黒須×旬
揺さぶられる感覚で目が覚める。
「———さん、黒須さん。起きてください。朝ですよ?そろそろ起きて支度しないと」
「…ん、ああ…おきる…」
あくびをしながらゆっくりと体を起こす。…やっぱり水篠と寝るとよく眠れるな。はっきりとした視界になったところで声のする方向を見ると、既に支度を済ませた様子の水篠が苦笑してベッドの横に立っていた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「ああ、ぐっすりだ。おはよう」
俺が返事をすれば、水篠にとってはまるで関係の無い事の筈なのに嬉しそうな笑顔を見せた。
「良かった。タオルとか色々勝手に出しちゃいましたけど、用意しておきましたから顔洗ってきてください」
「……」
「黒須さん?」
本当は昨日から限界だと気が付いていた。もう誤魔化すことは不可能だと。怪訝そうな顔を浮かべる水篠…いや、旬の腕を掴んで抱きしめる。
「っ!く、黒須さん…!?寝ぼけてるんですか…?」
「…圭介って呼べ」
「え?」
「いいから、呼べ」
「…け、圭介、さん…?」
恐る恐る俺の名前を呼ぶ旬を更に抱きしめる力を強くして、独り言のように呟いた。
「…好きだ」
「!………あ、え…ま、また俺の事からかってるんでしょう?そういう冗談は置いといて早く支度し、ッん!?ん、んぅ…っ」
真に受けようとせず、誤魔化して逃げようと身を捩る旬の唇を奪う。
「冗談なんかじゃない。他の女も、男もダメだった。旬、お前じゃなきゃダメだ。お前の傍じゃないと寝られねえんだ」
キスで潤んだ眼を向ける旬を見つめながら真剣に伝えると、旬の顔が一気に染まって…ふい、と視線を逸らされた。
「…眠れないから、だから傍にいて欲しいってだけなら…やだ」
断られるのかと心臓が嫌な音を立てたが、なんとも可愛げのある言葉に思わず笑ってしまった。気分が良くなって、もう一度触れるだけのキスをする。
「逆。好きな相手の傍だから寝られるんだ。…俺を選んじゃくれねえか?」
「~~~っ!!………お、俺…」
返事をしようと視線をうろつかせ、何度も口をはくはくと動かす旬。最早その姿だけで返事は貰わなくても良いくらいなのだが、折角ならば聞かせて欲しいと笑みを浮かべながらじっと待つ。
「俺、も……っ!?ちょ、黒須さん!時間!拙いって!!」
ようやく返事がもらえると思ったその瞬間、視線をうろつかせていた旬の目線が一か所に固定され、目を見開いて叫び出す。
このタイミングで何言ってんだ、呆れながらつられて時計を見ると時刻は会議の始まる20分前。ここから協会まではどんなに車を飛ばしても15分はかかる。ほぼ遅刻確定の時間に流石の俺も焦り出した。
「…旬が可愛すぎたな」
「馬鹿な事言ってる場合じゃないんですよ!…もう!俺のスキルで移動するので一瞬で協会には行けますから顔洗って支度して、飯食べちゃって下さい!!早く!」
先ほどまでの甘い空気は霧散し、一気に慌ただしく動き出す。だがこれだけは言わねばと恐らく朝食の準備をする為リビングに駆け出す旬の背中に声をかける。
「返事は夜聞くからな!今日も泊っていけよ!?」
「っ!…泊まるのはわかったから早く支度!」
返事は言わなかったが、今日も泊まるという言質を取ったことに満足し急いで身支度を整える。着替えも済ませリビングに行けば旬が珈琲を用意してくれていた。
「本当は朝食作ろうと思ってたんですけど…」
「入れてくれただけで充分だ。ありがとな」
そういって急ぎ早に珈琲を飲む。会議開始まで残り10分を切った。疑う訳ではないのだが本当に間に合うのか?とちらりと旬を見れば、頷きが返ってくる。
「もういいですか?じゃあ行きましょう。…あ」
「?やっぱり間に合わないか?」
焦ったような声が聞こえたので、尋ねれば何故か顔を赤くして照れ始めた。
「…このスキルは、その…密着していなければ一緒に行けない、ので…」
「良いスキルだが、他の奴にはあんまり使うなよ?…このくらいでいいか?」
恥ずかし気に告げられた言葉ににやりと笑って隙間が無いほどに抱き寄せ密着する。
「っ、ここまで近くなくて良い!」
「まあ俺がくっつきたいんだからいいじゃねえか。連れてってくれよ」
