黒須×旬

———パチリ。目を開きベッドサイドの時計を見て、眠りに落ちる前の時間と脳内で照らし合わせる。

「……あ゛ー…一時間は、経ったか」

時間単位ならまだ寝られた方だな、と頭の隅で考えた。

ハンターに覚醒してからというもの、寝る時に少しの物音で起きるようになってしまった。普段の生活に支障は無いが…何かが落ちる音、エアコンの稼働音、はたまたカーテンの擦れる音。そんな些細な音でも起きてしまう。
金をかけて防音になる様整えたり、生活音もしないように色々と手配はしているのだがそれでも微かな物音で起きる癖は治らなくて。
最初の頃は体が怠いと感じることもあったが、それも何年かすれば慣れてしまった。不健康だと自覚はしているが、薬を延々と飲むのも手間だし誰かに相談して治るものでもねえから諦めている。
ただ出来る事といえばこうして少しでも長く寝られるように努力するしか術はない。

「(それで、今回は何で起きたんだ…?)」

そう思って部屋を見渡せば、ベッドサイドに載せていた資料が床に落ちているのが見えた。

「(寝る前に読んでそのままにしちまってたのか…次は気を付けねえとな)」

そう考えながら再び寝る体勢を取る。…どうせまた、何かしらの物音で起きるに決まっているのだが。

***

今日は死神ギルドの新人訓練に付き合って欲しい、と黒須ハンターに頼まれたので合同レイドに参加する為、集合場所へ向かう。

「よっ、水篠ハンター。今日はよろしく」

「こんにちは、黒須ハンター。よろしくお願いします」

集合場所に着くと先に着いていた黒須ハンターが片手をあげて挨拶をして来たので会釈を返す。
…相変わらず隈が凄いな。まああれだけ動けているんだから元々なんだろうけど…不健康そうに見える。

そんな失礼な感想を抱きながらぐるりと周りを見渡すと、ほぼ全員が緊張した面持ちで此方を伺い見ていて、平然としているのは以前副ギルドマスターと紹介された人だけだった。

「もしかしてレイドに向かうのは俺と黒須ハンター以外全員新人の方々ですか?」

「ああ。水篠ハンターと俺が居れば大丈夫だろ?…あー、それともやっぱりもう一人いた方がいいか?」

気まずそうに聞いてくる黒須ハンター。俺は疑問に思っただけなのだが、向こうからすると怒っているように見えたのだろうか?

「え?いえ。このくらいの人数でしたら全員に影をつけてもいいですし、怪我の無い様に俺も気を配りますから」

「そうしてもらえると助かる。…いや、水篠ハンターの能力に頼った組み合わせであるのは間違いねえから気分を損ねたかと思ってな」

やっぱり、そう見えたらしい。俺ってそんな怒っているように見えるのだろうか…。

「気にしていません。一応影付けておきますか?」

「ああ。だが大怪我しそうな場合のみ手助けを頼みたいんだが…そういうのも出来るか?」

「影にも意思はあるので。命令すれば出来ます」

「それで頼む」

「わかりました」

そう言って了承も得たところで、新人ハンターへ影を滑り込ませ、先ほどの注意事項も伝えたところで黒須ハンターが新人をゲート前に集める。

「よし、揃ってるな。装備忘れとかねえか?…今回は水篠ハンターと俺が後方に控えているが、余程のことが無い限り手出しはしねえ。自分たちでやってみろ」

真面目な顔で宣言する黒須ハンターと真剣な顔で頷く新人ハンター達。
…ずっとギルドマスターをやっているのだから当たり前なのかもしれないが、意外と黒須ハンターって真面目なんだな、とほんの少し見る目を改めた。俺も見習うべきところがあるかもしれない。

「じゃあ行くぞ!…水篠ハンターは俺と最後尾に居てくれ」

「はい」

新人ハンター達を先頭にゲートへと入った瞬間、背筋に嫌な気配を感じた。これはまさか…!

「っ!全員止まって!一旦ゲートの外へ出て下さい!」

「水篠ハンター!?どうしっ…!?」

俺が叫んだ瞬間、ゲート内が揺れ始め黒須ハンターも異常に気が付いたようだった。新人ハンター達を見れば戸惑って立ち尽くしていて、この状態では動けないと判断し、影の手でゲートの外に放り投げるように命令した。

「黒須ハンター!俺たちも一旦出ましょう」

「ああ。わかった」

最後の一人を放り投げたところで黒須ハンターに話しかければ、即座に頷きが返ってきた。
やはり経験が多いのだろう、こういう時の状況判断が早いと助かるな、と考えながら一歩踏み出せば…。

「っ!」

「うわ…っ!」

ゲート全体が揺れ始め…気が付くと俺たちは朽ちた柱や、神殿のある遺跡のような場所に二人立っていた。

***

「…これってまさかレッドゲート、か?」

「そうみたいですね」

いきなり変わった風景を見て心当たりを呟けば水篠から静かな声で肯定が返ってきた。
ハンターを長くやってはいるが、自分が巻き込まれたのは初めてだな。…しかし、そう考えると即座に新人達を外に出してくれて助かった。選んだのはC級ゲートだったが、レッドゲートは等級が上がる。この状況下で新人なんて連れていたら何人かは失っていたかもしれない。そこまで考えたところで水篠に向き直り、頭を下げる。

「早めに気が付いてくれて助かった。新人を巻き込んでいたら厄介な事になっていたと思う」

「あ、いえ…!嫌な気配がしたから…寧ろ勝手に動いてしまって…すみません」

律儀に頭を下げ返す水篠の頭をぐしゃりと撫でる。…髪質柔らかいな。

「何言ってんだ、お陰で新人巻き込まなくて済んだだろ。流石一回経験しているだけあるな」

「いや…実は二回遭遇していて…」

白虎ギルドの時の協力者は水篠だと全員がアタリをつけていたし、そのまま思った事を言えば気まずそうに視線を逸らしてこれが三回目だという。冗談、でも無さそうだが、それは…。

