黒須×旬

いつも通りのレイドを行っていた筈だった。B級ゲートの為、問題無くボスも倒して他の奴らを撤収させて。万が一に備えて殿は俺と昔から居るタンクの役目を担ってくれているB級のやつと共に務めていた。
そいつから休憩がてら、と貰った水を飲んで…そう、いつも通り何もおかしな事は無かった筈なのに。

「っぐ…!!がはっ…お゛、ま゛え゛…な゛、ん゛で…っ!!」

「貴方が悪いんですよ。…気にしたこともないでしょう?貴方が来るのが間に合わなかったゲートブレイクで死んだ人間が居たなんて。…ああ、すみません。話せないですよね?理由は単純なものです。実力を鼻にかける態度を取っていたくせに、肝心の時には助けてくれない貴方が許せなかった。ただそれだけです。逆恨みだと思ってくれて構いません。…ふふ、信頼して貰うまで長かったですね。でもその甲斐あって今残っているのは俺と貴方だけ…そして俺は今から家族のところに逝きます。…果たして助けは間に合うんですかね?」

「っま゛、て゛っ゛!!」

「それが見られないのが残念です。…さよなら」

目の前で心臓にナイフを突き立てて絶命していく奴に、焼けるように痛む喉を抑えながらも手を伸ばし考えていた。───どうしてこうなった。今までずっと上手くやってきていたのに、その時間すら嘘だったのか?薄れていく意識の中、必死に顔を上げていれば俺の元へ叫びながら駆けてくる姿が見えた気がして。

「っ!!圭介さん!!!!!!」

旬?…なんでここに…ああ、幻覚か。…黒須圭介が部下に裏切られて死亡って格好つかねえ終わり方だったなぁ…とはいえ世間にはそれすらも知られることはねえんだろうけど…けどまあ、最後に見るのが旬の顔なら良いか。

「…し゛ゅ゛…ん゛…?…げぼっ!」

やべえ、名前呼んだらもっと血が出てきた…あ゛ーそういやあいつの父親もゲートでいなくなったんだったな…流石に泣かせちまうか…?

「っ馬鹿!!喋るな!!っ、ゲートが閉まるから先に外に連れてくからな!!直ぐ治すから…っ!!」

その言葉と同時に感じる浮遊感に、もしかして本物か?何でここにいるんだと疑問を持ちながらも俺の意識は闇へと落ちていった。

***

それは本当に偶然だった。我進の落札したゲートを攻略して、たまには散策でもするかと周りを歩いていたら規制線が張られているゲートと出てきたばかりであろうギルド員らしき人を見つけて。
ふと見渡すと死神ギルドのマークも見えたので、もしかしたら圭介さんがいるかもしれない、と期待を込めて近くに行ったがなにやら様子がおかしい。ゲートは閉まり始めていて、攻略が終わったのは間違いないはずなのにざわざわと全員が不安そうな顔をしている。

そして周りをいくら見渡しても圭介さんの姿は無くて。嫌な予感に呼吸が乱れ始める。…落ち着け。今回のゲート攻略にはいないだけかもしれない。そう言い聞かせて近くにいたギルド員を捕まえて聞いてみれば、殿を務めていた圭介さんとタンクの人が戻ってこないのだと教えられた。

瞬間、小さいころの記憶が蘇る。俺はまた、ゲートで大切な人を失うのか…?

耐えきれなくなって、周りの制止も聞かずに閉まり始めているゲートへと飛び込んでいった先で見つけたのは口から赤黒い血を吐いて喉を抑えている圭介さんと、その隣で心臓にナイフが突き刺さって事切れている男。

叫びながら駆け寄ると、微かな声で俺の名前を呼んで更に大量の血を吐き出だした。治療するにも最早ゲート脱出までの時間が無い。先ずはここから出るのが先決だと抱き上げて外へと駆けだした。

***

気が付いた時には既に病院で、声を出そうとした瞬間喉にひきつったような痛みが走って驚いた。
状況の分からないままに付き添ってくれていた副マスターに事情を聞けば、やはり俺の見た旬は幻覚では無かったらしく、閉じかけのゲートに飛び込んで俺を救い出し、治療までしてくれたと言う。…また命を救われたのか…。

そしてこちら側もゲート内で何があったのかを主観が入らないよう筆談で説明すれば副マスターの顔も陰る。そりゃそうだよな…あいつ死神ギルドに入って長くやってたし。俺も未だに信じたくない気持ちがある。だがお互いに責任ある立場として感情を飲み込み、協会へ報告を上げる為に出て行った副マスターと入れ替わりで状態を訊ねてきた医者から、現状の説明を受けた。

