黒須×旬
葵とスーパーに出かけた帰り道、歩いていた俺たちの前にいきなり見知らぬ男性が飛び出して来た。
「み、水篠ハンター!好きです!付き合って下さい!」
「あ…いや、俺そういうのは…」
「好きになって貰えるのなら何でもします!お願いします!」
男がグイグイと距離を詰めてくるのを見て、葵が怯えているのがわかった。拙いな…早く追い返さないと。そう考えた俺は仕方なく正直に打ち明ける。
「あの…すみません。俺付き合っている人がいるので」
「は…?」
そう伝えれば諦めると思ったのだが、相手は一瞬固まった後に下を向いて髪を掻きむしり叫び始めた。
「なんで…?なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!!」
「お、お兄ちゃん…!」
明らかに尋常ではない様子に、葵が怯えて俺にしがみつく。
「…葵、いいか?振り向かずにこのまま走って家に帰れ。それでマンションの下に監視課の人が誰かしら居てくれるはずだから、その人にこの事を話すんだ。…出来るな?」
「わ、わかった…」
「よし、振り向くなよ。走れ!」
「っ!」
俺だけならばなんとでもなるし、守りきる自身もあるけれど、葵がトラウマにならないとも限らないし一先ず逃がす事にした。
「僕のものにならない水篠ハンターなんて…!!」
男はまだブツブツと何かを呟いていて、とりあえず昏倒させればいいかと思った次の瞬間、地面に何かを叩きつけたと思った時には爆音と共に目と耳に異常な痛みを感じて姿勢を崩してしまっていた。
「っ!?…っ…ぁ…!?」
「王よ!今すぐ治療を…!」
走り去って行く足音とベルの声、そして直ぐに治癒魔法の感覚がして、痛みは治まったが…ベルが見えない…俺、目開けてるよな…?
「水篠ハンター!大丈夫ですか!?」
声をかけてくれているのが協会員の人だと気配でわかったが、やはり見えない。どうなっているんだ…。
「水篠ハンター…?」
「あの…すみません、なんか今目が見えなくて」
黙り込んでいる俺を不審に思った協会員の人が様子を伺ってきたので正直に話すと息を飲む音が聞こえ、腕を掴まれた。
「どうしてそんな平然とされているんですか!早く病院に!!」
***
「恐らく水篠さんが受けたのはフラッシュバン…閃光手榴弾といった方がわかりやすいですかね」
「閃光手榴弾…」
「強力な音と光で一時的に動きの止める事の出来る武器です。上級ハンターの方々は視力も聴力も良いのでそれを奪おうとしたんでしょうね。問題は水篠ハンターの眼球に影響が出過ぎている事です。大抵は時間と共に治まるのですが…」
だから見えないのか、と説明を聞いて納得した。俺も油断しすぎたな…。
なんでそんな事をしたのか聞こうにも犯人は既に怒り狂ったベルによって跡形も残さず食われたから聞けないが。
けれど悪い事ばかりじゃない。時間経過と共に治るのならば日付さえ変われば状態の回復機能で治るだろう。
「わかりました。とりあえず様子を見てみます。ありがとうございます」
礼を言って影の手助けで診察室を出た。
そのまま帰ろうと病院を出ようとしたら見知った気配が駆け寄ってきて腕を掴まれる。
「旬!!」
「え?」
強く腕を引かれ、その勢いのまま抱き込まれた。
「け…黒須さん…?」
うっかり名前を呼びそうになったが、公共の場という事を思い出し遠慮がちに苗字で呼ぶ。
…今の俺には見えていないが、沢山の気配がざわつくのを感じる。きっと注目を集めているんだろう。
「お前の目が見えなくなったって聞いて…急いで駆けつけたんだ。病院を出る前に間に合って良かった。旬、顔を見せてくれ。痛くはねえか?何で包帯も巻いてないんだ?今の状態は?全く見えないのか?…本当に目が合わないな…。そもそも旬、お前なら自分で治せるはずだろ?なんで治ってないんだ?医者はなんて言ってた?」
「そんな一度に聞かれても答えられないって!」
俺の頬を両手で包んで矢継ぎ早に質問をしてくる圭介さんに、思わずストップをかけた。
一気に答えられるわけがないだろ!
