黒須×旬
休日街に出た旬はふらりと当てもなく歩いていた。特に買いたいものも無いが、ショーケースをちらりと眺めてはまた次の店へ。そんな風に歩いていたら、その人を見つけた。
見つけた時、一瞬世界が止まったかと思った。
———黒須圭介。回帰前の世界では旬と同じくS級で、死神ギルドのギルドマスター。そして旬の恋人だった男。
その人が此方へ歩いてくる。心臓が久々にバクバクと音を立てて鳴り始め、身体が固まってしまう。
擦れ違うその瞬間、
「おわっ」
「えっ」
「悪い!ちょっとよろけちまって…え」
「ぁ、俺は大丈夫、です。…あの?」
急に目の前でよろけた為転ばす訳にはいかないとぶつかりつつも支える様に手を伸ばして受け止めた。
目を見開いて旬を見る黒須にまさか思い出したのか?と焦る。
「…なあ、芸能界とか興味無いか?それともその顔じゃもうどこかに所属してたりとかしてるか?あ、いやこんな綺麗な顔が芸能界に出てたら直ぐわかるから違うな…」
「は?」
いきなりよくわからない話をされて驚く。どうやら思い出したわけではないようだけど…なんだ?
「あ、ああ、悪い。あんた、じゃねえや。君の顔が良いから驚いちまって。学生さんか?…俺はこういう者なんだけど、興味無いか?」
スッと差し出された名刺には俺でも知っているような芸能事務所の社長という肩書が記載されていて。
この世界では芸能事務所の社長やってるんだ、前から話上手だったし似合うな、なんて思ったけど何で俺をスカウトするんだ?
「はぁ。俺、ですか?どうして…?」
「どうしてって…そりゃあこんなに綺麗な顔した男の子をスカウトしない馬鹿はいないだろ。まさかスカウトされたことねえのか?」
驚いたように聞き返されたので考えてみると顔は覚えていないけど似たようなことが何度かあったような…?
「え、あ、なんか知らない人に名刺渡されたことはあるけど、全員その後もしつこくついてきたから全部捨ててた…あれスカウトだったのかな…?」
言われてから何度か道で名刺を渡されていたことを思い出す。
だがその後全員が個人情報を知りたがったりと鬱陶しかったので全員隠密スキルで撒いて名刺は捨てていたことも思い出したので話す。
「あー、変なやつにしかスカウトされて無かったのか…俺にとってはラッキーだったな。それで、どうだ?まずは事務所で話でも」
まるで断られるとは思っていなさそうな雰囲気に自信満々で強引なのも変わらないんだな、と少し笑みが零れた。
「お、OKか?じゃあ行こうぜ」
「———すみません。お断りします」
それを返事だと解釈したのか俺を連れて行こうとした黒須さんから一歩離れて断りを入れる。
正直、今でも黒須さんの事は好きでもう少し話をしたい気持ちもあったのだけれど、向こうからしてみれば俺は知らない人で。もう俺は人の枠組みから外れた存在に成ってしまったし、あの時の記憶は全て忘れてしまったままの方が良いと思っている。
黒須さんが変わらず元気に暮らしているのがわかっただけで充分だ。理解者なら犬飼さんが居てくれる。それでもう満足するべきだと思った。これ以上望んだら罰が当たる。
だから断った。
「え…なん、…は?ちょっと話聞くだけでも良いから聞いてみないか!?」
断った、のだが…何故か食い下がられた。
「や、あの、結構です。…それじゃ」
「待て待て待て!待ってくれ!あの、あれだ、じゃあスカウトの話は一旦良いから!ぶつかっちまったし、詫びになんか奢らせてくれ!」
腕を掴まれ何故か必死に引き留めてくる。…この人初対面なのに何でこんなに食い下がってくるんだ?