「…ばか」
甘える様な声での罵倒にもう一度キスしたい衝動に駆られたが、今は会議が先だと泣く泣く我慢する。
そして足元から現れた影に包まれ一瞬の浮遊感の後、気が付けば協会の裏手に立っていた。
「便利なもんだな」
「そうですね。…急ぎましょう」
軽く会話をしつつ急いで中へ。会議室に入ったのはやはり俺らが最後だったが遅刻にはならなかったのでまあ良いだろう。二人してぎりぎりでやって来た事に対し、最上と白川が怪訝そうな視線を向けていたので帰りに取っ捕まる前に旬と早めに帰るかと脳内で算段を付ける。
そうしていつも通り報告が終わり、会議終了後。旬はどうやら会長と話がある用だったので煙草でも吸うかと喫煙所で待つ事にした。
「…げ」
「げ、とは失礼ですね。黒須ハンター」
「まるで何かやましいことがあるようだな」
俺が煙草を吸っていると最上と白川がやってきた。さっさと帰ったように見えていたが待ってやがったのか。
「はぁー…何の用だ?」
「今日は水篠ハンターとご一緒に来たようでしたので。いつの間に仲良くなったのかと思いまして」
最上の言葉でそういや二人とも旬に袖にされ続けていたな、と思い出す。こいつらが想定している”仲良く”とは意味合いが違うんだけどな。適当に誤魔化そうかとも思ったが、藪をつついたのはこいつらだし折角なら話を聞かせるか、とにやりと笑う。
「なんだ、”旬”との話を聞いてくれるのか」
「「!」」
俺の言葉で何が言いたいのか気が付いた様子の二人。相変わらず勘が良いやつらだな。
「…そういう意味合いか」
「この短期間でよく口説き落とせましたね」
「レッドゲートの件があったからな」
「成程。…ですが、そもそも黒須ハンターは恋人なんて作る気なかったでしょう」
「修羅場に巻き込まれるのはごめん被るが」
暗に水篠ハンターを遊び相手にするな、と伝えてくる。…俺に対しての信頼無さ過ぎねえか。
「本気に決まってんだろ。旬が別れたいって言っても離す気ねえよ」
「…意外ですね。尚更眠れなくなるのだから人と居る事が嫌いだと思っていたのですが」
「それとも不眠症は治ったのか?」
「!」
驚いて勢いよく二人の顔を見るとなにかおかしなことを言ったか?とでも言いたげな顔で二人して首を傾げている。…なんで。
「…なんで知ってんだ?俺が不眠症って」
驚いたように言えば目を瞬かせた後に同じタイミングで肩を竦める。…小馬鹿にされてるみたいでなんか腹立つな。
「伊達に長い付き合いをしていませんよ」
「昔から寝ている所を見せなかっただろう。それとその隈を見ればおのずと答えが出る」
「…旬となら、寝れる」
隠していたつもりなのにそんなに分かり易かったのか、ギルドの連中にもバレてるのか、等の考えが過ったが、俺の口から出たのは不貞腐れたような声で。くそ、旬との事を自慢してやろうと思っていただけなのに何も言えないのが悔しい。
「それはそれは良かったですね」
「ふっ」
「…チッ。そろそろ旬も話終わっただろうから俺ら帰るわ。じゃあな」
面白がりやがって…!にやにやと笑っている最上と白川に舌打ちをして横を通り過ぎる。
「水篠ハンターに宜しく」
「愛想を尽かされないようにな」
「あーもううるせえな!大きなお世話だ!」
***
会議終了後、会長に呼び止められ少しの頼みごとをされた。いつもお世話になっているからと了承を返し、外に出ると何故か先に出た筈の黒須さんが拗ねたような顔をして歩いてくる。
「会議お疲れ様でした。…なんか、不機嫌ですか?」
「ああ、お疲れ様。…別にそういう訳じゃねえけどちょっとな」
不機嫌かと尋ねてもはぐらかされたようで、少しムッとする。すると俺の近くへ寄ってきて頬を軽く摘んできた。
「やっぱりこのくらい素直な方が可愛くていいよなぁ。ま、旬は気にしなくても良い事だから気にすんな。…帰るんだろ?また抱き締めればいいのか?」
「それはそうなんですけど。別に近くに居てくれればそれでいいので」
「なんだ、口説き文句か?」
俺としてはそんなに近付かなくていいという意味のつもりだったのに、不満げな顔から一転して上機嫌そうに笑った黒須さんが俺の事を強く抱き寄せる。こんなの人に見られたらどうするんだ!
