黒須×旬



「……CM撮影?」

「そ。ギルド運営するのにたまにはイメージ戦略もするかって事でな」

俺からすればなんてことない雑談だった。CMはちょっと珍しいかもしれないが、最上も白川もメディア出演はするのだから興味無さげに流されるだけだと思っていた。

「芸能人みたい。なんのCM?いつ放送?」

思った以上に旬が興味を持った。珍しいなと思いつつ説明のために棚を指す。

「それ。俺が使ってる香水あるだろ?そこのブランドが今度ユニセックス向け化粧品を展開するからって事で話が回ってきてな。……ああ、そうだ旬も一緒に出りゃあいい」

「えっ?」

「興味あるんだろ?明日打ち合わせだから一緒に行こうぜ」

「や、俺はその……圭介さんのCMが見たかっただけ、で……」

S級ハンター、ましてや旬ならば了承を得ずとも大歓迎だろうと誘ってみれば何とも可愛らしい返事が返ってきた。

「俺は旬と一緒のCMの方が見てえけどな」

膝の上に引き寄せると、抵抗もなくすんなりと身体を預けてくる。

「旬は広報用の写真すらないだろ?たまにはメディア媒体に出ても良いんじゃねえか?俺も見たいし」

「……まあ、圭介さんとなら良いか」

「可愛いのも大概にしとけよ」

ダメ押しとばかりにもう一度誘えば、「俺と一緒なら良い」って……どこまで惚れさせれば気が済むんだ。
旬と一緒に撮影するとなれば退屈だと思っていた仕事が一瞬で楽しみになった自分に気が付いて、ガキみてえな浮ついた気持ちで旬を抱き締めた。

***

「是非!!お願いします!!」

翌日。浮ついた気持ちのまま打ち合わせに旬を連れて行き、一緒にどうかと話を持ち掛ければ二つ返事で返ってきた。旬は勢いに驚いているようだが、この反応は当然だろ。
情報規制がかかり、碌に写真も出回らない旬がCMに出ることを了承したともなれば断る方が頭がどうかしている。
その後はとんとん拍子に話が進み、あとは撮影当日を待つだけとなった。

***

「口紅塗るとは聞いてないので」

「そこをなんとかお願い出来ないでしょうか」

撮影日。俺が着替えと簡単なメイクをしてもらい、スタジオに出ると何やら旬とスタッフが揉めていたようだった。

「どうしました?」

「あ、黒須ハンター。いえ、あのメイクは完了したのですが、スタッフから水篠ハンターのお顔がとても奇麗なので、折角なら口紅も是非使わせて頂きたいという要望がありまして、お願いしていたところです」

