なら観月さんの好きな物奢れます。今までの治療のお礼もさせて下さい」
「ふふっ、頼りなさそうな表情をいつも浮かべていた水篠さんがそんなこと言うなんて。…期待していますね」
「はい」
そうして未来の約束をして、協会の前で別れた。…そのうち諸菱君に良いレストラン紹介してもらおうかな。
***
入口でまた目立ってしまったのでそっと裏手へと回り、裏口から入ろうとすると…。
「お、噂をすれば水篠ハンター。誕生日おめでとう」
「おや。おめでとうございます」
「誕生日おめでとうございます」
黒須ハンター、最上ハンター、白川ハンターの三人が勢ぞろいしていて、口々に祝いの言葉を贈ってくれる。
「ありがとうございます。…でも、どうして俺が誕生日だって知っているんですか?」
馬淵さんや観月さん、我進の二人ならともかく、向坂ハンターは知らなかったのに。首を傾げると、何故か三人は目を合わせて笑い、代表して黒須ハンターが口を開く。
「野次馬が沢山居た中、向坂ハンターに花貰ってただろ?SNSで写真回ってたぜ」
「ほら、流石の監視課も消しきれないようで拡散されまくっていますね」
「中には逆プロポーズかと騒ぎ立てていた記事もあったが、概ねそちらは対処されたようですね」
「あー…やっぱりあれ撮られてたんですか」
げんなりした顔をする俺を慰めるように黒須ハンターが肩を叩く。
「めでたい事なんだから良いだろ?…よし、お兄さんからもプレゼントやるよ。水篠ハンター何が好きだ?車とか興味あるか?スポーツカーなんてどうだ?」
「マンションはどうです?」
「今マンション住まいなのだからどうせなら一軒家の方が良いんじゃないか?」
なんだかとんでもない事を言い始めた。
「プレゼントの規模がおかしい!金銭感覚どうなってるんですか!?もっとお金を大事にしてください!」
「いや、金有り余ってるしなぁ?」
「少しくらい使って経済回した方が良いんですよ」
「貯め込んでいても仕方がないしな」
絶対にこの人たちおかしい…!向坂ハンターを見習え…!
金銭感覚について更に口を開こうとすると、裏口から会長と犬飼部長が歩いてくるのが見えたので口を噤む。
「水篠ハンター、誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございます。…SNSの拡散を止められず、申し訳ございません」
微笑みながら祝いを述べる会長と生真面目にSNSの事を謝罪する犬飼部長。あれは完全に油断してた俺が悪いんだけどな…。
「犬飼部長、謝らないでください。誕生日位なら知られても問題ありませんから」
「ありがとうございます」
「いえ。…会長も、犬飼部長も祝ってくれてありがとうございます」
「他でもない水篠ハンターの事ですからね。…誕生日プレゼントは何が宜しいでしょうか。やはりゲートですか?」
「会長!ゲートは落札方式と決まっているでしょう」
「ははは、冗談だ」
叱る犬飼部長を横目にからからと笑う会長に笑い返す。
「会長までトーマスと同じ事言い出すのかと思いました」
俺がそう言うと全員ピタリと止まった。…え、なんだよ。
「トーマス、とは…?」
「まさかトーマス・アンドレじゃねえよな?」
「水篠ハンター?もう少し詳しく説明して下さい」
白川ハンター、黒須ハンター、最上ハンターにまで真顔で見つめられて、よくわからないままに今朝の事を話す。
「詳しく、と言われても…朝にトーマスから電話があって誕生日プレゼントにアメリカのゲートをくれるって」
「「「「「!」」」」」
戦闘への期待と嬉しさでくすくすと笑いながら話すと全員がショックを受けたかのような表情を浮かべた。
「犬飼、やはり我々もゲートを…」
「……ダメです。…ですがまあアーティファクトならば…」
「犬飼部長。悩むのもおかしいし、アーティファクト贈ろうとするのおかしいですからね?部長まで金銭感覚バグってるんですか?」
「やっぱりスポーツカーじゃ足りねえか…」
「黒須ハンター。スポーツカーの時点でおかしいっていい加減に気付いてください」
「マンションよりゲートが良いんですか?」
「最上ハンター。俺がわがまま言って強請ってるみたいな言い方やめて下さい。マンションも要らないし」
「水篠ハンターらしいと云えばらしいが…一軒家ではダメですか?」
「白川ハンター。ダメとかそういう問題じゃない。なんであんたら揃いも揃って俺が強請ってるみたいな方向で話すんだ!!だったらまだ飯でも連れてってくれた方がマシなんですが!?」
ツッコみ疲れた俺がそう叫ぶと、犬飼部長以外がわが意を得たりという様な顔をして嬉しそうに寄ってくる。
「水篠ハンターからのリクエストですか。それならば良い酒を用意させて頂きます」
「なんだよ、お兄さんたちと飯食いたいのなら早く言えよなー」
「え?」
「食べたいものを好きなだけ食べさせてあげますよ」
「少しは可愛げがあるな」
「は?ちょ、勝手に話を進めるな!今のは違う!ものの例えです!」
なんで本当に俺がリクエストした事を叶えてやろうみたいな話になってるんだ!?