「運が悪過ぎねえか?ハンター歴の長い俺でも初めてなんだが」

「…俺もそう思います」

俺の言葉に肩をがっくりと落として疲れたように同意する水篠に苦笑が浮かぶ。すました顔でなんでも簡単にやってんのかと思えば、意外と苦労してんだな。

「まあ、なんだ、そのお陰でウチの新人共は助かった訳だからよ。取り敢えずちゃっちゃとボスを探して出ようぜ」

「…はぁ…そうですね。ボスを叩いてさっさと出ましょう。でもここらへんに気配はないし…影を偵察に行かせても?」

「ああ、頼むな」

結局のところ水篠のスキルに頼るのも申し訳ねえなと思いつつも、今出来ることといえば周囲の警戒くらいだが風の音がする程度でモンスターの気配どころか生き物の気配も一切ない。
不気味ではあるが、何かが出来るわけでもなく…そうなるとする事も無くなってしまって、召喚獣が戻ってくるまで階段に座って軽く話をする事にした。

そうして他のハンターの事や昔のレイドの話などを暫く話して気が付いたのだが…ハンターとしての話なんざつまらねえと思うのに、意外にも食いついてくる。
それじゃあ戦闘の事にしか興味ねえタイプかと思えば日常の話でも素直に頷いて聞くし、質問も結構する。…なんだ、意外と可愛いじゃねえか。

「…水篠ハンターはよく喋るな」

「っえ!?…すみません、俺話し過ぎましたか…?」

ポロリと零れた言葉に焦った表情を浮かべる水篠に笑みが浮かぶ。結構年相応というか、こういうところは若いよな。

「悪い悪い、言い方を間違えた。とっつきにくい美人ってイメージがあったんだが、意外と俺の話に対して興味も持つし、素直だし、思ってたイメージと違ったって話。俺的には今の水篠ハンターの方がよっぽど話しやすくて良いと思うぜ」

先ほどの様に頭をぐしゃぐしゃと撫でれば、照れたように少し頬を赤くして俺の手を払う。

「子ども扱いしないでください」

「そういう反応をされると更にやりたくなるんだよなー」

まるで小生意気な弟が出来たようで反応を楽しみながら頬も捏ねくり回す。本当に子供みたいに柔らけえな。

「っもう!影が帰ってきたみたいなので離れて下さい!」

「へえへえ」

水篠が報告を受けている間、手持ち無沙汰に周りを見回す。…本当にモンスター一匹いやしねえな。

「黒須ハンター」

「お、どうだって?」

「…変です。このゲート。この先に行くとエリアが切り替わるみたいに雪原と砂漠があって…その先は樹海、で最後はここの遺跡に戻ってくるらしくて」

考え込む水篠の言葉に俺も首を傾げ、真面目に頭を回転させる。

「…ループするって事か?」

「そう、みたいです。それに…モンスターがいないって」

「……は?そんな訳ないだろ」

水篠の言葉を疑う訳では無いが、モンスターのいないダンジョンなんて成り立つわけが無い。そもそもここから出る為には必ずボスモンスターを倒さねばならないのだから。

「俺も、そう思います。ただ…確かに影の報告ではモンスターが一切見当たらないと。影では細かい所が察知出来ないので雪原まで行ってみようと思うんですが良いですか?もしかしたらモンスターは巧妙に隠れているのかもしれません」

俺の疑問に同意を返し、提案された内容に頷く。この状況では地道に調べていくしか道はないだろう。

「ああ、そうだな。人間に反応する可能性もある」

「はい。それじゃあ、行きましょう」

そうして二人、周囲の警戒をしながら歩き始めた。
暫く無言のまま遺跡を歩いていると、水篠の言った通りまるでゲームのマップが切り替わる様に地面に切れ目が入っており、その先が雪景色となっている場所に出た。寒さもまるで感じないな。

「…本当に変なダンジョンだな」

「そうですね…。あ、黒須ハンターこれを着て下さい。この先は吹雪いているようですから」

差し出されたのは厚手のコートと耳あてやらの防寒具。…こうして考えるとこの収納量が異常な亜空間魔法も改めて見るととんでもねえな。
このゲートにもしかしたら水篠抜きで新人と潜っていたと考えると恐ろしい。

「ああ、さんきゅ」

身に付け終え、切り替わった先で分断されてはたまったものでは無いので同時に足を踏み入れようと水篠の方を見る。

「…?何か?」

「分断されたら厄介だからな。同時に行こうぜ」

「ああ、成程。確かにそうですね。手でも繋ぎますか?」

俺の言葉に納得した後、こてりと首を傾げて手を差し出す水篠に笑ってしまった。勝手にクールで腹の底が読めない奴だと思っていたが…ただの天然か?
これが最上だったり白川だったり、他の野郎となら死んでも御免だが…。

「そうだな。しっかり握っててくれよ」

「はい」

手袋越しに手をぎゅっと握り締め、足先に雪を踏み締める感覚を受けながら雪原エリアへと足を踏み入れた。

「…え?」

「…水篠ハンターも気付いたか?」

踏み入れた瞬間、一瞬だけモンスターの気配を感じた。水篠も気付いたのかと声をかければ神妙そうな顔をして頷く。

「今、一瞬ですけど…通る時に魔力が揺れるような、そんな感覚と何かの気配がしましたよね」

「魔力は気が付かなかったが、確かに何かの気配はあった。…もう一度通ってみるか」

「はい」

再び境目を超える。今度は魔力の気配にも気が付いた。そうして再び雪原に戻る時にも同じ気配。…一体どういうことだ?

