トマ旬
深夜。いざ寝ようと思った瞬間振動したスマホを眺め、表示されている名前に顔を顰める
「…またか。…………はい」
『ミズシノ、調子はどうだ?』
「あのなぁ、毎日の様に電話してくるなよ。スカベンジャーギルドはそんなに暇なのか?」
『そんな冷たいことを言わないでくれ。ミズシノと話したいだけなんだ』
「…はぁ、あんたも飽きないな」
呆れながらも眉を下げて情けない顔をしているであろう通話相手の顔を思い浮かべる。
何故かは知らないがカンファレンス後からやたらとトーマスから電話が掛かってくるようになった。
ビデオ通話だったり、音声のみだったり、その時々で変わるが毎回時差もあるのに此方の時間帯に合わせてかけてきていて、ご苦労な事だと思う。
「(半殺しにまでしたのに俺の何がそんなに気に入ったのやら)…で?今回の要件は?」
『…ミズシノと話したかっただけなんだが、要件が無ければ電話してはダメか?』
「…そういうわけじゃないけど」
こうしてストレートに言われると拒絶もしきれなくて困る。
『なら少しくらい許してくれ。もっとミズシノの事を知りたいんだ。…ああ、そうだ。もう一度くらいアメリカに来ないか?電話が苦手というのならば直接話そう』
「苦手な訳じゃないし、アメリカにはそう簡単に行けないだろ。この前だって犬飼さ…協会の人がついてきた位だし」
『それが何か問題があるのか?日本のハンター協会にお前の行動範囲を縛る権限なんてないだろう』
当たり前のように言われた言葉に少々の頭痛を感じる。
トーマスのこういうところは苦手なんだよな…唯我独尊で迷惑をあまり顧みないというか…。
「権限は無いけど、個人的な内容で迷惑をなるべくかけたくない」
『ミズシノは謙虚だな。だがもう一度来て欲しいというのは本音だ。考えてみてくれ。…勿論俺が日本に行っても構わないが』
「…はぁ、わかった。考える」
『良い返事を待っている』
「どうなるかわからないけどな」
トーマスが日本に来る方が余程迷惑になるだろうと思ったので一度了承を返し、電話を切る。
はぁ、どうするか…。まあ正直な所アメリカ最大規模のギルドを見てみたいという気持ちはある。
「(確かに迷惑はかけたくないけれど…少しくらいなら好きに行動しても良いか?)」
影交換を使えば一日経たずに帰ってこれる訳だし…ちょっと行って帰ってくるくらいなら…。
そう考えた俺は初めて自分からトーマスに電話をかけた。
『ミズシノ?今切ったばかりでどうした?』
「スキルで今からそっちに行ってもいいっていうのなら会ってもいい。そっち明け方だろ?だからまあ遅くとも夜には帰るけど」
『本当か!?ち、ちょっと待ってくれ!今ローラに準備をさせる!30分ほど時間をくれないか!?』
「良いよ。じゃあ30分後に行くから。じゃあな」
言うだけ伝えて通話を切る。
少し身支度を整えてもうそろそろ30分に経つ頃にやはり犬飼さんに連絡くらいは入れておくべきか?という考えが浮かんだ。深夜遅くで迷惑かとも思うが、もし急ぎの連絡があった時に心配かけるのもな、と悩んだ挙句再びスマホを手に取り、犬飼さんへと電話をかけた。
『はい。犬飼です。水篠ハンター、何か緊急のご用事でしょうか?』
「こんばんは、犬飼さん。こんな時間にすみません。」
『こんばんは。時間は問題ありませんが、一体…』
「あー…その、アメリカのトーマスハンターから電話があって…」
『…!トラブルでしょうか?』
説明の順番を間違えた。
一気に緊張したような犬飼さんの声に、ちょっと遊びに行ってきます、というのもなんだか申し訳なくなってくる。
「違います違います!すみません、俺の言い方が悪かったですね。…その、アメリカに遊びに来ないかって誘われたので今からスキルでちょっと行って24時間以内に帰ってきますって報告をしておこうと思って…」
『…水篠ハンター、どうかお待ち下さい。その方法では不法入国になります』
「え?あ。そっか」
言われて気付く。そういえば軽く遊びに行くといってもそもそも国を渡る訳だしな…。