「…内部から喉を焼かれたような跡が残っていましたので、暫く…そうですね、少なくともひと月の間は声を出さずに安静にしていてください。傷自体は塞がっていますので、時間と共にまた声は出るようになるでしょう。腕の良いヒーラーがいらっしゃったようで良かったですね。もしかしたら手遅れになっていた可能性も充分にありましたよ」

そうにこやかに説明をする医者に頷くことで同意を示す。…本当に全て旬のお陰だな。

「検査の数値も特に異常はありませんでしたのでこのまま退院して頂いて構いません。今は安静にすることしかできませんので。また一月後に検査をしますのでご来院をお願いいたします」

再び頷いて、医者が出て行くのを見送った。声が出せないってのは不便なものだな。とりあえずタクシー呼んでもらって帰るか、と思ったその時、控えめなノックの音がしてそっとドアが開かれる。

「っ…!!」

「馬鹿!何で話そうとするんだ!」

思わず声を出そうとしてしまって痛みが走った喉を抑える。駆け寄ってきた旬の表情は怒りと心配が綯い交ぜになったかのような顔をしていて思わず笑ってしまった。

「何笑ってんだよ!あんた一歩間違えれば死んでたんだぞ…っ!」

一転、泣きそうな顔をする旬に罪悪感が芽生え、頭を撫でるが、やはり声が出ないのは不便極まりない。旬を慰める事すら出来ねえ。

「…ごめん、ちょっと取り乱した。…さっき入り口で副ギルドマスターに会ったから事情は知ってる。退院なんだろ?送って行くから、帰ろう」

ギュッと何かを堪えるような顔をした旬が俺の手を引いて病室を出る。送ってもらえるのは正直助かるが、いつもなら人前で手は繋がないのに旬の手のひらは俺の手を固く握っていて、それだけ心配をかけたんだろうと申し訳なくなった。

***

家に着くと、旬が俺をソファに座らせてお茶を用意してくれた。

「とりあえずこれ。…喉にいいものは明日にでも買ってくるから、なるべくそれ飲んで。あと副マスターから伝言。圭介さんは1ヶ月ギルドお休み。どうしてもの時だけ俺を経由して連絡するって」

「っ…」

レイドが休みなのはわかる。声が出なけりゃ連携も取れないから危険だと。だが書類仕事は出来るし、何故わざわざ旬を経由するかもわからず口を開こうとすると旬の手のひらで口を覆われる。

「話すな。紙に書いて。…え、っと紙…ペン…」

探そうと目を逸らした隙に手のひらに舌を這わせる。

「っひぁ!?…っ!!な、何してんだ!!」

真っ赤になって手を引っ込める旬に笑って手を自分の方へ引き戻し、手のひらに文字を書く。

「何?…か、わ、い、い?っ!!」

バッと再び手を引っ込めて距離まで取る旬に笑ってスマホを指し示す。

「…へ?あ、ああそっか、紙に書かなくてもスマホがあるか…ってじゃあ最初からそうすれば良かっただろ!?」

くすくすと笑って文章を打ち込む。

【口に触れたからつい。それで、なんでギルドの連絡が旬経由なんだ?】

「つい、で余計なことするな。…ああ、それは治るまで俺がここに住むから」

「っ…げほっ…!!」

「!直ぐ声出そうとするのやめろよ!治りが遅くなるだろ!?」

【ありがとな。旬が住むってどういうことだ?】

「…その、俺がその場で治してたらちゃんと治ってたかもしれないし…だから治るまでの間俺が圭介さんの世話するから」

そう言って俯く旬に驚いた。そんな事を考えていたのか?こちらは閉まりかけのゲートから命を救い出してくれた事に対して恩を感じているというのに。

「迷惑かもしれないけど俺今回は譲らないから。邪魔だって思われても…き、嫌われても治るまで面倒見る」

【嫌う訳ないだろ。わかった。世話になる】

今にも泣きそうな顔をしている旬の頭を撫でて安心させるように笑いかける。
旬が気にすることなど何一つ無いが、このまま帰してもこの様子では毎日来るだろうし、それならば居てもらった方が旬の為にもいいだろう。

