波紋
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「じゃあ聞いても良いかしら」
「どうぞ?」
「あそこの湖にボートがあるじゃない。あれって、生徒が勝手に使ってもいいものなの?」
「えっ?」
予想外の質問に、思わず声が裏返る。
彼女が指さす窓の外、夕日を反射させた黄昏色の水面には確かにボートが浮かんでいるのだが、多くの生徒は飾り程度の存在だと思っているらしく、使っているのは僕や釣りを嗜む理事長先生くらいだ。
「何でも聞いてって言ったじゃない」
ほうけた僕の反応を見て即座に訝しげな顔になった樹ちゃんが責めるような口調で言う。
そんな反応、面白いに決まってる。堪えきれずについ笑い出してしまった。
「言ったけど・・・」
「それで、どうなの?」
「ねえ、そんなにボートに乗りたかったの?」
「ちょっと花房君、私のことを馬鹿にしてない?」
怒っているのか恥ずかしいのか、彼女の頬が少し赤い。なんだか余計に笑えてきたけど、遂に容赦ない強さで足を踏まれたので質問に答える事にした。
「あのボートは生徒でも勝手に乗れるよ。でも、コツがいるから一人で乗りに行くのはおすすめしないな」
「そうなの」
「僕が今度乗せてあげるよ。そうだな、次のフランス語のテストで平均点を超えることができたらね」
「えっ、ちょっと・・・!」
彼女は僕の提案に焦ったように表情を変えた。手元のシャープペンシルが机の上を転がって床に落ちて行く。その焦り様がまた可笑しい。
「それじゃあ、私があなたにボートに乗せてもらうために点数を上げたみたいになるじゃない!」
「うーん、そういうのも悪くないね」
「ちょっと!」
「図書室は静かにしないと駄目だよ?」
「話しかけておいて・・・」
樹ちゃんは恨めしそうな顔をしながらも、生真面目に問題集に戻っていく。
これ以上の邪魔をするのも野暮かな、と僕もその場で本を開くことにした。しかし、幾度か読み返したその活字の羅列に集中する間もなく、僕の視線は何故だか彼女の手元を追う。
その手で今度は一切ミスの無い回答がノートに次々と綴られていくのを横目で見ていると、ついさっき自分が取り付けた約束がありありと思い返され、今更のようにあんなことを言っても良かったのかと考え込む。
今更考えても仕方がないのに、どうしてか頭の中を巡り続ける。
律儀な樹ちゃんは軽口と捉えず、きっと実現するだろう。
頬を撫でる柔らかな風、静かな水音、水面に揺れるふたつの影。
樹ちゃんは何を思うだろう。何と言うだろう。
意外と退屈、だとか言いかねない。結局テストの話でもするのかもしれない。
そんな未来に思いを馳せはじめれば、不思議とそれまでの複雑な感情の動きは収束し、奇妙な温かさだけが僕の胸に残った。
「どうぞ?」
「あそこの湖にボートがあるじゃない。あれって、生徒が勝手に使ってもいいものなの?」
「えっ?」
予想外の質問に、思わず声が裏返る。
彼女が指さす窓の外、夕日を反射させた黄昏色の水面には確かにボートが浮かんでいるのだが、多くの生徒は飾り程度の存在だと思っているらしく、使っているのは僕や釣りを嗜む理事長先生くらいだ。
「何でも聞いてって言ったじゃない」
ほうけた僕の反応を見て即座に訝しげな顔になった樹ちゃんが責めるような口調で言う。
そんな反応、面白いに決まってる。堪えきれずについ笑い出してしまった。
「言ったけど・・・」
「それで、どうなの?」
「ねえ、そんなにボートに乗りたかったの?」
「ちょっと花房君、私のことを馬鹿にしてない?」
怒っているのか恥ずかしいのか、彼女の頬が少し赤い。なんだか余計に笑えてきたけど、遂に容赦ない強さで足を踏まれたので質問に答える事にした。
「あのボートは生徒でも勝手に乗れるよ。でも、コツがいるから一人で乗りに行くのはおすすめしないな」
「そうなの」
「僕が今度乗せてあげるよ。そうだな、次のフランス語のテストで平均点を超えることができたらね」
「えっ、ちょっと・・・!」
彼女は僕の提案に焦ったように表情を変えた。手元のシャープペンシルが机の上を転がって床に落ちて行く。その焦り様がまた可笑しい。
「それじゃあ、私があなたにボートに乗せてもらうために点数を上げたみたいになるじゃない!」
「うーん、そういうのも悪くないね」
「ちょっと!」
「図書室は静かにしないと駄目だよ?」
「話しかけておいて・・・」
樹ちゃんは恨めしそうな顔をしながらも、生真面目に問題集に戻っていく。
これ以上の邪魔をするのも野暮かな、と僕もその場で本を開くことにした。しかし、幾度か読み返したその活字の羅列に集中する間もなく、僕の視線は何故だか彼女の手元を追う。
その手で今度は一切ミスの無い回答がノートに次々と綴られていくのを横目で見ていると、ついさっき自分が取り付けた約束がありありと思い返され、今更のようにあんなことを言っても良かったのかと考え込む。
今更考えても仕方がないのに、どうしてか頭の中を巡り続ける。
律儀な樹ちゃんは軽口と捉えず、きっと実現するだろう。
頬を撫でる柔らかな風、静かな水音、水面に揺れるふたつの影。
樹ちゃんは何を思うだろう。何と言うだろう。
意外と退屈、だとか言いかねない。結局テストの話でもするのかもしれない。
そんな未来に思いを馳せはじめれば、不思議とそれまでの複雑な感情の動きは収束し、奇妙な温かさだけが僕の胸に残った。
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