3話 新たな転校生
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次の日、樹が転校生を見たのは教室の中だった。栗色の髪をツインテールにまとめた元気そうな少女で、スイーツ王子に連れられていた。昨日花房が何か言っていたが、おそらく少女が持っているバラの花束のことだろう。花房が得意とする飴細工でできている。
(あれね・・・。私のときはそんなもの無かったけど)
気にしているわけではなかったのだが、樹は確信が持てた。花房たちも、樹の性格を知る以前に、祖母の推薦というのが気に食わなかったのだ。
「天野いちごです!よろしくお願いします!」
いちごはにっこりと人好きする笑顔を浮かべて教室中に響く声であいさつした。樹とは正反対の愛想の良さだが、一部の女子はスイーツ王子と絡んでいることが不満らしく、敵意のある表情を浮かべていた。
スイーツ王子がいちごから離れたかと思うと、数人の女子がいちごを囲み、何かの説明をしているようだった。樹がいちごと目が合ったかと思うと、数人の女子も樹の方をちらっと見て、こそこそと話しだす。大方「あの子性格悪いよ」的なありがたい忠告をしているのだろうと樹は思った。
次の時間はさっそく実習で、ツインテールをお団子にまとめたいちごは真新しいパティシエ服に気分を高揚させながら、実習室にやってきた。
「天野さん、あなたにはAグループに入ってもらいましょう」
「はい!」
いちごの配属は樹と同じAグループだ。また教室がざわめきだす。
「いちごちゃん、すごいやん!」
いちごのルームメイトとなったらしいルミが人をかき分けていちごのもとへやってきた。
「Aグループはスイーツ王子と一緒!成績トップのグループやで!」
「うそっ!?なんであたしが!?」
いちごはおののきつつも、樹たち四人によろしくを言いにきた。恐縮しているのかしきりに頭を下げているが、予想していた天才少女の雰囲気は無い。
今日の実習はミルクレープだ。だいたいの生徒は以前に作ったことがあるものなので、先生の説明はほぼ要点の復習の意味合いが強い。樹はいちごの様子が気になった。過度に緊張しているのか、ホワイトボードに書かれたレシピを何巡も眺めながら小刻みに震えている。
(いいや、気にするのはやめましょう。気を取られていたらまた減点されるわ)
樹は気を取り直して調理台へ向かい、いつも通りてきぱきと調理をはじめた。一瞬後から来た樫野も負けじと作業にとりかかる。
「いちごちゃん、頑張ろうね?」
「は、はい!」
フォローなら花房がしている様子だ。何も問題はない、と思っていたら、次の瞬間、いちごが卵を握りつぶしてしまった。
「あああ!卵が!もったいない・・・」
「そっちかよ」
小さく悲鳴をあげるいちごに、樫野がぼそりとつぶやく。今度の転入生にも容赦はなさそうだった。
「慌てないで、いちごちゃん。代わりの卵はいっぱいあるから」
「落ち着いてもう一度やればいいよ」
「花房君、安堂君、ありがとう・・・」
二人の鮮やかなフォローに、いちごはほっとしたようだった。しかし、樫野はそうはいかない。
「二人とも、あまり甘やかすな。誰かがヘマすると、グループが連帯責任をとらされることになるんだ。足を引っ張られるのはごめんだ」
「ご、ごめんなさい・・・」
「謝るくらいならもっとましなのを作ってくれ。ただでさえこっちの奴のせいでいらない減点くらってんだ。これ以上落とせない」
「言ってくれるじゃない。私だけのせいではなかったはずよ」
二人はにらみ合いながらも、点数を絶対に落としたくないという点では恐ろしいほど意見が一致していた。
「べらべらしゃべっていて手を抜いたら許さないわよ」
「こっちの台詞だ」
いちごは二人の応酬に戸惑う。先ほど教室で目が合って「美人さんがいるな」と思っていた樹のことを、「初日で樫野くんとけんかした子」と説明されたばかりだったが、その説明に間違いはなさそうだった。いちごはグループの中に女子がいてよかったなと内心安心していたのだが、思いのほかなんとなく樫野に似た雰囲気も感じて近寄りがたい。
しかし、グループの四人がクラスの中で飛び抜けた実力を持っているのだということは、その流れるような動作からしていちごにもすぐに理解できた。黄金色に焼けたクレープが次々とフライパンの横に積み重なってゆく。いちごはふと我に返って激しい緊張に襲われながら、慣れない手つきでフライパンに火をつけた。
「東堂樹、ミルクレープ完成しました」
「樫野真、同じく」
二人がミルクレープを仕上げたのはほぼ同時だった。クラス内ではダントツのスピードで、しかも見たところ出来も格別だ。先生がやってきてフォークを入れている間にも、二人は互いの作品にどうにか難癖をつけようとじっと皿の上をみやっていた。二人が毎度競うようにしていることを飴屋先生も気づいていたが、切磋琢磨することは悪いことではない、と極めて爽やかな闘争心としてとらえることにしていた。