『正直申し上げますと水篠ハンターが問題になる事は無いと思いますが、体裁的には宜しくありません。訪問されるのでしたら協会の方で手配を致しますのでどうかそのままお待ち頂けないでしょうか』
「(でもトーマスに言っちゃったしな…そろそろ30分だし…)あー…犬飼さんごめんなさい!お説教は帰ってから受けます!行ってきます!」
『水篠ハンター!待って下さ』
申し訳ない気持ちを抱えながら犬飼さんとの通話を強制的に切る。直ぐに折り返しが掛かってきたのだがどの道怒られることは決定しているので敢えて出ずにメールで「ごめんなさい!」とだけ送信しておいた。
「…絶対怒られる…けどまあ約束しちゃったしな…そろそろ向かうか」
時計を見たら30分を少々オーバーしてしまっていたので急いで向かおうとトーマスに引っ付けた影と交換を行った。
***
トーマス・アンドレは今だかつて無い程浮かれていた。
何故ならば毎日の様に連絡をして口説き続けた甲斐あって漸くミズシノが遊びに来てくれるというのだから。
いきなり今から、と言われたのには面食らったが、この機会を逃す事は出来ないと緊急でスカベンジャーギルド全体にミズシノが来るので決して無礼な真似はするな、と通達。
一緒に食事もしようと考え、料理も手配するようにローラに命じて30分の間に出来得る限りの歓迎の準備を整えたのだが…
「(10分過ぎたな…何か問題か?)」
ミズシノは国家権力級と思えないほど謙虚で律儀な男だという事は節々の対応や電話での会話でわかっている。そんな男が連絡も無しに遅れるとは思えないのだが…。
そう思った瞬間トーマスの影がゆらりと揺れて細身のシルエットを形作る。
「…ごめん、遅れた」
「ミズシノ!よく来たな!時間は気にしなくて構わないが、お前にしては珍しい。トラブルか?」
バツが悪そうな顔をしているミズシノをハグで歓迎し、理由を尋ねた。
「トラブルって程じゃあなくて…。協会に一応連絡入れたんだけど、不法入国になるって言われて初めて気付いて。それで少し待つように言われたんだけど、時間過ぎてたから電話切ってこっちに来ちゃった」
「ハハハハハ!そんな事を気にしたのか!ミズシノに対して不法入国だなんて言える人間はこの世に居ないから安心しろ」
「…犬飼さんもそう言ってたけど、ちゃんと手配するって言われたのを振り切って来たから…」
帰ったら怒られるんだ。と心なしかしょぼんとしているミズシノの形の良い頭を豪快にかき混ぜる。
「お前が怒られる必要も無ければ望むことを邪魔出来る人間も本来ならばいないだろうに。本当にミズシノは謙虚だな。」
「謙虚って訳じゃない。迷惑かけないようにってのは普通だろ?」
撫でられたのが不服だったのかムッと可愛らしく口を尖らせるミズシノの唇へキスをしたくなったがまだそれは許されないだろうと我慢する。折角来てくれたのに短い逢瀬の中で怒らせることは避けたい
「管理局から日本に連絡を入れさせるから心配するな」
「…それはそれでトーマスとハンター管理局に迷惑がかかるだろ」
「小さなことでいつまでも悩まれては折角の時間が勿体無いからな。俺がミズシノとの時間が欲しくて勝手にやる事だから気にしなくていい」
「…ありがとう」
少し照れたように礼を言うミズシノが可愛らしい。
ローラに目くばせをすると当然のように頷き、一礼をして去っていく。これで日本からの余計な横槍は入らないだろう。
「…さて、これでミズシノの憂いは消えたな?折角だからスカベンジャーギルドを見ていくか?それともここで寛ぐか?必要なものがあれば直ぐに用意させるぞ?」
「あ、出来ればスカベンジャーギルド内を見てみたい。…そういえばここから見える風景も凄く良いな」
「そうだろう?自慢のビルだからな。カジノやバー、プール、映画館、メンバーの居住スペースは勿論地下には訓練場も完備している」
訓練場、と聞いてミズシノの目がきらめいたので嫌な予感が頭を過る。
「訓練場があるのか?凄いな。…なあ、トーマス?」
