41話 決断の時
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
部屋に戻っても、樹はまだ意識を取り戻していないようだった。
ここに連れられてきた時と全く変わらない、まっすぐ仰向けの姿勢で横たわっている。
花房は念のためその口元に耳を近づけた。呼吸していることを確認して、ゆっくりと顔を離す。
「目、覚まさないね」
サイドテーブルに置かれたランプの下に腰を下ろしたカフェがそう呟く。
花房は頷きながら、片隅に置かれた椅子をベッドの側に引き寄せて座った。
いちごは、気がついたらスイーツ王国にいたのだと言っていた。自分の意思ではない、と。
パリ本校には王国に繋がるゲートが無数にあり、その一つが突然作動したようだとバニラも話していた。
樹もそれに巻き込まれたらしい。彼女のパートナーと一緒に。
鉢合わせした途端に、二人は汽車から飛び降りていき、それ以降のことはバニラ達には分からないとのことだった。
何にしろ、原因はパートナーのスピリッツにありそうだ。
詳しい話を聞く間も無くバニラはいちごと一緒にモンサンミッシェルに行ってしまったので、頼るべくは自分のパートナーしかいない。
花房はカフェに尋ねることにする。
「クレムっていう子のこと、カフェ君も知っているの?」
「うん、僕たちの同期の一人だからね。一緒に見習いを始めたんだけど、他のスピリッツには使えない力を色々と使えるって話は有名だったよ」
「使えない力?」
「僕らが使えるスイーツマジックには限界があるからね。もともと、みんなに美味しくスイーツを食べてもらうためのささやかな力なんだ。元気が出る魔法を使えても病気は治せないし、調理のためにものを動かすくらいはできても、瞬間移動みたいなことはできない」
カフェは、自身のスプーンを宙でくるくると回転させてみせながら淡々と語る。
「その辺り、クレムの力はもっと自由みたいだった。流石に治療とかは無理かもしれないけど、瞬間移動とか変身とかはやってたんじゃないかな。ただ・・・」
「ただ?」
にわかに言葉を詰まらせるカフェに、花房は先を促した。
「肝心のお菓子作りにはあまり生きないみたいだった。あまり作っているところを見たことはないんだけど、どの試験もクリアしていないみたいだったから。そのうち僕らは人間界に行くことになったから、もうそれきり」
「それで、その子は自分の力を使って人間界に来たんだね」
「理由はわからないけど。人間のパートナーを作りたかったのかな」
「今はどうしているんだろう」
「クレムにはもともと人間界に行く許可は出ていないはずなんだ。見張り役のスピリッツか何かに見つかって捕まったのかもしれない」
カフェのその口調からして、他人同士の距離感が滲み出ているように花房は感じた。同期といっても関わりがなかったのは本当らしい。
朝から練習を見守っていた彼は、少し眠そうだった。
寝てもいいからね、と花房が伝えると、一旦は平気と答えたものの、しばらくするとクッションの上に飛んで行って休み始めた。
壁に掛けられた時計の、針の音だけが聞こえる。少し疲れているのは花房も同じだったが、樹がいつ目を覚ましたらと思うと、自然に目は冴えた。
混乱するであろう彼女を落ち着かせること、そして、事情を聞いて力になること。それが自分の役目だ。
不意に、深い呼吸の音が聞こえた。
はっとして樹の方を見ると、ぐったりとしていた表情が苦しげに歪み始めていた。
「樹ちゃん」
意識を取り戻し掛けている。そう思い、花房は樹の手を取った。
両手で握りしめたその手は、布団を被っていたにもかかわらず少し冷たい。握る手に思わず力が入る。
樹の瞼が僅かに動いた。
見守るうちに、閉じていたことをいま思い出したかのように開かれていく。
「・・・アリス?」
口から、名前がこぼれたかと思うと、樹は跳ねるように身体を起こした。
「樹ちゃん、急に起きるとよくない」
花房は手を離し、樹の肩を押さえた。樹の視線が彼を捉える。
瞳が戸惑いに揺れていた。
「落ち着いて。樹ちゃんはスイーツ王国から帰ってきたんだ。ここは小城さんの別荘。他のみんなは、訳あって別行動中」
「アリスは・・・向こうなのね」
樹の身体から少し力が抜ける。これまでに起きたことと、今の時間がつながっていることに早くも納得したようだった。
「もう少し休んでいて、何か飲み物を持ってくるから」