「ええ。二人とも、形、味共に申し分無いわね。すぐにでもお店に出せるわ」
「でもそっちはクリームを若干使い切れてないじゃない」
「そっちはクレープを一枚余分に焼いてるけどな」
先生と同じく皿の上に不満を見つけられなかった両者は調理台を見て言い放つ。フンと鼻を鳴らして悔しそうに自分の材料を見つめる二人をよそに、花房と安堂も完成させて合格をもらった。残るはいちごだが、既に手を止めているのに台をみてうつむいたまま動かない。
「天野さんはできた?」
「一応・・・」
先生に声をかけられ、いちごはおずおずと自分の皿を差し出した。
「あなた・・・ふざけてるの?」
皿の上を見た飴屋先生の顔がこれまで見たことがないほど引きつっている。樹たちも皿の上を見た。そこには、真っ黒焦げの残骸が申し訳なさそうに鎮座しているではないか。
「す、すみません・・・」
いちごは気落ちしてうなだれていた。いくら緊張していたとはいえ、これはひどい。先生はやっとのことで平静を取り戻し、一応それにフォークを入れた後、口元を拭い、クリップボードに記入した。
「Aグループ、マイナス10点」
「えっ!?」
声を上げたのは樹と樫野だった。どういうことだと周りもどよめく。
「あ、あの・・・!あたし、ミルクレープ作ったことなくて・・・ていうか、あたし・・・」
いちごはエプロンを握りしめた。今や教室は沈黙に包まれている。声を絞り出すように言った。
「あたし、お菓子作り、ド素人なんです!!」
「ええっ!?」
教室中が新たな事件を確信した。アンリ・リュカスの推薦した少女がまったくの初心者だなんて。あまりの事態に時が止まる。先生さえも反応に困っている中、動き出したのは樫野だった。いちごの作った残骸に自分でフォークを入れたのだ。
「・・・確かに、ド素人の味だな」
先生に代わって、彼が矢面に立つ。
「天野、おまえ入学が決まってからここに入るまで10日はあったよな?」
「うん・・・」
「一年以上遅れてるんだから、練習しようとか思わなかったのか。ド素人って言えば同情されて手取り足取り教えてもらえると思ったのか」
「そんな・・・」
あまりの言い草にいちごは思わず反論したくなったが次の瞬間樫野が声を荒げた。
「甘えんな!」
いちごはその剣幕に思わず後ろに一歩下がった。
「俺たちはプロ目指してんだ!やる気がないならうちに帰れ!」
「・・・・」
いちごの味方をするものは誰もいなかった。再び沈黙が訪れ、俯いたいちごの足下に、涙が落ちた。
(あれね・・・。私のときはそんなもの無かったけど)
気にしているわけではなかったのだが、樹は確信が持てた。花房たちも、樹の性格を知る以前に、祖母の推薦というのが気に食わなかったのだ。
「天野いちごです!よろしくお願いします!」
いちごはにっこりと人好きする笑顔を浮かべて教室中に響く声であいさつした。樹とは正反対の愛想の良さだが、一部の女子はスイーツ王子と絡んでいることが不満らしく、敵意のある表情を浮かべていた。
スイーツ王子がいちごから離れたかと思うと、数人の女子がいちごを囲み、何かの説明をしているようだった。樹がいちごと目が合ったかと思うと、数人の女子も樹の方をちらっと見て、こそこそと話しだす。大方「あの子性格悪いよ」的なありがたい忠告をしているのだろうと樹は思った。
次の時間はさっそく実習で、ツインテールをお団子にまとめたいちごは真新しいパティシエ服に気分を高揚させながら、実習室にやってきた。
「天野さん、あなたにはAグループに入ってもらいましょう」
「はい!」
いちごの配属は樹と同じAグループだ。また教室がざわめきだす。
「いちごちゃん、すごいやん!」
いちごのルームメイトとなったらしいルミが人をかき分けていちごのもとへやってきた。
「Aグループはスイーツ王子と一緒!成績トップのグループやで!」
「うそっ!?なんであたしが!?」
いちごはおののきつつも、樹たち四人によろしくを言いにきた。恐縮しているのかしきりに頭を下げているが、予想していた天才少女の雰囲気は無い。
今日の実習はミルクレープだ。だいたいの生徒は以前に作ったことがあるものなので、先生の説明はほぼ要点の復習の意味合いが強い。樹はいちごの様子が気になった。過度に緊張しているのか、ホワイトボードに書かれたレシピを何巡も眺めながら小刻みに震えている。
(いいや、気にするのはやめましょう。気を取られていたらまた減点されるわ)
樹は気を取り直して調理台へ向かい、いつも通りてきぱきと調理をはじめた。一瞬後から来た樫野も負けじと作業にとりかかる。
「いちごちゃん、頑張ろうね?」
「は、はい!」
フォローなら花房がしている様子だ。何も問題はない、と思っていたら、次の瞬間、いちごが卵を握りつぶしてしまった。
