黒須×旬

架南島レイド後、あれだけ派手に吹き飛ばされたのだから念の為にと精密検査を受けたのだが、案の定一切問題が無いとのお墨付きを貰った。
それはそうだろう、あの水篠ハンターのスキルで回復した時から不調などは一切無いし、傷跡も消えているのだから。
そして病院から自宅へと戻ってきた俺は、水篠ハンターが現れてから俺が意識を戻すまでの間に一体何が起きたのか把握するために中継映像を再生した。

「……は?」

再生を止める。少し戻してもう一度。…そしてまた停止した。

「…口、移し?」

映像を見て呆然と呟いた。
水篠ハンターがどこからか赤いポーションのような瓶を取り出したと思えば俺の口元へ当て、飲まそうとしていたのだが、俺は飲み込めず全て零してしまっていて。それを確認した水篠ハンターがほんの少し逡巡する様子を見せていたのだが、次の瞬間には液体を自身の口に含み…俺に口移しで飲ませていた。
俺の意識がはっきりする前に最上や白川の元へとすぐさま向かって行ったのであの時は気が付かなかったのだが…。

「命とキスの礼は言わなきゃならねえよなぁ。…責任、取ってもらうぜ?水篠ハンター」

まずは連絡先…いや、直接会いに行く方が早いな。
これからどうやって攻めていこうかと考えながらにやりと笑って立ち上がった。

***

「水篠ハンター、待ってくれないか」

架南島レイドの報告に協会へと向かい、半日以上の聴取を終えた後。帰路につこうと歩き始めた時背後から呼び止められ振り向く。確か、この人は…。

「…黒須、ハンター?」

「ああ、こうしてちゃんと話すのは初めてだな。死神ギルドのギルドマスター黒須圭介だ」

「…水篠旬、です」

スっと差し出された手を断る訳にもいかず握手をした。

「あの…俺に何か?」

「DFNとの訓練時や架南島でも思ったが…近くで見ると更に美人だな」

「は?」

手を握ったまま、まじまじと見つめられるので要件を聞いてみれば男に美人って…。
目線はしっかりと俺を見つめていて、本気で言っているのがわかりなおさら戸惑う。

「あの、手を…」

「ああ、悪い。つい、な。…架南島では水篠ハンターのお陰で助かった。有難う」

「…はい」

パッと手を放し頭を下げる黒須ハンター。さっきのは独特の感性な誉め言葉ってだけで悪い人ではないのか…?

「で、礼をしたいんだがこの後食事にでも行かねえか?」

「俺はアリを倒しただけです。お礼とかは…」

「命を助けてもらったんだからそれくらいさせてくれ。水篠ハンターの事ももっと知りたいしな」

話す表情には嘘は無くて。まあ一度くらいならば良いかと軽く頷いた瞬間、背後から制止がかかる。

「待ってください」

「え?」

「…チッ、面倒なのが増えたな」

「最上ハンター、白川ハンター」

「こんにちは、水篠ハンター」

「どうも」

にこやかに俺の方へ近づいてくる最上ハンターと、その後ろを歩きながら会釈をする白川ハンター。
その二人を見た瞬間、黒須ハンターが渋面を浮かべた。

「帰れ帰れ。お前らは呼んでねえよ」

「僕らも黒須ハンターに用事はありませんよ」

「用事があるのは水篠ハンターですから」

「俺、ですか?」

二人が同時に頷くものだから何かあっただろうかと思考を巡らせるが、答えが出ない。
…白川ハンターは美濃部ハンターの事があるのかもしれないが、最上ハンターは恐らく違うだろう。そんな考えが顔に出ていたのか白川ハンターが苦笑して前に出る。

