犬飼×旬

休日。
家でゴロゴロと横になっていたらインターフォンの音が聞こえた。
折角休んでいたのに誰よもう…。

「はいはーい」

ガチャリとドアを開けて相手の姿を確認する。目の前にいたのは最近よく見かける協会のイケメンなお兄さんで…えーっと名前は…。

「あ、犬飼さん…ですよね?こんにちは」

「こんにちは。突然の訪問申し訳ございません。水篠ハンターはいらっしゃるでしょうか」

「兄なら多分部屋にいると思います。…呼んできますね」

「お手数をおかけいたしますがよろしくお願い致します」

相変わらず私にも丁寧に接してくれる姿に思わずにこにこと笑ってしまう。テンションが上がりながらお兄ちゃんの部屋へと向かい、ノックをした。

「おにいちゃーん?起きてるー?犬飼さん来たよー!」

「は!?なんで!?」

部屋の中からどたどたと音がして、ドアが勢いよく開く。

「もうお兄ちゃんっ!ぶつかったらどうすんの!危ないじゃん!」

「あ、ああ、ごめん。…犬飼課長は?下?」

「いや、玄関」

そういうと足早に向かって行ったは良いけど…お兄ちゃん寝ぐせ凄いんだけど大丈夫かな。

***

「犬飼課長?何か緊急の用事でしたか?」

「いえ、そういうわけでは…」

いつも通りの表情で水篠ハンターが近づいてきたのだが…僕の視線は頭上に固定されてしまっている。

「?」

「っ、ふふっ、っく…!」

こてりと首を傾げた幼い仕草に堪え切れなくなり吹き出してしまった。
更に怪訝そうな顔をする水篠ハンターに答えを教える為、そっと髪へと手を伸ばして撫でつける。

「寝ていらしたところ申し訳ございません。…可愛らしい寝癖がついていますよ」

「っ!な、直してきます!!」

僕の指摘で状況を把握したのか、顔を赤く染めて廊下をかけていく水篠ハンターの背をくすくすと笑いながら見送る。すると葵さんが戻ってきて、楽しそうに口を開く。

「犬飼さんってもしかしてお兄ちゃんの事…」

「…葵さんは慧眼でいらっしゃいますね」

「やっぱり!?犬飼さんなら義兄さんになっても良いですよ!」

暗に肯定すれば思った以上の勢いで食いつかれる。年相応の好奇心と期待に満ちた目に微笑ましい気持ちになって。

「有難う御座います。その際は改めてご挨拶に伺わせて頂きますね」

「犬飼課長!?何言ってるんですか!?」

その時、キャーと顔を覆う葵さんを押しのけるように水篠ハンターが戻ってきた。
まだ顔は赤く、寝ぐせは無理矢理直したのかまだ跳ねている箇所があって。再び手を伸ばし軽く手櫛で整える。

