最上×旬
ゲート内で新種モンスターに遭遇した。バルカのように言葉を話すタイプは遭遇すれど出会った人間に擬態するタイプは初めてだ。
転職クエストの時のように弱い過去の自分の幻影を見たのかと思ったが、コイツは実態があった。
言葉も簡単なものならば喋れる様だし、今後何かの役に立つかもしれないと思い影を抽出する。
抽出すると小さくなるとは予想していたのだが…
「お前、なんでその姿な上にそんなに小さいんだ」
「う?」
現れたのは昔の俺、というよりも今の俺を縮めて3歳時位の姿にしたような影で。
しかもベルやイグリッドのように影の兵士、というよりはパッと見普通の子供にしか見えない。
「特殊能力か…?おい、他の姿にもなれるのか」
「うあ??ママ?」
「誰がママだ。…まさかコイツ、今の見た目が本当の年齢なのか…?」
他の姿になれるのならば身代わり等使い道があると思ったのに。面倒な事になった。ただでさえベルがうるさいのに子守なんてしてられないぞ。
とりあえず影に戻して協会に報告するか…。俺は単独で潜っているから良いけど他のギルドは擬態するモンスターが出たら惑わされて甚大な被害が出るかもしれない。
「はぁ…とりあえず戻れ」
「?…や!!!」
「は?」
「や!!ママといっしょ!!」
いや待て。影は絶対の忠誠を誓ってるんじゃなかったのか?戻そうとしても戻らないし…
「まさか精神年齢が幼過ぎて忠誠がわからないとか言わないよな?」
「???」
マジかよ。どうするんだこれ。
…仕方ない、勿体ないが協会に報告したら影の抽出解除しよう。
俺の目の届くところにいるうちならいいが、命令が聞かないんじゃ危険過ぎる。
「仕方ない…協会まで行くぞ」
「あーい!」
目を離すわけには行かないのでしょうがなく抱えてゲートを出る。
出た瞬間、待っていた諸菱君から大騒ぎされたが面倒になって全部無視して協会へ向かわせる。
何故か号泣していたが知った事じゃない。
***
ハンター協会ロビーにて
「えっ」
「ひぇ」
「こ、ども?」
「水篠ハンターだよなあれ…」
「そっくりな子供が見えるんだけど」
「産んだ…?」
「水篠ハンターなら産めるのか…?」
ヒソヒソヒソヒソ
犬飼課長へ事前に連絡は入れたもののうまく伝わっていなかったのか人目を避けることが出来ずに今見世物状態になっている。
「(産めるわけないだろ!?犬飼課長頼むから早く来てくれないか…!!!)」
「水篠ハンターお待たせし…????」
「ああ、犬飼課長。待ってました。コイツの事なんですが」
ぷらん、と首根っこを掴んだ影を目の前に突き出す。
「…え、お子さん、ですか?」
「そんなわけないだろ。」
珍しくぽかんとした顔で尋ねてきた犬飼の言葉に思わずツッコんでしまう。
「違います。コイツが電話で話したモンスターなんです。」
「は?あの、いえ、申し訳ございません。ですがこれは…どう見ても人間にしか見えませんね…」
想定以上の擬態に深刻性も伝わったのか鋭く観察するような目で影を見つめ、首を振る。
「水篠ハンターが急ぎの報告というのが理解出来ました。会長がお待ちですので恐れ入りますがそちらでご説明頂いても宜しいでしょうか?」
「はい。勿論です」
***
「―――と、いうわけでコイツの精神年齢は恐らく見た目通り、俺しかいなかったので俺の姿になっていますが複数人いた際にどうなるかは不明です」
「成程。確かに魔力反応もある。…この形状のモンスターが事前知識無しに現れたらパニックは避けられなかったでしょうな。すぐさまハンター協会より緊急で注意喚起を流します。水篠ハンターのご報告に心より感謝致します。」
会長に経緯を話し、やっと一息吐くことが出来た。
「しかし、本当にただの子供のようにしか見えませんな」