「っ、もう!誰かに見られたらどうするんですか!さっさと移動しますからね!」
返事も待たず、影交換を使って黒須さんの家に戻った。
「着きましたよ。…黒須さん、離れて下さい」
「冷てえ事言うなよ。人に見られてねえなら良いだろ?それから…圭介って呼べって言ってるだろ?」
耳元で吹き込まれる声にガクリと力が抜けそうになるのを黒須さんの服を掴んで耐える。すると腰に回っていた手が俺の耳に触れて…。
「一々反応が可愛いな。…なあ、さっきの返事は?」
耳から輪郭をそっとなぞられ、楽し気な声色で聞かれる言葉に羞恥心が限界を迎えた。黒須さんを押しのけて、下を向いたまま叫ぶ。
「……っ、俺!我進のゲート攻略があるので!あ、あとで!」
「!……っ、くくっ…!あとで、な。わかった。ちゃーんと俺のところに帰って来いよ?ああ、夕飯も一緒に食えるのか?」
一瞬驚いたようだったが、直ぐに気を取り直したのか俺のところに帰って来いと言う黒須さん。帰って来いって、ここ俺の家じゃないのに…!そして夕飯の事も聞かれたが、今日は母さんが作ってくれているだろうから、申し訳ないが断りをいれなくては。…あ、風呂も入ってから行こう。昨日みたいなのは心臓に悪い
「いや…今日は母さんが用意してくれていると思う、ので…」
「ああ、そうか。解った。家族団欒を二日続けて邪魔するわけにはいかねえからな」
何でも無さ気に返事をする黒須さんになんだかもやもやとする。俺が言った事だし、食事出来る訳でもないんだけど、なんかこう、もう少し惜しんでも…とまで考えてハッと首を振る。何馬鹿な事を考えてるんだ俺は!
「っ、そ、それで!風呂、も入ってから、また泊りに来ます」
「遠慮しないで今日も飯食ってそのまま来ればいいだろ?…俺と同じ匂いを纏ってる旬は悪くねえからな」
「な…!」
昨日俺が思っていた事と同じことを思われていた事に気が付いた瞬間、折角少し治まっていた羞恥が一気に湧き上がり顔に熱がこもる。
「ともかく風呂は入ってきますから!行く前に連絡します!それじゃあお邪魔しました!」
またしても返事を待たず、一気に玄関へと駆けだして部屋を飛び出る。あのまま居たら絶対に流されてしまいそうで。まだ熱い顔に当たる風を感じながら、我進ギルドへと足を急がせた。
***
ゲート攻略をして家で食事と入浴をして、あっという間に夜になってしまった。
「…行かなきゃダメ、だよな」
スマホを眺めながら、連絡するのを躊躇う。…もうわかっている。連絡をして再び足を踏み入れた瞬間、きっと逃げることは叶わないと。自分自身も手遅れな感情を抱えていることにも気付いている。けれど返事が出来ないのは自分じゃなくても良いと思っているからだ。
「(だって、一緒に寝られる人は他にも居るかもしれない)」
偶然俺だっただけで、もっと時間をかけて試してみればまた違った結果になっていたのかもしれないし。そんなことをうだうだ考えていれば悩みの原因である黒須さんから電話がかかってきてしまった。
「はい」
『家族団欒中に悪いな。急かす訳じゃないんだが何時くらいになるか聞きたくてな』
一瞬、ここで断って無かったことにしてしまおうかと思ったのだけど、気付けば俺の口は勝手に返事をしていた。
「今から行こうとしていたところです」
『そうか、わかった。待ってるな』
電話越しでもわかる嬉し気な声に、もう腹を括るしかないと覚悟した。…いつか振られたらその時考えれば良いんだよな。そう決めて黒須さんのマンションへと移動する。
***
通話を切った後、大きく安堵の息を吐く。情けねえが、もしかしたら旬に逃げられるんじゃないかと少し考えていたから。好意を向けられている自覚もあるが、この短期間だ。ふと冷静になって拒絶する可能性も充分にあった。