「ふふ、まだ少し残っていますね」

「っ!…犬飼課長のご用件はなんなんですか!」

一歩身を引いて手を外される。撫で続けられなかったことを残念に思うが、猫の様に威嚇してくる様も可愛らしくて仕方がない。

「本日は協会にて会議の予定がありますのでお送りしようかと」

「…俺、子供じゃないので自分で向かえますけど」

「存じ上げておりますが、少しでも水篠ハンターとの時間が欲しくて勝手ながら迎えに上がらせて頂きました。…僕に送らせて頂けませんか?」

「~~~っ!!」

手を握り微笑むと兄妹揃って同じように真っ赤な顔をするものだから此方も段々と楽しくなってきてしまう。まあ、その後の反応は随分と違うものだったが。

「犬飼さん凄い…イケメン過ぎる。…ねえ、お兄ちゃん!この人逃しちゃ駄目だよ!絶対良い旦那さんになってくれるって!」

「ゆ、揺さぶるな!というか旦那ってなんだよ!」

「お兄ちゃんが嫁でしょ!?」

「違う!!」

「来て頂けるのでしたら是非ともお願いしたいと思っておりますが」

「犬飼課長も何言ってるんですか!」

仲の良い会話につい口を挟むと、キッと睨みつけられる。
だが、羞恥心からか涙目になっているので全く怖くない。…というか煽られているのかとすら思う。

「申し訳ございません。ですが正直な気持ちです。…僕は水篠ハンターに好意を持っているとお伝えしたでしょう?」

「そ、れは…聞きました、けど…っ」

再び距離を詰め、頬を優しく包んでこちらを向けさせる。

「嫌では無いと仰っていましたよね?先ずは水篠ハンターの送り迎えを…貴方と過ごす時間を頂けませんか?」

「わかった!わかりましたからっ!離れて下さい…っ」

「ありがとうございます。…これくらいはさせて下さいね」

漸く了承の言葉を引き出し、額にキスをひとつ。

「〜〜〜〜!!!」

そうして声なき声を出してぺたりと床へ座り込んでしまった水篠ハンターに笑って、そっと手を差し伸べた。

***

あの後、結局押し負けた俺は犬飼課長の車に乗せて貰い、協会へと向かっている。
完全に掌で転がされているようで不服だ。

「…っ、ふふ…!些か強引だった事は謝罪しますので、可愛らしく頬を膨らませて抗議するのをやめて下さい。運転に集中出来なくなります」

「っ、膨らませてなんか無いですけど!」

急に吹き出した犬飼課長が、笑いながら言う。そんな事した覚えはない!

「ふふ、無意識でやられていたのですか?それはそれで可愛らしいですね」

「可愛くない!」

抗議を口にしても犬飼課長はまだクスクスと笑っていて。ムッとした顔をした後に気が付いて頬に手を当てる。今もしかしてやってたか!?

「ん゛っ…ふふ、っ、はは!申し訳ございません、少し待ってください…!」

「笑ってないでください!」

その動作がツボに嵌ったのか、車を路肩に停めてまで笑い出した。…犬飼課長ってこんなに笑う事あるんだ。それにしても…。

「…笑い過ぎじゃないですか」

「ふっ、くっ、あはは!…すみません、以前から思っていましたが、最近尚更水篠ハンターが可愛らしく見えてしまって」

「…可愛くない」

「ふふ、いいえ。貴方は可愛らしいですよ。…車内でなければもう一度触れたいと思う程に」

笑っていたかと思えば、バックミラーから流し目を送られドキリとする。最近の犬飼課長は本当に質が悪い…!
熱を持ち始めた顔を誤魔化そうと、視線を逸らして窓の外を見る。

「…あ」

ふと窓の外を見ると梅の花が沢山咲いていて目を奪われた。

「?…ああ、ここの公園は紅梅も白梅も沢山植えられていますね」

「綺麗ですね」

「少し見ていきましょうか。駐車場に停めるのでお待ちください」

「えっ、いや、そこまでしなくて大丈夫です!もう充分見たので!」

話を逸らす目的もあったが他愛ない世間話のつもりだったのに、犬飼課長は俺の静止も聞かず車を駐車場に停めてしまった。

「さて、行きましょうか」

「…本当に窓から少し見るだけで良かったんですけど」

「会議まではまだ余裕がありますし、何よりも僕が水篠ハンターと歩きたいんです。…駄目でしょうか?」

「~~~っ!だからそれ!狡いと思います!」

俺の為に車を停めた筈なのに、そういう言い方をするのは本当に狡い!

「本音ですので。…それでは行きましょうか」

「っえ?…あ、あの犬飼課長…?」

「何か?」

「な、何かじゃなくて…!手…!」

物凄く自然に手を握られて、当たり前のように歩き出した犬飼課長の背を引き留める。こんなの恥ずかしくて歩けるわけないだろ!?

「…僕に手を握られるのは嫌ですか?」

「嫌じゃないですけど、そういう事じゃなくて…!」

「…では、こうしましょう」

悲しそうに眉を下げる姿を見ては無下にできず、否定の言葉が口をついて出てしまう。
すると嬉しそうに微笑んだ犬飼課長が俺の手を離し、腰を引き寄せられる。

「っ!!」

「これならば手ではありませんから。良いですよね?」

「もっと良くない!っ、まだ手の方がマシです!」

密着している分、犬飼課長の体温が直に伝わってきて、先ほどよりも自身の顔に熱が集まるのがわかった。

「ふふ、ではこのままか、手を繋ぐのか水篠ハンターがお選び下さい」

「………手、で」

「はい。それでは行きましょう」

意地悪な質問に俺が絞り出すような小さな声で答えれば、さらりと再び手を握られて。
歩き始めてから気付いたが、これ答えなくても良かったんじゃないか…!?

