黒須×旬


「───相談がある」

深刻そうな顔をして声をかけてきたのは、死神ギルドのギルドマスターである黒須圭介。旧知の仲ではあるが、今は競合相手。弱みに繋がるような相談を持ちかけるようなやつでは無いと思うが……。

「珍しいな」

「個人的なことでちょっとな。悪ぃけど相談に乗ってくれねえか」

本当に珍しい。飄々とした男が心底困り果てました、という顔をしている。最上を交えて三人で飲む時には愚痴や軽い相談も出たりするが、その時よりも余程深刻そうだ。

「場所を変えるか」

今居る場所は、協会のロビー。先ほどから好奇の視線が突き刺さっていて、相談事には向いていないだろう。

「ああ、そうだな。白虎ギルドの方が近いしそっちでいいか?」

ぐるりと周囲に視線を巡らせ、俺と同じ考えに至ったのか納得したように頷いた。近いと言ってもさほど距離は変わらないがな。

「構わない」

こちらも頷き、並んで白虎ギルドへと向かった。

***

白虎ギルドの執務室で向かい合い、珈琲に口をつけてから落ち着きの無い様子の黒須へと声をかける。

「……で?」

「あー、その……なんつーかな……」

「早く言え」

「わかってるけどよー、俺も聞き辛いんだわ。……あー……っと」

唸りながら言葉を探している様子に、本当に個人的な問題なのだと理解して張っていた気を緩める。こいつがそんな姑息な真似をするとは思わないが、万が一相談のフリをして情報を引き出そうとしている場合は厄介な事になるからな。安心して珈琲をもう一口含む。

「……最上と付き合ってんだろ?」

「ぶっ!……げほっ、ごほっ」

「うわ!?何吹き出してんだよ!俺の服にかかるとこだったぞ!」

思いもよらぬ角度から話を切り込まれ、珈琲を目の前に吹き出す。

「あーあ、テーブルも汚しちまってまあ。そんなんだから腹芸向かねえって昔から言われんだぞ」

呆れた口調でテーブルを拭く黒須に睥睨を向ける。お前のせいだろうが……!

「ごほっ!う、るさい!げほっ……!お前が変なことを言うからだろう」

「でも付き合ってんだろ?」

「……そうだが、それが相談に関係するのか」

「関係大あり。この間ようやく旬を口説き落とせたんだけどな?」

「……は?」

「旬だよ。水篠旬。俺の可愛いコイビト」

旬……水篠旬?水篠ハンターの事か!?言葉が理解出来ず、呆然と口を開ける。しかも今口説き落としたと言ったか?こいつが?遊びまくって特定の相手を作るのも面倒だと言っていたくせに?

「は?……水篠ハンター?」

「そうそう。で、相談なんだけどな?」

「いや待て。流石に水篠ハンターを遊び相手にするのは、」

色々な意味で拙い、と言いかけた途中に刺すような殺気を感じ、反射的に立ち上がって警戒態勢をとる。

「───遊びなわけねえだろ。本気だ」

真顔で告げられた言葉は信用に値するだけの真剣さを秘めていた。その顔を見て、大きくため息を吐きドカリとソファに座り直す。

「疑ったのは悪かったが、お前の日頃の行いのせいだろうが」

「そうかもしれねえが今回ばっかりは遊びじゃねえんだよ」

黒須もため息を付きながら、行儀悪くソファにもたれ掛かる。

「それで?その相談がどう繋がるんだ」

「あー……付き合ったのは良いが、スキンシップを取ると旬が恥ずかしがってすぐ逃げんだよ。お前と最上なら押し倒したり瞬発的に捕まえたり出来るとは思うが……旬は素早すぎるし、抵抗された場合情けねえが俺の方が力負けするだろ」

あとマジで否定されたら死ぬほど凹む。と顔を覆って話す黒須に笑いがこみ上げそうになるのを必死で我慢する。散々軽い関係を望んでいた男が、本命に振り回されるとは何ともいい気味だ。
だが、相談の本題がまだ見えない。力の差はどうしようもないというのは理解しているだろうし、一体何を聞きたいんだ?