「境目に潜んでるって事か?」

「いえ、それなら俺たちが境目を通る時に攻撃を仕掛けてくると思います。でも、それも無かった」

水篠の言葉に納得し、頷く。
確かに境目に潜んでいるのならば人間を大人しく通す筈が無い。それなら気配がする理由はなんだ?

「モンスターの特殊能力、かもしれません」

「現状それが最も可能性が高いが…大規模過ぎねえか」

そう、もしもこれが特殊能力だというのなら四つの異なる環境を作り出せるほどのモンスターという事になる。…改めて水篠と行動をしていて良かった。流石にそれだけのことが出来るモンスターに俺一人で立ち向かうだなんてことになれば苦戦するであろうことが目に見えている。

「だがまあこの推測が正しいとも限らねえし、警戒しながら進むしかねえって事だな」

「そうですね、行きましょう」

***


雪の中を歩いて暫く経った頃。
流石に休憩にしようとどちらともなく言い出して、テントや調理器具、食料をインベントリから取り出した。

「やっぱり便利だな、それ」

「俺も重宝してます」

ほんの少し黒須ハンターの声色に羨まし気な雰囲気を感じて、くすりと笑いながら食事の支度を続ける。

「何か手伝うか?」

「それならテントの方お願い出来ますか?今は吹雪いてないから良いですけど、後から吹雪いてくると厄介なので」

「任せろ」

文句ひとつ言わずテキパキと動く黒須ハンターの姿に、また印象が塗り替えられる。軽いかと思いきや意外と真面目。バランス的にはこの人くらいが丁度いい大人なのかもしれないな…。
食材を煮込みながら目線を向けていると、バチリと目が合った。

「…そんな熱烈な視線を寄越してどうした?俺に惚れたか?水篠ハンターなら大歓迎だぜ?」

「っ!ち、違います!!…手際がいいなと思って」

からかいの言葉だとわかってはいるが、目を細めてうっすらと微笑みを向けられれば否応なしにどきりとする。
この人も他の人達もそうだが、全員顔が良い事を自覚していて動く節があるから厄介なんだ…!
流石に印象が変わりましたとは言えないので誤魔化すように手際の事を言えば、笑ってこちらへ近付いてくる。…もう終わったんだ。本当に早いな。

「なんだ、残念。なんなら今から惚れてくれても良いけどな?」

笑って手を伸ばしてきたかと思えばそっと耳の辺りから俺の輪郭をなぞると、顎に指をかけ強制的に目を合わせられた。至近距離で見つめられ、顔に熱が集まるのを自覚する。

「ほ、惚れません!終わったなら大人しく座って待ってて下さい!」

「っははは!水篠ハンター、顔が赤いぜ?いやー、からかい甲斐があるな!」

「…変な味付けにして出しますよ?」

「っぷ!ははは!悪い悪い!ちゃんと良い子で座ってるから許してくれよ」

ジト目で脅せばまたも笑って、あっさりと俺の顔から手を離し、正面に座り込む。
…はぁ、なんかどっと疲れた。さっさと食事にしようと最後の味調整をして、器に2人分をよそう。

「全くもう。…どうぞ」

「お、ありがとな。水篠ハンターは料理も得意なのか」

「得意かどうかはわかりませんが、家事全般嫌いじゃないです」

「偉いな」

「偉くは無いですよ。…ほら、食べましょう」

感心したような声を上げられて、なんだか先ほどとは別の意味で照れてしまう。誤魔化す様に頭を振って食事を促した。

「せっかく作って貰ったからな。頂きます」

「頂きます」

そうして互いに一口。自分では美味く出来た方だと思うが、黒須ハンターはどうだろうか?と気になって正面を見ると、一口食べて手が止まっていたようだったので、普段良い物を食べているであろう人間からすると不味かったのかもしれない、と不安になって話しかける。

「あの…もしかして口に合いませんか?」

「っ!?あ、ああ、いや、違う。なんというか…ゲートでは携帯食料が主で、こうして手のかかった物は食わねえし、そもそも家庭的な味を久々に食ったから…ってまだるっこしいな。要するに水篠ハンターの料理が美味くて驚いた。好みの味だ」

「それなら良かったです」

不安にさせて悪いな、と笑う黒須ハンターはまた一口、一口と食べ進めて。美味しいは社交辞令かもしれないが、不味くないというのは本当なんだと安心した。さて、俺も冷めないうちに食べよう。
そうして暫く無言のまま食事を続け、ほぼ同時に食べ終えた。

「ごちそうさまでした。…本当に水篠ハンターの料理美味かったぜ。顔良し性格良し料理上手と来たらいつでも嫁に行けるな」

「ごちそうさまでした。口に合ったのなら良かったですけど、なんで俺が嫁なんですか」

「んー?俺が貰うからか?」

この適当な返しにもなんだか慣れてきた。黙ってジト目で睨みつけさっさと片付けをする。

「へえ。…食器下さい」

「冷てえなー。もう少し会話に付き合ってくれても良くねえか」

ぶちぶち不満を言う黒須ハンターを無視して食器をインベントリに収納する。…休憩にするか。

「黒須ハンター。少しテントで休みましょう」

「あー…そう、だな。…俺は起きてるから水篠ハンター休んでいいぜ」

「?…あ、影は俺が休んでいる間もきちんと見張りしていますので、大丈夫ですよ?」

「いや、そういう事じゃなくてな…まあ良いか。そうだな、少し休むか」

俺の提案に微妙な反応をする黒須ハンターに、襲撃の心配をしているのかと思って言葉を続ければなんだか煮え切らない返事が。…よくわからないが、まあ気にしなくてもいいかとテントの中へ入った。

***

水篠に不眠症の事を説明するか否かを迷いながら後に続いてテントに入ると、流石の俺も固まった。…なんでダンジョンだってのにこんなしっかりしたベッドが置かれてるんだ?しかもさっきまでは無かったし、今出したのか?

