1話 夢の欠片
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
聖マリー学園への編入の手続きは円滑に進み、樹の最後の登校日がやってきた。妙な気を回されたくなかった樹は前日に担任を口止めさせたので、お別れ会的な催しも無いまま、いつも通りの時間が過ぎた。
職員室で簡単なあいさつを済ませ、下足箱に向かう。上履きもスーパーの袋に入れて持って帰るので、箱の中は空になった。これで、この学校とはおさらばだ。
「東堂、帰り?」
ふと、声をかけられて樹は振り向いた。
河澄遼太———いつも1人だけ自分にあいさつをしてくる男子だった。クラスの人気者で社交的な性格をしている。
「うん、帰り」
「じゃあ、一緒に帰らねえ?」
「・・・・は?」
突然の申し出に樹は面食らう。彼はにっと笑うと、重い資料集を入れた樹のトートバッグをひったくって先導し始めた。ちょっと、と言いながら樹はあわてて横に並ぶ。
誰かと下校するなんて、初めてだ。
「この学年でまともに話したことないやつって東堂だけだったんだよなあ」
河澄遼太が独り言のようなことを言う横で、樹はどういう風の吹き回しだと疑いながら歩く。
「でもさ、俺がこっちに来てから初めて自分から話しかけた奴って東堂なんだよな」
「え?なんの話?」
「俺、小3のときに引っ越してきたから」
「・・・そうだったかしら」
「まあ、ずっと別のクラスだったしな」
河澄はぺらぺらとしゃべる。
「俺、そのときは人見知り激しくてさ。全然友達とかできなかったんだよ」
「見えないけど」
「そうだったんだって。いっつも1人で帰るの、肩身が狭くてさ。そんな時、俺と同じようにいつも1人でつかつか家に帰ってく女子を見たわけだ」
「なんか余計なお世話ね」
それが自分のことだと察した樹は眉をひそめる。
「まあまあ。それで、一回気になって跡をつけたの。そしたら、お前、おばあちゃんとお菓子なんか作ってんのね」
「ほんとに、余計なお世話」
「まあな。んで、なにか話してるっぽいから、俺窓を開けてみたんだよ」
「いや、それは駄目でしょう」
「ああ、俺も今考えると分かるわ。そしたらさ、気づいたお前がこっち睨みつけてなんて言ったと思う?」
「・・・通報する、とか?」
「覚えてないのかあ、『チョコレートは温度に敏感なんだからさっさと閉めなさい。用があるなら表から来い』って」
樹はきょとんとする。まるで覚えがなかったからだ。
「ほんとお菓子以外のことに興味なかったんだな、東堂。俺のことより、入ってきた空気の方を先に気にしたんだからな。もう気になってしょうがないから表から入った」
「それで、どうしたの」
「言ってやったんだよ。友達もいないのにお菓子なんかつくってて寂しくないのかって。そしたら『私はこれが一番楽しいもの』って当然のように言うから。俺は、黙ってケーキを食べて帰った」
樹は神妙な態度で聞いていたが、ふっと笑みを漏らした。
「ケーキは食べたんだ」
「ああ、美味かった。ほんと言うと、ずっとお前に憧れてたんだよね。俺も、堂々と楽しいって言えるもの見つけようと思って、サッカーとかはじめたら案外向いててさ。ひとりで練習してたら学校でも声かけられるようになって、友達もいっぱいできるようになったし。お礼言わなきゃって思ってたけどなんか照れくさくてさ」
「そう、どうも。今知った」
「先生が」
河澄は、少し声を低くした。
「言ってるのを偶然聞いて、お前が転校するっていうの」
「ああ・・・そう」
「だから、絶対に言っておきたかったんだ」
ありがとう、と河澄は言った。さあっと風が吹き抜ける。もう樹の家は見えかけていた。
「驚いた。人と話しながら帰ると、帰り道って短いのね」
「そうだろ?で、どこに引っ越すんだ?」
「引っ越すわけじゃないの。全寮制の学校へ行くのよ。お菓子作りの専門学校」
「お菓子!?専門!?」
河澄は仰天した。樹はそれを見てくすりと笑う。
「聖マリー学園ってところよ」
「すっごいな・・・やっぱお前」
「ううん、ありがとう、河澄くん」
樹は彼の顔を見て、ほんの少しだけお菓子を作る自分を知っていた人がいたことを嬉しく思った。
「最後に一緒に帰ってくれてありがとう。あとね、毎日あいさつしてくれてありがとう」
「あ、ああ。じゃあ、また・・・」
明日、と言いかけて河澄は口をつぐんだ。樹は彼からトートバッグを奪い取った。
「じゃあ、またいつか」