「知能も見た目通りみたいです。一応今のところ危険性はありませんが…」
「???」
不思議そうに俺と会長を見比べる影。ややあって会長の方に近づいて行くものだから抱えて止めた
「何しようとしてるんだお前」
「じぃじ?」
突然会長の方に手を伸ばし、だっこを強請るようなポーズでまさかのじぃじ呼びに犬飼課長と俺が固まる。だが呼ばれた当の本人は相好を崩して俺の手から影を受け取ろうとするので驚いた
「会長!?」
「ふむ、じぃじか…良い響きだ。水篠ハンターその子を抱き抱えても良いでしょうか?」
「いえあの、一応コイツはモンスター…」
「水篠ハンターの召喚獣になったのならば問題ないでしょう。」
戸惑っている間にすっと影を抱えられ、膝に乗せてしまった。
「じぃじ!」
「おお、じぃじだぞ!…これは中々良い。水篠ハンター、食べ物を与えても?」
モンスターだって言ってるだろ!話聞いてたのか!と喉元まで出かかったが会長に言えるはずも無く、ベルがまあ葵とお菓子の取り合いしてるくらいだし食べられはするだろうと答えると上機嫌で犬飼課長に指示してジュースとお菓子を持ってこさせ本当に与え始めてしまった。
「んま!おいち!」
「そうかそうか、沢山食べなさい」
にこにことお菓子を食べさせる姿は完全に爺と孫の構図が出来上がっていて。犬飼課長と二人で諦めの視線を交わした。
その後ももう少し居ないか、水篠ハンターも最近の話を聞かせてくれやら何やらなんとか理由を付けて孫(影)を引き留めようとするものだから課長と協力して強制的に退出してきた。
***
お土産に両手いっぱいのお菓子を貰ってご機嫌な影を連れて協会の廊下を歩いていると、目の前から最上ハンターが歩いてきた。
「おや、水篠ハンター。こんにちは」
「こんにちは、最上ハンター」
挨拶をした後最上の視線が下に下がるので同じように視線を下げると俺の足の間に影が隠れていた。お前…モンスターの癖に…
「…其方が例の擬態するモンスターですか?」
「はい。…情報が早いですね、ついさっき会長と話したばかりなのに」
「情報は命ですからね。常に最新の情報を仕入れられるように体制を整えているんです。そもそも僕がここに来たのも水篠ハンターが子供を産んだ、と聞いたので是非見たいと思って来たのですが、お会いする前に違うと判明してしまいました。…それにしても本当にそっくりですね」
にこやかな笑みを浮かべて情報の大切さを話す最上に流石ハンタースのギルドマスターだと思ったが、聞き捨てならない言葉があった
「あの、今なんて…」
「?そっくりですね、と」
「その前です。俺が、なんて?」
「水篠ハンターが子供を産んだ、と」
「…誰からですか」
「情報源はお話出来ませんが、既に受付でも大きな噂になっていますよ」
にこやかな表情のまま絶望的な言葉を告げる最上の前で思わずしゃがみこんでしまう
「…全員バカなのか!?産めるわけないだろ………ッ!!!」
「ママ?どっかいたい?」
「…おや。ママ、ということは水篠ハンターがやはり産んだんですか?」
「そんな訳ないだろ!あんたも馬鹿なのか!?」
しゃがみこんで叫ぶ俺の背をおろおろしながら撫でる影を見て最上がわざとらしく言うので思わず礼儀も忘れてツッコむ。
「ふ、ふふっ、すみません、冗談です。余りにも良い反応をするものですからつい。ほら、いつまでもそんなところで座り込むものではありませんよ」
笑って手を伸ばし俺に立ち上がるように促す最上をジト目で見てから差し出された手を掴んでわざと体重をかけるようにしながら立ったのだが流石S級、人一人の体重程度じゃビクともしなかったな。
内心舌打ちしつつ最上を見ると手を掴んだまま驚いた顔をしているので不審に思いながら問いかける
「…有難う御座います。…どうしたんですか?」