「だから、聞いていないし黒須ハンターは何も塗ってないじゃないですか。嫌です」

俺の顔を見て猶更不満げな表情になる旬。

「俺も軽くリップくらいは塗ったぜ?」

「じゃあ俺もそれでいいでしょ」

外向けの口調が崩れてきてるってことは本気で嫌がってるな。だが……正直口紅を塗った旬が見たい。そう思った俺はメイクスタッフに手を差し出す。

「ちょっと見せて貰えますか?」

「あ、はい!」

口紅の色を見るとくっきりとした赤。……まあこの色は流石に嫌がるか。

「もう少し暗めというか、ナチュラル寄りの色は無いですか?」

「少々お待ちください。……こちらでしょうか」

差し出されたのはベージュがかったえんじ色寄りの赤い口紅。このくらいなら許容範囲に入るだろ。そう考えてその色を見せるように旬に向き直る。

「まあまあ、水篠ハンター、そう言うなって。ほら口閉じろ。俺が塗ってやるから」

「……ん」

渋々、といったように口を閉じる。あれだけ嫌がっていた旬が俺が塗るならば、と大人しくなるのはとても気分が良い。
だから、つい口が滑ってしまった。

「水篠ハンターは贅沢だぜ?過去の女にもこんなこと……っ、いや、旬、今のは違くて」

「……今俺を過去の彼女と比べたか?」

うっかり名前で呼んでしまった事もそうだが、何よりも旬からのジトっとした視線に冷汗が流れる。今のは完全に俺が悪い。

「そ、ういう、つもりじゃなくて……悪かった!!」

「……ふふ、嘘だよ」

「へ?」

「俺だけってことなんでしょ?それなら良いよ」

したことがあって比べたら殴ってるけど、と珍しくいたずらっぽく笑う旬。その表情を見たら我慢が出来なくて。

「──ん、ぅ、っ」

——俺が色を乗せた唇に、キスを落とした。

背後からはどよめきと複数のシャッター音。唇を離して見た旬の目は丸く見開かれていて、思わず笑ってしまう。

「っ、くくっ、何驚いてんだよ、っとそんな離れんなって」

「え、だ、って、な、こ、ここ……っ!」

「ははっ!動揺し過ぎだろ、何言ってんだかわかんねえ。ほら、戻って来い」

持ち前の瞬発力で俺の腕の中から飛び退った旬。1m以上空いたか?相変わらず猫みてえだな、と更に笑みが深まってしまう。

「〜〜〜っ!!ひ、人前でキスするやつがあるかばか……っ」

その先の真っ赤になった顔はいつも通りだが、眉が下がり何とも庇護欲を誘う表情で大人しげに訴える。

「(なんて顔してるんだよ。帰ったら絶対抱き潰してやる)……悪かったって、な?撮影するんだから戻ってこいよ」

内心の欲望を隠し、手招きをすれば責任感の強い旬は渋々戻って来た。そのタイミングで監督から声がかかる。

「あの……もしかしてお二人の関係って……!」

「付き合ってますね」

「やっぱりそうなんですね!?」

俺のさらりとした返事に何故だか沸き立つ周囲。監督がチラリと旬の方を見れば、口元を手の甲で隠して小さく頷いていた。……可愛すぎねえか。

「っ!で、でしたらもっと密着度を上げた写真にしても!?先程のキスシーンも別途CMに使っても良いでしょうか!?」

「俺は構いませんが……」

食い気味になった監督に苦笑しながら横に視線を向ければ、案の定首をブンブンと横に振って拒否する旬の姿。

「ご覧の通り水篠——っと、もういいか。旬は照れ屋でして。これ以上となると逃げてしまうかと」

「そうなんですね……水篠ハンター、少しだけでも駄目でしょうか?」

この監督も中々根性があるな。めげずに旬に向かって問いかけている。人前だし、そもそも恥ずかしがり屋なんだから無理だろうな。

「……す、少しだけ、なら」

「!?」

そう思っていたのに、旬の口からは譲歩の言葉が出て。思わず二度見してしまった。

「何」

「いや、旬、無理しなくても……」

「うるさい。……圭介さんは嫌なわけ?」

「そんなわけないだろ!?」

旬の許可を得た上で「俺のもの」だとアピールできる機会を逃す馬鹿がいると思ってんのか?

「じゃあいいだろ」

背後から「ツンデレ」「印象が違う」「可愛い」だの聞こえてくる。全部あってるんだが……旬のそういう一面が広まるのはちょっと気に食わねえな。犬飼課長に頼んでスタジオ全体に改めて旬の情報を広めないように圧かけてもらうか。なんて考えていたら覚悟を決めたような表情で旬がこちらに歩み寄ってきた。

「黒須ハンター、水篠ハンターにもう一度口紅を塗りなおして下さい。そのシーンと先ほどのキスシーンを繋げさせて頂きます」

監督が俺に口紅を手渡しながら説明する。ここで俺の欲望が少し顔を出し、旬の方に向き直って笑う。

「ならもう一回キスしてもいいか?旬」

「……いいよ」

***

これは自分の監督人生の中で最高のCMが作れると確信している。瞬きすら惜しい。
静かに準備する二人を固唾をのんで見守る。水篠ハンターも黒須ハンターも演技を生業とする方々ではないので好きなタイミングで始めてくれと、ほんの少し前からカメラは回している。
黒須ハンターが水篠ハンターに一歩近づいたところでスタッフに目くばせをした。