「黒須ハンターと同じ用事です。架南島での礼を伝えたくて。有難う御座いました」

そういって二人が頭を下げる。

「あの、頭を上げて下さい。俺はただモンスターを倒しただけです。別に恩を着せたいわけでもないですし…」

「それでも結果的に我々全員の命が助かったことは間違いありません」

「ええ。なので僕たちも是非水篠ハンターに礼をしたいと思いまして…」

「はいはい、そこまで。俺が今水篠ハンターと話してたんだから引っ込め。もう礼は言っただろ?」

最上ハンターの言葉を途中で遮り、黒須ハンターが俺の前に出る。

「貴方に言っていません」

「黒須ハンターこそ用事は終えられたのでは?」

「ああ、この後食事に行く約束はもう貰ったからなあ?用事が終わったといえば終わったか?」

どこかしら自慢気な雰囲気を纏って宣言する黒須ハンターを見て、今度は最上ハンターと白川ハンターが渋面を浮かべる。

「…水篠ハンター、黒須ハンターの言っている事は本当でしょうか」

「え、はい」

「…チッ、一足遅かったですね」

白川ハンターの問いかけに素直に頷くと最上ハンターからの舌打ちが聞こえた。

「そうそう、そういう訳だからお前らはまた別の日に誘うんだな」

「…はぁ。水篠ハンター、気を付けた方がいいですよ。黒須ハンターは手が早いので」

「そうですね、水篠ハンターはそういった意味でも気をつけた方がいいでしょう」

ため息をついた二人が口々に言っている意味がわからない。手が早いとかそういった意味ってなんだ…?

「そういった意味…?」

「そりゃ口説かれないように気をつけて下さいと言う意味ですよ」

「くどっ…!?や、俺なんか口説くわけ無いじゃないですか。あ、最上ハンターの冗談ですか?」

最上ハンターから言われた言葉にびっくりして詰まってしまう。俺を口説くわけないし、からかわれたのかと思って聞き返せば何故か三人とも目を丸くさせていた。

「え…マジかよ…」

「自覚も無いというのか…?」

「口説かれたことくらいあるでしょう?」

「は!?有るわけないじゃないですか!あの、もしかして皆さん俺の事からかってます?」

年上だからといってそういうからかい方は良くないと思うのだが。少しむっとして言い返せば三人が目を合わせゆっくりと俺のつま先から頭の先まで眺める。…なんだよ。

「その見た目で?」

「E級の時とは確かに違いますが、あれはあれで可愛らしい顔立ちをしていたのに?」

「…もしかしてファーストキス貰っちまったか?」

「え?」

最後の黒須ハンターの言葉が引っかかり聞き返した。キス…?

「おや、覚えていませんか?まああれは純粋な人命救助ではありましたが…」

「ただ…しっかりと中継には映ってしまっていましたからね」

「人命救助…?」

「覚えてねえのか?…あんなに必死になって俺に口付けてポーション飲ませてくれただろ?」

いつの間にか横に立っていた黒須ハンターが俺の腰を引き寄せて耳元で囁く。その声にびくりと身体が跳ねるのと同時に、あの時飲めずにいた黒須ハンターに口移しで飲ませた事を思い出した。

「~~~っ!!」

***

これだけの美人ならばいくら不愛想でも遊んでいるだろうと踏んでまずは身体から手に入れようと思っていたのに、こんなにも初心な反応が返ってくるとは想定外で。…最上と白川には感謝しねえとな。お陰で随分と可愛い性格をしていることを事前に知れた。
そして火が付くのでは無いかと思う程一気に顔を赤くし、口ごもる水篠ハンターに内心驚くと同時に俺の中で何かのスイッチが入った感覚がする。