「えっと…大した事をした訳では無いので…」
「頼む!この通り!付いて来てくれねえか!?」
「え、ちょ、なんで頭下げて…わかった!わかりました!ついて行くので頭上げてください!」
ついに頭を下げて頼みだした黒須さんに引き気味になりながらも往来で注目を集めるのが嫌だった為了承する。おかしいな、なんでこんなことに…。
「本当か!?じゃあ行こうぜ、こっちに車停めてあるから!」
了承するとパッと明るい顔をして俺の腕を引いて行く黒須さんの背中を見て嬉しい気持ちが出そうになるのを抑える。この人は俺の事を知らないんだから変な行動はしないようにしなくちゃな…。引かれるがままについて行くと見覚えのある車が停められていた。懐かしいな、こんなところまで同じなのか、と早速思い出に浸りそうになる自分をなんとか押し留め、乗せてもらう。
「なんか食いたいものあるか?」
「いえ、特には…」
「あー…その、無理矢理乗せて悪かった。もう少し君と話したくてな。何でも好きなもの食べていいから少しだけ付き合ってくれ」
「…わかりました」
ボロが出ないよう言葉少なく話す俺が怒っていると勘違いしているのか謝罪した後、直ぐ近くのおしゃれなレストランへ車を留め、中へ入る。
「腹減ってなければ軽食とか、デザート類もあるから。何でも好きなもの頼んでくれ」
「はい、有難う御座います。」
メニューを見て悩む。お腹はそんなに空いてないから何かデザートにしようかと思うのだが、この店種類が多過ぎる。暫く悩んで無難なチョコレートケーキかショートケーキにしようと思いメニューから顔を上げると黒須さんと目が合った。
「…?あの、何か…あ、すみません、決めるの遅くて」
「ああ、いや違う。急かすつもりは無いからゆっくり選んでくれ。不躾に見て悪かった。やっぱり綺麗な顔していると思ってな」
「そう、ですか…?」
「ああ、まさか言われたこと無いって事は無いだろ?」
「言われた事ない、ですね。そもそも結構遠巻きに見られているので…」
「高嶺の花ってやつか。まあわからなくもないけどな」
じっと見られて落ち着かない。それにしても綺麗な顔か…前は黒須さんからは飽きるほど可愛いと言われていたが記憶がないと感性も変わるのか。やっぱり目の前にいるのは違う人間なんだと思わざるを得ない。
「あの、迷っててすみません。ショートケーキとアイスティーのセットにします」
「いや、気にしないでくれ。わかった。」
了承し、俺のケーキセットと自分のアイスコーヒーを注文して向き直る。
「あー、そういや名前も聞いてなかったな。良かったら教えてくれるか?」
言われて気付く。此方は一方的にも名刺も貰ったので知っているが向こうからすれば初対面なのだと先ほど自分に言い聞かせたばかりじゃないか!
「あ、すみません!俺、水篠旬って言います」
「水篠旬、か。良い名前だな。さっき名刺は渡したが俺は黒須圭介だ。好きなように呼んでくれ」
「黒須、さん。…俺も好きに呼んでもらって構いません」
「お、本当か?じゃあ旬。宜しくな」
「っ、宜しくお願いします」
いきなり名前を呼び捨てにされて心臓がドクンと跳ねる。…落ち着け、目の前の人は俺の知ってる黒須さんじゃない。平静を装って会話を続ける。
「…それにしても旬は顔も良いが身体つきもしっかりしてるな。何かスポーツをやっているのか?」
「えと、陸上部に入っています」
「成程な、道理でアスリートみたいに均整の取れた身体つきだと思った」
「有り難う御座います。でも最近始めたばかりなんですよ」
「へえ、元々鍛えていたのか?」
「うーん、あんまりそういう意図は無かったんですけど…いつの間にか?」
「なんだそれ、旬は結構天然か?」
笑う黒須にどんどんと心臓が苦しくなってくるが、何とか押し隠して微笑む。
何故か黒須が息をのむような表情をしていて、理由を聞こうかと思ったけれど丁度そのタイミングでケーキセットが来た為一旦会話が止まる。
「頂きます」
「ああ。…旬は甘いものが好きなのか?」
「前はそうでもなかったんですけど、今は好きですね」
そう、以前は黒須が良くケーキを買ってきていたのでいつの間にか旬も好きになっていたのだ。
「そうか、もし他のも食べたければもっと頼んでいいからな」
「…ふふ、そんなに食べませんよ」
うっかり素で笑ってしまった。変に甘やかそうとするのは変わらないんだな。
「!…なあ、旬。この後予定とかあるのか?」
