最上×旬

あの日の事を、ずっと覚えている。


父さんが行方不明になって、母さんの手伝いを一生懸命するようになって、葵の面倒を見て。そうして年月が過ぎ去る中で当時の俺はそんな生活に少しの疲れを感じていた。
どうしていいのか、どうすればいいのか全くわからない迷子のような気持ちで公園の隠れられる遊具の中でぼーっとしていると、いつの間にか周りが騒がしくなっていたことに気が付いた。

「(何が、あったんだろう)」

気になって緩慢な動作で遊具から這い出ると、正面の雑木林の隙間から人間の物では無い目が覗いていた。

「ひっ」

思わず声を出してしまった瞬間、目が合ってしまった。逃げる間もなくモンスターが一目散に飛び掛かってくる。もう終わりだ、ここで死ぬんだとどこか他人事の様に考えながらも、救いを祈るようにギュっと目を瞑った、次の瞬間。

「そのまま目を閉じていなさい」

「えっ」

誰かの声が聞こえたと同時に強い風が通り過ぎる。そして直ぐに何かが爆ぜる音と熱風を感じた。

「……」

「……もう目を開けて構いませんよ」

黙ったまま蹲っていたのだが、聞こえた声に恐る恐る顔を上げる。

「っ!」

目の前には黒焦げになっている魔獣の姿。初めて見る死体に気分が悪くなって目を背けた。

「おや、魔獣が見たくて無謀にもこんなところに潜んでいたんでしょう?存分に見たら如何です?」

上から降ってくる温度の無い冷たい声。頭上を伺えば、真っ赤な髪のお兄さんが怒りを湛えた瞳で俺を睨んでいた。ピリ、とした空気に気分がさらに悪くなったが、震えながらも誤解を解かなければと声を出す。

「ま、魔獣が居るなんて、知ら、なかった」

「……はぁ。嘘は身を滅ぼしますよ。親御さんに連絡をします。さっさと立ちなさい」

「いった!」

メガネに触れながら馬鹿を見るような目で俺を見たお兄さんはため息をつき、俺の腕を引っ張って持ち上げた。その乱暴な動作に思わず声が出る。というか決めつけ過ぎだろ!人の話聞けよ!

「だから!知らないって言ってんだろ!?ここにいたのは一人になりたかったからで、魔獣騒ぎがあったならとっくに逃げてる!母さんと妹に心配かける真似なんかするわけないだろ!このっ……嫌味派手男!」

「なっ……!……はぁー……誰が嫌味派手ですかこのクソガキ。命を助けてもらっておいて調子に乗るんじゃ……おや、煤がついていますが意外と可愛い顔していますね」

「んむっ!さわんな!」

俺の言い返しに一瞬言葉に詰まったようだが、不機嫌そうに俺の顔を片手で掴んだかと思えば興味深そうに右へ左へとぐりぐり動かす。
その時、遠くから声が聞こえてきた。

「……最上ハンター!いらっしゃいますか!?申し訳ありません!ここの区域だけ避難指示が出ていなかったようです!魔獣の声で大半は逃げておりますが万が一民間人が居ましたら保護をお願い致します!僕は引き続き声掛けと後処理をして参りますので!」