「勝負ならしないぞ。勘弁してくれ」
期待に満ちた瞳を此方に向けて来たので、誘われる前に両手を上げて降参のポーズを取る。戦っているときのミズシノは美しいが、あんな敗北は一度きりで充分だ。
「今度は折らない様に手加減するから。な、一回だけ勝負しよう?」
このトーマス・アンドレに対して「手加減するから」とは。他の人間に言われたら間違いなく殺している。名実共に最強であるミズシノにしか許されない言葉だな、と苦笑してしまう
「ダメだ。ビルも壊れるかもしれないしな。」
「…ケチ」
「拗ねた顔もキュートだな。ミズシノの美しい姿はまた別の機会に見せてくれ」
「きゅ、うつ…!?…可愛くもないし、美しいってなんだよ!」
顔を赤く染めて抗議する姿に笑って片手で覆えるくらいの小さな顔を撫でる。
「普段はキュートだが、戦っている時のミズシノは世界で一番美しいからな」
「…っ!美しくない…!」
「いいや。俺が言うんだから間違い無い」
「はぁ…あんたのその謎な自信はどこから来るんだ…」
認めないミズシノを更に褒めると頬に赤みを残したまま呆れたように笑った。…何とか勝負から意識を逸らせたようで安心する。そこまで本気ではなかったのが幸いだったな。
「このままここで褒め続けるのも構わないが、折角だからな。ビルを案内しよう。…こっちだ」
「褒めなくていい!…はぁ、案内よろしく」
***
トーマスにスカベンジャーギルドを一通り案内して貰い、部屋に戻って一息付いたが、内部は圧巻の一言に尽きた。ビル内で全てが完結していて下手な商業施設よりも余程充実している気がする…。
案内するトーマスも自慢げに施設をどんどん紹介してくれて、俺が褒めると少年の様に嬉しがるものだから正直見ていて楽しい。
「(トーマスは自信に満ちてるから嫌味が無いんだよな…)凄いな。我進と比べるのも烏滸がましいレベルだ」
「ハハッ、ミズシノのギルドは戦闘員がお前しか居ないのだからここまで広い必要も無いだろう?ああ、ここが気に入ったのならギルド間での同盟でも結ぶか?そうしたらミズシノはいつでも利用出来るぞ」
「そもそもギルド間の同盟って良くあるのか?」
「普通にあるぞ。戦闘員ばかり集まる血気盛んなギルドと歴史だけがあって高ランクが居ないギルドが結ぶ、とかな。アメリカは広いからその分ギルドも多く、人員のバランスが大抵悪いからこの手は良く使われる。まあ最後は企業と同じで吸収合併になるけどな」
流石アメリカで一番大きいギルドを運営してるだけあってよく知っている、と感心していたのだが最後の言葉で眉間にしわが寄る。
「それでその提案って…俺は我進を潰す気もスカベンジャーギルドに入る気もないけど?」
「知っているさ。…だがミズシノが欲しがるのならばスカベンジャーギルドをやっても構わないがな」
またふざけたことを言っていると思って呆れた目を頭上に向けると真剣に見つめられていてちょっと驚いた。
「…冗談だろ?」
「本気だ。お前が欲しがるのならばなんだってやるつもりでいる」
トーマスの言葉に嘘が含まれていないことがわかる。だからこそわからない。
「…なんで?」
「何故?ミズシノは少しどころか相当鈍いな。…これならわかるか?」
「は?誰が鈍、ッん!?ふ、っぁ、んんッ!ゃ、なに、っんぁ…ふ、っぅ…は…ぁ」
突然顎に手をかけすくい上げられ、キスをされる。
いきなりの事に驚き、抵抗する間もなく口内を蹂躙されて力が抜け崩れ落ちてしまったが、落ちる寸前に腰を抱かれ抱えあげられた。
「おっと、危ないな…なんだ、ミズシノはキスに弱いのか」
「は、ぁ…急に何するんだよ…!」
「流石にこれなら鈍いお前にも伝わっただろう?…ミズシノ、お前が手に入るのならば俺は何でも捧げる覚悟があるぞ」
トーマスからの突然の告白に戸惑いを隠せない。
「は…?まさか俺を好きって事か…?どこに惚れる要素があったんだ?初対面で殺し合いしただろ…?」
「確かに最初は殺してやるつもりだったし、生意気なガキだと思った。だがお前の戦う姿を見て、その美しさに惚れたんだ。」