「あああ!卵が!もったいない・・・」
「そっちかよ」
小さく悲鳴をあげるいちごに、樫野がぼそりとつぶやく。今度の転入生にも容赦はなさそうだった。
「慌てないで、いちごちゃん。代わりの卵はいっぱいあるから」
「落ち着いてもう一度やればいいよ」
「花房君、安堂君、ありがとう・・・」
二人の鮮やかなフォローに、いちごはほっとしたようだった。しかし、樫野はそうはいかない。
「二人とも、あまり甘やかすな。誰かがヘマすると、グループが連帯責任をとらされることになるんだ。足を引っ張られるのはごめんだ」
「ご、ごめんなさい・・・」
「謝るくらいならもっとましなのを作ってくれ。ただでさえこっちの奴のせいでいらない減点くらってんだ。これ以上落とせない」
「言ってくれるじゃない。私だけのせいではなかったはずよ」
二人はにらみ合いながらも、点数を絶対に落としたくないという点では恐ろしいほど意見が一致していた。
「べらべらしゃべっていて手を抜いたら許さないわよ」
「こっちの台詞だ」
いちごは二人の応酬に戸惑う。先ほど教室で目が合って「美人さんがいるな」と思っていた樹のことを、「初日で樫野くんとけんかした子」と説明されたばかりだったが、その説明に間違いはなさそうだった。いちごはグループの中に女子がいてよかったなと内心安心していたのだが、思いのほかなんとなく樫野に似た雰囲気も感じて近寄りがたい。
しかし、グループの四人がクラスの中で飛び抜けた実力を持っているのだということは、その流れるような動作からしていちごにもすぐに理解できた。黄金色に焼けたクレープが次々とフライパンの横に積み重なってゆく。いちごはふと我に返って激しい緊張に襲われながら、慣れない手つきでフライパンに火をつけた。
「東堂樹、ミルクレープ完成しました」
「樫野真、同じく」
二人がミルクレープを仕上げたのはほぼ同時だった。クラス内ではダントツのスピードで、しかも見たところ出来も格別だ。先生がやってきてフォークを入れている間にも、二人は互いの作品にどうにか難癖をつけようとじっと皿の上をみやっていた。二人が毎度競うようにしていることを飴屋先生も気づいていたが、切磋琢磨することは悪いことではない、と極めて爽やかな闘争心としてとらえることにしていた。
「ええ。二人とも、形、味共に申し分無いわね。すぐにでもお店に出せるわ」
「でもそっちはクリームを若干使い切れてないじゃない」
「そっちはクレープを一枚余分に焼いてるけどな」
先生と同じく皿の上に不満を見つけられなかった両者は調理台を見て言い放つ。フンと鼻を鳴らして悔しそうに自分の材料を見つめる二人をよそに、花房と安堂も完成させて合格をもらった。残るはいちごだが、既に手を止めているのに台をみてうつむいたまま動かない。
「天野さんはできた?」
「一応・・・」
先生に声をかけられ、いちごはおずおずと自分の皿を差し出した。
「あなた・・・ふざけてるの?」
皿の上を見た飴屋先生の顔がこれまで見たことがないほど引きつっている。樹たちも皿の上を見た。そこには、真っ黒焦げの残骸が申し訳なさそうに鎮座しているではないか。
「す、すみません・・・」
いちごは気落ちしてうなだれていた。いくら緊張していたとはいえ、これはひどい。先生はやっとのことで平静を取り戻し、一応それにフォークを入れた後、口元を拭い、クリップボードに記入した。
「Aグループ、マイナス10点」
「えっ!?」
声を上げたのは樹と樫野だった。どういうことだと周りもどよめく。
「あ、あの・・・!あたし、ミルクレープ作ったことなくて・・・ていうか、あたし・・・」
いちごはエプロンを握りしめた。今や教室は沈黙に包まれている。声を絞り出すように言った。
「あたし、お菓子作り、ド素人なんです!!」
「ええっ!?」
教室中が新たな事件を確信した。アンリ・リュカスの推薦した少女がまったくの初心者だなんて。あまりの事態に時が止まる。先生さえも反応に困っている中、動き出したのは樫野だった。いちごの作った残骸に自分でフォークを入れたのだ。
「・・・確かに、ド素人の味だな」
先生に代わって、彼が矢面に立つ。
「天野、おまえ入学が決まってからここに入るまで10日はあったよな?」
「うん・・・」
「一年以上遅れてるんだから、練習しようとか思わなかったのか。ド素人って言えば同情されて手取り足取り教えてもらえると思ったのか」
「そんな・・・」
あまりの言い草にいちごは思わず反論したくなったが次の瞬間樫野が声を荒げた。
「甘えんな!」
いちごはその剣幕に思わず後ろに一歩下がった。
「俺たちはプロ目指してんだ!やる気がないならうちに帰れ!」
「・・・・」
いちごの味方をするものは誰もいなかった。再び沈黙が訪れ、俯いたいちごの足下に、涙が落ちた。