「いえ、その…水篠ハンターは誰かに触れられるのが嫌いなタイプかと思っていたのですが」
驚いた顔のままポロっと呟かれた言葉は他意も何も含まれていない純粋な疑問のようなので此方もそのまま身構えず答える
「知らない人や親しくもない人になら触られるのも触れるのも嫌ですけど。最上ハンターは平気ですよ」
そう言うと更にぽかん、とした顔をするものだから此方も首を傾げてしまう。こんな顔する最上ハンター初めて見たな。
「…そう、ですか」
「え、と、最上ハンター?あの、手を…」
ずっと握ったままの手を離して欲しくて言うとハッとした様な顔をして離される。
「失礼しました。その、少々驚きまして」
「いえ、大丈夫です」
そんなに驚くようなことはあっただろうか?と疑問に思うもののまあいいか、と流す。
その様子を影が不思議そうに眺め、ややあって最上のズボンの裾を握る
「あ、こら!すみません最上ハンター」
「大丈夫ですよ…何か僕に用事ですか?」
先ほどの自分の様に屈んで影と目線を合わす最上にもじもじとしながら影が口を開く。
「あのね…えと…パパ?」
「「は?」」
2人して同時に声を上げてしまったが、直ぐに我に返って影を抱き上げ引き剥がす
「ば、ばか!お前何てこと言ってんだ!!あ、あの、最上ハンターすみません…!!!」
「え、ああ、いえ?…それも面白そうですね」
「え?」
「ええ、僕が貴方のパパですよ」
少し逡巡する様子を見せた後に良い笑顔で影に告げる
「ちょ、何言ってんですか!?」
「パパ!」
その答えに喜んで手を伸ばす影を遠ざけようとしたのだがそれよりも早く最上が影を俺の手から自分の方へと抱え上げた。
「あ、ちょっと!パパじゃないだろ勝手に名乗んな!!」
「良いじゃないですかこのくらい」
「言いわけないだろ!?」
「パパとママ仲良し?」
影が呑気にそんなことを聞いてくるが、そもそもパパじゃないしママでもない!
「ええ、そうですよー」
「さっきから嘘つくな!!」
さっきまでポカンとしていたくせに何を急に生き生きと言ってるんだ…!
俺が苛立ち始めたのを察したのか素直に影を俺の手の中に戻し、何事もなかったかのように会話を続ける
「と、まあ冗談はこのくらいにして。」
「あんたなあ…」
「すみません。…本題ですがここまで本物の子供にしか見えないモンスターが出てくるとはかなり危険ですね」
先ほどの人を揶揄う雰囲気とは打って変わって真面目な顔で続ける最上に此方も影を床に降ろし、真顔になる。
「そうですね。此奴の強さもB級程度は間違いなくありましたし、実際ダンジョンで出くわすとかなり厄介だと思います」
「対処法は何かありますか?」
「…いえ、いきなり現れたので俺も良く判っていなくて」
「それもそうですね、申し訳ない。…情報を回して頂けただけでも有難いです。一度ハンタースでも会議をしますので今日の所は失礼させて頂きます。何かまた攻略のヒントになりそうな事が判りましたらご連絡下さい」
「わかりました」
それでは、と最上が立ち去ろうとしたのだが、ピタッと止まった。
何かまだ用事があっただろうか?と不審に思うと目線が再び下へ。つられて見ると影が今度は体全体で蝉の様に足に引っ付いていた
「あっ、こらお前また!最上ハンターすみません!」
「いえ、大丈夫です」
引きはがそうとすると全力で抵抗してきた
「や!!!!」
「やじゃないだろ!離れろ!!」
「や゛!!!!パパだもん!!!!パパとママいっしょにいるんだもん!!!!」
「パパじゃないって言ってんだろ!?!?良いから離れろ!!!」
「や゛・ぁ゛・だ・ぁ゛ー!!!!!」