——CMは、退屈そうに座っている水篠ハンターに近づいていく黒須ハンターから始まる。
向かい合った後、黒須ハンターが息を吐くように静かに笑って水篠ハンターの頤に手を掛け上を向かせ静かに口紅を塗る。
塗り終わってそっと水篠ハンターとの距離が近付き……そのまま唇が合わさると思った瞬間、水篠ハンターの唇が弧を描いて黒須ハンターのネクタイに手をかけ引き寄せそして——主導権を奪うようなキスをした。
満足げな顔で黒須ハンターの横を通り抜け、カメラからフェードアウトしていく水篠ハンター。後に残されたのは耳まで赤くなって、しゃがみ込む黒須ハンターの姿と「誰も彼も、魅了する」というキャッチコピーと商品映像が流れ終了。

結論。CMは大盛況なんてものじゃなかった。

街頭ビジョンに映るCMを眺めながら自分がこの最高傑作を撮影したのだという充実感に満たされる。

「水篠ハンターと黒須ハンターに感謝しないと」

***

「しゅーんー?いい加減布団に籠るのやめろって。CM大好評、結構な事じゃねえか。息苦しいだろ?早く出てこいよ」

「圭介さんは黙って!」

ベッドの上で掛け布団の中に身体を潜り込ませ、布団の上から優しく叩いてくる手から逃れるようにゴロンと転がる。

「(なんであんな恥ずかしい真似したんだ俺!人前でキスするだなんて……!)」

完全に調子に乗っていた。圭介さんを驚かせたくて、意表を突くにはこれが良いとあの瞬間は本気でそう思っていたんだ。そう、リビングでCMの反響についてやっているニュースを見るまでは。

「……全く、俺の女王サマは照れ屋で困っちまうな」

「女王様って言うな!」

俺が即座にリビングから布団へと戻った理由がこれだ。
テレビでは街頭ビジョンの前でCMへのインタビューが行われていたのだが……。

「良いじゃねえか。S級である俺を手玉に取る女王様。旬もノリノリだっただろ?」

「そうだけど、そうじゃない!」

そう、全てはCMでの行動が悪かった。純粋に出来や見栄えの評価もあったのだが、一番多かった感想が「黒須ハンターを手玉に取って、女王様みたいだった」と。どうやらSNSのトレンドにも載り、すっかり俺=女王様との意見が周知され始めているとの内容でインタビューは締めくくられていた。

「CM出るんじゃなかった……!」

暫く外に出ないようにしよう、と思って布団の中から絞り出すように言えば急に布団を取り上げられる。

「わっ、な、なに、ッ、ん……っ、ふ、ぅ……んっ、は、ぁ……」

抗議しようと口を開く前にキスをされ、驚く間もなく力が抜けた。

「出るんじゃなかった、はひでえだろ。俺は旬とCMに出られて、キスも貰って嬉しかったんだけどな?」

苦笑を浮かべている圭介さんの表情を見て、確かに出るんじゃなかったとは言い過ぎたなと反省する。

「……ごめん、でも」

「恥ずかしかったってのもわかってる。あんなもん一過性だから気にすんな。人の噂も七十五日ってな。旬は情報保護かけてるし、マスコミなんて撒くの余裕だろ?」

俺の上に覆いかぶさって、優しく頭を撫でられる。……圭介さんって時々年上らしさを出してくるから狡いと思う。俺が子供みたいじゃないか。

「うん。……あの、さ。俺も圭介さんとCM出られて嬉しかった。……困らせてごめん」

腕を伸ばし、圭介さんを引き寄せる。

「別に困っちゃいねえけどな。旬のは我儘でもなんでもねえし。……んで、これはお誘いと取って良いのか?」

冗談めかして聞いてはいるが、俺を逃さないようにじわじわと体重をかけて拘束してきている。

「断らせる気ないでしょ」

「正解」

首筋にキスをされ、服の裾から手が入り込んでくる。腰を撫でられ、微かに声が漏れそうになる。

「んっ……ッ……さっきのニュース、も」

「ん?」

「……ぜんぶ、忘れるくらいに圭介さんで頭いっぱいにして」

「っ!?……はぁー……仰せのままに。今日はベッドから出られないと思えよ」

甘えるように擦り寄って囁けば、圭介さんの動きがピタリと止まって息を詰めた。

「ふふ、いいよ。——俺も離さないから」











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