「…なんでベッドがあるのか聞いてもいいか?」

「前にゲート入った時に寝心地悪くて。なのでひとつ買ったんです。…まあ流石にこういう事態は予想していなかったのでひとつしか無いんですけど。一応ダブルサイズなので少し窮屈かもしれませんが寝られなくは無いかと」

聞きたいことはそうじゃねえ。
寝心地悪くて、だけでダブルサイズのベッドを普通は用意しないんだわ。いや、そもそもベッド用意出来ねえけど。

「そこじゃないってツッコミ入れるだけ無駄な気がしてきたな」

「?」

全く伝わっていない様子を見て、本当に天然なんだなと苦笑が浮かぶ。しかも大して親しくねえ男と一緒に寝ようとするな。水篠の実力なら容易く抵抗出来るんだろうが、俺や最上、白川…あと犬飼部長辺りか?それ以外の人間なら勘違いされてもおかしくねえぞ。…って言ってもどうせ同じ表情浮かべるんだろうな。
もう説明するのも面倒だしレッドゲート終わってからギルド会議でしれっと話して最上達に任せるか。
どうせ寝られないだろうが休めるのは有難いしな。
思考を放棄して、軽くホコリを払って装備を外し、ベッドへと腰掛けた。

「じゃあまあ有難く休ませてもらうか」

「はい。影たちがちゃんと見ていますので安心してください」

「わかった」

そう言って俺に背を向けて横になった水篠。暫くすると直ぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。
その寝付きの良さがほんの少し羨ましくなって、何となく同じ方向を向いて横になる。

「(これだけ音があれば寝られるわけねえんだけどな)」

風の音、雪の音、テントが摩れる音、焚き火の音、そして隣からの静かな寝息。
残念な事に、聞こえてくる全ての音が黒須の睡眠の妨げになってしまう。

「ん…ん…」

「(おっと…動き回るタイプか)」

ぼーっといつものように考え事をしているとゴロリと水篠が寝返りを打って、俺の方を向いた。

「(本当に綺麗な顔をしてるな)」

どうせ寝られないなら少し役得貰うか、と出来心で寝ている水篠を自身の方へ引き寄せると、素直に胸元へと擦り寄って来る仕草に、別の危機感を抱く。

「(無防備過ぎるだろ。引き寄せられて起きもしねえのか)…ふ、ぁ……」

しかも子供体温なのかくっついていると大分暖かい。そうしているとふと欠伸が出て、眠気だけ来ても困るんだよな、と思いながらも少しでも休んだ方がいいのは理解していたのでそっと静かに目を閉じた。

***

「………ハンター……黒須ハンター、そろそろ起きて下さい」

「っ!?!?」

バッと勢い良く飛び起きると、マグカップを持ってベッドの横に立っていた水篠が目を丸くしていた。

「ぇ…?お、俺…寝てた…のか?」

「…?はい。黒須ハンターも疲れていたんですね。本当は自然に起きるまで待っていようと思ったんですが…ここはゲートの外と同じ様に昼夜ありますから。早めに動かないとと思って…すみません」

「…い、いや…悪い。…俺どのくらい寝ていたんだ…?」

「えっと…5時間くらいですかね?」

「そん、なに…寝てたのか…?」

有り得ない。あんなに音がする中で寝た事も、水篠が起きて気が付かない事も、何よりもそんなに長く眠れていることも。何もかもが有り得ない。
呆然とする俺を水篠が心配そうに覗き込み、額に手を当てた。

「もしかして具合悪いですか?熱は無さそうですけど…お茶とかの方が良いかな。今入れ直して来ますね」

背を向けてテントの外に向かおうとする水篠の手を咄嗟に掴む。

「悪い、寝惚けてたみたいだ。具合は悪くねえし、寧ろ体調は良い。…変な行動とって悪かったな。それ、貰ってもいいか?」

「そう、ですか?…どうぞ」

「悪いな」

珈琲を受け取り、1口飲みながら考える。
体調が良いと言ったのは嘘では無い。なんというか、普通に寝ただけでここまで違うのか、と驚く程だ。
何年振りかもわからないほどに頭の気だるさもなく、身体も軽い気がしている。…もしかして限界を迎えて倒れたのと同義だったのだろうか。水篠と居る時で良かった、という理由がまたひとつ増えたな。
そう自分の中で納得が出来たので珈琲をゆっくりと味わっていると水篠がトレーを差し出しながら口を開く。

