犬飼×旬


「おにいちゃーん!!おはよう!朝だよ!ほら、起きて!」

葵の大きな声と共に布団がゆさゆさと揺すられる。うるさいな…。

「…なんだよ…今日は休日だろ…」

「そうだけど!出かけた方がいいって!」

「耳元で騒ぐなって…」

出かけた方が良いってなんなんだ…。眠い目をこすりながら仕方がないと起き上がる。

「ふぁ…そんで、なんだって?」

「あのね、今日はポッキーの日だから、それにかこつけて例の人に告白してくるか、ポッキーゲームでもして意識させて来なよ」

はいこれ着替え、スマホ、ポッキー、と寝ぼけ眼の俺のベッドの上に物が置かれていく。
いや待て。葵今なんて言った…?

「今なんて…?」

「?片思いの相手にアピって来なよって」

「なんっ、なんで知ってるんだよ!?」

驚いて眠気も飛び、目を見開いた俺を見て呆れたようにため息を吐く。

「なんでもなにも、あんなに大好きですって目で見てたらわかるに決まってんじゃん。お母さんも知ってるよ」

衝撃の事実に固まった俺の手に着替えを押し付けて、葵が腰に手を当て偉そうに言う。

「いーい?お兄ちゃんは顔も良いし料理も出来る。前は頼りないところもあったけど今は無いし、なによりも私のお兄ちゃんなんだから断られる訳が無い!びくびくしてないでもうそのまま告白まで行ってらっしゃい!」

じゃ、頑張ってよ!と言うだけ言って去っていった葵。私のお兄ちゃんなんだから、はまるで理由になってないだろと思いながらも可愛い妹の激励に、まあ起こされてしまったし会いに行くくらいなら良いかと着替え始めた。

***

バタンと勢いよくお兄ちゃんの部屋の扉を閉め、この後の展開にわくわくしながらお母さんの居るリビングへ飛び込んだ。

「お母さん!お兄ちゃんやっぱり気付いてなかった!」

「まあ。あんなにわかり易い視線を向けていたのに?」

お母さんの疑問に勢いよく頷く。

「そうなの!あんなに大好きですー!って目を向けてたのにまるで気付いてないんだよ!」

「そうなると…あの子、お相手が訪ねてきたことも知らないのかしら?」

「あの反応は絶対両片思いだって知らないよ。そろそろ告白したいから協力して欲しい、だなんて言われた時にはびっくりしたけど…まあ、あの人にならお兄ちゃんを任せてもいいかな」

「そうね、とても誠実だったもの。…それにしても葵、ポッキーの日にこじつけて旬を追い出すなんてよく考えたわね?」

「うん、カレンダー見たらたまたま気付いて。お兄ちゃんは勢いに弱いからそれでいけるかなって」

旬の事よくわかっているわね、と笑うお母さんに向けて自慢げにそうでしょ?と同じような顔で笑う。

「きっと全て上手くいくわ。…ふふ、お付き合いの報告が楽しみね」

その言葉に、ふと今日告白されて付き合い始めたらもしかするとお兄ちゃんはこの家を離れてしまうかもしれないと気付いてさっきまでの楽しい感情が沈んでしまう。
その変化に気付いたのか、お母さんがそっと頭を撫でてくれた。

「大丈夫よ。旬は小さい頃から葵が大好きなんだもの。突然出て行ったりはしないわよ」

「…そうかな?」

「ええ。貴方が生まれた時からずっと旬の一番は葵よ。だから寂しくなるかもしれないけど、ちゃんと葵と話し合って決めてくれると思うわ」

「そっか…うん、きっとそうだね。…あーあ、帰ってきたらからかってやろーっと」

「程々にするのよ」

二人でくすくすと笑っていると漸く支度を終えたお兄ちゃんがリビングへと入ってきた。

「旬、おはよう。朝ごはん食べる?」

「おはよう、母さん。…いや、先に用事済ませてくるから」

「お兄ちゃん、告白頑張ってね~」

わざとふざけて言うと軽く頬を抓られた。もう!照れ隠しが雑なの!

「いったーい!お母さん!お兄ちゃんが苛めるんだけど!」

「うるさい。余計なこと言うな。…行ってきます」

「あらあら。余り苛めちゃ駄目よ?…いってらっしゃい。お相手の方に宜しく。頑張ってね」

「母さんまで……」

お母さんの言葉にとどめを刺されたかの様にがっくりと肩を落としながらトボトボと出て行ったお兄ちゃんを見て目を合わせまた笑った。

「ま、本当に頑張るのはあの人の方だしね」

ここまでお膳立てしてあげたのに、もし失敗したら絶対に義兄さんなんて呼んでやらないんだから。

***

僕は今、かつてないほどの緊張に襲われている。
先ほど上手く誘導して頂けたと葵さんから連絡があり、出勤してすぐ身支度を整えてロビーにて水篠ハンターを待っているのだが…告白に失敗したらどうしたら良いのか…。
好かれている、とは正直思っている。それは葵さんからも周りからも太鼓判を押して頂いていて、あの視線に込められているのは恋愛的な好意だと9割方確信は持てているのだが…もしもそれが全て自分の自惚れだとしたら?水篠ハンターのあの視線は何か違う意味が込められているのだとしたら?断られるかもしれないという可能性を捨てきれないでいて。
そうして悩んでいると、目当ての人物が現れたので早まる鼓動を何とか鎮め、そっと近づいた。