「…任せて。治るまでちゃんと面倒見るから」

***

それからというもの本当に宣言通り旬に世話を焼かれる日々を過ごしている

朝は旬に起こされて朝食が準備され、緑茶やレモネード等の喉にいい飲み物や蜂蜜が添えられていて。昼も同様に軽食を用意したかと思えば、死神ギルドの書類を俺に渡し自分もレイドへ。
暫く帰ってこないかと思いきや、大抵1時間以内に急いで帰ってきては俺に何も無かったかと心配そうに様子を伺う。そして夜も同様に栄養バランスの考えられた食事を用意してくれている。
こんな献身的では旬の体調が崩れるのではないかと心配しているのだが…。

「圭介さん。喉、痛くない…?」

【平気だ。ありがとな】

ソファに座って旬の方から指を絡め、俺に寄りかかってくるこの状況を歓迎してしまっている自分も居て。

「(本当にスキンシップが増えたな)」

まるで生きているのを確認するかのように正面から抱きついてきたり、こうして手を絡めたり。
嬉しいことではあるのだが、俺が死にかけたのがそんなにも衝撃を与えてしまったのかと苦しく思う気持ちもある。それに…

「…もう1ヶ月経つのにな」

【そうだな。また明日病院に行ってくるから】

「ん。俺も一緒に行くから」

【わかった】

1ヶ月経っても俺の喉は声を発する事は出来ていなかった。
原因は不明。先日改めて精密検査を行ったのでその結果確認に行かねばならない。
本当は旬には家で休んでいて欲しいのだがそんな事を言おうものなら悲しそうな顔が帰ってくるに決まっているのだから黙って飲み込む。旬のメンタルも何とかしてやらないとなぁ…。

***

「そうですね。検査数値に異常はないですし、傷口も綺麗になっているので…後、考えられるとすれば心因性…でしょうか」

圭介さんと共に検査の結果を聞きに来た。検査数値に異常無し、傷も残っては無いということで一旦は安心したのだが、心因性…?

「心因性ってどういう事ですか」

「そうですね…精神が摩耗して回復していない、とでも言えば良いのでしょうか…九死に一生を得たのですからそうなったとしても不思議ではありません」

【治す方法は?】

「こればかりはわかりません。明日治ったとしても、1ヶ月、1年と治らなかったとしてもおかしくは無いんです。黒須さんの心次第ですね」

また1ヶ月様子を見ましょう。と言って診察を締め括った医者に頭を下げて圭介さんと帰路に着く。

このまま声が一生出なかったらどうしよう…俺が治療を優先しなかったから…圭介さんが生きていてくれただけで良いと本気で思っていたはずなのに。あの時の姿が、声が記憶に焼き付いて離れない。いつも通りの声で呼んで欲しい、大丈夫だと言って欲しい。でも今のままではそれは叶わなくて。
…もっと頑張ろう。喉に良さそうなものも揃えて、負担をかけないように気を付けよう。
心の中でそう決意して、全ての感情を飲み込んで圭介さんに微笑んだ。

「圭介さんは今日の夕飯、何がいい?」

***

心因性だと判断されてから旬の過保護が酷くなった気がする。
もうそろそろギルドで仕事してもいいだろうと考えて伝えた時にはショックを受けたような顔をしていたし、引き留められたがやはり1ヶ月も休んでしまっては業務も滞っている筈だと言えば不承不承ながら頷いて。
代わりに送り迎えだけは譲らないと言い張ってきたが、何とか説得して迎えは無しにさせた。
終わる時間がわからねえのに旬を毎日呼びつける訳にはいかないだろ。
旬のその気持ちは有難く思えど無理はして欲しくない。
…まあ旬も同じ事を思っているんだろうけどな。ただ、明らかに今無理をしているのは旬の方なんだが、世話になっている身では完全に止めることは出来なくて。

「(今の俺に出来るのは早く治すことだけだな)」

死神ギルドで仕事をしながら何とか治せないかと考えるが心因性と言われても原因に心当たりなど無くて。
あれ程の古参からは初だったが、長年ハンターをやっていれば殺されかけるのも恨まれるのもこれが初めてでは無いし、死に対してもそこまでの恐怖は無いと思っている。