「……そうだよな、悪い」
冷静になったのか、圭介さんが一旦口を閉じる。その隙に纏めて答えた。
「痛くは無い。外傷は無いし、邪魔だから包帯は断った。今の状態としては基本視界が暗くて、たまに目の奥がチカチカする程度で、太陽の光位ならぼんやりわかるかなって感じ。俺もなんで治らなかったのかはわからないけど医者も時間次第って言ってたし、一晩経てば治る筈だから大丈夫。…これでいい?」
「…本当に一晩で治るのか?」
「治るってば」
説明するわけにはいかないが、状態の回復機能があるのだからそれは間違いないと自信をもって頷く。
その姿に安心したのか、今度は俺に体重をかけるように寄りかかってきた。
「はぁ~…良かった。お前の目が見えなくなっても一生面倒見る覚悟はあるが、旬と一生目が合わないなんて耐えられねえからな…」
「っ…面倒、見てくれるんだ?」
「当たり前だろ?旬の家族もギルドも全部ひっくるめて守る甲斐性くらいは持ってるつもりだぜ?」
見えなくとも圭介さんが当たり前の様な顔をして言っているのがわかってしまう。
この人のこういうところが反則なんだ。くそ、急に格好いい事言いやがって。……顔が熱い。
「ははっ、真っ赤だな。このままキスしたいところだが、旬は見えてなくとも気にするだろ?だから…続きは家に帰ってからな」
「は!?ちょ、俺自分で歩ける!怪我人じゃないんだけど!降ろせって!」
「さっさと行けって?わかったわかった」
「違う!降ろせって言ってる!」
笑いながら俺を抱き上げた圭介さんに抗議をするも全く聞く耳を持ってくれなくて。肩を叩くがそれも無視され、あっという間に車に乗せられ、気付いた時には圭介さんの家に連れて行かれていた。
***
「…」
ソファに並んで座り、静かにコーヒーを飲む旬の横顔を眺める。…本当に治るんだろうか。疑いたくはないが、旬は自分の事を後回しにする傾向があるからな…正直、楽観的に考えている可能性もゼロではないと思っている。
「…圭介さん、見過ぎ。気配がうるさい」
「冷たい事言うなよ。…旬の顔はいくら見ても見飽きねえからついな」
「…ごめん。心配かけたのはわかってる。でも本当に治るから安心していいよ。…真昼間の住宅街だったし、葵の事に集中し過ぎて…完全に油断してた」
冗談めかして不安を隠そうとしたが、旬はお見通しだったらしい。俺に寄りかかって珍しく自嘲するような笑みを浮かべていた。
確かに今考えれば旬ほどの実力がありながら何故、と思わなくもないが…
「旬が家族第一なのは今に始まった事じゃないだろ?俺としてはもっと自分の事を大事にして欲しいところだけどな。…俺に囲い込まれたく無ければ気を付けてくれ」
「ん。……心配かけてごめん。…圭介さんに囲い込まれるのも悪く無いけど、次はちゃんと気を付ける」
半ば本気の言葉を織り交ぜながら注意をするとそっと甘えるような言葉を口にして、肩に寄りかかってきたので俺も黙って引き寄せ、口付けを交わす。
暫くそのままゆっくりとした時間が流れ、気が付いた時には二人揃ってソファで寝てしまっていた。
「ん?…やべえ…寝ちまってた…もうこんな時間か…」
「んん…けいすけ、さん…?ふぁ…おれもねちゃってた…」
「何にも掛けずに寝ちまったが…寒くないか?」
「へいき……いまなんじ?」
「21時だな…なんか食べるか?」
もぞもぞと動きながら舌足らずで話す旬。
その姿が可愛く見えて、一度抱き締め、額に口付けてから立ち上がった。
寝ている間に治っていれば良かったのだがまだ視力は戻っていないようだ。合わない視線を俺の方に向け小さく首を振る。