けれどもう全員が聞く耳を持ってくれなくて。あれよあれよという間にそれぞれとの食事会の約束を取り付けられてしまった。
そうして精神的に疲労困憊となった俺は犬飼部長に送ってもらうことにし、漸く帰路につくのだった。
***
「はぁ~……」
「お疲れさまでした」
車内で大きく息を吐くと、犬飼部長が労いの言葉をくれるが、この人もさっきしれっとアーティファクトを渡そうとしてきたんだよな…。そんな俺の考えが通じたのか苦笑を返される。
「申し訳ございません。水篠ハンターからすればゲートの方が嬉しかったのかもしれませんが…協会員としては見過ごすわけにもいかず…」
「違いますよ!?犬飼部長の金銭感覚もおかしいって言いたかったんです!」
「っ、ふふ、わかっています。すみません、冗談です」
あっさり冗談だという犬飼部長に恨めしい視線を向けると、バックミラー越しに目が合って優しく微笑まれる。
「そうですね。…何か物が欲しいと申し付けられたら差し上げたいとは思うのですが、水篠ハンターはそれを望まないでしょう?ですので、プレゼントの変わりとは申しませんが…お約束をします」
「約束?」
「協会員として、個人としても…水篠ハンターの今までの努力が無駄にならないように、守りたいものを共に守れるように…貴方の理解者であれるように今後も努力致します」
「!」
犬飼部長の言葉に心臓が跳ねる。
…これはきっと、俺の事をE級から知っているからこそ出る言葉なんだろう。
「…犬飼部長は充分俺の理解者でいてくれていますよ」
そう、俺の変化を一番間近で見て来たのは犬飼課長だと思う。
「…そうありたいと思っています。…それと、複数の予定が決まり、レイドなどでもお忙しいかと思いますが…僕とも食事に行って頂けますか?」
「…勿論です。ありがとうございます」
***
犬飼課長と別れ、家に帰ってきた。
あ、向坂ハンターから貰った花出さないと…。
「ただいまー」
「お兄ちゃん遅ーい!!早く帰ってきてねって言ったでしょ!?」
玄関を開けた瞬間から葵の小言が飛んでくる。
「仕方ないだろ?色々あったんだから」
「あ!それ!SNSで見たよー?向坂ハンターから貰ったんでしょ?お兄ちゃんもたまにはやるね!」
「なにがやるね、だ。全く…」
「お帰りなさい、旬。…あら?」
葵とそんなやり取りをしていると、リビングから母さんが顔を出して俺の顔をじっと眺める。
「な、なに?」
「顔がとっても嬉しそうだわ。沢山お祝いしてもらったのかしら?」
「あー!わかる!お兄ちゃんなんか嬉しげな感じ!」
母さんだけでなく葵にも同意される。俺は今まで通りのつもりなんだけどな。
……でも、
こうして沢山の人に祝ってもらって、プレゼントも約束も沢山の祝う気持ちに囲まれて…。
「うん。良い誕生日になった…かな」
既に寝ているであろう母さんを起こさないように、そーっと玄関を開け、暗闇の中リビングの扉を開くと…。
パン!パン!とクラッカーの音が鳴り響いた。いきなりの事に目を白黒させてしまっているうちにリビングの電気がパチリと付けられ、そこにいたのは…。
「「旬(お兄ちゃん)お誕生日おめでとう!!」」
「母さん…葵…」
「もー!お兄ちゃんってば帰ってくるの遅いよー!」
「そんなに前から待ってたのか?」
「ふふ、そうなの。この子ったら22時くらいからずーっと「お兄ちゃんまだかな」って言っていたのよ?」
クラッカーを手に、にこにこと微笑んでいる母さんと遅くなったことに拗ねている葵の姿。
「そう、か…今日誕生日なんだ…」
呆然と俺が呟くと、母さんが俺をぎゅっと抱き締めた。
「旬…葵から聞いたわ。貴方、お母さんが寝ている間、自分の誕生日を祝いもしなかったんですって?」
「そ、れは…」
「自分の誕生日なのに葵にだけはケーキを買ってきて、プレゼントは勿体ないからって禁止にしていたそうじゃない。もっと自分の事を大切にして頂戴」
「無理矢理プレゼント押し付けてたけど、それなのにお兄ちゃん私の誕生日にはホールケーキ買って、プレゼントも毎年結構高価な物もポンって買ってきてたんだから!」
抱き締められながら優しく咎められる。