「黒須ハンターもパン食べませんか?」

「ああ、さんきゅ。貰うわ」

受け取ったパンを食べながら今後の動きを話し合う。

「今日は砂漠エリアと、行けたら樹海まで進んでみようかと思うんですが」

「そうだな。本当にモンスターも出ねえから進めるところまで進んでみようぜ」

話も纏まったところでさっさと動こう、と片付けを始めた、のだが…。
途中、何度も水篠からの視線を感じて、不思議に思い視線を向けても即座に逸らされる。

「(なんかしたか…?)なあ、水篠ハンター」

「!…はい」

「さっきから見てるよな?俺、なんかしたか?」

「な、何も…何もない!」

そう勢いよく否定する水篠の顔は何故か赤く染まっていて、あからさまに何かありました、と言わんばかりだ。

「(何かあったとすれば寝ている間だな)…二人しか居ねえ中で気まずくなってもやりにくいから教えてくれねえか?なんかしちまったなら謝るから」

これが外ならばからかったり、聞かなくてもいいかもしれねえが…。レッドゲート内と来れば話は別だ。疑念は先に片付けておきたい。そう思って問い掛けたのだが…。

「黒須ハンターの言ってる事もわかるんですけど……」

「あー…じゃあ質問するから合ってたら返事か頷いてくれるか?」

耳まで赤く染まった水篠の反応をみて完全に俺がやらかしたと理解したので、質問形式に切り替えて問えば小さく頷いたので質問を始める。

「根本的になるんだが、俺がなんかしたんだよな?」

「…はい」

「水篠ハンターの恥ずかしがるような事…あ。抱き締めて寝てたか?」

「っ!そ、れも…あり、ます…」

そういや寝る前に抱き寄せたなと思い出して質問すれば居心地悪そうに肯定する。

「(それ“も“あります、ねえ…)それ以上の事をしたか?」

「〜〜〜っ!!も、もう良いでしょう!?なるべく見ないようにしますし、俺も忘れますから!」

俺の言葉に過剰反応して逃げようと背を向けた水篠の腕を掴んで、引き寄せ密着する。

「っ!は、離してください…!」

「俺に何されたのか教えてくれれば離してやるよ」

「~~~っ………た」

「?悪い、聞こえねえ」

観念したかのように下を向いて、俺の聴力でも聞こえないほどの小さな声で何かをいう水篠に再度問いかければ、勢いよく顔を上げ、羞恥からか涙を浮かべている瞳と目が合った。

「キ、キスしたんです!俺に!もういいでしょう!?先に外片づけてますから!」

喧嘩を売るように涙目のままキッと睨みつけ、手を振りほどいて逃げた顔はなんとも煽情的に見えて。
覚えていないなんて勿体ない事をしたなと後悔の念が過る。

「(それにしてもキスだけであの反応って…随分と初心だな)」

下手をするとファーストキスだったのかもしれない。そう気付き、にやけ始めた口元をそっと押える。
気が強くて、美人で、天然で性格も悪くない。ハンターとしても確かな実力があって、しかも初心ときた。今まで誰かに手を出されていないのが不思議な程だ。

***

———顔の熱が引かない。
それもこれも黒須ハンターがしつこく尋ねてくるせいだ…!八つ当たり気味にガチャガチャと音を立てて周囲の片付けをしながらも俺は昨日のことを思い出していた。


昨日、あっという間に眠りについてしまった俺が気が付いた時には既に黒須ハンターの腕の中にいて、内心大パニックだった。

「(黒須ハンター!?なんで!?)」

腕の中から抜け出そうにもしっかりと抱き締められていて、微かな身動ぎひとつ出来ない。いっそこのまま諦めてもう一度寝てしまうべきか…そう悩んだ時、俺の背中が宥める様に軽く叩かれて。

「ん…?ぁあ…ゆめ、か…」

「ぁ、黒須ハンター起きたのなら、っん…!?」

離してほしい、と頼もうと顔を上げた瞬間、何か柔らかいもので口を塞がれた。

「…良い子だから寝てろ……な?」

耳に直接吹き込まれた掠れた声に俺の思考回路は完全に停止してしまい、一拍の後に何をされたのかを理解して、口から出そうになる声を必死で我慢した。

「(黒須ハンターは寝惚けていただけで悪気はないんだ…!声を出さないようにしないと…!)」

爆発しそうなくらい煩く鳴っている心臓の鼓動に、落ち着けと言い聞かせながら目を閉じているとまたしても背中を優しく叩かれる。まるで寝かしつけようとする動きに、いつの間にか俺の鼓動も落ち着いていた。きっと起きた時には覚えていないだろうし、いっそ忘れて寝てしまおうと目を閉じた。

それなのに…。

「(あんな、無理やり聞き出して思い出させるなんて…!!)」

そうして記憶を振り払うように片付けをしていると、テントの中から黒須ハンターが苦笑しながら出てきた。

「水篠ハンター、悪かったって」

「…別に。寝惚けていただけでしょう。…でもああいう事を誰彼構わずするのは良くないと思いますよ」

「いや…そんな寝惚け方は今までした事ねえんだけどな……水篠ハンターが可愛かったんじゃねえか?」

苦言を呈せばあっけらかんとそんな発言をするものだから、折角冷めた熱が再びぶり返す。

「っ!馬鹿なこと言ってないでいいから!ベッドとか仕舞うんでその後テント畳むの手伝って下さい!」

「ははっ、わかったわかった」

降参、とでもいうように両手を上げてからテントの入口を開ける黒須ハンターの横を無言で通り過ぎて、ベッドなどを仕舞い、片付けを進める。その後は黒須ハンターも無言で動いてくれたので、短い時間で支度が終わり、砂漠へと向けて歩き始めた。
そうして暫く歩けば、再びエリアの切り替わり箇所が現れたので一度歩みを止めて境目を観察する。

「…別段変わったところはありませんね」

「そうだな」

「じゃあまた通ってみて…そうだ。黒須ハンター、今度はこっちのマントをどうぞ。砂漠でそんなの着てたら暑さで死にますよ」

「ああ、悪いな」

通ろうとした時、この先が砂漠だと思い出したのでインベントリからマントを二人分取り出し、コートを仕舞う。そして互いに身に着けたところで、黒須ハンターへ手を差し出した。

「はい」

「?他に収納して貰うものあったか?」

「違いますよ。通るんですから繋ぐでしょう?」

何を言っているんだか。

「……」

「黒須ハンター?」

驚いたような表情のまま固まってしまったので再び話しかける。

「あ、ああ。…そうだな。通るまで離さないでくれよ?」

「っ…はい。行きましょう」

今度は何故か嬉しそうに笑って俺の手を握り締める黒須ハンターの、手袋越しではない直接の体温を感じた瞬間に、どうしてだか心臓が大きく音を立てた気がしたけれど、その音に気が付かないふりをして境目を通り抜けた。