「食べるの面倒だから、いらない」
「俺が食べさせてやるから少しは食えって」
「…いらない。寝る」
そのまま俺に背を向けて横になった旬に苦笑が浮かぶ。
またどうせ俺に世話焼かせるのが申し訳ないとか思ってるんだろうな。…寧ろ俺をもっと頼って欲しいんだと、いつになったらわかってくれるのか。
この時間にがっつり食べても仕方無いが、とりあえず軽くでも食べさせようとキッチンへ向かう。
なんかねえかなと冷蔵庫を開けると鯛があったので鯛茶漬けでも作るか、とお湯を沸かしながら準備を始めた。
***
「…旬?本当に寝ちまったのか…?鯛茶漬け作ったから少しだけでも食わないか?」
「ん…圭介さんがつくったの…?なら、おきる…」
「よし。じゃあ掴まってくれ」
優しく揺さぶられ、意識が浮上する。相変わらず視界は真っ暗だったが圭介さんが握ってくれた手に力を込めると、流れるような動作で抱き上げられた。
「自分で歩ける」
「ぶつかったりするかもしれねえだろ?良いから甘えとけって」
「…」
正直なところ影たちを使えば何も心配いらないのだが、圭介さんの声が酷く優しく聞こえて、
少しだけ甘えても良いんじゃないかと思った。そして気付かれない程度にそっと身体を預ける。
丁寧に椅子に座らされると、直ぐ目の前に「コトリ」と何かが置かれる音がした。同時に食欲をそそる出汁の良い香りが漂ってくる。
「いい匂い…」
「だろ?……ふー…ほら旬、あーん」
「……あー、ん。…ん、美味しい…」
カラトリーを鳴らす音の後に口を開けるように促される。まるで小さな子供みたいだと思いながらも口を開けると、優しい出汁の味と柔らかい鯛の身が口の中で広がって、思わず口元が緩む。
「…ああ、やっと笑ったな」
「え?」
安心したような吐息と共に漏れた言葉を脳内で反芻する。「やっと笑ったな」って言ったよな?
「俺、もしかしてずっと変な顔してた?」
「…自分で気付いてなかったのか?」
「…今、圭介さんに言われて初めて自分が落ち込んでたのかもって思った」
気付いてしまえば抑え込んでいた感情が一気に涙と共に溢れ出す。
油断して負傷した挙句、圭介さんに世話をさせている自分が情けなく、申し訳ない。
「旬は相変わらず感情のオンオフが極端だな。…泣くなって。俺はお前に頼りにされるのが嬉しいんだからもっと頼って甘えて、我儘言ってくれ」
「っひ…っく…ごめ、んなさ…っ!」
「あーあー、擦んなって。明日治った時に今度は瞼が腫れて見えない、なんてことにはなりたくないだろ?」
「ん、っぐす…っ…うん…」
「よしよし、良い子だな。…さ、食える分だけ食って、一緒に風呂入ろうな」
きっと俺が気にしないようにわざと俺を照れさせるような言葉を選んでいるのだろう。
けれど圭介さんの期待を裏切る様に気配で手の位置を探し、自分の頬へ当てた。
「…この手で、俺に食べさせて?お風呂も一緒に入るし、着替えも見えないから圭介さんが着せて。それで…一緒に寝よう?」
「っ!!」
圭介さんの手が震えたのが握った手から伝わってきた。動揺しているであろう圭介さんの顔を想像して微笑みを浮かべる。
ややあって手をぎゅっと握り返され、ため息が聞こえてきた。
「はぁ…。相変わらず振り切れた時の破壊力が凄まじいな、旬。…全てお前の仰せのままに」
「…ありがとう。…愛してるよ、圭介さん」
「俺も愛してる」
テーブル越しにキスを交わして、早く圭介さんの顔が見たいなと呟いた。
***
「旬、風呂の用意出来たから連れてくな」
「ありがと」