「っ!」
「なんだ真っ赤だな。OKの代わりか?」
「は!?そんなわけないだろ!」
もう一度キスしようと顔を近づけてくるトーマスを避けるように身を捩って降ろすようアピールする。
ドクドクとうるさい鼓動は一切聞こえない振りをして。
「ミズシノの抵抗は随分と奥ゆかしくてキュートだな。それじゃあ男は調子に乗るだけだぞ」
「さっきからふざけるなよ…!」
「ふざけている訳じゃあない。言っただろう、お前にならば何でも捧げる、と」
本気だ、と目と態度で伝えてくるトーマスに何て返せば良いのかすらわからなくて。
目線を床に向け俯く。
すると目線を合わせるようにトーマスが跪いて此方を見上げる。
「ミズシノ。聞け。俺は欲しいと思ったものは全て手に入れて来たし、願ったものが手に入らなかったことは一度も無い。…だからこそ必ずお前も手に入れてみせる」
「俺は物じゃない」
熱烈な告白に恥ずかしくなりながらもその物言いにはムッとして即座に反論すると苦笑され、再び抱えあげられる。
「物ならばもっと苦労せずに俺の手中に納められていただろうな」
「俺は誰かの所有物になるつもりは無いからな」
「ものの例えだ。要するにお前の美しい姿を1番近くで堪能する権利が欲しい、と言っている」
慈しむ様に頬を撫でながら言葉と態度で伝えてくるトーマスに絆されそうになる自分を押し留める。
「…俺、トーマスの事をそういう目で見た事、無いし…」
「今から見れば良い。夜まで時間はたっぷりあるんだ、ゆっくり口説かせて貰おう。…ああ、だが逃げたいのならば今日だけは逃がしてやっても良いぞ?」
日本に帰るか?と口角を上げ挑発するような物言いに、俺の負けず嫌いが顔を出す。
「誰が!逃げる訳無いだろ!」
「そうか、ならばこのまま口説き続けて問題は無いな。」
あ。と思った時には既に遅く、俺は上機嫌なトーマスの腕に抱えられたまま最上階の部屋に連れて行かれてしまっていた。
「…またか。…………はい」
『ミズシノ、調子はどうだ?』
「あのなぁ、毎日の様に電話してくるなよ。スカベンジャーギルドはそんなに暇なのか?」
『そんな冷たいことを言わないでくれ。ミズシノと話したいだけなんだ』
「…はぁ、あんたも飽きないな」
呆れながらも眉を下げて情けない顔をしているであろう通話相手の顔を思い浮かべる。
何故かは知らないがカンファレンス後からやたらとトーマスから電話が掛かってくるようになった。
ビデオ通話だったり、音声のみだったり、その時々で変わるが毎回時差もあるのに此方の時間帯に合わせてかけてきていて、ご苦労な事だと思う。
「(半殺しにまでしたのに俺の何がそんなに気に入ったのやら)…で?今回の要件は?」
『…ミズシノと話したかっただけなんだが、要件が無ければ電話してはダメか?』
「…そういうわけじゃないけど」
こうしてストレートに言われると拒絶もしきれなくて困る。
『なら少しくらい許してくれ。もっとミズシノの事を知りたいんだ。…ああ、そうだ。もう一度くらいアメリカに来ないか?電話が苦手というのならば直接話そう』
「苦手な訳じゃないし、アメリカにはそう簡単に行けないだろ。この前だって犬飼さ…協会の人がついてきた位だし」
『それが何か問題があるのか?日本のハンター協会にお前の行動範囲を縛る権限なんてないだろう』
当たり前のように言われた言葉に少々の頭痛を感じる。
トーマスのこういうところは苦手なんだよな…唯我独尊で迷惑をあまり顧みないというか…。
「権限は無いけど、個人的な内容で迷惑をなるべくかけたくない」
『ミズシノは謙虚だな。だがもう一度来て欲しいというのは本音だ。考えてみてくれ。…勿論俺が日本に行っても構わないが』
「…はぁ、わかった。考える」
『良い返事を待っている』
「どうなるかわからないけどな」
トーマスが日本に来る方が余程迷惑になるだろうと思ったので一度了承を返し、電話を切る。
はぁ、どうするか…。まあ正直な所アメリカ最大規模のギルドを見てみたいという気持ちはある。