遊びでも良いかと思ったがこれは…。

「…本当に初めてか。こんなに顔を真っ赤にして…可愛いな、水篠ハンター?」

———絶対に俺のものにして見せる。

そう決めた瞬間、

「ぇ、っ、俺っ、違っ…~~~っ!!し、失礼します!!」

「………は?」

目にも止まらぬスピードで俺の腕を外すと、瞬きの間に逃げた。
あとに残されたのは呆然としている俺らだけで。

「っく…あっはははは!見事に逃げられましたね!」

「っははははは!…随分とまあ早かったな」

「笑ってんじゃねえ!あー、ちくしょう…!折角飯の約束取り付けたってのに…!」

「ふっ、貴方があんな風に手を出すからいけないんでしょう。人助けをしただけなのに真っ赤にさせられて。可哀想に」

「助けて貰った恩を仇で返すからそうなるんだ」

「うるせえなぁ。気に入っちまったんだから仕方ねえだろ?」

一通り笑った後、呆れたように注意をしてくる最上と白川に不貞腐れた目を向ける。

「随分と初心な様子でしたし、いつもの調子でいけば嫌われること間違いないでしょうね」

「そうだな。寧ろその方が水篠ハンターの為になりそうだ」

「お前ら本当に好き勝手言ってくれるよな…。まあでもしっかり映像で残ってるし、マスコミも利用して今後距離を詰めていくから問題ねえな。…仕方ねえ今日は諦めてまた今度それをネタに連絡先でも手に入れるか。…じゃーまたな」

***

平然と言って去っていく黒須の背を見ながら最上と目を合わせてため息をつく。
水篠ハンターも災難だ。選りにもよって黒須に目をつけられるとは…。
遊び程度ならば良い。あの男はキッパリと切り替えられる性格をしているから後腐れなく遊べるだろう。
だが…。

「無理だな」

「ええ。どう見ても本気ですね。…逃げ切れると思います?」

「…お前は?」

「当然無理でしょう。あんな初心な反応をするとは僕も驚きましたが…それで黒須ハンターから逃げ切れる筈もない」

「ああ。厄介な男に目を付けられたものだ」

「既成事実を盾にこれから攻められるでしょうね。…はぁ、勧誘にも失敗してしまった事ですし、どこまで逃げ続けられるのかを見物でもしましょうか」

「…そうだな」

これから執着されるであろう水篠ハンターへほんの少しの同情心を抱えながら俺達もその場を立ち去った。

***

…恥ずかしさのあまり逃げ出してしまった。約束したのにどうしよう。人通りのない裏路地でため息を吐く。けれど今更戻ることは出来ない。というよりも顔を合わせられない。

「黒須ハンターがき、キス、とか言うからだ…!」

そう、俺は悪くない。元はといえば黒須ハンターが悪い!あの時は死なせないことに必死で、飲み込めないのならば飲ませるしかないと思っただけで…!そう内心でひとりつぶやきながら帰路に着き、玄関のドアを開けた瞬間あることに気が付いて部屋へと駆け込んだ。
そしてPCで架南島の映像を再生する。

「………嘘だろ!?!?」

白川ハンターが言っていた通りにしっかりと俺が黒須ハンターに口移しでポーションを飲ませる姿が映っていた。そしてコメント欄を見れば口移しに言及しているコメントもちらほらと見受けられる。

「…最悪だ」

今からでも協会に頼んで映像を消せやしないだろうか…と一瞬考えたがもうここまで拡散されては手遅れだろう。

「…もう黒須ハンターに会いたくない」

ちょっと独特な感性なだけで普通の人かと思っていたのに。すっぽかした謝罪だけして今後はもう関わりを持たないようにしようと心に決めた。

***

後日、我進ギルドを立ち上げ、初のレイドを終えた後。協会にて偶然黒須ハンターに遭遇してしまった。

「よう、水篠ハンター。久しぶりだな。ギルド設立おめでとう」

「黒須ハンター…お久しぶりです。有難う御座います。…あの、この前は約束したのにすみませんでした」

「いや、俺も急に距離詰めて悪かった。…なあ、この前の代わりに今日はどうだ?」

思っていたよりも普通に話しかけられて戸惑ってしまう。また同じ様なからかいか、嫌味の一つくらいは飛んでくると思ったのに。
そして穴埋めの様な提案をされ、正直行きたくはないのだが原因が黒須ハンターにあったとしてもすっぽかしたのは自分なので一度は行くべきだろうと頷いた。