次の日、クラスの人間からすれば突然樹は学校から姿を消した。聖マリー学園に転校したのだというニュースは、樹が思っているよりも長く、樹を知る人物達に衝撃を与えていた。
職員室で簡単なあいさつを済ませ、下足箱に向かう。上履きもスーパーの袋に入れて持って帰るので、箱の中は空になった。これで、この学校とはおさらばだ。
「東堂、帰り?」
ふと、声をかけられて樹は振り向いた。
河澄遼太———いつも1人だけ自分にあいさつをしてくる男子だった。クラスの人気者で社交的な性格をしている。
「うん、帰り」
「じゃあ、一緒に帰らねえ?」
「・・・・は?」
突然の申し出に樹は面食らう。彼はにっと笑うと、重い資料集を入れた樹のトートバッグをひったくって先導し始めた。ちょっと、と言いながら樹はあわてて横に並ぶ。
誰かと下校するなんて、初めてだ。
「この学年でまともに話したことないやつって東堂だけだったんだよなあ」
河澄遼太が独り言のようなことを言う横で、樹はどういう風の吹き回しだと疑いながら歩く。
「でもさ、俺がこっちに来てから初めて自分から話しかけた奴って東堂なんだよな」
「え?なんの話?」
「俺、小3のときに引っ越してきたから」
「・・・そうだったかしら」
「まあ、ずっと別のクラスだったしな」
河澄はぺらぺらとしゃべる。
「俺、そのときは人見知り激しくてさ。全然友達とかできなかったんだよ」
「見えないけど」
「そうだったんだって。いっつも1人で帰るの、肩身が狭くてさ。そんな時、俺と同じようにいつも1人でつかつか家に帰ってく女子を見たわけだ」
「なんか余計なお世話ね」
それが自分のことだと察した樹は眉をひそめる。
「まあまあ。それで、一回気になって跡をつけたの。そしたら、お前、おばあちゃんとお菓子なんか作ってんのね」
「ほんとに、余計なお世話」
「まあな。んで、なにか話してるっぽいから、俺窓を開けてみたんだよ」
「いや、それは駄目でしょう」
「ああ、俺も今考えると分かるわ。そしたらさ、気づいたお前がこっち睨みつけてなんて言ったと思う?」
「・・・通報する、とか?」
「覚えてないのかあ、『チョコレートは温度に敏感なんだからさっさと閉めなさい。用があるなら表から来い』って」
樹はきょとんとする。まるで覚えがなかったからだ。
「ほんとお菓子以外のことに興味なかったんだな、東堂。俺のことより、入ってきた空気の方を先に気にしたんだからな。もう気になってしょうがないから表から入った」
「それで、どうしたの」
「言ってやったんだよ。友達もいないのにお菓子なんかつくってて寂しくないのかって。そしたら『私はこれが一番楽しいもの』って当然のように言うから。俺は、黙ってケーキを食べて帰った」
樹は神妙な態度で聞いていたが、ふっと笑みを漏らした。
「ケーキは食べたんだ」
「ああ、美味かった。ほんと言うと、ずっとお前に憧れてたんだよね。俺も、堂々と楽しいって言えるもの見つけようと思って、サッカーとかはじめたら案外向いててさ。ひとりで練習してたら学校でも声かけられるようになって、友達もいっぱいできるようになったし。お礼言わなきゃって思ってたけどなんか照れくさくてさ」
「そう、どうも。今知った」
「先生が」
河澄は、少し声を低くした。
「言ってるのを偶然聞いて、お前が転校するっていうの」
「ああ・・・そう」
「だから、絶対に言っておきたかったんだ」
ありがとう、と河澄は言った。さあっと風が吹き抜ける。もう樹の家は見えかけていた。
「驚いた。人と話しながら帰ると、帰り道って短いのね」
「そうだろ?で、どこに引っ越すんだ?」
「引っ越すわけじゃないの。全寮制の学校へ行くのよ。お菓子作りの専門学校」
「お菓子!?専門!?」
河澄は仰天した。樹はそれを見てくすりと笑う。
「聖マリー学園ってところよ」
「すっごいな・・・やっぱお前」
「ううん、ありがとう、河澄くん」
樹は彼の顔を見て、ほんの少しだけお菓子を作る自分を知っていた人がいたことを嬉しく思った。
「最後に一緒に帰ってくれてありがとう。あとね、毎日あいさつしてくれてありがとう」
「あ、ああ。じゃあ、また・・・」
明日、と言いかけて河澄は口をつぐんだ。樹は彼からトートバッグを奪い取った。
「じゃあ、またいつか」
次の日、クラスの人間からすれば突然樹は学校から姿を消した。聖マリー学園に転校したのだというニュースは、樹が思っているよりも長く、樹を知る人物達に衝撃を与えていた。