「(だが、ここに来るって事はそう言う事だよな?)」
上向きになった気分のままに手にしていた酒を一気に煽る。…旬が来る前に片づけておこう。そう考えて立ち上がったタイミングで旬がやって来た。
「っと、悪いな。今片づけるから少し待っててくれ」
「手伝いますか?」
「いいや、御覧の通りそんな量は無いから座ってろ」
相変わらずの礼儀正しい態度にクスリと笑ってキッチンへと向かい適当に片づける。リビングに戻れば随分と緊張した面持ちでソファに行儀よく座っている旬の姿が見えて、笑みが深くなる。
「さて、寝るか」
「えっ?…あ、はい」
俺がすぐにでも返事を求めると思っていたのだろう。拍子抜けした表情を浮かべる旬に背を向けて寝室へと向かう。後ろから黙ってついてくる足音に内心で話しかけた。
「(もうこの部屋に足を踏み入れた時点で答えなんて目に見えているのだから焦る必要なんてないだろ?)」
寝室に入りそのまま俺がベッドの上に寝転べば、おずおずと同じように隣に寝転ぶ旬。その頬に手を当て、触れるだけのキスをする。
「おやすみ、旬」
「んっ…!?な、なんでいつもキスするんですか!」
「お約束ってやつだろ?良いじゃねえか」
「ま、まだ返事もしてないのに…!」
「”まだ”だろ?俺は気の長い大人だからな。旬からお休みのキスをしたくなるまで待っててやるよ」
ほら寝ろ、と真っ赤になっている旬を抱え込んで目を閉じる。暫くそうしていると、もぞもぞと旬が動き出して、とても小さな声が寝室に響いた。
「……もう寝たんですか」
「…」
小さな声での確認に、敢えて寝たふりをする。すると頬に何かが触れた感覚がした。まさか…キス、したか?
「…寝てる、よな」
そのまま続けて額にも同じ感覚。今すぐに起きて押し倒したいのを我慢し、続きを見守る。
「…他にも、一緒に寝られる人沢山居る筈なのに……圭介、さん…俺じゃなきゃ、だめなの?」
その言葉を聞いた瞬間、我慢ならなくなって旬の上に覆い被さった。
「っ!お、起きて…!?」
「———お前が良い」
「!」
「旬が良いんだ。今後俺の不眠症が治ったってお前と居たい。…旬が、欲しい」
真っ赤になって俺を押し返そうとしていた旬の頬や額にお返しのようにキスを返しながら言葉を紡ぐ。
「~~~っ!」
「返事は?」
耳朶を軽く噛んで耳元で囁けば観念したのか押し返そうとしていた手が俺の服を掴んで、軽く引き寄せるように引っ張られた。
「……お、れ…俺も、圭介さんの事が、すき…っん、んぅ…ッふ…ぁ、ん…!」
ようやく聞けた返事。歓喜の衝動のまま旬にキスをした。口内を好きに動く俺の動きに翻弄されてながらも必死で応えようとする姿がいじらしい。
「はぁ…好きだ、旬」
「はぁ、ッ…はぁ…ん、おれも…………」
上手く呼吸が出来なかったのか、キャパオーバーになったのかそのまま目を閉じて寝てしまった旬に苦笑しながら抱き抱え、再び目を閉じる。
「(———今日は間違いなく、良く眠れるだろう)」
「———さん、黒須さん。起きてください。朝ですよ?そろそろ起きて支度しないと」
「…ん、ああ…おきる…」
あくびをしながらゆっくりと体を起こす。…やっぱり水篠と寝るとよく眠れるな。はっきりとした視界になったところで声のする方向を見ると、既に支度を済ませた様子の水篠が苦笑してベッドの横に立っていた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「ああ、ぐっすりだ。おはよう」
俺が返事をすれば、水篠にとってはまるで関係の無い事の筈なのに嬉しそうな笑顔を見せた。
「良かった。タオルとか色々勝手に出しちゃいましたけど、用意しておきましたから顔洗ってきてください」
「……」
「黒須さん?」