***

あまりにも自然に手を差し出すものだから驚いた。
俺を意識しろとまでは言わないが、キスされた相手に対して無防備すぎやしないか。そう考える反面差し出された手を嬉しく思う自分も居て、ゲートに入る前と今とで心境の変化が生まれていることに微かな戸惑いを覚えた。
そうして手を繋いだまま通った境目は、やはり通る瞬間だけモンスターの気配がして、水篠と視線を見交わす。

「…まただな」

「…ですね。でも攻撃はしてこない」

「そうするとやっぱり本体は境目の中に居て、あくまでエリアは副産物か?」

「そう…かもしれませんね。それか、もしこれが意図的にエリアを分けて境界に隠れる程の知性があるとしたら」

「厄介極まりねえな」

そんな知性のあるモンスターに出くわした事は無いが、ハンタースから一例として回ってきた報告書で話せるモンスターがいた事は知っている。…そういやその時も水篠は居たんだったな。

「水篠ハンターといると常識が覆る事だらけだな」

「他の人にも言われるんですけど、俺からするとそれが普通なんですよね…」

はぁ、と疲れた様に溜め息を吐く姿に、元々天然気質な上に遭遇する場面が全てイレギュラーなせいで俺らと認識のズレが出てるのかと腑に落ちた。

「…ちょいちょいズレた発言があるなと思ってたが、やっぱり天然だな。あー、お高くとまってんのかと考えてた俺が馬鹿みてえじゃねえか」

「え……俺、そんなズレた発言して、ます…?というかお高くとまってるってどういう意味ですか!」

「そう怒るなって。今ならわかるが雑談もしねえし表情も常に無表情だったんだからそう取るのも仕方ねえだろ?それに、大幅にズレてるとまでは言わねえが会議中とかでも俺らと違う常識を真顔で言い出すから本気か冗談か迷う時はあるぞ。後で最上や白川と本気だった」

「嘘だろ」

「マジ」

本当に本人はそんなつもりはなかったのだろう。ポカンと口を開けている水篠の口を笑って摘む。

「んむっ!」

「ま、傲慢でもなけりゃあ天然だってこともよーくわかったから。今度の会議で頓珍漢な事言ったら止めてやるよ」

「…天然でもないんだけど」

不服そうな顔をしながらも頷く水篠の頭を軽く撫でようとして、反対側の手を繋いだままだったことを思い出す。ふと、思いついて撫でる代わりに手を恋人繋ぎに変えてみた。

「っ!な、何してるんですか!もう手繋がなくても良いでしょう!?離してください!」

「水篠ハンターから差し出してきたのにつれねえなぁ?」

手を持ち上げ、指先に口付けるとまたあの真っ赤に染まった顔を見ることが出来た。
…ここまで可愛げがあると今まで気付かなかったのが勿体ねえな。

「っもういいから離せって!今日は樹海まで行くんですからね!」

「へいへい」

手を振りほどき、照れ隠しに怒りながら先を歩く水篠の背を眺めながら追いかける。
暫く歩いていたのだが、やはり気配はひとつも無い。

「…もうこうなると境目以外調べるの無駄な気がしてきました」

砂漠の日差しが相当堪えたのか、歩くスピードの落ちた水篠が呟く。確かに雪原では何もなかったのだからこの砂漠も無駄足の可能性が高いとは思うが…。

「確かにこの様子じゃ砂漠にも何にもねえだろうけどな」

「そうですよね。面倒なのでタンクに乗って樹海まで一気に進みましょう」

わが意を得たり、と言わんばかりに嬉しそうな顔をした水篠がアイスベアの形をした召喚獣を呼び出したかと思えば、その背に飛び乗った。

「黒須ハンター、俺の後ろにどうぞ」

「お、さんきゅ」

水篠の見様見真似で飛び乗る。うわ、随分とふかふかしてんな。

「意外と乗り心地良いな」

「そうでしょう?ふわふわしてて毛並みも触り心地が良いんですよ。…じゃあ行きますね。黒須ハンター、大丈夫だと思いますがちゃんと掴まって下さいね」

「ああ、わかった」

「っひぁ!?」

「!」

掴まってろ言われたので、水篠の腰を掴めば艶のある声を上げられ驚いたが、にやりと笑って更に密着する。というか前引き寄せた時も思ったが、腰ほっそいな。あの筋力はどこから出てるんだ?

「あ、あの…!俺じゃなくてタンクに掴まってて欲しかったんですが…!」

「いや、こっちの方が安心感あって良いんだよ。な?これでもいいだろ?」

「わ、わか、わかったから!耳元で喋るな!腰を撫でるな!」

背中越しに囁けば赤くなる耳。これ嚙んだらマジで怒られるよな…反応が見てみたい気持ちを抑え、大人しくしていれば水篠も落ち着いたのか、召喚獣を走らせた。

「う、ぉ…意外と早いな」

「そうなんです。でもその分早く進めて楽なので」

「そりゃ間違いねえな」

クツクツと笑って、あとは黙って水篠の背を眺めているとあっという間に樹海が見えてきた。

「雪原から砂漠もそうだが、視覚的に気持ち悪いな」

エリアの切り変わりは、いかにも人間が作り出せる物ではありません、と言わんばかりに空の色までもガラリと変わる。全く違う生態系を切り貼りされた光景は生理的な嫌悪感とでもいうのだろうか。なんだかうすら寒い物を感じる。