物凄い声量で泣き叫ぶ影に俺も最上ハンターも耐えきれず耳を塞ぐ。暫くすると子供の様に甲高い声でビイビイ泣くだけになったのだが、未だに最上ハンターのズボンを放さないせいでぐっしょり濡れてしまっている。あれ、後で弁償かな…いやでもパパ名乗った最上ハンターが悪いよな、と現実逃避しながら遠い目をしていると廊下の向こうから犬飼さんが駆けて来た。
「水篠ハンター!一体何が!?………最上ハンター?」
焦っていた顔から一点、げんなりしている俺たち2人とぐずぐず泣きながら最上ハンターの脚にしがみついている影を交互に見て何が何だかわからないという顔をした犬飼に申し訳なくなる。
「あの、実は…」
***
「…成程。状況はわかりました」
俺たちの話を聞いて、苦虫を嚙み潰したような顔をした犬飼さんに再び心の中で謝罪しながら話を続ける。
「その、大変申し上げにくいのですが先ほどの泣き声で事件かと大騒ぎになっておりまして…流石にもう一度泣かれると被害が甚大になりますので穏便に済ませて頂きたいのですが…」
「元々は最上ハンターがパパとか名乗るからこんなことになっているんですよ」
「ちょっとしたジョークのつもりでしたが困りましたね…こうなっては仕方がありません。水篠ハンター一緒にハンタースギルドまで来て頂けますか?」
眉間に皺を寄せて考え込む俺達に最上が提案する。
「ハンタースへ?何故ですか?」
「このおチビさんは水篠ハンターと僕が一緒に居ることを望んでいるのでしょう。ならば今は行動を共にするしかないのですが、先ほどお話しした通りハンタースでこちらの擬態するモンスターに関して会議を予定してしまっているんです。なので申し訳ないのですが水篠ハンターがついてきてください」
正直付いていきたくはないが、犬飼を始め協会にいつまでも留まって迷惑をかけるわけには行かないし、最上の提案に従うしか今は方法が無いだろうとため息をついて了承する。
「…はぁ、わかりました。」
「有難う御座います。それでは水篠ハンター行きましょう。犬飼課長、お騒がせをしましたね」
「犬飼さんすみません…」
「いえ。おふたりともお気をつけて下さい」
疲弊を滲ませたまま見送ってくれた犬飼へと元気よく手を振る影に現金な奴め、と苛立ちが増すがどうにも子供の姿をしているせいでやり辛い。
「…はぁ、水篠ハンター。一度僕のマンションに寄っても?」
車に乗せてもらい、走りだすと同時に問いかけて来たので了承を返す
「大丈夫です」
「有難う御座います。流石に着替えないと拙いものですから」
疲れたように言う最上に先ほど影がしがみついて泣いていたことを思い出して納得する。…あれだけ泣いてればズボンも大変なことになるよな。
そしてお互い先ほどの騒動で疲れた為碌な会話も無く最上のマンションに辿り着いた。
「車で待っていて下さい、と言いたい所ですがまた泣き叫ばれたら厄介ですからね…水篠ハンター。一つ約束して頂けませんか」
「?何ですか?」
「僕の部屋について一切触れないで下さい」
真顔で言う最上にまあこの人も神経質そうだし、本来人を上げたくないのだろうなと了承する。
「わかりました。物には触れませんし、なるべく動きません」
「お願いしますね」
そうして部屋に入らせて貰ったのだが、これは…
「最上さん………?」
「…自覚していますので言わないで下さい」
「あのでもこれ…」
「わかっています。先ほど約束しましたよね?」
「いやしましたけど。でもこれ………散らかり過ぎでは!?!?あんた普段どんな生活してるんですか!?」
部屋を見て驚愕した。ゴミはちゃんと捨てているのか無いものの、脱ぎ散らかしている洗濯物に洗い物の山。物もごちゃごちゃと散らかって埃被っているし…いつも涼しい顔をしてきっちりとしている最上ハンターの事を大人として見習いたいと少しは憧れていたのにこの惨状はなんなんだと開いた口が塞がらない