「「……」」

頬を掴まれたままの俺と黙って見つめあうお兄さん改め最上さん。
やっぱり避難指示なんか無かったじゃないか。掴んでいる手を振り払って、睥睨を向ける。

「……なんだっけ?無謀だとか嘘は身を滅ぼすとかクソガキとか?」

「…………決めつけて申し訳ありませんでした」

物凄く悔しそうに謝る最上さんに溜飲が下がる。……そういえば俺もお礼言ってなかったな。命の恩人であることは間違い無いし、ちゃんと言わなきゃ。

「許してあげます。俺も、お礼が遅くなってごめんなさい。最上さん、俺のこと助けて頂き有難うございました」

「……」

きちんと頭を下げて感謝の気持ちを伝えれば、一拍開いて頭に手が載せられ、撫でられた。

「……素直な子は嫌いではありませんよ。どういたしまして」

先程とは違い、優しい声色で言われ顔を上げると満足そうに微笑んでいる最上さんがいた。……嫌味なだけの人じゃないんだ。

「さて、長居し過ぎましたね。君、名前は?」

「え?水篠旬、です」

「では旬。行きますよ」

名乗れば当たり前のように名前を呼ばれ、腕を引かれた。

「どこへ?」

「話を聞いていなかったんですか?民間人が居たら保護を、と先程言われていたでしょう」

そういえばそんなことを叫んでいた人がいたな、と思い出すと同時にこのままでは母さんに知られてしまう事に気が付き、と足に力を入れて抵抗する。

「い、行かない!」

「はあ?旬。我儘を言うんじゃありません。他の人間が嫌なら特別に僕が親御さんのところまで送ってあげますから。ほら、行きますよ」

けれど相手は実力のあるハンター。俺の抵抗なんて何も感じていないかのようにズルズルと引っ張られる。

「ちが、違うって!最上さん待って!俺母さんに心配かけたくない!」

「は?」

公園の入口まで引きずられて、ようやく止まってくれた最上さんに仕方なく事情を話す。

「俺の家父さん居なくて。母さんが一人で俺と妹の面倒見てくれてるんだけど……俺が魔獣に襲われたなんて知ったら母さん心配するだろ?余計な心配かけるとか……それが、いやだ」

「……」

俺が二人を守らなきゃいけないのに、と呟く。最上さんからの言葉は無くて、こうなれば隙を見て逃げ出すしかないか?と脳内で作戦を練っていると、再びあきれ交じりのため息が聞こえてきた。

「……はぁ。子供が見栄を張って何になるんですか?馬鹿ですね」

「っ!……?」

ムカついて言い返そうと顔を上げる。ただ、不思議なことに最上さんの表情はさっきのように優しく微笑んでいた。

「今回だけですよ。……ほら、何をぼーっとしているんですか。さっさと反対のフェンスの向こうにある裏道から帰りなさい。僕が見逃してあげるんですからほかの人間に見つかるようなへまをするんじゃありませんよ」

「……いいの?」

「僕が良いといえば良いんです」

横暴な言葉を笑って言いながら俺の肩に手を置き、身体をくるりと反転させた。そして道を指し示す最上さんにお礼を、と首を傾けたのだが……。

「んぶっ!な、なに!?」

「煤の付いた顔で帰ったら親御さんに気が付かれるでしょう。大人しくしていなさい」

顔面にハンカチを押し付けられ「土までついていますよ、全く」とかぶつくさ言いながら存外乱暴な手つきで首や手まで拭われる。

「……まあいいでしょう。可愛い顔をしているんだから身なりには気を配りなさい」

「……ありがとう。……?」

不承不承ながら礼を言えば、手にハンカチを押し付けられた。

「そのハンカチは差し上げます。家に入る前にもう一度拭いて身なりを整えておきなさい。ばれたらこちらの責任にもなりますからね」

「えっ、いや俺もハンカチくらいあるから!」

「わざわざ汚れたハンカチを二つに増やす必要はありませんよ。いいから早く行きなさい。僕も忙しいんです」

高そうなハンカチを貰うわけには、と返そうとしたけれど……最上さんは俺の背を押しながら早くいけ、と急かす。
申し訳なさを抱えながらもそのハンカチをポケットに仕舞うと満足そうに頷いた。

「それで良いんです。……旬。一人で抱えるのは結構ですが、今回は運が良かっただけで一歩間違えれば死んでいたでしょう」

「……はい」

「確認が甘かったこちらの不備ではありますが、一人でいるにしてももう少し人通りが確認出来る場所にいるようにしなさい。世の中には人攫いというものもいます」

「わかりました」

言い聞かされる内容は納得出来るものだったので素直に頷いて返事をする。

「馬鹿ではないようですので大丈夫でしょう。……ああ、ついでにこれも差し上げます」

「え?名刺?」

渡されたのはギルドのロゴが入った名刺。最上さんの顔と名刺を交互に見れば、無理やりポケットの中に名刺をねじ込まれた。

「まじまじと見なくていいです。僕も慈善事業をしているわけではありませんが、困ったら一回だけ話を聞いてあげます」

「なんで?」

「……ふむ」

ここまでしてくれる意味が分からなくて、素直に問えば何故か最上さんの方が考え込んでしまう。

「……気に入ったから、ですね」

「え?」

暫く返事を待っていると思いがけないことを言われた。気に入った、って……俺を?