「そうですね。…ここを越えればまた遺跡に戻るはずなので、一旦樹海に入ったら休みましょう」

「ああ」

そうしてまたも境目への違和感を感じながらエリアを飛び越え、樹海の少し進んだ先でテントを張る事になった。

***

「じゃあ、またテントの方お願いしていいですか?」

「おう、やっとく」

同じようにテントの設置を黒須ハンターに任せ、シチューを作り始める。
最初は会話もどうするかと思ったが、段々と慣れてきたな…。

「(あの揶揄う癖だけは何とかして欲しいけど)」

最上ハンターにおちょくられている白川ハンターも似たような気持ちなんだろうか。今度話してみようかな、なんて具材を煮ながら考えてぼーっとしていると、ふと背後に影が差す。

「終わったぜ。他になんかやる事あるか?」

「有難う御座います。やっぱり早いですね。後は煮えるのを待つだけなので座っていてください」

「ああ。…なあ、少しいいか?」

「…?」

正面に置いた椅子に座り、真剣な表情をこちらに向ける黒須ハンター。何か問題があっただろうか、と俺も姿勢を正して座りなおす。

「…これは俺の個人的な問題だが外に漏れると厄介だから出来れば黙っていて欲しいんだが…頼めるか?」

「はい。わかりました」

「悪いな。…実は、ハンターに覚醒した頃から不眠症でな。毎日なにかしらの物音で起きる生活をしてた。時間単位で寝られれば良い方で、普段は小刻みに寝て起きてを繰り返して何とか毎日やってたわけなんだが…」

黒須ハンターの説明を聞き、だから雪原の時に起きてると言っていたのか、と納得しかけたけれど…。

「でも普通に寝てましたよね?俺が起こすまで起きなかったし」

そう、あの時は疲れているんだと思っていたが、不眠症ならば尚更寝られないんじゃないのか?そう思い問いかけると黒須ハンター自身も複雑そうな苦い表情を浮かべていた。

「そこなんだよな。俺にも理由はわからねえが、確かに熟睡出来ていたことは間違いねえ。…そこでもう一度同じ状況を作って本当に寝られるのか試してみてえんだが…協力してくれねえか?」

頼む、と頭を下げられ、動揺する。元々ベッドはひとつだし一緒に寝るしかなかったのだからわざわざ頼まなくても良いのに。

「頭下げなくて良いですから!俺に出来る事があれば協力します」

「ありがとな」

安心したかのように笑う黒須ハンターに同情の気持ちが生まれる。だって寝られないというのは純粋に辛いだろう。俺みたいにカンディアルの祝福があるわけでもないのに。
それでも最初期からハンターの最前線を走っている黒須ハンターの精神力には感心してしまう。思わず顔をじっと眺めていると何かを思いついたかのように、いつものからかう様な表情に戻って俺の隣に腰かけた。

「なんだなんだ。やっぱり俺に惚れたか?」

「違うから寄ってくんな!…ただその…不眠症って大変だろうなって思っただけ」

近くで見るとやっぱり隈が濃く見えて、体に負担がかかっているんじゃないかと少し心配になる。
俺の答えが意外だったのか、目を瞬かせた黒須ハンターが、ややあってから笑って俺の頭を撫でた。

「なんだ、心配してくれたのか?良い子じゃねえか」

「良い子って言われる歳じゃないんですけど!?」

気にすんな、と上機嫌に俺を撫でまわす黒須ハンターの手を振り払おうとしたら、顔が少し赤くなっているのに気が付いて。余裕そうに見えるのに照れた時の隠し方は雑だな、と笑ってしまった。
その後は和やかな雰囲気のまま食事を終え、軽く体を清めてからテントに入り再びベッドを出す。

「(改めて一緒に寝るって考えるとなんか変な感じ…)黒須ハンター、寝ます、か?」

「ああ、そうだな」

今度は黒須ハンターも躊躇する素振りを見せず、ベッドへと横になる。それを見てから俺も反対側を向いて寝ようとしたのだが。

「そっちじゃなくてこっちだろ?」

「え?」

「同じ状況作らねえとわからないからな」

軽く肩を掴まれ黒須ハンターの方へ向くように向きを直された。かと思えば、そのまま正面から抱きしめられた俺はパニックになってしまって、離れようともがく。

「は?え!?」

「水篠ハンターが協力してくれるって言ったんだろ?暴れんなって」

「い、言ったけど…!だ、抱きしめる必要は無いんじゃないですか…!?」

「………」

まさか抱き締められているところまで再現するとは思っていなくて。恥ずかしくなった俺が顔を見られないように毛布を引き寄せ顔を埋めると、何故か返答が無くなって。不審に思い顔をそっと上げると頬を撫でられる。

「く、黒須ハンター?」

「…そういや水篠ハンターはお相手いるのか?」

「おあいて…?」

丁寧に撫でる指先にドキリとしながらも、黒須ハンターの言っている意味が分からず首を傾げる。

「くくっ…!その返事じゃまるでわかってねえな?要するに恋人はいるのか?って聞いてんだよ」

今度は軽く頬をつつきながら言われた言葉を理解した瞬間、眠気も吹っ飛んだ。恋人!?なんでそんな話になるんだ!?