「(確かに迷惑はかけたくないけれど…少しくらいなら好きに行動しても良いか?)」
影交換を使えば一日経たずに帰ってこれる訳だし…ちょっと行って帰ってくるくらいなら…。
そう考えた俺は初めて自分からトーマスに電話をかけた。
『ミズシノ?今切ったばかりでどうした?』
「スキルで今からそっちに行ってもいいっていうのなら会ってもいい。そっち明け方だろ?だからまあ遅くとも夜には帰るけど」
『本当か!?ち、ちょっと待ってくれ!今ローラに準備をさせる!30分ほど時間をくれないか!?』
「良いよ。じゃあ30分後に行くから。じゃあな」
言うだけ伝えて通話を切る。
少し身支度を整えてもうそろそろ30分に経つ頃にやはり犬飼さんに連絡くらいは入れておくべきか?という考えが浮かんだ。深夜遅くで迷惑かとも思うが、もし急ぎの連絡があった時に心配かけるのもな、と悩んだ挙句再びスマホを手に取り、犬飼さんへと電話をかけた。
『はい。犬飼です。水篠ハンター、何か緊急のご用事でしょうか?』
「こんばんは、犬飼さん。こんな時間にすみません。」
『こんばんは。時間は問題ありませんが、一体…』
「あー…その、アメリカのトーマスハンターから電話があって…」
『…!トラブルでしょうか?』
説明の順番を間違えた。
一気に緊張したような犬飼さんの声に、ちょっと遊びに行ってきます、というのもなんだか申し訳なくなってくる。
「違います違います!すみません、俺の言い方が悪かったですね。…その、アメリカに遊びに来ないかって誘われたので今からスキルでちょっと行って24時間以内に帰ってきますって報告をしておこうと思って…」
『…水篠ハンター、どうかお待ち下さい。その方法では不法入国になります』
「え?あ。そっか」
言われて気付く。そういえば軽く遊びに行くといってもそもそも国を渡る訳だしな…。
『正直申し上げますと水篠ハンターが問題になる事は無いと思いますが、体裁的には宜しくありません。訪問されるのでしたら協会の方で手配を致しますのでどうかそのままお待ち頂けないでしょうか』
「(でもトーマスに言っちゃったしな…そろそろ30分だし…)あー…犬飼さんごめんなさい!お説教は帰ってから受けます!行ってきます!」
『水篠ハンター!待って下さ』
申し訳ない気持ちを抱えながら犬飼さんとの通話を強制的に切る。直ぐに折り返しが掛かってきたのだがどの道怒られることは決定しているので敢えて出ずにメールで「ごめんなさい!」とだけ送信しておいた。
「…絶対怒られる…けどまあ約束しちゃったしな…そろそろ向かうか」
時計を見たら30分を少々オーバーしてしまっていたので急いで向かおうとトーマスに引っ付けた影と交換を行った。
***
トーマス・アンドレは今だかつて無い程浮かれていた。
何故ならば毎日の様に連絡をして口説き続けた甲斐あって漸くミズシノが遊びに来てくれるというのだから。
いきなり今から、と言われたのには面食らったが、この機会を逃す事は出来ないと緊急でスカベンジャーギルド全体にミズシノが来るので決して無礼な真似はするな、と通達。
一緒に食事もしようと考え、料理も手配するようにローラに命じて30分の間に出来得る限りの歓迎の準備を整えたのだが…
「(10分過ぎたな…何か問題か?)」
ミズシノは国家権力級と思えないほど謙虚で律儀な男だという事は節々の対応や電話での会話でわかっている。そんな男が連絡も無しに遅れるとは思えないのだが…。
そう思った瞬間トーマスの影がゆらりと揺れて細身のシルエットを形作る。
「…ごめん、遅れた」
「ミズシノ!よく来たな!時間は気にしなくて構わないが、お前にしては珍しい。トラブルか?」
バツが悪そうな顔をしているミズシノをハグで歓迎し、理由を尋ねた。
「トラブルって程じゃあなくて…。協会に一応連絡入れたんだけど、不法入国になるって言われて初めて気付いて。それで少し待つように言われたんだけど、時間過ぎてたから電話切ってこっちに来ちゃった」