「わかってるって言っているでしょう!!僕は忙しいんですよ!!!」
「ハウスキーパーとか雇えるだろうが!!!」
「赤の他人を部屋に上げたくないんですよ!!」
「だとしても限度があるだろ!?!?」
「うるさいですね!約束したんだから黙っていなさい!!」
言うだけ言って寝室へと着替えに行った最上の後姿を見ながらやっぱり完璧な人間って居ないんだなあと謎の納得をする。
「ママ。パパのおうち、ものいっぱいだねえ。おたたずけできないの?」
「ん゛っ、ふふ、そうだな。出来ないんだろうな」
舌足らずではあるが、容赦の無い物言いに吹き出してしまう。
「聞こえていますよ!僕は出来ないのではなくやる時間が無いだけです」
着替えて終わったのか寝室から憮然とした表情で出て来た最上を見てつい笑ってしまう。
「ふ、ふふっ、へえ、そうなんだ」
「…今初めて貴方に対して殺意が沸きました」
イラっとした表情をされても後ろの惨状が目に入る為、笑みが引っ込むこともない。
ふと、気になったことを聞いてみる
「…汚れたズボン、どうしたんですか?」
「は?…そのうち纏めてクリーニングに出しますし、まあ駄目になったら新しいのを買うのでそのままですが?」
何か問題が?と言わんばかりのその言葉でスイッチが入り、ジト目のまま影を抱き上げて最上へと押し付ける。
「は?」
「はい、持ってて下さい。何なら影連れてハンタースへ行って下さい」
「え、いえですから水篠ハンターが居ないと話に…」
「チビ。いいか?俺はこの部屋を何とかするからチビはこのダメなパパを俺の代わりに見張ってろ。俺が居なくても出来るな?」
真剣な顔をして目を合わせ、影に言い聞かせると影も同様に真剣な顔をしてひとつ頷く。
「あい!頑張る!」
「は?今ダメなパパって言いました!?しかも何勝手に決めているんですか!ここは僕の家ですが!?」
「知っています。俺の家ならこんな汚くすること自体あり得ません。わかったらさっさと行ってください。邪魔です。はい、いってらっしゃい」
文句を言う最上の背をグイグイと押し、外へと叩き出す。他人の家だろうが知った事か。何がクリーニング、何が新品を買うだ勿体無いことを!おまけにそれだけではいつまで経っても部屋が片付かないだろうが!
「…先ずは洗濯からだな」
***
影と共に叩き出された最上は呆然とドアの前に立っていた。なんだあの強引さは。話を聞かない節は前からあったがあれは最早横暴の域だろう。しかも家主を邪魔扱い。
しかし、ハウスキーパーを家に入れることはおろか白川や黒須すら入れたことが無かったのに何故水篠は平気だったのだろうか
「…は?」
いきなりの事に自分の思考がまるで追いついていない中、影が話しかける。
「パパ?はんすーすいこ?」
「ハンタース、です。…はぁ、このままでは何度入っても叩き出されるでしょうから行きますか…」
こんなに人に振り回されたのは人生初かもしれない。
先ほどよりも疲れた顔をして影を抱きかかえハンタースギルドへと車を走らせた。
***
「…よし!!!」
邪魔な最上を追い出した後。
洗濯、洗い物、片付け、掃除と俊敏さを存分に活かし、急いで全てを終わらせた旬は綺麗に片付いた部屋で一人達成感に満ち溢れていた。
「この部屋こんなに広いのにさっきまで狭いワンルーム位のしか足の踏み場なかったもんな…本当にあの人どんな生活してるんだ」
シャツやスラックスも同じものが何着もあるし、お金に困っていないのはわかりきっているのだがいくら何でも金の力で解決しようとし過ぎだろう。
いや、金で解決するのはまあ良いが、ここまで何も出来ないのなら神経質とか言ってないでハウスキーパー雇え。
「…今までよく隠してたな。まだ帰ってこないみたいだし、アイロン掛けするか…」