「?いえ、特には」
また息をのんだような顔をして問いかけてくる黒須を疑問に思いながらも正直に答える。
「そうか…その、もう少し俺に時間をくれないか?」
「え?…スカウトならその、」
「違う。スカウトはちゃんと諦める。だだ純粋にもう少し旬と話したいんだ」
駄目か?とそっと窺うように見られ、悩む。本音を言えば俺だって黒須さんともう少し話していたいが、この短い間で何度回帰前の圭介さんと比べたか。このまま話続ければどこかでボロが出るかもしれない。…でも、もう少しだけなら良いよな?折角会えたんだから。最後にもう少しくらいなら…。
「………少しだけ、なら」
「っ!本当か!?ありがとな!」
手をがっしりと握って喜ぶ黒須に少々驚く。目を丸くした旬を見て我に返ったのか手を離して照れたように笑った。
「悪い。嬉しくてつい、な」
「びっくりはしたけど、大丈夫」
「…話すのは俺の家でも良いか?」
「え、黒須さんの家…?」
「あ、いやっ、違うからな!変なことは一切しない!誓う!ただ邪魔されずに話したいだけで…ってこれも怪しく聞こえるよな…あーっと…」
一人で焦り出した黒須さんが面白くてクスクスと笑ってしまう。そんな心配しなくても。
「ふっ、ふふ、そんな焦らなくても心配してないよ。黒須さんそういう人じゃないでしょ?」
「あー…旬。俺が言えた義理じゃないが、そんな初対面の人間を信用しちゃ駄目だぞ。俺が怪しい人間だったらどうするんだ」
「本当に黒須さんが言うんだ、それ」
「う゛…。そうなんだけどな、世間一般的な話で…」
まあそもそも俺からすれば解り切っている人なんだけどな。…よし、久々に少し揶揄うか。
「ふーん。じゃあついて行くの止めてもいいってこと?」
「それは駄目だ!…あ」
「ふふ、じゃあ良いでしょ」
「旬、お前…結構良い性格してるな…」
がっくりと脱力する黒須さんに楽しくなってしまう。前はいつも俺の方が揶揄われること多かったし新鮮だな、なんて。
「はぁ…まあ折角了承貰えたんだから良いとするか。…もう店出ても大丈夫か?」
「あ、うん。ご馳走様でした」
「いや、口実みたいにしちまったが実際さっき倒れなかったのは旬のお陰だ。ありがとな」
撫でてくる手を懐かしく思いながら大人しく撫でられる。もう二度と触れてもらえないかもしれないのだから。感覚を忘れないように覚えておこう。
***
「お邪魔します」
今世で初めてお邪魔した黒須さんの家も依然と変わりなくて。流石に小物類は色々と配置が違うが、ここまでくると懐古に浸らない方が難しいのでは、と思い始めた。
「そこのソファに座っててくれ今飲み物用意するから。…旬、酒は飲めるのか?」
問われた言葉にきょとんとしてからまた冗談かと思い笑って告げる
「ふふ、黒須さん、俺未成年だよ」
「え゛。…あー、悪い。まだ19辺りだったか?じゃあこっちのお茶だな。…大人びて見えたからつい二十歳は超えてるだろうと思っちまった」
…?なんだか勘違いされているような?これは冗談で言ってる訳じゃないんだよな?一先ずお茶を受け取ってから訂正しなければと口を開く。
「ありがとう。…あの、黒須さん、俺まだ15なんだけど…?」
「……………は?」
「俺、高校一年」
「………嘘だろ?」
「本当」
俺の歳を聞いて固まってしまった黒須にどうしようかと悩んだのだが存外早く復活した。
「嘘だろ!?俺未成年連れ込んだだけでもやっちまったと思ったのにまだ15!?さっき学生って言わなかったか!?」
「え、うん。だから高校生は学生でしょ?」
「俺は大学生かって意味で聞いたんだよ!!いや待て。あれだ。また俺を揶揄ってるんだろ?旬が15の訳が無い」
勝手に勘違いしたのは黒須さんなのになんだか物凄く失礼なことを言われている気がする。
まあ戦っていた時間を合わせれば間違いとも言えないんだけど、現在の俺は肉体年齢も間違いなく15なのに。相変わらず失礼な人だな。
「揶揄ってないよ。ほら学生証。保険証もあるけど?」
証拠とばかりに学生証を突きつけると膝から崩れ落ちて頭を抱えだした。…ちょっと面白いなこれ。
「嘘だろ…マジかよ…絶対大学生だと思ったのに…」
「そんなに年齢って重要?」
「決まってんだろ!俺が捕まる!」
「俺の意思でついて来たのに捕まるの?」
「ぐっ」
純粋な疑問をぶつけると言葉に詰まってしゃがみこんだまま再び動かなくなってしまった。
「…あの、黒須さん?」