「…犬飼課長」

「はい」

「俺、今答えなくても良かったですよね」

「ん゛っ!…っ、ふふっ!…気付かれてしまいましたか?」

歩きながら俺の言葉に吹き出した犬飼課長が、目的の梅の花の前で俺の方へ振り返る。
…犬飼課長って男の人なのに綺麗だな。

「……」

「水篠ハンター?…機嫌を損ねてしまいましたか?」

手を握ったまま不安げに俺の顔を覗き込む。…あれだけグイグイ来てたくせに。ちょっとはやり返してやろうと笑って口を開く。

「犬飼課長が綺麗だなって思ってました」

「っ!」

目を見開いて驚く犬飼課長に少し溜飲が下がる。俺を散々慌てさせたんだからこのぐらいは可愛い物だろう。

「……今の水篠ハンターの方が綺麗です」

「へ?…っん…!?ちょ、ン!んんぅ、っ…はぁ、ん、んむ…っは…」

「はぁ…ふふ、その真っ赤な顔ではやはり可愛らしいという方が似合うかもしれませんね」

綺麗だと返され、間抜け声が出てしまった。
それと同時に腰を引き寄せられ、先日の触れ合うだけの口付けとは違い深く口内を弄られる。
初めての感覚に力が入らなくなって、崩れ落ちてしまったのだがすかさず身体を犬飼課長に抱えられた。

「な…なに、するんですか…っ!」

「梅の花の下で微笑む水篠ハンターに惹かれて、つい。…ですが、嫌ではないですよね?」

先ほどの不安そうな顔はどこに行ったのか。
意地悪く笑って俺に返答させようとする姿にちょっとムカッとする。

「その聞き方は狡いと思います…意地悪」

「っ!…その返答の方が余程狡いです」

先ほどは目を見開いていただけだったというのに、なぜか顔を赤く染めた犬飼課長が口元に手をやり、俺から視線を逸らす。

「…」

「…」

何か言わなければと思うのだが、何を言えば良いのかまるで頭が働かなくて。視線を彷徨かせていると握った手に力を込められ、そっと犬飼課長の方へ視線を戻す。

「…水篠ハンター…いえ、水篠さん」

「は、はい」

「貴方の事が好きです。どうか僕を選んで下さい」

「!!」

真っ直ぐ見詰められ、再びされた告白に心臓が凄い勢いで脈打ち始める。

「水篠さん。あの時は嫌では無いから困っている、と仰っていましたが…今は?」

「ぁ…」

「水篠さん…いえ、旬さん。どうか答えを下さいませんか?」

重ねて問いかけられるが、今こっちは心臓の音がうるさ過ぎてそれどころじゃないんだからちょっと待って欲しい。

「旬さん?」

微笑みながら覗き込むな!…ああほら、俺の心臓の音がもっとうるさくなったじゃないか!

「~~~っ!もう!心臓の音がうるさくなるから黙ってて下さい!」

「っ、ふふ、っく、あはは!」

「なにを笑っているんで、っん、んぅ…っ、ふ…は、ぁ…」

いきなり笑い出したので怒ろうとした声は犬飼課長の唇で塞がれてしまった。抗議の意味を込めて睨んでも犬飼課長は蕩けんばかりの笑みを浮かべていて…。

「既に一番の答えを頂いてしまいましたが、僕は心配性なので言葉でも欲しいです。…旬さん、僕の事好きですか?」

嬉しそうな表情と声を向けられて、俺自身も嬉しさを自覚した瞬間に白旗を上げた。

「……すき」

「!…もう一度、お願いします」

「い、犬飼さんの事が…俺も好き、です…」

「ありがとうございます。…もう一度、キスをしても?」

頬に手をあて、至近距離で尋ねられるが…。

「…散々しておいて今更聞くんですか」

「先程までは意識してもらう為でしたが、恋人になったのですから了承は得ないといけないでしょう?」

…それは普通逆じゃないのか、とほんの少し呆れた気持ちを抱えながらも口で言うのは恥ずかしいので黙ったままそっと目を閉じる。
ふ、と微笑んだような吐息がかかり、唇に触れるだけのキスが落とされた。

「…幸せです。今ならS級の方々に勝利出来そうですね」

唇が離れると、そんなことを言うものだからうっかり笑ってしまった。

「ふふっ、そこまで?」

「ええ。きっと今の僕ならば旬さんに勝利を捧げられますよ」

「じゃあ今度やってみてもら…っあ!!会議!!」

「!」

冗談に乗ろうとした次の瞬間、会議の事を思い出した。拙い、かなり時間が経っている気がする…!!