…だってあの頃は余裕なんか無くて。俺の誕生日なんて大したことじゃないし、少しでも削れる部分は削って、その分葵に良いものを買ってやりたかった。
何も言えずに黙っている俺の両頬を母さんが包み、眉を下げて微笑んだ。
「…わかっているのよ。旬が頑張ってくれていた事は。でもね、今はお母さんもこうして元気になったんだからちゃんとお誕生日を祝いたかったの。…だって旬が生まれて来てくれた大切な日ですもの」
「そうだよお兄ちゃん!…もう節約とか考える必要もなくなったんだからさ。お祝いぱーっとしようよ!」
「母さん、葵……わかったよ」
似た顔をして俺の背中を押してくる二人に苦笑して白旗を上げる。
「よーし!それじゃあケーキ食べよ!」
「は?この時間から!?正気か?0時回ってるんだぞ?」
「お兄ちゃん待ってたら小腹すいちゃったんだからしょうがないじゃん」
「肥えるぞ」
元気よくケーキを切り分けようとする葵に思わずツッコみを入れる。深夜にケーキってどういう胃袋してるんだ…。
「お母さん!お兄ちゃんが酷いこと言うんだけど!」
「あら、旬の言う事にも一理あるわよ。ケーキは夜ご飯の後にしましょう?」
「ほらな」
「お母さんまで~!もー、お腹すいてるのに~!」
そう言って情けない声を上げる葵に、母さんがくすくすと笑い始めると伝播して、気付くと三人で笑い合っていた。
***
「…ん、電話…?」
朝、枕元から振動が聞こえた気がして目を開け、スマホを手に取った。寝ぼけ眼で見るとどうやら電話の様で。
昨日はあの後母さんの寝ている間の誕生日の話をしていたから結構遅くなったんだよな…まだ眠いのに、誰だよ。
「ふぁ…はい、水篠です…」
『Best wishes on your birthday! ミズシノ!』
「…トーマス!?」
画面を見ずに出たので、スマホの向こう側から聞こえてきたトーマスの声に驚き、一気に目が覚めた。
『誕生日ならもっと早くに教えてくれても良いだろう』
「え、あ…祝ってくれた…んだよな?え、と…有難う」
まさか家族の次に祝ってもらえるのがトーマスだとは思わなくて。呆然としながら礼を言うと、電話口から笑い声が聞こえてきた。
『HAHAHA!なんだ、俺が祝うのはそんなに意外か?』
「あ、いやそういう訳じゃ無くて…!今まで家族以外から祝われるってほぼなかったから…」
『…それなら尚更早く言ってくれれば良かっただろう。誕生日プレゼントは何が欲しい?アメリカのゲートか?』
「えっ!くれるのか!?…って違う!別に祝って貰っただけで充分だよ」
一瞬アメリカのゲート内は日本と違うんだろうか、レベルが高いモンスターや違う種類のモンスターがいるのだろうかとレベルアップへの期待が過り、喜びそうになったが直ぐに自分を戒める。
しかし、既に一瞬喜んでしまった事は電話越しに伝わったらしく、笑って話を続けられた。
『どうやらプレゼントのチョイスは正解だったようだな。遠慮するな!今度ミズシノがアメリカに来たときはAランクゲートをいくつかプレゼントしてやるから楽しみにしておけ!それじゃあな、近いうちにアメリカに来いよ!』
「え、ちょ…切れた。あいつ言いたいことだけ言ってったな…。でもアメリカのゲート…少し楽しみかも」
更にレベルアップ出来る予感にほんの少しだけ嬉しくなりながら、起こされてしまっては仕方が無いと体を起こした。
「んー…今日はゲート攻略も無いけど…我進ギルドと協会にでも顔出すかな」
我進ギルドには諸菱くんが居るだろうし、会長が時間ある時協会に来てくれたら嬉しいって言ってたしな…。
「(よし、出かけるか)…母さん、葵。ちょっと出てくる」
部屋を出て、廊下からリビングにいた二人に声をかけると葵が顔を覗かせる。
「いってらっしゃーい。でも早めに帰ってきてよ?今日は三人でご飯食べるんだから!」
「わかってるって。いってきます」
葵に挨拶をして玄関のドアを開ける。…さて、まずは我進に寄ろうかな。
***
「水篠くん!」
「水篠ハンター!」
「え?あ、馬渕さん…と向坂ハンター?」
我進ギルドへと向かう最中、呼び止められ誰かと思えばE級の頃にお世話になった馬淵さんと何故か向坂ハンターの姿。
「…お二人は知り合いだったんですか?」