「ハハハハハ!そんな事を気にしたのか!ミズシノに対して不法入国だなんて言える人間はこの世に居ないから安心しろ」
「…犬飼さんもそう言ってたけど、ちゃんと手配するって言われたのを振り切って来たから…」
帰ったら怒られるんだ。と心なしかしょぼんとしているミズシノの形の良い頭を豪快にかき混ぜる。
「お前が怒られる必要も無ければ望むことを邪魔出来る人間も本来ならばいないだろうに。本当にミズシノは謙虚だな。」
「謙虚って訳じゃない。迷惑かけないようにってのは普通だろ?」
撫でられたのが不服だったのかムッと可愛らしく口を尖らせるミズシノの唇へキスをしたくなったがまだそれは許されないだろうと我慢する。折角来てくれたのに短い逢瀬の中で怒らせることは避けたい
「管理局から日本に連絡を入れさせるから心配するな」
「…それはそれでトーマスとハンター管理局に迷惑がかかるだろ」
「小さなことでいつまでも悩まれては折角の時間が勿体無いからな。俺がミズシノとの時間が欲しくて勝手にやる事だから気にしなくていい」
「…ありがとう」
少し照れたように礼を言うミズシノが可愛らしい。
ローラに目くばせをすると当然のように頷き、一礼をして去っていく。これで日本からの余計な横槍は入らないだろう。
「…さて、これでミズシノの憂いは消えたな?折角だからスカベンジャーギルドを見ていくか?それともここで寛ぐか?必要なものがあれば直ぐに用意させるぞ?」
「あ、出来ればスカベンジャーギルド内を見てみたい。…そういえばここから見える風景も凄く良いな」
「そうだろう?自慢のビルだからな。カジノやバー、プール、映画館、メンバーの居住スペースは勿論地下には訓練場も完備している」
訓練場、と聞いてミズシノの目がきらめいたので嫌な予感が頭を過る。
「訓練場があるのか?凄いな。…なあ、トーマス?」
「勝負ならしないぞ。勘弁してくれ」
期待に満ちた瞳を此方に向けて来たので、誘われる前に両手を上げて降参のポーズを取る。戦っているときのミズシノは美しいが、あんな敗北は一度きりで充分だ。
「今度は折らない様に手加減するから。な、一回だけ勝負しよう?」
このトーマス・アンドレに対して「手加減するから」とは。他の人間に言われたら間違いなく殺している。名実共に最強であるミズシノにしか許されない言葉だな、と苦笑してしまう
「ダメだ。ビルも壊れるかもしれないしな。」
「…ケチ」
「拗ねた顔もキュートだな。ミズシノの美しい姿はまた別の機会に見せてくれ」
「きゅ、うつ…!?…可愛くもないし、美しいってなんだよ!」
顔を赤く染めて抗議する姿に笑って片手で覆えるくらいの小さな顔を撫でる。
「普段はキュートだが、戦っている時のミズシノは世界で一番美しいからな」
「…っ!美しくない…!」
「いいや。俺が言うんだから間違い無い」
「はぁ…あんたのその謎な自信はどこから来るんだ…」
認めないミズシノを更に褒めると頬に赤みを残したまま呆れたように笑った。…何とか勝負から意識を逸らせたようで安心する。そこまで本気ではなかったのが幸いだったな。
「このままここで褒め続けるのも構わないが、折角だからな。ビルを案内しよう。…こっちだ」
「褒めなくていい!…はぁ、案内よろしく」
***
トーマスにスカベンジャーギルドを一通り案内して貰い、部屋に戻って一息付いたが、内部は圧巻の一言に尽きた。ビル内で全てが完結していて下手な商業施設よりも余程充実している気がする…。
案内するトーマスも自慢げに施設をどんどん紹介してくれて、俺が褒めると少年の様に嬉しがるものだから正直見ていて楽しい。
「(トーマスは自信に満ちてるから嫌味が無いんだよな…)凄いな。我進と比べるのも烏滸がましいレベルだ」
「ハハッ、ミズシノのギルドは戦闘員がお前しか居ないのだからここまで広い必要も無いだろう?ああ、ここが気に入ったのならギルド間での同盟でも結ぶか?そうしたらミズシノはいつでも利用出来るぞ」