「……いや、もうこうなったら開き直るしかねえよな…よし……旬」
何かを呟いていたかと思うと急に顔を上げて俺の手を握りしめてきた
「え、な、何?」
「一旦年齢の事は忘れる。……あのな、旬に一目惚れしたんだ。話していたらもっと惹かれた。俺と付き合ってくれないか」
告白に心臓が止まったかと思った。
何故?恋人だった時の記憶はない筈なのに。
一目惚れだなんて有り得ない。だって俺じゃなくても相手は星の数ほどいる筈で。
しかも今の俺はただの高校生で前みたいにS級としての価値も持っていなくて、黒須さんは今も芸能事務所の社長として大成功を納めているのに。
「え、っ、あの………ごめんなさい」
「…………そうだよな。まだ高校生だしな」
悲しそうに笑う黒須さんに俺の心も痛む。
何でだか理由はわからないが、どうやら本気で想ってくれているようだ。
…でもその想いには絶対に応えられない。俺が好きなのは芸能事務所社長の黒須さんでは無く、S級ハンターの圭介さんなのだから。
「…ごめんなさい」
「いや、俺が悪かった。急すぎたな。これからゆっくり口説かせてくれ」
「…ごめ、…え?」
これから?口説く?何を言っているのかと黒須を見ればにやりと笑っていて。昔よく見た俺を言い包めようとしている時の顔をしている。…なんか物凄く嫌な予感がするんだが。
「そんな簡単に諦められるわけじゃ無いからな。これからゆっくりと口説かせてもらうぜ。まずは今後も連絡出来る様に、連絡先交換からか。さ、教えてくれるか?」
「は?え?や、やだ」
「我儘言うなって。ほら良い子だからスマホ出しな」
「なんで俺が我儘みたいに言われなきゃならないんだよ!」
「交換してくれねえと今日素直に帰さねえが…良いのか?……ま、俺としたら願ったりだけどな」
耳元で囁いてくる黒須さんがどうしても被ってしまって。真っ赤になって身体を離そうと距離を取る。
「…なんだ。美人系だとばかり思っていたけど旬、お前可愛いな」
嬉しそうに笑って距離を詰めてくる黒須から必死に離れる
「断っただろ!離れろ!」
「諦めてねえって言っただろ?離れて欲しければ連絡先交換しろ」
「~~~っ!!わかった!交換するから離れろ!!」
「お、漸くか。じゃあスマホ貸してくれ。登録するから」
悔しそうにスマホを渡す俺に対して嬉しそうにしている黒須さんに殺意が沸く。
くそっ!!回帰前から変わってて欲しいところが一切変わってない!毎回毎回脅しみたいな手口を使うな!!腹立つ!!
「…っとこれで良し。旬、連絡先入れといたからな。ちゃんと出てくれよ?そうじゃないと学校に迎えに行くからな」
今学生証見せて貰ったし、と先手を打って脅してくる。なんだかこの人既に俺の性格把握し始めて無いか…?
「……直ぐは無理」
「別に直ぐじゃなくても良いが、3日放置とかされたら行くからな」
「チッ…わかった」
「結構ガラも悪いのなお前…」
「嫌った?連絡先消す?」
「嬉々として聞いてくんな。その位可愛い範囲だし消さねえよ。」
再び舌打ちをする俺に苦笑する黒須。
「まあ、今日はこのくらいで解散にするか。ありがとな」
頭を撫でてくる黒須に、先ほどこれで最後だから忘れないようにしようとか思ってた自分が馬鹿みたいに思えてきて、黒須の手を叩き落とす
「黒須さんセクハラ」
「細かいこと言うなよ。ってか旬、大分遠慮無くなってきたな。…もう少し気が強ければ完全俺好みだと思っていたんだが、どうやら大当たりってやつか」
めげずに撫でまわしてくる黒須の手を避けてさっさと玄関へ向かう。
「どこまで送る?」
「…もう少し買い物見ていくからさっきの辺りまで」
「わかった。なんか欲しいものあるなら買ってやるよ」
「決まってないから何にも買ってくれなくて良い。なんとなく見てただけだから」
残念だな、と笑って車へ向かう黒須さんの後をついて行く。そのまま先ほどの場所まで送って貰い、別れることにした。
「じゃあ、ケーキご馳走様でした」
「いや、此方こそありがとな。また連絡する」
「しなくてもいいよ」
「するって言ってんだろ」
苦笑する黒須にツンとそっぽを向く。
「じゃ、またな旬」
「…黒須さん、さよなら」
軽く手を振って去っていく黒須の車を見送った後、再び当てもなく歩きはじめる。
またの約束が嬉しかった訳じゃない。だって圭介さんじゃ無いのだから。
けれど自身の足取りは最初よりも軽くなり、機嫌よく街並みを歩き始めていた。