「わかりました。大丈夫です」

「よし!じゃあ行こうぜ」

自然と腰に手を回されたが、もうこの人はそういう人なのだろうと退けることも諦め、大人しくついて行く。

***

そして連れていかれた先は今まで縁が無かったような料亭の個室で。
マナーに自信が無い身からするとそれだけで食べる気が余りしなくなってしまう。だが食べないわけにもいかないしと、黒須ハンターの様子を伺いながらゆっくりと食べ進めると不審に思われたのか質問を受けた。

「もしかして水篠ハンターは少食か?」

「いえ、そう言う訳では無いんですが…」

「そんなに箸も進んでないし…もしかして苦手な物とかアレルギーとかあったか?」

純粋に心配そうな顔をする黒須ハンターになんと返していいのか一瞬迷ったが、見栄を張っていても仕方がないと正直に打ち明ける。

「アレルギーも無いですし、料理も美味しいと思うんですけど…俺この間までE級だったのでこういう個室とかコース料理とか慣れてなくて」

「!ああ、そうか…勝手に店も決めちまったし配慮が足りなくて悪かった」

「いえ。俺が慣れていないってだけなので」

「なんか違うものにするか?」

「そのままで大丈夫です。ただその、マナーとかわからないので変な行動取るかもしれないんですが…」

「だからゆっくり食ってたのか。最初に言えば…ってまあ言えねえよな。…よし、じゃあ俺が教えてやる。S級になった以上今後もこういう機会は腐るほどあるしな。まあ水篠ハンターじゃ相手も何も言わねえかもしれねえけど、内心馬鹿にされても嫌だろ?」

「それは…はい」

「だから俺が教えてやる。まあこの前からかった詫びだと思ってくれ」

そう言って馬鹿にすることも無く一品一品来る度に食べ方や基本的なマナーを教えてくれた。…正直有難い。食事が終わる頃には、この間の事は水に流そうかな、なんて考えが浮かぶくらいには黒須ハンターに慣れていた。

「ご馳走様でした。…あの、黒須ハンター。色々教えてくれて有難う御座いました」

「ああ。とはいっても元々動作は綺麗だし、覚えが早いからそこまで教える事無かったけどな」

偉い偉いと頭を遠慮なく撫でまわす黒須ハンター。距離が相変わらず近いとは思うが最初程の警戒心も忌避感も無く、寧ろ褒められて少し嬉しいとすら感じてほんの少し微笑んでいた。

「わっ…有難う御座います」

「…なんて言うか…無防備過ぎて心配になるな」

「え?…っん…っ!?」

目が合った瞬間、黒須ハンターが驚いたように目を見開き、何かを呟いたので聞き返そうとした瞬間、引き寄せられ目の前に黒須ハンターの顔があった。…キス、された?

「…黒須ハンター!」

「そう怒るなって。そんな笑顔向けられたら仕方ねえだろ。…なあ水篠ハンター、流石にもうわかったと思うが、俺はお前に惚れてる。…付き合ってくれないか?最上は適当な事言ってやがったが、浮気もしないし一途だから悪くねえと思うんだが…どうだ?」

「~~~っ!付き合いません!」

俺の耳元で囁くように告白をする黒須ハンターを押し退けながら叫ぶ。感謝なんてするんじゃなかった!