「それで?」

「それで……あー……俺も聞きたくはねえんだけど……」

聞きたくないなら聞かなければいいだろうが、と一瞬思ったが悩んでいる姿が面白かったので先を促してやる。

「もうここまで話したら同じだろう。さっさと言え」

「……俺は旬の事抱きたいって思ってるんだけどな?そもそも抱かれる気があるのかわからねえ……で、最上もお前に惚れちゃあいるだろうが、そこまで素直なタイプじゃ無いだろ?寧ろ最上の方が旬よりも矜恃が高いまである。それなのに、どうやってヤる雰囲気まで持ち込んだんだ?」

「……」

水篠ハンターだっていい歳をした大人だし、恋人になることを承諾した時点で行為をする気が無いなどとは言わないだろう、と考えたところで過去に最上にまるっきり同じことを言われたな、と思い出し若干遠い目になる。

「おーい、白川?」

呑気に俺の目の前で手を振る黒須にため息が出てしまう。話したらこいつは絶対に失礼な態度を取るに決まっている。

「……はぁ。答えても良いが……。いいか?今お前は俺に相談に乗って貰っている立場で、馬鹿にした瞬間この部屋から追い出して出入り禁止にする」

「わかってるわかってる。で?」

軽い返事に再びため息を吐きそうになるのをグッと堪え、渋々口を開く。

「……お前と似たような事を考えて、抱くタイミングを伺っていたんだが……。ある日急に準備も何もかも完璧に済ました最上に押し倒されてそのまま、だ」

「ぶっ!く、っ……くく……っ!」

「帰れ」

案の定噴き出した黒須へ、ドアへ目を向けて退出を促す。これだからこいつは……!

「待て待て待て!悪い!っくく、悪かったって!」

「……」

「いや、まさかそんな最上側からの力技だと思ってなかったから……っ、く……!」

「本当に追い出すぞ」

笑いの衝動が納めきれないのか、体を前に倒して腹を抱える黒須の腕を掴んだ。

「悪かったって!……あー、でも参考にならねえなー……」

「……お前が聞いてきたんだろうが」

答えてやったのに本当に失礼な奴だ。

「まあ答えてくれんのは有難いんだけどよー……まあ最上と旬じゃそもそも違うしな。当てにならねえのは当たり前か」

「違う人間なんだからそれはそうだろう。……先ずは意見の擦り合わせをきちんとしろ」

「はぁ~……やっぱそれが手っ取り早いか。さんきゅ。今度酒でも送り付けるから最上とでも飲めよ」

「……ワインにしろ」

「あー、最上はワインが一番好きだからな。わかった、イイモン見繕っとくわ。じゃーな」

「ああ」

気だるそうに立ち上がり、軽く手を振って扉へと向かう黒須。見送りは別に要らないだろう、と俺も立ち上がり書類確認のために机へと向かった。

***

───夜。

「僕の所に水篠ハンターが相談しに来ましたよ。とても可愛らしい質問付きで。気位の高い猫が懐いたような達成感がありましたね」

勝手知ったる、という様子で俺の家に上がりこんできた最上がワインを飲みながら上機嫌で話し出す。
どうせ貴方のところには黒須ハンターが行ったのでしょう?と尋ねる最上。返事の代わりに溜息を吐く。

「……水篠ハンターが自分に抱かれる気があるのかわからない、と言っていたな」

「あっはっはっはっは!!」

俺の顔を見て腹を抱えて笑いだしたこの男は黒須の的はずれな心配だけでなく、俺が最上と初めて行為に及んだ時の事も話したことが想像ついたのだろう。

「……笑いすぎだ」

「ふっ、っ……くくっ!……あー、笑わせてもらいました。因みにこちらは「人と付き合った事が無いから、スキンシップを取られると恥ずかしい。どうしたら慣れるか」ですよ。なんとも可愛いことでしょう?」

何故か最上が我が子を自慢するかのように水篠ハンターの悩みを話してきたが、その内容に思わず俺も笑ってしまった。

「っくく、っ!確かにな」

付き合ったことがないというのは驚きだが、最上の言うように随分と可愛い質問をするものだ。そう考えて、ふと嫌な予感が頭を過る。

「……待て。水篠ハンターに変な事を教えていないだろうな?」

俺と最上はあくまで行為をするタイミングを見計らっていただけだったが……。水篠ハンターがそんな質問をするようでは行為よりも先に意見の擦り合わせをしろと言った俺は正しかったな。

「失礼ですね。流石に僕も想定以上に純粋な水篠ハンターに吹き込むような真似はしませんよ」

「ならばいいが…」

「ただ逃げても解決にならないので1回押し倒した方が早いです、とだけ」

自信満々に言い放った最上の言葉を聞き、頭が痛くなる。何を吹き込んでいるんだ…!