珍しい組み合わせに目を瞬いたまま問いかければ、互いに目を合わせて思い当たった様に話始めた。
「そうか、水篠くんは同じS級として向坂くんと親交があるのも当然だったな。彼女はうちの道場の門下生でね。今日は私の買い出しに付き合ってくれているんだ」
「あの…水篠ハンターと師範はどういった…?」
馬淵さんからの説明に納得して頷くと、今度は向坂ハンターから問いかけられたので、俺が口を開く。
「E級の頃は何度も馬淵さんに助けてもらって…恩人です」
「私が今こうして生きているのも水篠君のお陰なんだ、寧ろ返しきれないほどの恩があるのは私の方だろう」
笑って俺の肩を叩く馬淵さんに苦笑を返す。再覚醒を黙ってもらっていた件も含めて恩があるのは俺なんだけどな。
「成程。そうでしたか」
「おっと長い間引き留めてしまっては申し訳ないな。呼び止めたのには理由があったんだ。…水篠くん、誕生日おめでとう」
「水篠ハンター誕生日なんですか…!?」
「!馬淵さん知ってたんですか」
馬淵さんのは誕生日を話したことが無かったと思うんだけど…。向坂ハンターも驚いたようにこちらを見て…あれ?いなくなった。
「ああ、去年だったかな。水篠くんがレイドで大怪我をした際『誕生日なのにまた妹に心配をかける』と零していただろう?災難だと思ったこともあって、覚えていたんだよ。…ただ、今の水篠くんとこんなに簡単に会えると思っていなかったからプレゼントも何も用意出来ていないのだが…」
「そんなのいりませんよ!でもそうか、去年はそんな感じの誕生日でしたっけ…怪我が多くて忘れてました」
「…嫌なことを思い出させたかね?」
「いえ、祝って頂けて嬉しいです。ありがとうございます」
嬉しいが複雑な気持ちで視線を逸らすと、何かを抱えた向坂ハンターが戻って来るのが見えた。
「…み、水篠ハンター!お誕生日おめでとうございます!」
そうして抱えた白い何かを俺に突き出して来たのだが、これは…。
「花束?」
「ダリアです。その…架南島でお世話になりましたし、感謝の気持ちです」
小さな花束を受け取ると、なんだか胸に暖かい気持ちが広がっていく。
「…嬉しいです。馬淵さん、向坂ハンターありがとうございます」
微笑んで伝えると、二人も笑顔を返してくれた。しかし…。
「水篠ハンター誕生日なんですかー!?おめでとうございます!」
「おめでとー!」
「誕生日プレゼント受け付けてますか!?」
「我進ギルドに送りつけはありですかー!?」
一連のやり取りを往来でしてしまったものだから、気が付いた時にはすっかりと野次馬に囲まれてしまっていた。一応全てが好意的な声であるからまだいいものの…。
「…すみません、俺はこれで失礼します」
「水篠ハンターすみません…また」
「水篠君、健康に気をつけて」
二人に頭を下げて、その場から急いで立ち去った。
取り合えず次は事務所…だけどこの感じではまた何かありそうな予感がする。
***
「諸菱君居る?…って、え?」
「っえええええ!?水篠さん!?!?」
「あら、来ちゃったわね」
ガチャリと事務所のドアを開けると…事務所の一室がカラフルなバルーンやら何やらで飾りつけがされており、頭上には【HAPPY BIRTHDAY】の文字。
そして俺を見た瞬間膝から崩れ落ちて、落ち込んでいる姿の諸菱くんとその隣で苦笑している明菜さん。
これはもしや…。
「…もしかしてなんだけど、誕生日祝ってくれようとしてた?」
「……はいぃぃぃ………驚かせたくて…それなのに、それなのに…いつも呼ばないと事務所に来ないのに!どうして今日はこんな早くから来るんですか!!」
「あー…なんか、ごめん」
膝をついたまま、泣きながら怒るという器用な芸当をやってのけている諸菱君にいたたまれなくなって、目を逸らして謝る。
「賢太ってばそれはもう張り切っていたのよ。『兄貴の驚いた顔を写真に収めるんだ!』なんて言って。…ふふ、代わりに情けない賢太と水篠さんのバツが悪い顔は撮れるわね」
説明と共に諸菱くんと俺に向けてカメラのシャッターをきる明菜さん。…俺はともかく諸菱君のそんな顔残してやるなよ…。
「うぅ…もうバレてしまったからには仕方ありません…!」