「つれねえな。…まあ流石に一回で落ちて貰えるとは俺も思ってねえし、これからゆっくり口説いていくから宜しくな」

「宜しくなんてするもんか!」

黒須ハンターは俺が怒って叫んでもどこ吹く風といった様子で笑っていた。

***

トーマスと殺りあって帰国した後、また架南島の映像を見かけるようになった。
エゴサなんて滅多にしないけど、何故この動画が多く回ってきているのか気になって調べてみると…。

「またこれか…!!」

手の中のスマホを壊しそうになる。ピックアップされているのは口移しのシーンで。なんとも最悪な事に国内海外問わず全員が黒須ハンターとの関係性を誤解している様子だった。
しかも中には食事に行った時に目撃されていたようで【高級料亭に2人きりで入っていたから間違いない!】等とのコメントもあって。監視課に削除を頼もうか本気で悩む。

「でもここまで拡がったらどうしようもないよな…ああ、最悪だ」

唯一助かっているのは葵や母さんの目に入っていないという事だろう。もしこんな記事が見つかった矢先には…考えるだけでも恐ろしい。
そんなことを考えていると、噂をすればというべきか黒須ハンターからの連絡が入った。内容はまたしても食事の誘いで。前回の食事で謝罪は済んでいるし、噂の事もあって断りの返信をしたのだが…返信をした次の瞬間には電話がかかってきた。

「…はい、水篠です」

『黒須だ。なあ、食事は駄目か?』

「あの、黒須ハンターもご存じかと思うのですが変な噂が回っているので…」

『ああ、俺と水篠ハンターがデキてるって話だろ?…現実にすればいいじゃねえか』

「っ!しませんし食事も行きません!」

笑いながらなんてことないように話す黒須ハンターに少しの苛立ちを感じながら断ると残念そうにため息を吐かれた。

『中々靡いちゃくれねえか。…仕方ねえ、今日は引いておく。あんまりしつこくして嫌われるのも嫌だしな。また誘うから次は良い返事をくれよ。…好きだぜ、水篠ハンター』

じゃあな。と言うだけ言って通話を切られた。残されたのは真っ赤になった俺一人で。

「~~~っ!!なんなんだよあの人!勝手に言うだけ言いやがって!」

絶対に誘いに頷くものか!と決意を新たにスマホをベッドへ放り投げた。

***

後日俺は協会からの緊急招集があり、急いで発生現場へと向かっていた。
なんでも山奥で発見の遅れたA級のゲートがブレイクしてしまったらしい。それだけならばまだ何とかなったのだが、そのゲートがなんとレッドゲートだったらしく、等級の高いモンスターが山中に散らばってしまったとの事だった。付近に民家は無いものの、一匹でも取り逃がせば最悪の事態になりかねないとハンタース、白虎、死神と大手ギルドのみで今回は招集されているらしい。

そして現場に着けば既に混戦状態で。
犬飼部長が言うには、山頂付近にボスとその手下と思わしきモンスターが固まっているらしく、S級三人は部下数名と共に先に山頂へと向かったらしい。
その場で影を召喚し、くまなく見て回りモンスターを退治するように言いつけて山頂を目指した。

***

山頂に差し掛かったあたりで俺の目が捉えたのは大きなドラゴンのようなモンスターに黒須ハンターが吹っ飛ばされている所で。爪が当たったのか血をまき散らしながら地面に落ちる寸前、滑り込んで抱き留める。

「っ!黒須ハンター!大丈夫ですか!?」

「ぐ…っぅ…!!み、ず…しのハンター、か?」

「っええ…ヒーラーの方!治療をお願いします!…チッ、くそ!全員退いて下さい!」

兎も角この場を収めることが先決だと、ヒーラーに黒須ハンターを預けボスに向き直る。
今の俺からするとボスはそこまでの強さは無く、あくまで純粋なパワータイプだったことも幸いしてすんなりと倒すことが出来た。

倒した後後ろを振り向けば流石S級というべきか最上ハンターと白川ハンターの方で手下と思わしきモンスターの駆逐は終わっていて。
黒須ハンターは?と思い周りを見渡せば何故かまだヒーラーによる治療を受けていた為驚いて傍に駆け寄った。