本当は昨日から限界だと気が付いていた。もう誤魔化すことは不可能だと。怪訝そうな顔を浮かべる水篠…いや、旬の腕を掴んで抱きしめる。
「っ!く、黒須さん…!?寝ぼけてるんですか…?」
「…圭介って呼べ」
「え?」
「いいから、呼べ」
「…け、圭介、さん…?」
恐る恐る俺の名前を呼ぶ旬を更に抱きしめる力を強くして、独り言のように呟いた。
「…好きだ」
「!………あ、え…ま、また俺の事からかってるんでしょう?そういう冗談は置いといて早く支度し、ッん!?ん、んぅ…っ」
真に受けようとせず、誤魔化して逃げようと身を捩る旬の唇を奪う。
「冗談なんかじゃない。他の女も、男もダメだった。旬、お前じゃなきゃダメだ。お前の傍じゃないと寝られねえんだ」
キスで潤んだ眼を向ける旬を見つめながら真剣に伝えると、旬の顔が一気に染まって…ふい、と視線を逸らされた。
「…眠れないから、だから傍にいて欲しいってだけなら…やだ」
断られるのかと心臓が嫌な音を立てたが、なんとも可愛げのある言葉に思わず笑ってしまった。気分が良くなって、もう一度触れるだけのキスをする。
「逆。好きな相手の傍だから寝られるんだ。…俺を選んじゃくれねえか?」
「~~~っ!!………お、俺…」
返事をしようと視線をうろつかせ、何度も口をはくはくと動かす旬。最早その姿だけで返事は貰わなくても良いくらいなのだが、折角ならば聞かせて欲しいと笑みを浮かべながらじっと待つ。
「俺、も……っ!?ちょ、黒須さん!時間!拙いって!!」
ようやく返事がもらえると思ったその瞬間、視線をうろつかせていた旬の目線が一か所に固定され、目を見開いて叫び出す。
このタイミングで何言ってんだ、呆れながらつられて時計を見ると時刻は会議の始まる20分前。ここから協会まではどんなに車を飛ばしても15分はかかる。ほぼ遅刻確定の時間に流石の俺も焦り出した。
「…旬が可愛すぎたな」
「馬鹿な事言ってる場合じゃないんですよ!…もう!俺のスキルで移動するので一瞬で協会には行けますから顔洗って支度して、飯食べちゃって下さい!!早く!」
先ほどまでの甘い空気は霧散し、一気に慌ただしく動き出す。だがこれだけは言わねばと恐らく朝食の準備をする為リビングに駆け出す旬の背中に声をかける。
「返事は夜聞くからな!今日も泊っていけよ!?」
「っ!…泊まるのはわかったから早く支度!」
返事は言わなかったが、今日も泊まるという言質を取ったことに満足し急いで身支度を整える。着替えも済ませリビングに行けば旬が珈琲を用意してくれていた。
「本当は朝食作ろうと思ってたんですけど…」
「入れてくれただけで充分だ。ありがとな」
そういって急ぎ早に珈琲を飲む。会議開始まで残り10分を切った。疑う訳ではないのだが本当に間に合うのか?とちらりと旬を見れば、頷きが返ってくる。
「もういいですか?じゃあ行きましょう。…あ」
「?やっぱり間に合わないか?」
焦ったような声が聞こえたので、尋ねれば何故か顔を赤くして照れ始めた。
「…このスキルは、その…密着していなければ一緒に行けない、ので…」
「良いスキルだが、他の奴にはあんまり使うなよ?…このくらいでいいか?」
恥ずかし気に告げられた言葉ににやりと笑って隙間が無いほどに抱き寄せ密着する。
「っ、ここまで近くなくて良い!」
「まあ俺がくっつきたいんだからいいじゃねえか。連れてってくれよ」
「…ばか」
甘える様な声での罵倒にもう一度キスしたい衝動に駆られたが、今は会議が先だと泣く泣く我慢する。
そして足元から現れた影に包まれ一瞬の浮遊感の後、気が付けば協会の裏手に立っていた。
「便利なもんだな」
「そうですね。…急ぎましょう」