どこかの悪役のような台詞を言いながら立ち上がった諸菱くんは、明菜さんを手招きするとクラッカーを手渡し、息を大きく吸い込んだ。
「「水篠さん!誕生日おめでとうございます(おめでとう)!!」」
笑顔で俺の誕生日を祝福すると同時に、パン!と昨夜も聞いたクラッカーの大きな音が事務所に鳴り響き、俺の頭上で紙吹雪がはらはらと舞って床へと落ちていく。
「諸菱君、明菜さん。ありがとうございます」
「水篠さん…いや、兄貴のお陰でここまで来れました!本当に有難う御座います!さあさあ!ケーキも食事も用意してあるので!少し早いですけど、昼食として一緒に食べましょう!」
「プレゼントもあるわよ」
俺の背を押してソファに座らせる諸菱君。そして明菜さんが事務所の奥に一度向かった。暫くすると、何やらガラガラと大きな音を立てながら、ハンガーラックを引き摺って戻ってきた。
「…え?」
「洋服フルコーデ一週間分。私からのプレゼントよ。水篠さん私服がいつもシンプル過ぎるんだもの。折角の素材を生かしてちょうだい!」
「え゛?」
バッとかかっていたカバーを外すと、そこには言葉通りきっちり靴まで含んで纏められたコーデ一式が吊るされていて。
「…姉ちゃん…昨日何やら業者が運んできたと思ってたら…」
「これを、俺が着るんですか…?」
「そうよ?センスが無いのは賢太から聞いているから、組み合わせにも迷わないようにしてあげたわ」
「あ、ありがとうございます…」
引き攣った顔の俺と呆れ顔の諸菱君を全く意に介さず、堂々と言い放つ明菜さんの言葉を聞いて「何を余計な事言ってるんだ」とジトっと諸菱君を睨んだ。
「姉ちゃんそれは言わないって言ったじゃん!え、えっとぉ………あ!水篠さん!僕のプレゼントも見て下さいよ!」
「…まあいいけどな」
露骨に話題を変え始めた弟分に呆れながら、何やらずっしりとした重みのあるラッピング箱を受け取り、箱を開ける。出てきたのは…。
「…アルバム?」
「はい!僕が水篠さん関連の記事をスクラップブックに纏めているのは知っていますよね?それと同じものに一緒に撮った写真を加えてもう一冊作りました!」
パラパラとめくってみると、確かに今までの俺の記事に加え明菜さんが撮った写真などが加えられていた。
「へぇ…こういうのも良いな。…諸菱君、ありがとう」
「いえいえ!これからも増やしていきますからね!また来年は進化したアルバムを送りますよ!」
キラキラとした笑顔で語る諸菱君に俺も笑顔を返す。
「楽しみにしてる」
「はい!…よし、じゃあ食べましょう!改めて水篠さん誕生日おめでとうございます!」
「おめでとう!」
「ありがとう」
そして三人で乾杯をして、アルバムを見ながらささやかなパーティが始まった。
***
みんなで食事をして、ケーキも食べ終えたところで明菜さんが「全部試着してみて頂戴!」なんて言うものだから、着せ替え人形にされる前に協会に用事があると抜け出してきた。
確かに明菜さんの言っていたように俺の服はシンプルなものが多いので服を用意してもらえるのは有難い。ただ、やはりモデルだからか装飾品まで凝りだされると困る。
「そんなお洒落とか格好に興味も拘りも無いしな」
「そうですよね」
「!」
急に話しかけられて驚き、顔を上げると観月さんが微笑んで俺の顔を覗き込んでいた。
…嘘だろ。考え事をしながら歩いていたせいか全く気が付かなかった。
それに、周りを見渡せばいつの間にか協会の敷地内についているし…。
「お久しぶりです、水篠さん」
「…お久しぶりです。観月さん。どうして協会に?」
「ふふ…どうしてだと思います?」
質問に質問で返され一瞬言葉に詰まる。…何でといわれてもな…?俺が悩んでいるのがわかったのか、上機嫌で手のひらを向けてあるものを見せて来た。
「ハンターライセンスの更新です。地元でも良かったんですが、折角なので遊びがてらここに」
「えっ?引退されたんじゃ…」
前回の別れ際、田舎に帰ると言っていたのに…。
「水篠さんのお陰です」
「俺の?」
いきなり俺のお陰といわれ戸惑ってそのまま返してしまう。あれ以来観月さんとは会っていないのに、一体何が俺のお陰なんだ?