「は!?なにしてるんですか!?大怪我なんですよ!?足りなければもっとヒーラーが居る筈でしょう!?」

「途中で魔力枯渇の症状が出てしまって今は自分しか…!」

「なんでもっと早く言わないんですか!…言ってる場合じゃないな…!黒須ハンター、飲めますか?」

「…っ、こん、どは…口移し、で…くれねえのか…?っ、ぅ!ぐ…!」

「そんな馬鹿な事言ってる場合じゃないだろ!………チッ、後で一発殴るからな!」

よく見てみれば腕も大きく傷ついているようで、自身で飲めなさそうな重症度合いに舌打ちをしつつ仕方なくポーションを口移しする。
癒え始めたのを確認して離れようとした瞬間、黒須ハンターの腕が持ち上がり、俺の頭を固定してそのまま深い口付けをされて。ガクリと力が抜けてしまったタイミングで抵抗も出来ずそのまま地面へと押し倒された。

「…ん、んむ!?っ、ンん…っ!はぁ、っん…ふ、んぅ…は、ぁ…ンむっ…っ!」

どんどん激しくなる口付けに俺の意識は遠のいてしまって…。

***

何やらこの場に似つかわしくない情事を思わせるような声が聞こえ、振り返ると黒須が水篠ハンターを押し倒してキスをしていた。あいつ…治療をして貰っておいて何をしているんだと最上と引き剥がしにかかる。

「そこまで」

「お前、いい加減にしろ」

「はぁ…なんでお前らは良い所で毎回邪魔するんだよ」

ため息を吐く黒須に殺意が沸くが、それよりもすっかり黒須とのキスで蕩けた顔をして色気を振りまいている水篠ハンターをどうにかする事が先決だろうと最上を見やると、意味合いが通じたのか頷いて座り込んでいる黒須のフェザーマントを思い切り引っ張った。

「うぉ!いきなり追い剥ぎしようとすんな!」

「馬鹿ですか貴方。水篠ハンターの顔を見てみなさい。かけるのは僕のマントでも良いんですよ?」

「顔?…っ!」

漸く黒須にも通じたのか素早くフェザーマントを脱いで水篠ハンターにかける。
更に誤解が生じるだろうが、その顔を全世界に晒すよりもマシだと水篠ハンターも思うだろう。

「ぁ…なに…?」

「可愛い顔をしすぎだから少しこれ被ってろ」

状況が掴めていない水篠ハンターに性懲りも無く軽く口付けた黒須が抱き上げる。

「一応礼は言う。ありがとな。水篠ハンターの可愛い顔を晒しちまうところだったわ」

「一応は余計です。…まるで懲りていませんね」

「後で殴られてしまえ」

「うるせえな。可愛いんだから仕方ねえだろ。…だが実際水篠ハンターが居て助かったわ。ヒーラー足りねえとやっぱりきついな」

「場所も条件も今回は悪かったからな」

「ええ。白川ハンターの言う通り今回の規模が大き過ぎたんですよ。ゲートブレイクの時期が選べないと言えど…」

「この規模で山奥に散らばった状態にされるとなぁ…」

「…え、なんで俺黒須ハンターに抱えられて…?」

「おや、正気に戻りましたか?」

「え?…なん…っ!!」

「いってぇ!!」

「「ぶっ」」

意識がはっきりと戻ってきた水篠ハンターが抱えられていることに気が付くと素早い動きで抜け出し…黒須に平手打ちした。
手加減はしているのだろうが、食らった黒須がたたらを踏むほどの見事なフルスイングを見た瞬間最上と同時に吹き出してしまう。