「余計な事を言っているだろうが!変な事を吹き込むな!」

「いいんですよ。黒須ハンターがどうにでもするでしょう。それよりも、昔僕が言った意味がわかったでしょう?話を聞いてどう思いました?」

「……はぁ。……恋人になるのを承諾したのだから拒否されることはないだろう。馬鹿な男だな、と」

「そうでしょうね。で?僕に拒否されるかもしれないと延々悩んでは、ついに押し倒されるまで手を出せなかった馬鹿な男は反省しましたか?」

「……一々過去を掘り返すな」

にやにやと笑って人の顔を覗き込む最上を引き寄せ、もう黙れとの意味を込めてキスをする。すると待っていたかのように俺の上に跨り、誘い込むかのようにうっすらと口を開けた。

「ん、っ……ふふ、水篠ハンターに煽られて黒須ハンターはどうなるでしょうね」

「……この状況でお前は他の男の名前を呼ぶのか」

そういう意図で呼んでいるのではないとわかってはいるが、いい気はしない。そう言うと、最上にしては珍しく虚を突かれた顔で目を瞬かせてから、吹き出すように笑った。

「っはは!今日はまた随分と嫉妬深いですね。まあ後はなるようになるでしょう。……お望み通り目の前の貴方に集中してあげますよ」

仕方がない、とでも言わんばかりの表情をしておきながら甘えるように俺の首に手を回す。そんな可愛くない態度も悪くないと思う自分に呆れながらも抱え上げた。

「ああ、そうだ。ちょっと耳貸してください」

抱え上げるとほんの少し腕に力を込めて最上が俺の耳元に顔を寄せる。

「なんだ、別に二人しかいないんだから普通に話せばいいだろう」

俺がそういえば呆れた口調が耳元に吹き込まれる。

「……やっぱり駄目男ですねぇ」

「おい、人の耳元でわざわざ言うことがそれか?って、おい、耳を引っ張るな、っ!」

ぎゅっと耳を引っ張られて、睥睨を向けても最上は知らん顔をしていて……かと思えばそのまま口付けられた。

「……僕が好きなのは貴方だけですよ」

唇が離れ、俺の顔を見て満足げに笑う最上に理性が持つはずも無い。寝室ベッドの上に組み敷き、覆いかぶさった。

***

「(意見の擦り合わせっつったってなぁ……)」

どうしたものか、とリビングでひとり考える。見るからに旬は行為に慣れてねえし……いや、男としては嬉しい限りなんだが、あそこまで逃げられるとどう攻めたものか……。
悩んでいると、足元の影から魔力の気配がした。やがてそれは見知った形に形成される。

「旬?」

「え、と。圭介さん、今いい?」

まさに今考えていた人物か目の前に現れ、虚を突かれたが恋人が会いに来てくれて喜ばないやつはいない。

「当たり前だろ?飲み物持ってくるから待ってくれ」

「や、大丈夫。……その、ちょっとこっち来て」

飲み物を取りに行こうとすれば、袖を掴まれて引き留められた。……今日も可愛いな。
呼ばれるがままにソファまで進めば、座れというように肩を押されたので大人しく従う。

「どうしたんだ?」

「えと……あの、さ」

「ああ」

なんだか言い淀んでいるが、まさか別れ話じゃねえよな?平然と返事はしたものの、一度考えてしまうと先ほどの意見の擦り合わせが出来ていない事もあり、嫌な予感が大きくなって心臓が激しく鼓動を打ち始めた。

「……」

「……」

嫌な沈黙に冷や汗までかき始めた。頼む、別れ話は勘弁してくれ……!

「……っ!」

「!?う、おっ!?」

先に縋るべきか悩んでいると、いきなり旬に抱きつかれた。突然の出来事に支える事も出来なくて、勢いのままにソファの上で押し倒されるような態勢になってしまう。な、情けねえ……!