軽く会話をしつつ急いで中へ。会議室に入ったのはやはり俺らが最後だったが遅刻にはならなかったのでまあ良いだろう。二人してぎりぎりでやって来た事に対し、最上と白川が怪訝そうな視線を向けていたので帰りに取っ捕まる前に旬と早めに帰るかと脳内で算段を付ける。
そうしていつも通り報告が終わり、会議終了後。旬はどうやら会長と話がある用だったので煙草でも吸うかと喫煙所で待つ事にした。
「…げ」
「げ、とは失礼ですね。黒須ハンター」
「まるで何かやましいことがあるようだな」
俺が煙草を吸っていると最上と白川がやってきた。さっさと帰ったように見えていたが待ってやがったのか。
「はぁー…何の用だ?」
「今日は水篠ハンターとご一緒に来たようでしたので。いつの間に仲良くなったのかと思いまして」
最上の言葉でそういや二人とも旬に袖にされ続けていたな、と思い出す。こいつらが想定している”仲良く”とは意味合いが違うんだけどな。適当に誤魔化そうかとも思ったが、藪をつついたのはこいつらだし折角なら話を聞かせるか、とにやりと笑う。
「なんだ、”旬”との話を聞いてくれるのか」
「「!」」
俺の言葉で何が言いたいのか気が付いた様子の二人。相変わらず勘が良いやつらだな。
「…そういう意味合いか」
「この短期間でよく口説き落とせましたね」
「レッドゲートの件があったからな」
「成程。…ですが、そもそも黒須ハンターは恋人なんて作る気なかったでしょう」
「修羅場に巻き込まれるのはごめん被るが」
暗に水篠ハンターを遊び相手にするな、と伝えてくる。…俺に対しての信頼無さ過ぎねえか。
「本気に決まってんだろ。旬が別れたいって言っても離す気ねえよ」
「…意外ですね。尚更眠れなくなるのだから人と居る事が嫌いだと思っていたのですが」
「それとも不眠症は治ったのか?」
「!」
驚いて勢いよく二人の顔を見るとなにかおかしなことを言ったか?とでも言いたげな顔で二人して首を傾げている。…なんで。
「…なんで知ってんだ?俺が不眠症って」
驚いたように言えば目を瞬かせた後に同じタイミングで肩を竦める。…小馬鹿にされてるみたいでなんか腹立つな。
「伊達に長い付き合いをしていませんよ」
「昔から寝ている所を見せなかっただろう。それとその隈を見ればおのずと答えが出る」
「…旬となら、寝れる」
隠していたつもりなのにそんなに分かり易かったのか、ギルドの連中にもバレてるのか、等の考えが過ったが、俺の口から出たのは不貞腐れたような声で。くそ、旬との事を自慢してやろうと思っていただけなのに何も言えないのが悔しい。
「それはそれは良かったですね」
「ふっ」
「…チッ。そろそろ旬も話終わっただろうから俺ら帰るわ。じゃあな」
面白がりやがって…!にやにやと笑っている最上と白川に舌打ちをして横を通り過ぎる。
「水篠ハンターに宜しく」
「愛想を尽かされないようにな」
「あーもううるせえな!大きなお世話だ!」
***
会議終了後、会長に呼び止められ少しの頼みごとをされた。いつもお世話になっているからと了承を返し、外に出ると何故か先に出た筈の黒須さんが拗ねたような顔をして歩いてくる。
「会議お疲れ様でした。…なんか、不機嫌ですか?」
「ああ、お疲れ様。…別にそういう訳じゃねえけどちょっとな」
不機嫌かと尋ねてもはぐらかされたようで、少しムッとする。すると俺の近くへ寄ってきて頬を軽く摘んできた。
「やっぱりこのくらい素直な方が可愛くていいよなぁ。ま、旬は気にしなくても良い事だから気にすんな。…帰るんだろ?また抱き締めればいいのか?」
「それはそうなんですけど。別に近くに居てくれればそれでいいので」
「なんだ、口説き文句か?」
俺としてはそんなに近付かなくていいという意味のつもりだったのに、不満げな顔から一転して上機嫌そうに笑った黒須さんが俺の事を強く抱き寄せる。こんなの人に見られたらどうするんだ!