「っははははは!!」

「ふ、っく、ははっ!あっははははは!」

「馬鹿!!黒須ハンターの馬鹿!!大怪我だったから心配したのにあんなっ!!」

「あー、いってぇ…!悪かった。口移ししてくれたから嬉しくて調子に乗ったというか…可愛くて我慢が効かなかったというか」

「何にやにやしながら変な言い訳してんだよ!俺怒ってるんだけど!?」

引っ叩かれたというのに黒須の口角は上がっていて、それで余計に怒られているが気持ちはわからなくはない。怒っていると言いながらも水篠ハンターの顔は耳まで赤くなっているし、かけられた黒須のマントを握りしめたままなのだから。

「ふっ、ふふ、っ…!あー…笑わせてもらいました。水篠ハンターのお怒りはわかりますがS級ハンターが平手打ちの痕をつけたままインタビューされてはまたあらぬ噂が流れますので下山する前に一度治してやって頂けますか?」

「そうだな、嫌だろうが治してやってくれないか。流石にこれと同類に見られるのは困る」

「あのなぁ、もう少し言い方があるんじゃねえのか?」

「はぁ、お前はもう口を開くな」

「………わかりました。黒須ハンターこれ飲んでください。このスキル少し不便な所があって、俺の手から離れると消えるので早くどうぞ。…引っぱたいたのは謝りませんからね」

ポーションの瓶をどこからともなく差し出した水篠ハンターの説明を聞いて理解した。黒須が持てる状態ではなかったからさっきも口移しをしたのか。
不機嫌そうに最後の一言を告げる水篠ハンターだが、俺達からすると子供が拗ねているようにしか見えない。…あれも黒須にとっては逆効果なんだろうな。

「今度は口移しでくれねえのか、残念だな」

「治す前にもう一発いきますか?」

「わかったわかった。というか遠いな。飲み辛いからもっとこっち来てくれよ」

舌打ちしながらも水篠ハンターが近くに寄り、ポーションを飲ませる。…ヒーラー要らずだな。
勧誘は出来なかったが、黒須をダシにして繋がりはつけておくかと脳内で算段をつける。

「ヒーラー要らずですね。一人ギルド、というのも納得です。…黒須ハンターをダシにしようとしています?」

「ああ。お前もだろう?」

「ええ。…良いお兄さんとしてのポジションでも狙いましょうか。飼い慣らせるタイプでは無いと思っていましたが、警戒心さえ解けば随分と可愛い反応を貰えそうですしね」

「お兄さんという歳ではないだろう。図々しいな」

「は?喧嘩売っています?」

「本当の事を言っただけだが?」

話しながら一瞬目を離していた隙に、またしても水篠ハンターの大声が聞こえた。

「ふざけんな馬鹿!!」

「あっ…ぶねえ」

そちらへと顔を向けると、再び顔を真っ赤にして手を振り上げている水篠ハンターとその手を顔面ギリギリの位置で掴んで冷や汗を流している黒須が見え、最上と同時にため息を吐く。…あいつ、またやったのか。

「水篠ハンター落ち着け!俺今治して貰ったばっかりだろ!?」

「うるさい!何ならもう一回治せばいいんだろ!?馬鹿!変態!スケベ!」

「…黒須ハンターも随分とまあ締まりのない顔をしていますね」

「お前も笑っているが?」

「そういう貴方も笑っていますけどね。仕方がないでしょう。あんな罵倒ここ最近聞いたことありませんよ」

確かに普段聞く罵倒と違い、語彙力が低過ぎて水篠ハンターの罵倒はなんというか…。

「幼い」

「ええ。見た目にそぐわず可愛いものです」

「そこの二人!聞こえてますよ!誰の罵倒が幼いんですか!俺今怒ってるんですよ!」

その言葉が聞こえたのか赤くなりながら自分たちにも怒り始めた水篠ハンターに更に笑みが漏れてしまう。そういうところが幼いというんだ。

「ふっ、ふふ、すみません。ですがいつまでもやっていられませんよ。ほら、周りを見てみなさい」

「周りって…っ!!」

周囲を見回した水篠ハンターはようやくここにハンター達が集結しているのを思い出したようだ。
殆どの男性ハンターは後ろを向いて見ない振りをしているが、女性ハンターは興味津々で固まってこちらの様子を窺っている。