「そもそもギルド間の同盟って良くあるのか?」
「普通にあるぞ。戦闘員ばかり集まる血気盛んなギルドと歴史だけがあって高ランクが居ないギルドが結ぶ、とかな。アメリカは広いからその分ギルドも多く、人員のバランスが大抵悪いからこの手は良く使われる。まあ最後は企業と同じで吸収合併になるけどな」
流石アメリカで一番大きいギルドを運営してるだけあってよく知っている、と感心していたのだが最後の言葉で眉間にしわが寄る。
「それでその提案って…俺は我進を潰す気もスカベンジャーギルドに入る気もないけど?」
「知っているさ。…だがミズシノが欲しがるのならばスカベンジャーギルドをやっても構わないがな」
またふざけたことを言っていると思って呆れた目を頭上に向けると真剣に見つめられていてちょっと驚いた。
「…冗談だろ?」
「本気だ。お前が欲しがるのならばなんだってやるつもりでいる」
トーマスの言葉に嘘が含まれていないことがわかる。だからこそわからない。
「…なんで?」
「何故?ミズシノは少しどころか相当鈍いな。…これならわかるか?」
「は?誰が鈍、ッん!?ふ、っぁ、んんッ!ゃ、なに、っんぁ…ふ、っぅ…は…ぁ」
突然顎に手をかけすくい上げられ、キスをされる。
いきなりの事に驚き、抵抗する間もなく口内を蹂躙されて力が抜け崩れ落ちてしまったが、落ちる寸前に腰を抱かれ抱えあげられた。
「おっと、危ないな…なんだ、ミズシノはキスに弱いのか」
「は、ぁ…急に何するんだよ…!」
「流石にこれなら鈍いお前にも伝わっただろう?…ミズシノ、お前が手に入るのならば俺は何でも捧げる覚悟があるぞ」
トーマスからの突然の告白に戸惑いを隠せない。
「は…?まさか俺を好きって事か…?どこに惚れる要素があったんだ?初対面で殺し合いしただろ…?」
「確かに最初は殺してやるつもりだったし、生意気なガキだと思った。だがお前の戦う姿を見て、その美しさに惚れたんだ。」
「っ!」
「なんだ真っ赤だな。OKの代わりか?」
「は!?そんなわけないだろ!」
もう一度キスしようと顔を近づけてくるトーマスを避けるように身を捩って降ろすようアピールする。
ドクドクとうるさい鼓動は一切聞こえない振りをして。
「ミズシノの抵抗は随分と奥ゆかしくてキュートだな。それじゃあ男は調子に乗るだけだぞ」
「さっきからふざけるなよ…!」
「ふざけている訳じゃあない。言っただろう、お前にならば何でも捧げる、と」
本気だ、と目と態度で伝えてくるトーマスに何て返せば良いのかすらわからなくて。
目線を床に向け俯く。
すると目線を合わせるようにトーマスが跪いて此方を見上げる。
「ミズシノ。聞け。俺は欲しいと思ったものは全て手に入れて来たし、願ったものが手に入らなかったことは一度も無い。…だからこそ必ずお前も手に入れてみせる」
「俺は物じゃない」
熱烈な告白に恥ずかしくなりながらもその物言いにはムッとして即座に反論すると苦笑され、再び抱えあげられる。
「物ならばもっと苦労せずに俺の手中に納められていただろうな」
「俺は誰かの所有物になるつもりは無いからな」
「ものの例えだ。要するにお前の美しい姿を1番近くで堪能する権利が欲しい、と言っている」
慈しむ様に頬を撫でながら言葉と態度で伝えてくるトーマスに絆されそうになる自分を押し留める。
「…俺、トーマスの事をそういう目で見た事、無いし…」
「今から見れば良い。夜まで時間はたっぷりあるんだ、ゆっくり口説かせて貰おう。…ああ、だが逃げたいのならば今日だけは逃がしてやっても良いぞ?」
日本に帰るか?と口角を上げ挑発するような物言いに、俺の負けず嫌いが顔を出す。
「誰が!逃げる訳無いだろ!」
「そうか、ならばこのまま口説き続けて問題は無いな。」
あ。と思った時には既に遅く、俺は上機嫌なトーマスの腕に抱えられたまま最上階の部屋に連れて行かれてしまっていた。
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