「っ!申し訳ございません!ギリギリ間に合うくらいではあるのですが…急いで向かいましょう」

犬飼課長もすっかり忘れていたようで、腕時計を確認し、俺の手を引いて車へと走り出した。

***

「遅くなってすみません…!」

「申し訳ございません」

協会に着いたのは会議の開始時間丁度で、謝罪しながらの入室となってしまった。
旬さんにまで頭を下げさせる形となってしまい本当に申し訳ない。想いが通じたのが嬉しかったとはいえ浮かれて時間を忘れるだなんて…協会員として、年上として情けない限りだ。

「いえ、丁度ですし問題ありませんよ。…犬飼、珍しいな」

「申し訳御座いません」

「あ、あの会長!犬飼さんは悪くなくて、元々俺が車から見た梅の花に興味持った事が原因で…!」

「…ふむ。犬飼”さん”ですか…迎えに行った甲斐はあったようだな?」

「…あ」

会長が僕の事を庇ってくださった旬さんの言葉を耳聡く拾い、愉快そうにこちらへと話を振る。やってしまったという顔をする旬さんを横目に静かに頭を下げる。…この方は全てわかっているんだろうな。
しかし、そうなると黙っていて下さらない方々が当然の如く出てきてしまって。

「…どうやら随分と抜け駆けが得意な方がいるようですね?」

「そもそも送り迎えなんてされたことねえけどなあ?白川、あるか?」

「いいや。無いな。わざわざ迎えに行くとは…随分殊勝な心がけですね。犬飼課長」

剣呑な目で交互に言い募る三人に内心ため息を吐く。
旬さんは先ほどの口を滑らしたことで動揺し、話を聞いていないようだし、会長は完全に面白がっているようで。
…面倒だな。旬さんにちょっかいをかけられるのも困るし、後で怒られるかもしれないがここで三人纏めて片づけてしまおう。

「水篠ハンターは国家権力級として我が国の最重要人物といっても過言ではありませんので、僕が迎えに行く事は別におかしなことではありません。それに…恋人を迎えに行く事に何か問題が?」

「「「!」」」

「ちょ…犬飼さん!?」

真っ赤になって焦っている旬さんには申し訳ないが、腰を引き寄せ隣に立ってもらう。

「間違ってはいないでしょう?」

「~~~っ!!」

口ごもった旬さんの表情を見て、僕が言っていることが本当だと気付いたのか一斉に空気が張りつめ、視線に殺意が混じり始める。

「…本当に、とんだ抜け駆けしてくれるじゃねえか」

「無口だと思っていたが…そういった事には口が回るようだな」

「口説いていたから遅くなったと?…冗談も程々になさってくださいね、犬飼課長」

「冗談では有りませんよ。御覧の通り、旬さんは僕の恋人になりましたので今後安易な手出しはどうぞお控え下さい」

「安易、ねえ…」

「水篠ハンターから来たのならば話は別だろう」

「ああ、成程。良い事を言いますね白川社長。当然、振られる可能性もゼロでは有りませんからね」

「そうそう、振られてから口説きなおせば良いからなあ?」

勝手な言動に若干の苛立ちが過る。…既に協会員としての分は過ぎてしまっているだろうが、会長も愉快そうに見守っているくらいだ。少しくらいなら許されるだろう。

「それはご心配頂いた所申し訳ありませんが…」

「えっ?———っん!?ん、ンぅ…ッ、ま、って、いぬかいさ、っんん、っ…ふ、はぁ…っ」

旬さんを引き寄せ、見せつけるように口付けをした。最初は抵抗をしようとしていたのだが、舌で口内を弄ればすっかりと力が抜け、弱弱しく僕のスーツを掴むだけになった。

「…旬さん」

「はぁ…っ…?」

「あちらの御三方に、旬さんの気持ちを教えて差し上げて下さい。…僕の事、好きですか?」

「ぁ……っ、すき」

息を乱しながら頷く旬さんに微笑み、口角を上げたまま正面へ向き直る。

「そういう事ですので、振られる心配は御座いません。ご安心ください」

「…会長、協会員の教育をし直した方がいいのでは?」

「随分とまあ大きく喧嘩売ってくれるじゃねえか」

「真面目そうな顔をして…油断ならない男ですね」

最早魔力まで滲み出ているが、どれだけ怒りに満ちようとも旬さんは僕の恋人なのだから何も臆する事はない。

「お褒めの言葉として受け取っておきます」

そう言って、見せつけるようにもう一度口付けた。










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