「あんなに怪我ばっかりしていた水篠さんが再覚醒して、どんどん前に進んでいるのを見てもう一度やってみようかなって思ったんです」
なので、水篠さんのお陰です。と微笑む観月さんにひとつ首を振る。
「それは観月さんの努力の結果だと思います。トラウマを克服するのは並大抵のことではないと思いますよ」
「…ありがとうございます。…あっ!そうだ、これ」
互いに笑みを交わしたところで観月さんが思い出したようにポケットから何かを取り出して俺の手に載せた。
「…魔石?」
「はい。あの時のリベンジです。今度こそ一緒に食事に行きましょう。それと…誕生日、おめでとうございます」
渡すものがそれしか思い当たらなくて、と笑って約束とお祝いを告げられる。
手にした魔石をギュっと握りしめて頷いた。
「ありがとうございます。食事、行きましょう。今の俺なら観月さんの好きな物奢れます。今までの治療のお礼もさせて下さい」
「ふふっ、頼りなさそうな表情をいつも浮かべていた水篠さんがそんなこと言うなんて。…期待していますね」
「はい」
そうして未来の約束をして、協会の前で別れた。…そのうち諸菱君に良いレストラン紹介してもらおうかな。
***
入口でまた目立ってしまったのでそっと裏手へと回り、裏口から入ろうとすると…。
「お、噂をすれば水篠ハンター。誕生日おめでとう」
「おや。おめでとうございます」
「誕生日おめでとうございます」
黒須ハンター、最上ハンター、白川ハンターの三人が勢ぞろいしていて、口々に祝いの言葉を贈ってくれる。
「ありがとうございます。…でも、どうして俺が誕生日だって知っているんですか?」
馬淵さんや観月さん、我進の二人ならともかく、向坂ハンターは知らなかったのに。首を傾げると、何故か三人は目を合わせて笑い、代表して黒須ハンターが口を開く。
「野次馬が沢山居た中、向坂ハンターに花貰ってただろ?SNSで写真回ってたぜ」
「ほら、流石の監視課も消しきれないようで拡散されまくっていますね」
「中には逆プロポーズかと騒ぎ立てていた記事もあったが、概ねそちらは対処されたようですね」
「あー…やっぱりあれ撮られてたんですか」
げんなりした顔をする俺を慰めるように黒須ハンターが肩を叩く。
「めでたい事なんだから良いだろ?…よし、お兄さんからもプレゼントやるよ。水篠ハンター何が好きだ?車とか興味あるか?スポーツカーなんてどうだ?」
「マンションはどうです?」
「今マンション住まいなのだからどうせなら一軒家の方が良いんじゃないか?」
なんだかとんでもない事を言い始めた。
「プレゼントの規模がおかしい!金銭感覚どうなってるんですか!?もっとお金を大事にしてください!」
「いや、金有り余ってるしなぁ?」
「少しくらい使って経済回した方が良いんですよ」
「貯め込んでいても仕方がないしな」
絶対にこの人たちおかしい…!向坂ハンターを見習え…!