「っ、もう!誰かに見られたらどうするんですか!さっさと移動しますからね!」
返事も待たず、影交換を使って黒須さんの家に戻った。
「着きましたよ。…黒須さん、離れて下さい」
「冷てえ事言うなよ。人に見られてねえなら良いだろ?それから…圭介って呼べって言ってるだろ?」
耳元で吹き込まれる声にガクリと力が抜けそうになるのを黒須さんの服を掴んで耐える。すると腰に回っていた手が俺の耳に触れて…。
「一々反応が可愛いな。…なあ、さっきの返事は?」
耳から輪郭をそっとなぞられ、楽し気な声色で聞かれる言葉に羞恥心が限界を迎えた。黒須さんを押しのけて、下を向いたまま叫ぶ。
「……っ、俺!我進のゲート攻略があるので!あ、あとで!」
「!……っ、くくっ…!あとで、な。わかった。ちゃーんと俺のところに帰って来いよ?ああ、夕飯も一緒に食えるのか?」
一瞬驚いたようだったが、直ぐに気を取り直したのか俺のところに帰って来いと言う黒須さん。帰って来いって、ここ俺の家じゃないのに…!そして夕飯の事も聞かれたが、今日は母さんが作ってくれているだろうから、申し訳ないが断りをいれなくては。…あ、風呂も入ってから行こう。昨日みたいなのは心臓に悪い
「いや…今日は母さんが用意してくれていると思う、ので…」
「ああ、そうか。解った。家族団欒を二日続けて邪魔するわけにはいかねえからな」
何でも無さ気に返事をする黒須さんになんだかもやもやとする。俺が言った事だし、食事出来る訳でもないんだけど、なんかこう、もう少し惜しんでも…とまで考えてハッと首を振る。何馬鹿な事を考えてるんだ俺は!
「っ、そ、それで!風呂、も入ってから、また泊りに来ます」
「遠慮しないで今日も飯食ってそのまま来ればいいだろ?…俺と同じ匂いを纏ってる旬は悪くねえからな」
「な…!」
昨日俺が思っていた事と同じことを思われていた事に気が付いた瞬間、折角少し治まっていた羞恥が一気に湧き上がり顔に熱がこもる。
「ともかく風呂は入ってきますから!行く前に連絡します!それじゃあお邪魔しました!」
またしても返事を待たず、一気に玄関へと駆けだして部屋を飛び出る。あのまま居たら絶対に流されてしまいそうで。まだ熱い顔に当たる風を感じながら、我進ギルドへと足を急がせた。
***
ゲート攻略をして家で食事と入浴をして、あっという間に夜になってしまった。
「…行かなきゃダメ、だよな」
スマホを眺めながら、連絡するのを躊躇う。…もうわかっている。連絡をして再び足を踏み入れた瞬間、きっと逃げることは叶わないと。自分自身も手遅れな感情を抱えていることにも気付いている。けれど返事が出来ないのは自分じゃなくても良いと思っているからだ。
「(だって、一緒に寝られる人は他にも居るかもしれない)」
偶然俺だっただけで、もっと時間をかけて試してみればまた違った結果になっていたのかもしれないし。そんなことをうだうだ考えていれば悩みの原因である黒須さんから電話がかかってきてしまった。
「はい」
『家族団欒中に悪いな。急かす訳じゃないんだが何時くらいになるか聞きたくてな』
一瞬、ここで断って無かったことにしてしまおうかと思ったのだけど、気付けば俺の口は勝手に返事をしていた。
「今から行こうとしていたところです」
『そうか、わかった。待ってるな』