「(わかんねえな…)」

いくら考えても答えは出ず、今日はこの辺で切り上げようと仕事を整理して家に向かう。玄関を開ければその音で気付いたのか旬が嬉しそうに顔を出してきた。

「圭介さんおかえりなさい。夕飯出来てるから一緒に食べよう」

頷きながら、その姿を見て気付いてしまった。

「(ああ、俺はこのまま声が出なければ旬がずっと居てくれると思っていたのか)」

我ながらなんて幼稚なんだと笑いたくなったが旬に不審に思われないように自嘲の笑みも飲み込んだ。

夕食を終え、最早当たり前のように自ら寄り添って来る旬を引き寄せ問いかける。

【俺の声が戻らなかったらどうする?】

「……どう、って…そんな事言うなよ、戻るに決まってる。…っでも、俺がもっと早く駆け付けてたらそんな心配もしなくて済んだんだよな…ごめんなさい」

いっそずっとここに住むとか、俺の傍にいるという答えを期待していのだが、想定とは違い俺が不安に思っていると捉えであろう旬が、口を引き結んで泣きそうになるのを我慢しながらも謝る姿を見て馬鹿な事を聞いたと後悔して強く抱き締めた。
誤解を解くためにスマホの画面ではなく手のひらに文字を書く。

【悪い、そういう事を言いたかったんじゃない】

「うん。わかってる…俺がそう思ってるだけだから。…大丈夫、きっと戻るよ。…っん…ふ、ッんぅ…」

俺に、というよりも自分に言い聞かせるように言う旬を少しでも安心させたくて口付けた。

【愛してる】

「ん…知ってる」

笑って擦り寄ってくる旬を抱え上げ寝室へと向かう。
声の出ない状況では旬は心配の方が勝ってしまってそういう気分にならないらしく、何度か誘ったが断られているから今回も駄目だろうとベッドの上に旬を降ろすと、その横に寝転がって抱き抱える。

【おやすみ、旬】

「っ…す、する…?」

腕の中から聞こえてきた言葉に驚いて旬を見ると、耳まで真っ赤になりながらも俺の方を見つめていて。

「…俺が動く、から……だ、駄目…?」

返事の代わりに旬を押し倒して深く口付けた。

***

ふと目が覚めるとまだ部屋の中は暗く、夜が明けていないことがわかり、2度寝しようと旬を抱え直す為振り向いたがベットの上にいなかった。

「(トイレか?…それにしても帰ってこねえな)」

トラブルが起きているのかもしれねえし探すか、と立ち上がってリビングへの扉を開けようとドアノブに手を伸ばすと、微かな声が聞こえてきたのでそっと音を立てないようにドアを開き様子を伺う。

「(旬?何して…)」

「…喉に良い物全部試したのに…ポーション飲ませても駄目だった…これ以上どうしたらいい…!?っこのまま、圭介さん…っ、声、戻らなかったら…っふ…どうしよう…っぐす…っ」

旬がリビングの机に本を拡げ、恐らく俺の為の何かをノートに記入しながらぼたぼたと涙を流していた。

俺の前では一度も泣いていなかったのに。

「(まさか、毎日一人で泣いていたのか?)」

俺のせいで?旬と一緒に居られるだとかそんな呑気な事を考えていた中、ずっと泣かせていたのか…?

「っふ…っ…ぅ…ぐすっ…な、ないてる場合、じゃ…ないっ…探さないと…っ…うぇ…っ、圭介さ…な、まえ呼んで…っ、さみ、しい…っ」

「…っ、ぁ…しゅ…ん!」

早く治す方法を探さないと、と必死に泣きながら本の頁を捲り、名前を呼んで欲しいのだと、寂しいのだと零す旬に駆け寄りキツく抱き締める。

「っ!けいすけさん、なんで…!?っ、こえも…!」

「あ゛ー…ん゛ん゛っ…旬を、泣かしちまったからな。…愛の力ってやつか?」

「ばか!!っん…!ん、ン…っふ…はぁっ…」

冗談めかして言ったが、そもそも声が出せなかったのも旬と過ごしたかった一心からだと思っているので今声が出たのも愛というのはきっと間違っていないと口付けながら笑った。

「…旬、心配かけてごめんな」

「良かった…!本当に良かった…っ!」

「全部旬のお陰だ。助かった。ありがとう」

「本当にこのまま声が戻らないんじゃないかって…どうしようかと思った…!」

泣く旬を宥めながら謝罪と礼を繰り返し伝える。
暫くそうしていれば、泣いた疲れかはたまた声が出るようになって安心したのかはわからないが旬が静かに目を閉じて眠ってしまった。
目じりに残っている涙を拭って、再びベッドへと運び、起こさないように小声で話しかける。

「…二人きりでのこの生活も悪くなかったな。お前がいるなら一生声が出なくとも構わなかったんだが…泣かせて悪かった。愛してるぜ、旬」

額にキスをひとつ落とし、隣に横になって目を閉じた。












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