金銭感覚について更に口を開こうとすると、裏口から会長と犬飼部長が歩いてくるのが見えたので口を噤む。
「水篠ハンター、誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございます。…SNSの拡散を止められず、申し訳ございません」
微笑みながら祝いを述べる会長と生真面目にSNSの事を謝罪する犬飼部長。あれは完全に油断してた俺が悪いんだけどな…。
「犬飼部長、謝らないでください。誕生日位なら知られても問題ありませんから」
「ありがとうございます」
「いえ。…会長も、犬飼部長も祝ってくれてありがとうございます」
「他でもない水篠ハンターの事ですからね。…誕生日プレゼントは何が宜しいでしょうか。やはりゲートですか?」
「会長!ゲートは落札方式と決まっているでしょう」
「ははは、冗談だ」
叱る犬飼部長を横目にからからと笑う会長に笑い返す。
「会長までトーマスと同じ事言い出すのかと思いました」
俺がそう言うと全員ピタリと止まった。…え、なんだよ。
「トーマス、とは…?」
「まさかトーマス・アンドレじゃねえよな?」
「水篠ハンター?もう少し詳しく説明して下さい」
白川ハンター、黒須ハンター、最上ハンターにまで真顔で見つめられて、よくわからないままに今朝の事を話す。
「詳しく、と言われても…朝にトーマスから電話があって誕生日プレゼントにアメリカのゲートをくれるって」
「「「「「!」」」」」
戦闘への期待と嬉しさでくすくすと笑いながら話すと全員がショックを受けたかのような表情を浮かべた。
「犬飼、やはり我々もゲートを…」
「……ダメです。…ですがまあアーティファクトならば…」
「犬飼部長。悩むのもおかしいし、アーティファクト贈ろうとするのおかしいですからね?部長まで金銭感覚バグってるんですか?」
「やっぱりスポーツカーじゃ足りねえか…」
「黒須ハンター。スポーツカーの時点でおかしいっていい加減に気付いてください」
「マンションよりゲートが良いんですか?」
「最上ハンター。俺がわがまま言って強請ってるみたいな言い方やめて下さい。マンションも要らないし」
「水篠ハンターらしいと云えばらしいが…一軒家ではダメですか?」
「白川ハンター。ダメとかそういう問題じゃない。なんであんたら揃いも揃って俺が強請ってるみたいな方向で話すんだ!!だったらまだ飯でも連れてってくれた方がマシなんですが!?」
ツッコみ疲れた俺がそう叫ぶと、犬飼部長以外がわが意を得たりという様な顔をして嬉しそうに寄ってくる。
「水篠ハンターからのリクエストですか。それならば良い酒を用意させて頂きます」
「なんだよ、お兄さんたちと飯食いたいのなら早く言えよなー」
「え?」
「食べたいものを好きなだけ食べさせてあげますよ」
「少しは可愛げがあるな」
「は?ちょ、勝手に話を進めるな!今のは違う!ものの例えです!」
なんで本当に俺がリクエストした事を叶えてやろうみたいな話になってるんだ!?