「こんな早朝から来ても犬飼課長が都合よく居るわけないんだよな…」

「水篠ハンター」

「っわあ!?…い、犬飼課長、いつの間に」

珍しく気配を読んでいなかったのか、独り言を呟く水篠ハンターに背後から声をかければビクっと身体を跳ねさせてわかり易く驚く姿に笑みがこぼれ、先ほどまでの緊張が溶けていく。

「驚かせて申し訳ございません」

「え、あ、いや。俺の方こそ、すみません」

「朝早くからいらっしゃるとは…緊急の用事でしょうか?」

「いえ!そういうわけじゃなくて…あの、本当にくだらない事なんですが少しお時間良いですか?」

「勿論です。では立ち話もなんですからこちらへ」

わかっているのに尋ねる自分は性格が悪いな、と内心で思いつつも応接室へと案内する。
時折振り返りながら水篠ハンターの様子を伺っていると、黙って顔を赤くしながらついて来ていて…期待が高まっていく。
そして応接室に入ると水篠ハンターがおずおずと話しかけてきた。

「あの、犬飼課長は今日が何の日か知っていますか?」

「いえ…何の日でしょう?申し訳ないのですが、僕はイベント毎には疎いもので…宜しければ教えて頂けますか?」

本当は葵さんから聞いているのだけれど、引き続き敢えて素知らぬ振りをする。

「ポッキーの日、だそうです。それで…その…お、俺とポッキーゲームしませんか…?」

耳まで赤く染めながら誘ってくる水篠ハンターの初心さに微笑ましさすら感じてしまう。
いくら他人からの好意に鈍いと自覚している自分でも、こんな目で見られれば好意に気付くに決まっている。…いや、まだだ。結論を急いてはいけない。

「構いませんよ。それでは…どうぞ、水篠ハンターから銜えて下さい」

ポッキーを受け取り、銜えるようにと口元へ差し出すと素直に口を開けて挟む。
逃げられないように頬を両手で包むと、既に目をぎゅっと瞑っていて。
クスリと笑いながら自分も反対側を銜え、開始の言葉も何もなく少しずつ噛んで距離を詰めていく。
そして硬直したまま動かない水篠ハンターの唇にそのままリップ音を立てて口付けをすると、目をまん丸に見開いて口を開くものだからすかさず舌を入れ、深く口付ける。

「っえ!?…っんん、んぅ…ぁ!?んむっ、ふ、ぁ…っ!ンっ…は、ぁ…」

二人を結んでいた銀糸がぷつりと途切れた瞬間、腰が砕けたのか座り込みそうになる水篠ハンターを手早く支えた。

「大丈夫ですか?」

「ぁ…な、んで…?」

息継ぎが上手く出来なかったのか涙目になった顔を向けてくる水篠ハンターに今度は触れるだけの口付けを落とす。

「水篠さん。貴方が好きです。僕の自惚れで無ければいいのですが…どうか、良い返事を頂けませんか?」

目を合わせ微笑みながら伝えたが、心臓は破裂しそうなくらい鼓動が早い。けれどここまでお膳立てして頂いたのに格好悪い告白は出来ないと動揺を必死で抑え込む。

「ぁ…俺、も…犬飼さんが…好き、です」

そっと腕の中で呟かれた言葉に喜びの感情が溢れ出て、そのまま強く抱きしめた。

「有難う、御座います…!本当に嬉しいです。…ずっと、好きでした」

「ずっと…?」

「ええ、貴方が思うよりも随分前から。…いつからか水篠さんの目の中に僕と同じ感情が込められているのを見つけた時には夢かと思いました」

「えっ!?き、気付いて…!?」

驚いたように顔をパッと上げる。あんな目線を向けておきながら本人は本気で気付かれていないと思っていたのだからある意味凄いといえるだろう。
こちらは会長、監視課のメンバー、事務員を始め最上ハンターと黒須ハンターからもいつ告白するのかとずっとせっつかれていたというのに。

「僕だけじゃなく、全員気付いていましたよ」

真面目な白川ハンターですらあんなにわかり易く好意を主張している視線は見た事が無いな、と苦笑していた程だと伝えれば真っ赤になったまま口をパクパクとさせていて。その可愛らしい様子に堪えきれずに吹き出してしまった。

「っふ、ふふ、僕としてはそのお陰で告白する自信が持てました。…改めて水篠さん、僕とお付き合いをして下さいますか」

「~~~っ!よ、ろしくおねがい、します」

顔を赤く染めたまま控えめに抱きしめ返してきた水篠さんに愛しさが溢れ、再び口付けた。
















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