「こいっ!?い、いるわけないだろ!」

「っ、はは!まあその反応じゃそうだよなぁ?……お相手がいないなら、このくらい許してくれよ?」

「?何いっ、ん…!?ん、んぅ…ッ…は、な、何して…!」

***

俺の腕の中で恥ずかしそうに身を捩る姿にグッときたが、流石の俺でも遊びで最後まで手を出していい相手では無い事は理解している。だから念の為に恋人の有無を聞いたのだが…。

「(全く伝わっても無ければ”恋人”の言葉だけでこんな反応するなんてな…)おやすみのキスくらいいいだろ?」

「ば、馬鹿じゃないのか!?寝ぼけてたならまだしも、こんな…っ!」

「悪い悪い、もうしねえから暴れないでくれよ。ほら、寝るのに協力してくれるんだろ?」

「誰のせいだと思ってるんだ!」

…危うく本気になるところだったな。
冗談めかしたものの正直この短期間で大分惹かれている自覚はある。だが、こうして沸騰するのではないかと思うほど赤くなる水篠の初心さを見てしまうと手を出していいものかと流石の俺でも少し悩むほどで。…キスだけで止まれて良かったわ。

「な、悪かったって。…ほら、寝ようぜ」

「全くもう…!………はぁ…おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

宥めれば存外早く気分を切り替え目を閉じた水篠。俺的にはその方が助かるはずなのに、なんだか俺の事なんか気にもかけていないようで…もやもやする。
だが今は寝る方が先だ。思考を巡らせている内に眠りについたのか規則正しい静かな寝息が聞こえて来た。

「(本当に寝つきが良いな)…はぁ」

仮説は立てたが、本当にこんなことで眠れるのかと自身の考えを疑いながら水篠の頭をそっと引き寄せて俺自身も目を閉じる。…なんか、落ち着くんだよな…。

***

「———ター、黒須ハンター、起きて下さい」

「ん……ぁ…?」

そっと揺さぶられる感覚に目を開く。…この感覚…すげえ寝た気がする。

「ふふ、よく寝てましたね。…顔色も良くなってますよ。はい、どうぞ」

さっと温かいタオルを差し出してくれたのを有難く受け取る。

「さんきゅ。気が利くな。…あ゛~…なんかすげえ頭がハッキリしてるわ」

「それはまあ…少しずつの睡眠を取るよりも纏めて取った方が良いとは思いますし。…コーヒーにします?お茶にします?」

苦笑を浮かべ控えめに笑う水篠が両方のマグカップを差し出してくるのでコーヒーを受け取った。…昨日俺が呆然としてたから両方用意してくれていたのか。本当に気が利く。

「やっぱり良い嫁になるな」

「はいはい。…それで?体調はどうですか?」

あっさり流されたことに肩をすくめながら軽く体を動かしてみる。やっぱり身体の怠さが無い。

「…軽い気がするな」

「じゃあちゃんと寝られたって事ですね。…他人と一緒の方が寝られるってことでしょうか?」

「あー、そうかもしれねえな。ハンターになってからは…っと」

あぶねえ。余計なことを言うところだった。こんな初心な水篠に『女遊びもヤってる時の声がうるさくてやめた』なんて言ったら絶対に軽蔑の目で見られるだろ。

「?」

「なんでもねえから気にしないでくれ。…そもそも人と寝る気が無かったからな」

「まあ他人と寝る機会なんて…あ。そういえば黒須ハンターは恋人とかいないんですか?もしいるならその人に頼めば…」

曇りのない眼差しでそう話す水篠のお子ちゃま具合に若干の頭痛を感じる。
遊び相手も今は居ねえってのに、恋人なんかいる訳ねえだろ。
というかキスされたのにその発想に至るってすげえな。俺のキスで意識する事もねえってか?…少し不満を感じて無言で水篠の頬を軽く引っ張った。

「な、なんれひゅか」

「お、柔らかいのは昨日ので知ってたが結構伸びるのな。…あのなあ、もし居たらとっくに不眠症を解消する為の検証も出来てるし、仮に他人が居れば寝られるって事なら恋人がいる時点で不眠で悩んでねえんだわ」

「あ、そっか。うーん、でもそうすると検証は難しいですね…」

伸ばすだけ伸ばしてパッと離すと引っ張った頬を両手で擦りながら、今気づきましたと言わんばかりの顔を向けてくる。こうも素直な反応をされては俺の調子が狂うな…これが最上だったら嫌味の応酬でも出来るんだが。

「なんなら水篠ハンターがなってくれるか?それなら大歓迎だぜ?」

「あーはいはい。早く恋人見つけられるといいですね」

冗談交じりに若干の本音を込めて誘ってみるが呆れた顔と共に綺麗に流される。

「(チッ…照れもしねえのかよ)…水篠ハンターは冷てえなー。…ま、冗談はこれくらいにするか。有難いことに俺の不眠症解決の糸口になりそうな事はわかったしな。…そろそろ行くか?」

良い反応が貰えない状態で会話を粘っても仕方が無いと見切りをつけ、意識を切り替える。

「流石に黒須ハンターの冗談にも慣れてきましたから。…軽く食事して、遺跡に戻ってから次の手を考えましょう」

言いながら水篠が手際よくスープとパンを器に入れ、トレイごと俺に差し出してきた。
丁度そのタイミングで空腹を思い出したかのように腹が鳴る。

「腹ごしらえしないと動けなくなりますよ?」

「水篠ハンターの言うとおりだな。…頂きます」

「頂きます」

そうして少しの世間話を交えながら食事をし、そろそろ向かうかという話になった。

「じゃあテント内片付けるから先に外の収納頼むわ」

「はい。お願いします」

テキパキと外から片付け始めた水篠を背に俺もテント内を片付け、収納しやすいように外へと纏めた。
そしてテントを解体し、準備を整えると再び境目へ向かう為、召喚獣に乗せてもらう事になった。

「じゃあ黒須ハンターもどうぞ」

「はいよ」

…境目もこれで4回目。そろそろ何かしらの進展が欲しいところだな。そう考えながら召喚獣の背中に乗せてもらい、また水篠の腰を掴んで密着する。

「っ!だから俺じゃなくてタンクに…ってもう諦めた方が早そうですね」

「俺としてはもう少し粘ってくれても構わねえぜ?」

「粘りません。もう、行きますよ」

「くくっ、了解」

また軽くあしらわれたなと思ったのだが、後ろから見る水篠の耳が赤い。気分が良くなって、少し強めに腰を引き寄せた。


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