電話越しでもわかる嬉し気な声に、もう腹を括るしかないと覚悟した。…いつか振られたらその時考えれば良いんだよな。そう決めて黒須さんのマンションへと移動する。
***
通話を切った後、大きく安堵の息を吐く。情けねえが、もしかしたら旬に逃げられるんじゃないかと少し考えていたから。好意を向けられている自覚もあるが、この短期間だ。ふと冷静になって拒絶する可能性も充分にあった。
「(だが、ここに来るって事はそう言う事だよな?)」
上向きになった気分のままに手にしていた酒を一気に煽る。…旬が来る前に片づけておこう。そう考えて立ち上がったタイミングで旬がやって来た。
「っと、悪いな。今片づけるから少し待っててくれ」
「手伝いますか?」
「いいや、御覧の通りそんな量は無いから座ってろ」
相変わらずの礼儀正しい態度にクスリと笑ってキッチンへと向かい適当に片づける。リビングに戻れば随分と緊張した面持ちでソファに行儀よく座っている旬の姿が見えて、笑みが深くなる。
「さて、寝るか」
「えっ?…あ、はい」
俺がすぐにでも返事を求めると思っていたのだろう。拍子抜けした表情を浮かべる旬に背を向けて寝室へと向かう。後ろから黙ってついてくる足音に内心で話しかけた。
「(もうこの部屋に足を踏み入れた時点で答えなんて目に見えているのだから焦る必要なんてないだろ?)」
寝室に入りそのまま俺がベッドの上に寝転べば、おずおずと同じように隣に寝転ぶ旬。その頬に手を当て、触れるだけのキスをする。
「おやすみ、旬」
「んっ…!?な、なんでいつもキスするんですか!」
「お約束ってやつだろ?良いじゃねえか」
「ま、まだ返事もしてないのに…!」
「”まだ”だろ?俺は気の長い大人だからな。旬からお休みのキスをしたくなるまで待っててやるよ」
ほら寝ろ、と真っ赤になっている旬を抱え込んで目を閉じる。暫くそうしていると、もぞもぞと旬が動き出して、とても小さな声が寝室に響いた。
「……もう寝たんですか」
「…」
小さな声での確認に、敢えて寝たふりをする。すると頬に何かが触れた感覚がした。まさか…キス、したか?
「…寝てる、よな」
そのまま続けて額にも同じ感覚。今すぐに起きて押し倒したいのを我慢し、続きを見守る。
「…他にも、一緒に寝られる人沢山居る筈なのに……圭介、さん…俺じゃなきゃ、だめなの?」
その言葉を聞いた瞬間、我慢ならなくなって旬の上に覆い被さった。
「っ!お、起きて…!?」
「———お前が良い」
「!」
「旬が良いんだ。今後俺の不眠症が治ったってお前と居たい。…旬が、欲しい」
真っ赤になって俺を押し返そうとしていた旬の頬や額にお返しのようにキスを返しながら言葉を紡ぐ。
「~~~っ!」
「返事は?」
耳朶を軽く噛んで耳元で囁けば観念したのか押し返そうとしていた手が俺の服を掴んで、軽く引き寄せるように引っ張られた。
「……お、れ…俺も、圭介さんの事が、すき…っん、んぅ…ッふ…ぁ、ん…!」
ようやく聞けた返事。歓喜の衝動のまま旬にキスをした。口内を好きに動く俺の動きに翻弄されてながらも必死で応えようとする姿がいじらしい。
「はぁ…好きだ、旬」
「はぁ、ッ…はぁ…ん、おれも…………」
上手く呼吸が出来なかったのか、キャパオーバーになったのかそのまま目を閉じて寝てしまった旬に苦笑しながら抱き抱え、再び目を閉じる。
「(———今日は間違いなく、良く眠れるだろう)」