旬を抱き上げると、吹っ切れたのか大人しく俺の首に手を回す。
「旬、降ろすぞ」
「ん。…脱がせて」
「あ゛ー…ちょっと待て。一旦心の準備するから」
「?」
素直になった旬も可愛いが、その分俺の理性が試されるんだよな…。襲ってしまいたいが、あれだけ泣いた姿を見た後では流石に俺でも手を出し辛い。
なるべく旬の方を見ないようにして、治ったら目隠しプレイくらいは付き合って貰おうと覚悟を決めて旬の服を脱がした。
理性が擦切れそうになるのを感じながら、ギリギリのところで踏み止まり風呂から上がる。
旬のパジャマを着せようと声を掛けようとした時、良いことを思いついた。…これくらいの役得は貰ってもいいよな?
「旬、悪い。着せるパジャマ忘れてきちまったから少し待ってくれるか?」
「わかった。わざわざごめん」
「気にすんなって」
急いで部屋に戻り、俺の服を出す。
今の旬ならば見えていないし、サイズも少ししか変わらないから気が付かないはずだ。
「待たせてごめんな。冷えなかったか?」
「大丈夫、ありがとう」
差し出すままに俺の服を着た旬に満足感を覚える。
「…よし。じゃあ今日はもう寝るか。明日には治ってるんだろ?」
「うん」
再び旬を抱き上げて寝室へと連れていった。
「…おやすみ、旬」
ベッドに寝かせて隣に身体を横たえ、布団をかけて寝かしつけようとしたのだが…。
「…圭介さんさあ」
「なんだ?」
「何もしないの?」
「していいなら全然するぜ?」
布団に半分潜りながらこちらを伺う旬に即返す。さっきから理性を総動員させて耐えてるのをわかってるのか?許可があれば今すぐに抱き潰すが?
「っ!す、するのはダメだけど…その…キスくらいしないの、って…ッ!ん、んぅ…っふ…はぁ…っ、ん…!」
旬の控えめなオネダリに噛み付くように口付ける。
舌を絡ませながら口内を激しく乱し、これ以上は止められなくなると言うところで唇を離す。
「…はぁ…あんまり可愛いこと言ってくれるなよ」
「っ、はぁ…ッん…」
「…ほら、おやすみのキスはやっただろ?もう寝ろ」
蕩けた顔を向ける旬に無理やり布団を被せて、物理的に見えなくする。
顔を見ていると続きをしたくなるから拙い。
「わ、ぷっ!いきなり布団被せるな!……治ったら続き、しろよ。…じゃあおやすみ!」
「!?」
とんでもない発言をした旬がくるりと俺に背中を向けて布団の中に潜り込む。
「…取り消しはとか言っても聞かねえからな。覚えとけよ」
完全に不意をつかれた。まさかここまで素直になるとは。
してやられた悔しさを込めながら旬を抱き締め、眠りについた。
***
目が覚めると、俺の視力は問題なく戻っていた。
寝ている圭介さんを起こさないようにそっとベッドから抜け出し、ふと鏡で自分の姿を確認すると何故か圭介さんの家に元々置いてあった俺のパジャマではなく、圭介さんの服を着せられていた。
「なっ…!あんな事言っておいて俺の目が見えなかったのを良いことにちゃっかり楽しんでいたな…!」
ムカついた俺はベットへと戻り、圭介さんの鼻をつまんだままキスをする。
そして圭介さんが酸欠ギリギリになるまで開放してやらなかった。
「旬!目覚めのキスはもっと可愛いものだろうが!」
「そんなの知るか!」
「み、水篠ハンター!好きです!付き合って下さい!」
「あ…いや、俺そういうのは…」
「好きになって貰えるのなら何でもします!お願いします!」
男がグイグイと距離を詰めてくるのを見て、葵が怯えているのがわかった。拙いな…早く追い返さないと。そう考えた俺は仕方なく正直に打ち明ける。