けれどもう全員が聞く耳を持ってくれなくて。あれよあれよという間にそれぞれとの食事会の約束を取り付けられてしまった。
そうして精神的に疲労困憊となった俺は犬飼部長に送ってもらうことにし、漸く帰路につくのだった。
***
「はぁ~……」
「お疲れさまでした」
車内で大きく息を吐くと、犬飼部長が労いの言葉をくれるが、この人もさっきしれっとアーティファクトを渡そうとしてきたんだよな…。そんな俺の考えが通じたのか苦笑を返される。
「申し訳ございません。水篠ハンターからすればゲートの方が嬉しかったのかもしれませんが…協会員としては見過ごすわけにもいかず…」
「違いますよ!?犬飼部長の金銭感覚もおかしいって言いたかったんです!」
「っ、ふふ、わかっています。すみません、冗談です」
あっさり冗談だという犬飼部長に恨めしい視線を向けると、バックミラー越しに目が合って優しく微笑まれる。
「そうですね。…何か物が欲しいと申し付けられたら差し上げたいとは思うのですが、水篠ハンターはそれを望まないでしょう?ですので、プレゼントの変わりとは申しませんが…お約束をします」
「約束?」
「協会員として、個人としても…水篠ハンターの今までの努力が無駄にならないように、守りたいものを共に守れるように…貴方の理解者であれるように今後も努力致します」
「!」
犬飼部長の言葉に心臓が跳ねる。
…これはきっと、俺の事をE級から知っているからこそ出る言葉なんだろう。
「…犬飼部長は充分俺の理解者でいてくれていますよ」
そう、俺の変化を一番間近で見て来たのは犬飼課長だと思う。
「…そうありたいと思っています。…それと、複数の予定が決まり、レイドなどでもお忙しいかと思いますが…僕とも食事に行って頂けますか?」
「…勿論です。ありがとうございます」
***
犬飼課長と別れ、家に帰ってきた。
あ、向坂ハンターから貰った花出さないと…。
「ただいまー」
「お兄ちゃん遅ーい!!早く帰ってきてねって言ったでしょ!?」
玄関を開けた瞬間から葵の小言が飛んでくる。
「仕方ないだろ?色々あったんだから」
「あ!それ!SNSで見たよー?向坂ハンターから貰ったんでしょ?お兄ちゃんもたまにはやるね!」
「なにがやるね、だ。全く…」
「お帰りなさい、旬。…あら?」
葵とそんなやり取りをしていると、リビングから母さんが顔を出して俺の顔をじっと眺める。
「な、なに?」
「顔がとっても嬉しそうだわ。沢山お祝いしてもらったのかしら?」
「あー!わかる!お兄ちゃんなんか嬉しげな感じ!」
母さんだけでなく葵にも同意される。俺は今まで通りのつもりなんだけどな。
……でも、
こうして沢山の人に祝ってもらって、プレゼントも約束も沢山の祝う気持ちに囲まれて…。
「うん。良い誕生日になった…かな」