もうここまで来たのなら今更だ。とことん綺麗にしてから帰ろうと決意をして乾燥機に入れたシャツを取り出した。
***
ハンタースに影を連れて行ったら散々な目に合った。
水篠にそっくりな子供が平然とパパと呼ぶものだから質問攻めに合うし、影も影で愛想を振り撒くものだからメンバーが挙って餌付けをし始め会議は碌に進まないし、何故か向坂ハンターは殺気を向けてくるし。
最上は基本自身が行った行動に後悔をしないように生きていたが、今日ばかりは迂闊にパパと名乗った事に本気で後悔を感じていた。
A級ゲートをクリアした時よりも酷い疲れを感じながら何とか会議を終わらせ、影を連れて帰宅する為車を走らせる。明日は休みにしよう。
「パパ!みんなやさしかったねえ!おねえさんもおにいさんもおかちたくさんくれた!」
「…ええ、よかったですね」
「うん!」
くそ、水篠ハンターがいればここまで疲弊する事はなかったのに…帰ったら絶対に説教します。
水篠への怒りを蓄積しながら車を運転し、着いた頃になると影はすっかりと寝てしまっていた。
「はぁー…こんなに全ての予定が狂うのは初めてです」
仕方なく影を抱え、ドアを開けると埃一つない綺麗な廊下が目に入った。
「…?僕、今部屋を間違えて開けましたか?」
いや、そもそもこのフロアは自分の部屋しか存在していないのだから間違えようがないのだが…?
困惑しているとパタパタと足音がしてガチャリとリビングから水篠が顔を出す。
「最上さんお帰りなさい。…あ、チビ寝ちゃったんだ。じゃ俺預かるから手洗いしてきて」
「え?あ、はい…?」
余りにも自然にお帰りと言ってチビを抱えてリビングへ戻っていく水篠に何も言えないまま、困惑したままに洗面所へ向かう。
訳が分からないままにリビングのドアを開け、今度こそ本気で部屋を間違えたと思った。
あれほど散らかっていた床には洗濯物一つ無く、散らばっていた余計な物は綺麗に整頓され棚の上や中に綺麗に配置されてあり、キッチンを見渡しても洗い物一つ残っていない。
それどころか何か良い匂いがするような…?
「どうです?綺麗になったでしょう?」
いつもの涼しい顔ではなく、どうだ凄いだろと言わんばかりの顔をしている水篠を呆然と眺める。
「……あの量を片付けてくれたんですか」
「はい、大変でした。あのさあ、最上さん本気でハウスキーパー雇った方がいいよ」
もう、と軽く叱るような口調で言う水篠に何を言えばいいのか珍しく思考が纏まらない。
「あの…ありがとうございます」
「はい。…まあなんか…無理やり追い出しちゃってすみませんでした」
流石にあの部屋をそのままには出来なくて…という水篠に無意識のうちに近付き頭を撫でていた。
「いえ、正直な所僕もあの惨状には辟易していたんです。本当に助かりました。有難う御座います」
借りが出来ましたね。何か希望する事はありますか?との問いかけに水篠が珍しく焦りだす
「え、あ、いえ、その俺が勝手にやったことだし」
「口止め料も含んでいますので遠慮なく仰ってください」
「…じゃあ今日泊めてもらってもう少し片付けても良いですか?洗濯は終わったけどまだアイロンがけも途中だし、料理も全部終わってないので」
一瞬ドキリとしたが続けられた言葉に呆れてしまう。片付けだけでも充分助かったのにアイロンがけに料理までやってたのか。道理で良い匂いがすると思った。
「それは構いませんが対価になっていません。本来僕がお願いする内容でしょう…」
「え、いや好き勝手した挙句に料理までしたから怒られるかなって…」
目まぐるしく変わる表情が珍しく、またとても可愛らしく見えるものだから笑みを浮かべてしまう。
「ここまでして頂いて怒るわけないでしょう。…もしかして僕の分の食事は無いんですか?」