「……細かいことはいいでしょう。兎も角、僕に何か相談があれば連絡しなさい。いいですね?」

「細かくは無いと思うけど……わかりました」

「よろしい。……おや、本当に長居をし過ぎましたね、僕はもう行きます。旬。寄り道せず真っすぐ帰るんですよ」

「そこまで子供じゃないって!」

答えを煙に巻いた最上さんは時計を見て足早に去っていく。
あの人俺のこと幾つだと思ってるんだと内心でため息を吐きながらも、心配されるというのも悪くない。そうして俺は軽くなった足取りで最上さんの忠告の通り見つからないようにこっそりと家に帰ったのだった。


***

「あ、こんなところに入ってたんだ。道理で」

荷物の整理をしていると懐かしいものを見つけた。
覚えていないだろうけど折角いるのだから本人に見せてやろう、と振り向いて同じように整理をしている真さんに声をかける。

「真さん、見てこれ」

「何ですか?僕は今忙し……っ!?」

「えっ、わ、早っ」

ハンカチと名刺を見せれば目を見開いた真さんが即座に近づいてきて、俺の手を勢いよく掴む。

「……旬?」

「うん……?」

「……そうだ、名乗ってましたね……確かに水篠旬と……くそ、僕としたことが……!」

ぶつぶつと何かを言いながら、物凄く悔しい表情を浮かべている真さんに恐る恐る問いかけた。

「もしかして覚えてる?」

「覚えてるに決まっていますが!?というか旬!あの時どこから来ていたんですか!後日、近隣中の学校全て探したんですよ!?」

当時の俺と今の俺が繋がってはなかったみたいだけど、覚えていた事と凄い勢いで肯定されてその勢いに驚き少しのけぞってしまう。……ん?学校……?

「あの、真さん」

「大体どうして電話もかけてこなかったんですか?お陰で僕は旬を手に入れるまでにこんなに時間がかかったんですよ!?学生の内から手に入れて僕の傍で全てを教え込み、僕好みに躾けようと思っていたのに……!旬がさっさと電話をしてきてさえいれば僕のギルドにも所属してハンタースが世界で一番のギルドになっていたかもしれません!……なんですか」

「俺と会ったの何年前だか覚えてる?」

「は?そんなの覚えてるに決まっているでしょう。5年前に…………?」

悔しがっている真さんには悪いが、これだけは確認しておかなければ。
……というかなんか躾けるとか物騒なことも口走ってなかったか?

「……旬。今いくつですか」

「24」

「年齢詐称はよくありませんよ」

「してない。というかそれを言うなら真さんの38歳も嘘だろ」

考え込んだ真さんが失礼なことを言うので嫌味で返す。というか俺よりもこの人の方が本当に詐欺だと思うんだけど。

「うるさい。……つまり、あの時既に学生では無かった、ということですか?」

「そう」

驚愕の表情を浮かべて俺に確認を取る真さんに真顔で頷いた。

「「……」」

「……早く言え!!」

バンッ!っと近くにあった空の段ボールが叩き潰される。解体する手間省けたな。

「何で言わなかったんですか!?合法的に連れ帰れたじゃないですか!!」

「なんで連れ帰ろうとしてるんだよ」

「好みだったからに決まっているでしょう!?学生なら外堀埋めてからにしようと考えて逃がしてやっただけですよ!」

……恋人にする相手を間違えたかもしれない。

「って、え?……好みだったの?」

「!……いえ、別に。……まあ終わったことを気にしてもしょうがないですね。片付けの続きをしましょうか」

俺が尋ねれば、急に冷静になったような振りをしてその場を離れようとする。赤面してるの見えてるんだけど。……随分と可愛い反応を見て、言う気になった。真さんの肩に手を置いて呼び止める。

「真さん」

「うるさいです」

「俺の初恋、真さんだけど」

「…………は?」

ポカン、とした表情で振り向いた頬にキスをする。

「顔も好みだし、格好良い大人を見せつけられたら惚れるに決まってるでしょ。というわけで、俺ちょっと出かけてきますね」

「は?……はぁ!?どういうわけですか!待ちなさい!旬!」

叫ぶ真さんの声を影の中で聞きながら、頬が緩んでしまってどうしようもない顔をそっと覆った。











11/11ページ
スキ