「ようやく気付いたのか」

「な、なんでもっと早く言ってくれないんですか!?」

「文句なら目の前の男に言いなさい。既成事実を作ろうと先程からわざとちょっかいかけてるんですから」

「きせっ…!馬鹿!黒須ハンターの馬鹿!」

「危ねえって!ちょ、水篠ハンター落ち着けって!な?取り合えず下山しようぜ?」

またしても殴ろうとしている水篠ハンターを必死で宥める黒須。全く…いつまでやるつもりだ。

「はぁ…もういいだろう。水篠ハンター、行きましょう」

「…はい」

俺が声をかければしぶしぶ頷いて黒須から離れ、俺達の元へと寄ってくる。そんなに黒須の傍は嫌か、と内心でひとつ笑って下山をした。

山を下り、開けた場所へと出ると、既に全てのモンスターを駆逐し終えたのか後処理に奔走する各ギルドメンバーと協会員、そして待ち構えたようにマスコミが群がってきた。
こういう場はやはり苦手なのかマスコミが近づいてきた瞬間に俺たちの傍を離れ、木陰の方へ逃げた水篠ハンターに三人で目を見かわして肩をすくめる。
…まあ手早く片付いたのはまぎれもなく水篠ハンターのお陰でもあるし、今回は代わりに答えてやろうと各々インタビューに応じ始めた。

暫くすると黒須がマスコミの輪を抜け、水篠ハンターの元へ向かう。その際にこちらを一瞬見た黒須に、直ぐに何をしようとしているのかを理解して、最上と敢えてそちらの方を向き注目を集めさせてやる。

***

「水篠ハンター」

「黒須ハンター?…俺さっきの事まだ怒っているんですからね」

不機嫌そうにそっぽを向く水篠ハンターに口角が上がる。…そういう態度が可愛いのだといったいいつになったら気付くんだろうな。

「悪かったって。…なあ、少しだけいいか?」

「…?はい」

ほら、真剣な顔をして見せれば疑惑の目を向けながらもちゃんと話を聞く体制を取ってくれる。…可哀想にな。そんな良い子だから俺みたいな男に捕まるんだ。
最上と白川の方へ一瞬視線を向ける。あいつらなら意味を直ぐに理解してくれるだろう。
そしてマスコミの視線がこちらを向いたことを確認して、その場に跪いて水篠ハンターの手を取る。

「えっ!?ちょ、く、黒須ハンター!?」

ざわざわと動揺の走る気配と鳴り響くシャッター音を背に、水篠ハンターの手に口付ける。

「好きだ。……そろそろ頷いちゃくれねえか?」

「っ!!!」

好きの一言で一瞬にして真っ赤に染まった水篠ハンターの顔にクスリと笑いながら返事を促した。
…なあ、これでもう逃げられないだろ?

そう、思ったのだが…。

「~~~っ、か、考える!!」

水篠ハンターはそう言っていつかの繰り返しのように脱兎のごとく逃げ出した。
ただ以前と違うのは明らかに脈があること。それに…今にも俺に群がってインタビューをしたがっているマスコミも居る。そして俺はインタビューに答えてやるために、にやりと笑って立ち上がった

「逃げられたら追うのがハンターの本能だろ?」


———あの日から逃がすつもりなんて無いのだから早く諦めてしまえばいいものを。



***

後日【黒須ハンター&水篠ハンターの告白逃亡劇】として週刊誌に大きく書かれ、暫く水篠はマスコミの前はおろか協会にすら姿を見せずにいたのだが、ギルドマスター会議の日にデレデレと水篠ハンターの腰に手を回し密着している黒須と文句を言いながらそれを受け入れている水篠を見て、その姿を目撃した全員が「ああついに捕まったのだな」と理解したのだった。












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