「しゅ、旬?どうした?なんかあったか?」

「……」

抱きついたまま黙って離れない旬に先ほどとは別の意味で冷や汗をかく。こんな抱きつかれたら襲いたくなるに決まってんだろ……!擦り合わせもしてねえんだから落ち着け俺!!

「あー……旬?なんかあったなら話聞くから一旦」

退いてくれ、と言おうとしたのだが……旬が顔を寄せてきたことにより思考が停止する。

「……圭介さん」

「あ、ああ」

「……すき」

「っ!!」

その言葉を聞いた瞬間、理性など吹き飛んで旬の頬を両手で包み込み、唇を奪う。

「っ、ん!ん、んぅ…っ、ふ……はぁ、ん……ッ!」

「はぁ……随分と嬉しい事言ってくれんな?」

「っふ、ぁ……っは、ぁ……嬉しい?」

「当たり前だろ?……俺も愛してるぜ」

蕩けた瞳で聞き返す旬の額や首筋に何か所もキスを落としながら、笑って頷く。すると旬が俺の胸に顏を埋めて、拾うのが困難なほど小さい声で何かを呟いた。

「ん?……もう少し大きい声で聞かせてくれ」

「……俺も。圭介さんのこと、好きだから……その、キスだけじゃなくて……そういうコト、しても……いい、よ」

「っ!?」

まさか、旬から許しの言葉が聞けるなんて。思ってもみなかった発言に目を見開いて固まりそうになるが、ここまで先に言わせて無言じゃ情けないにも程がある、とギリギリのところで体を動かし、旬を強く抱きしめた。

「……ありがとな。旬が嫌じゃねえなら……俺に全部くれ」

「嫌じゃない。……うん。圭介さんに、全部あげる」

そう言う旬の顔はとても嬉しそうに笑っていて、俺がもっと早く言えば良かったなと後悔が過る。

「ああ、頭の先からつま先まで……全部俺のものだな」

誘うように閉じられた瞳にキスをして、旬の体を抱え上げた。


[newpage]


【おまけ(会話文のみ)】



「も、最上ハンター!」

「おや、水篠ハンターどうされました?」

「あの……聞きたいことがあって」

「僕に答えられることでしたら」

「その……圭、じゃ無い……黒須ハンターって……」

「ああ、そういえばついに口説き落とされたらしいですね。おめでとうございます」

「なっ、なな、なんで知って……!?」

「気が付いていないのは白川ハンターくらいですよ。それで?どうしました?」

「そ、その最上ハンターは白川ハンターと付き合ってるんですよね?」

「ええ。……ああ、何か黒須ハンターとの関係で心配が?何でも言って頂いて構いませんよ」

「……俺、その……付き合うとかした事ないから……圭介さんに近付かれると恥ずかしくてつい逃げちゃって。キスが精一杯、なんですけど……そういう行為って、どうしたら慣れますか」

「っ、ふふ……く、っ……!」

「わ、笑い事じゃなくて!」

「すみません、あまりにも可愛らしい質問だったもので。……そうですね、水篠ハンターが黒須ハンターにそういった行為を許すつもりがあるのなら……一度押し倒してみるといいでしょう」

「え?お、押し倒す?」

「はい。引いてだめなら押し倒せ、です。いいですか?白川ハンターも黒須ハンターも人の機微に聡いところはありますが、本命に対してはただの駄目男です」

「だめ男……」

「ええ。特に白川ハンターはこちらに対して余計な気遣いをして、思いっきりから回る典型的なタイプです。そういう男は一度気遣いなんて不必要だとわからせる必要があります」

「わからせる……」

「そうです。きっと悪いことにはならないと保証しますから、一回逃げるのを止めてやってみなさい」

「……わかりました」

「そんな不安気な顔をしなくても大丈夫ですよ。傍から見ていても黒須ハンターは水篠ハンターにべた惚れですから。押し倒そうが引っ叩こうが何しようが喜びますよ」

「流石に引っ叩きはしませんけど……うん、まずはやってみます。ありがとうございます、最上ハンター」

「どういたしまして。……ああ、水篠ハンター」

「え?はい」

「最後にひとつ良いことを教えてあげます。押し倒した後、どうしていいのかわからなくなったら……」




───耳元で一言”好き”と囁いてやりなさい。












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