「あの…すみません。俺付き合っている人がいるので」
「は…?」
そう伝えれば諦めると思ったのだが、相手は一瞬固まった後に下を向いて髪を掻きむしり叫び始めた。
「なんで…?なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!!」
「お、お兄ちゃん…!」
明らかに尋常ではない様子に、葵が怯えて俺にしがみつく。
「…葵、いいか?振り向かずにこのまま走って家に帰れ。それでマンションの下に監視課の人が誰かしら居てくれるはずだから、その人にこの事を話すんだ。…出来るな?」
「わ、わかった…」
「よし、振り向くなよ。走れ!」
「っ!」
俺だけならばなんとでもなるし、守りきる自身もあるけれど、葵がトラウマにならないとも限らないし一先ず逃がす事にした。
「僕のものにならない水篠ハンターなんて…!!」
男はまだブツブツと何かを呟いていて、とりあえず昏倒させればいいかと思った次の瞬間、地面に何かを叩きつけたと思った時には爆音と共に目と耳に異常な痛みを感じて姿勢を崩してしまっていた。
「っ!?…っ…ぁ…!?」
「王よ!今すぐ治療を…!」
走り去って行く足音とベルの声、そして直ぐに治癒魔法の感覚がして、痛みは治まったが…ベルが見えない…俺、目開けてるよな…?
「水篠ハンター!大丈夫ですか!?」
声をかけてくれているのが協会員の人だと気配でわかったが、やはり見えない。どうなっているんだ…。
「水篠ハンター…?」
「あの…すみません、なんか今目が見えなくて」
黙り込んでいる俺を不審に思った協会員の人が様子を伺ってきたので正直に話すと息を飲む音が聞こえ、腕を掴まれた。
「どうしてそんな平然とされているんですか!早く病院に!!」
***
「恐らく水篠さんが受けたのはフラッシュバン…閃光手榴弾といった方がわかりやすいですかね」
「閃光手榴弾…」
「強力な音と光で一時的に動きの止める事の出来る武器です。上級ハンターの方々は視力も聴力も良いのでそれを奪おうとしたんでしょうね。問題は水篠ハンターの眼球に影響が出過ぎている事です。大抵は時間と共に治まるのですが…」
だから見えないのか、と説明を聞いて納得した。俺も油断しすぎたな…。
なんでそんな事をしたのか聞こうにも犯人は既に怒り狂ったベルによって跡形も残さず食われたから聞けないが。
けれど悪い事ばかりじゃない。時間経過と共に治るのならば日付さえ変われば状態の回復機能で治るだろう。
「わかりました。とりあえず様子を見てみます。ありがとうございます」
礼を言って影の手助けで診察室を出た。
そのまま帰ろうと病院を出ようとしたら見知った気配が駆け寄ってきて腕を掴まれる。
「旬!!」
「え?」
強く腕を引かれ、その勢いのまま抱き込まれた。
「け…黒須さん…?」
うっかり名前を呼びそうになったが、公共の場という事を思い出し遠慮がちに苗字で呼ぶ。
…今の俺には見えていないが、沢山の気配がざわつくのを感じる。きっと注目を集めているんだろう。
「お前の目が見えなくなったって聞いて…急いで駆けつけたんだ。病院を出る前に間に合って良かった。旬、顔を見せてくれ。痛くはねえか?何で包帯も巻いてないんだ?今の状態は?全く見えないのか?…本当に目が合わないな…。そもそも旬、お前なら自分で治せるはずだろ?なんで治ってないんだ?医者はなんて言ってた?」
「そんな一度に聞かれても答えられないって!」
俺の頬を両手で包んで矢継ぎ早に質問をしてくる圭介さんに、思わずストップをかけた。
一気に答えられるわけがないだろ!