「そんなわけないでしょう!?」
笑って揶揄うとびっくりした顔を素直に出すものだから耐えきれずに吹き出す。
「ふっ、ふふ、冗談です。ここまでして頂いたのに気遣いを疑う様な真似はしませんよ」
「…最上さんがそうやって冗談ばっかり言うから今日みたいな事になるんですからね」
ジト目で痛い所を付いてくる水篠に苦笑する。
「僕のこれは癖の様なものですので。ですが少しは身に染みましたよ、今日は結果的に助かりましたが」
再び水篠の頭を撫でながら告げると照れたのかそっぽを向いてしまう。
「ともかく!俺料理の続きしちゃうから、最上さんはお風呂先に入ってきて!下着とかは寝室に纏めてあるし、ちゃんとお湯も張ってあるので!」
そういいながら背をグイグイと押してくるが先ほどとは違い、気分良く言われたとおりに寝室で着替えを取り出し浴室へと向かう。
「あ、最上さん。使ったタオルとかも全部洗濯物は纏めて籠の中に入れといてくださいね」
「わかりました。…ふふ、まるで夫婦のようですね」
ふざけて言っただけなのだが顔を赤くして言葉に詰まる水篠にこちらもじわじわと羞恥心が出てくる
「…もう!いいから早く行けよ!」
「…っ、わかりました」
***
脱衣所も脱ぎ散らかした服一つ無くふわふわなタオル類がきっちりと並べられていて、水篠にここまでやらせたことに対し罪悪感を感じてきた。
「何を返せば良いんでしょうね…」
最初の頃ならば弱みを握られた、と危機感を感じただろうし、そもそも家に上げる事すらしなかっただろう。
ある程度性格を理解した今だからこそわかるのだが水篠は基本的に善良な人間だ。頼まずとも黙ってくれはするとは思う。だがそれではただ水篠の厚意に甘えるだけであり、そんなのは最上の年上としてのプライドが許さない。
「水篠ハンターの好きな物…?」
水篠自身情報保護申請を行っているので一般人は知らなくても当然なのだが、最上が調べてもE級の頃の話も碌に出てこなかった事を思い出す。
E級の最底辺ではきっと差別もされていただろうし、余り人と関わって来なかったのだろうと想像はつくのだが…
「こういう時に困りますね」
一人ごちながら服を脱ぎ、言われた通りに籠の中へ入れる。下着を脱ごうとして思い当たる。まさか自分は下着まで水篠に洗わせるつもりか?いや、そもそもこの着替えは?そう考えた時点で先ほどの水篠の言動を思い出し、既に手遅れな事に気付き頭を抱えた。
「10以上も年下にここまで世話を焼かせるとは情けない…」
顔を覆っていると水篠がガチャリとドアを開けて入ってきた為目を瞬かせる。
「…えっ!!最上さんまだ風呂入ってなかったんですか!?ご、ごめんなさい!!」
「大丈夫です。すみません、考え事をしていまして…脱衣所に何か用事でしたか?」
直ぐに扉を閉め出ていこうとする水篠を引き留め声を掛ける
「いえ、その、料理出来たから最上さんのシャツ先に洗っちゃおうかと思って…」
そのシャツ手洗いなので…と控えめにいう水篠に申し訳なさが更に積み上がっていく。
「…本当に手間を掛けてすみません…自分で洗いますので」
「俺は別に家事嫌いじゃないから良いんですけど…。それに最上さん洗い方わからないんじゃないんですか?」
こてっと首を傾げ、嫌味も何もなく純粋に疑問ですと書かれた顔を見てダメージを受けた。
「………お願いしても良いでしょうか」
「?はい、勿論。じゃあ俺はもう少ししたらまた来るのでゆっくり風呂入ってくださいね」
そのまま出て行った背中を見てため息を一つ。本当に情けない…
「さっさと入りましょう…」
これ以上の醜態は晒さないようにしよう、と意志を固め浴室へ入ったのだが、詰め替えるのが面倒で放置していた空のボトル等も片づけられているのが目に入り早くも心が折れそうになった。