「……そうだよな、悪い」
冷静になったのか、圭介さんが一旦口を閉じる。その隙に纏めて答えた。
「痛くは無い。外傷は無いし、邪魔だから包帯は断った。今の状態としては基本視界が暗くて、たまに目の奥がチカチカする程度で、太陽の光位ならぼんやりわかるかなって感じ。俺もなんで治らなかったのかはわからないけど医者も時間次第って言ってたし、一晩経てば治る筈だから大丈夫。…これでいい?」
「…本当に一晩で治るのか?」
「治るってば」
説明するわけにはいかないが、状態の回復機能があるのだからそれは間違いないと自信をもって頷く。
その姿に安心したのか、今度は俺に体重をかけるように寄りかかってきた。
「はぁ~…良かった。お前の目が見えなくなっても一生面倒見る覚悟はあるが、旬と一生目が合わないなんて耐えられねえからな…」
「っ…面倒、見てくれるんだ?」
「当たり前だろ?旬の家族もギルドも全部ひっくるめて守る甲斐性くらいは持ってるつもりだぜ?」
見えなくとも圭介さんが当たり前の様な顔をして言っているのがわかってしまう。
この人のこういうところが反則なんだ。くそ、急に格好いい事言いやがって。……顔が熱い。
「ははっ、真っ赤だな。このままキスしたいところだが、旬は見えてなくとも気にするだろ?だから…続きは家に帰ってからな」
「は!?ちょ、俺自分で歩ける!怪我人じゃないんだけど!降ろせって!」
「さっさと行けって?わかったわかった」
「違う!降ろせって言ってる!」
笑いながら俺を抱き上げた圭介さんに抗議をするも全く聞く耳を持ってくれなくて。肩を叩くがそれも無視され、あっという間に車に乗せられ、気付いた時には圭介さんの家に連れて行かれていた。
***
「…」
ソファに並んで座り、静かにコーヒーを飲む旬の横顔を眺める。…本当に治るんだろうか。疑いたくはないが、旬は自分の事を後回しにする傾向があるからな…正直、楽観的に考えている可能性もゼロではないと思っている。
「…圭介さん、見過ぎ。気配がうるさい」
「冷たい事言うなよ。…旬の顔はいくら見ても見飽きねえからついな」
「…ごめん。心配かけたのはわかってる。でも本当に治るから安心していいよ。…真昼間の住宅街だったし、葵の事に集中し過ぎて…完全に油断してた」
冗談めかして不安を隠そうとしたが、旬はお見通しだったらしい。俺に寄りかかって珍しく自嘲するような笑みを浮かべていた。
確かに今考えれば旬ほどの実力がありながら何故、と思わなくもないが…
「旬が家族第一なのは今に始まった事じゃないだろ?俺としてはもっと自分の事を大事にして欲しいところだけどな。…俺に囲い込まれたく無ければ気を付けてくれ」
「ん。……心配かけてごめん。…圭介さんに囲い込まれるのも悪く無いけど、次はちゃんと気を付ける」
半ば本気の言葉を織り交ぜながら注意をするとそっと甘えるような言葉を口にして、肩に寄りかかってきたので俺も黙って引き寄せ、口付けを交わす。
暫くそのままゆっくりとした時間が流れ、気が付いた時には二人揃ってソファで寝てしまっていた。
「ん?…やべえ…寝ちまってた…もうこんな時間か…」
「んん…けいすけ、さん…?ふぁ…おれもねちゃってた…」
「何にも掛けずに寝ちまったが…寒くないか?」
「へいき……いまなんじ?」
「21時だな…なんか食べるか?」
もぞもぞと動きながら舌足らずで話す旬。
その姿が可愛く見えて、一度抱き締め、額に口付けてから立ち上がった。
寝ている間に治っていれば良かったのだがまだ視力は戻っていないようだ。合わない視線を俺の方に向け小さく首を振る。
「食べるの面倒だから、いらない」
「俺が食べさせてやるから少しは食えって」
「…いらない。寝る」
そのまま俺に背を向けて横になった旬に苦笑が浮かぶ。
またどうせ俺に世話焼かせるのが申し訳ないとか思ってるんだろうな。…寧ろ俺をもっと頼って欲しいんだと、いつになったらわかってくれるのか。
この時間にがっつり食べても仕方無いが、とりあえず軽くでも食べさせようとキッチンへ向かう。
なんかねえかなと冷蔵庫を開けると鯛があったので鯛茶漬けでも作るか、とお湯を沸かしながら準備を始めた。
***
「…旬?本当に寝ちまったのか…?鯛茶漬け作ったから少しだけでも食わないか?」
「ん…圭介さんがつくったの…?なら、おきる…」
「よし。じゃあ掴まってくれ」
優しく揺さぶられ、意識が浮上する。相変わらず視界は真っ暗だったが圭介さんが握ってくれた手に力を込めると、流れるような動作で抱き上げられた。
「自分で歩ける」
「ぶつかったりするかもしれねえだろ?良いから甘えとけって」
「…」
正直なところ影たちを使えば何も心配いらないのだが、圭介さんの声が酷く優しく聞こえて、
少しだけ甘えても良いんじゃないかと思った。そして気付かれない程度にそっと身体を預ける。
丁寧に椅子に座らされると、直ぐ目の前に「コトリ」と何かが置かれる音がした。同時に食欲をそそる出汁の良い香りが漂ってくる。
「いい匂い…」
「だろ?……ふー…ほら旬、あーん」
「……あー、ん。…ん、美味しい…」
カラトリーを鳴らす音の後に口を開けるように促される。まるで小さな子供みたいだと思いながらも口を開けると、優しい出汁の味と柔らかい鯛の身が口の中で広がって、思わず口元が緩む。
「…ああ、やっと笑ったな」
「え?」
安心したような吐息と共に漏れた言葉を脳内で反芻する。「やっと笑ったな」って言ったよな?
「俺、もしかしてずっと変な顔してた?」
「…自分で気付いてなかったのか?」
「…今、圭介さんに言われて初めて自分が落ち込んでたのかもって思った」
気付いてしまえば抑え込んでいた感情が一気に涙と共に溢れ出す。
油断して負傷した挙句、圭介さんに世話をさせている自分が情けなく、申し訳ない。
「旬は相変わらず感情のオンオフが極端だな。…泣くなって。俺はお前に頼りにされるのが嬉しいんだからもっと頼って甘えて、我儘言ってくれ」
「っひ…っく…ごめ、んなさ…っ!」
「あーあー、擦んなって。明日治った時に今度は瞼が腫れて見えない、なんてことにはなりたくないだろ?」
「ん、っぐす…っ…うん…」
「よしよし、良い子だな。…さ、食える分だけ食って、一緒に風呂入ろうな」
きっと俺が気にしないようにわざと俺を照れさせるような言葉を選んでいるのだろう。
けれど圭介さんの期待を裏切る様に気配で手の位置を探し、自分の頬へ当てた。
「…この手で、俺に食べさせて?お風呂も一緒に入るし、着替えも見えないから圭介さんが着せて。それで…一緒に寝よう?」
「っ!!」
圭介さんの手が震えたのが握った手から伝わってきた。動揺しているであろう圭介さんの顔を想像して微笑みを浮かべる。
ややあって手をぎゅっと握り返され、ため息が聞こえてきた。
「はぁ…。相変わらず振り切れた時の破壊力が凄まじいな、旬。…全てお前の仰せのままに」
「…ありがとう。…愛してるよ、圭介さん」
「俺も愛してる」
テーブル越しにキスを交わして、早く圭介さんの顔が見たいなと呟いた。
***
「旬、風呂の用意出来たから連れてくな」
「ありがと」
旬を抱き上げると、吹っ切れたのか大人しく俺の首に手を回す。
「旬、降ろすぞ」
「ん。…脱がせて」
「あ゛ー…ちょっと待て。一旦心の準備するから」
「?」
素直になった旬も可愛いが、その分俺の理性が試されるんだよな…。襲ってしまいたいが、あれだけ泣いた姿を見た後では流石に俺でも手を出し辛い。
なるべく旬の方を見ないようにして、治ったら目隠しプレイくらいは付き合って貰おうと覚悟を決めて旬の服を脱がした。
理性が擦切れそうになるのを感じながら、ギリギリのところで踏み止まり風呂から上がる。
旬のパジャマを着せようと声を掛けようとした時、良いことを思いついた。…これくらいの役得は貰ってもいいよな?
「旬、悪い。着せるパジャマ忘れてきちまったから少し待ってくれるか?」
「わかった。わざわざごめん」
「気にすんなって」
急いで部屋に戻り、俺の服を出す。
今の旬ならば見えていないし、サイズも少ししか変わらないから気が付かないはずだ。
「待たせてごめんな。冷えなかったか?」
「大丈夫、ありがとう」
差し出すままに俺の服を着た旬に満足感を覚える。
「…よし。じゃあ今日はもう寝るか。明日には治ってるんだろ?」
「うん」
再び旬を抱き上げて寝室へと連れていった。
「…おやすみ、旬」
ベッドに寝かせて隣に身体を横たえ、布団をかけて寝かしつけようとしたのだが…。
「…圭介さんさあ」
「なんだ?」
「何もしないの?」
「していいなら全然するぜ?」
布団に半分潜りながらこちらを伺う旬に即返す。さっきから理性を総動員させて耐えてるのをわかってるのか?許可があれば今すぐに抱き潰すが?
「っ!す、するのはダメだけど…その…キスくらいしないの、って…ッ!ん、んぅ…っふ…はぁ…っ、ん…!」
旬の控えめなオネダリに噛み付くように口付ける。
舌を絡ませながら口内を激しく乱し、これ以上は止められなくなると言うところで唇を離す。
「…はぁ…あんまり可愛いこと言ってくれるなよ」
「っ、はぁ…ッん…」
「…ほら、おやすみのキスはやっただろ?もう寝ろ」
蕩けた顔を向ける旬に無理やり布団を被せて、物理的に見えなくする。
顔を見ていると続きをしたくなるから拙い。
「わ、ぷっ!いきなり布団被せるな!……治ったら続き、しろよ。…じゃあおやすみ!」
「!?」
とんでもない発言をした旬がくるりと俺に背中を向けて布団の中に潜り込む。
「…取り消しはとか言っても聞かねえからな。覚えとけよ」
完全に不意をつかれた。まさかここまで素直になるとは。
してやられた悔しさを込めながら旬を抱き締め、眠りについた。
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目が覚めると、俺の視力は問題なく戻っていた。
寝ている圭介さんを起こさないようにそっとベッドから抜け出し、ふと鏡で自分の姿を確認すると何故か圭介さんの家に元々置いてあった俺のパジャマではなく、圭介さんの服を着せられていた。
「なっ…!あんな事言っておいて俺の目が見えなかったのを良いことにちゃっかり楽しんでいたな…!」
ムカついた俺はベットへと戻り、圭介さんの鼻をつまんだままキスをする。
そして圭介さんが酸欠ギリギリになるまで開放してやらなかった。
「旬!目覚めのキスはもっと可愛いものだろうが!」
「そんなの知るか!」