花房がそう言って去ると、樹は部屋を見渡した。
目覚めた瞬間、正直気が狂うかと思った。
捕らえられたアリスの姿が遠のいたと思ったら、ここにいたのだ。
天蓋つきのベッドに、細やかな植物の柄の壁紙や絨毯、家具・調度の風合いはおおよそ21世紀とは思えない。
小城という名前を聞いたから全て納得できたが、聞いていなければ自分が無事に帰ってきたとは信じがたい環境だ。
そして、花房は花房でいつからここにいたというのだろう。
肩に彼の手の温度が残っている。
樹は思わず肩口まで布団を引き上げた。
ここに連れられてきた時と全く変わらない、まっすぐ仰向けの姿勢で横たわっている。
花房は念のためその口元に耳を近づけた。呼吸していることを確認して、ゆっくりと顔を離す。
「目、覚まさないね」
サイドテーブルに置かれたランプの下に腰を下ろしたカフェがそう呟く。
花房は頷きながら、片隅に置かれた椅子をベッドの側に引き寄せて座った。
いちごは、気がついたらスイーツ王国にいたのだと言っていた。自分の意思ではない、と。
パリ本校には王国に繋がるゲートが無数にあり、その一つが突然作動したようだとバニラも話していた。
樹もそれに巻き込まれたらしい。彼女のパートナーと一緒に。
鉢合わせした途端に、二人は汽車から飛び降りていき、それ以降のことはバニラ達には分からないとのことだった。
何にしろ、原因はパートナーのスピリッツにありそうだ。
詳しい話を聞く間も無くバニラはいちごと一緒にモンサンミッシェルに行ってしまったので、頼るべくは自分のパートナーしかいない。
花房はカフェに尋ねることにする。
「クレムっていう子のこと、カフェ君も知っているの?」
「うん、僕たちの同期の一人だからね。一緒に見習いを始めたんだけど、他のスピリッツには使えない力を色々と使えるって話は有名だったよ」
「使えない力?」
「僕らが使えるスイーツマジックには限界があるからね。もともと、みんなに美味しくスイーツを食べてもらうためのささやかな力なんだ。元気が出る魔法を使えても病気は治せないし、調理のためにものを動かすくらいはできても、瞬間移動みたいなことはできない」
カフェは、自身のスプーンを宙でくるくると回転させてみせながら淡々と語る。
「その辺り、クレムの力はもっと自由みたいだった。流石に治療とかは無理かもしれないけど、瞬間移動とか変身とかはやってたんじゃないかな。ただ・・・」
「ただ?」
にわかに言葉を詰まらせるカフェに、花房は先を促した。
「肝心のお菓子作りにはあまり生きないみたいだった。あまり作っているところを見たことはないんだけど、どの試験もクリアしていないみたいだったから。そのうち僕らは人間界に行くことになったから、もうそれきり」
「それで、その子は自分の力を使って人間界に来たんだね」
「理由はわからないけど。人間のパートナーを作りたかったのかな」
「今はどうしているんだろう」
「クレムにはもともと人間界に行く許可は出ていないはずなんだ。見張り役のスピリッツか何かに見つかって捕まったのかもしれない」
カフェのその口調からして、他人同士の距離感が滲み出ているように花房は感じた。同期といっても関わりがなかったのは本当らしい。
朝から練習を見守っていた彼は、少し眠そうだった。
寝てもいいからね、と花房が伝えると、一旦は平気と答えたものの、しばらくするとクッションの上に飛んで行って休み始めた。
壁に掛けられた時計の、針の音だけが聞こえる。少し疲れているのは花房も同じだったが、樹がいつ目を覚ましたらと思うと、自然に目は冴えた。
混乱するであろう彼女を落ち着かせること、そして、事情を聞いて力になること。それが自分の役目だ。
不意に、深い呼吸の音が聞こえた。
はっとして樹の方を見ると、ぐったりとしていた表情が苦しげに歪み始めていた。
「樹ちゃん」
意識を取り戻し掛けている。そう思い、花房は樹の手を取った。
両手で握りしめたその手は、布団を被っていたにもかかわらず少し冷たい。握る手に思わず力が入る。
樹の瞼が僅かに動いた。
見守るうちに、閉じていたことをいま思い出したかのように開かれていく。
「・・・アリス?」
口から、名前がこぼれたかと思うと、樹は跳ねるように身体を起こした。
「樹ちゃん、急に起きるとよくない」
花房は手を離し、樹の肩を押さえた。樹の視線が彼を捉える。
瞳が戸惑いに揺れていた。
「落ち着いて。樹ちゃんはスイーツ王国から帰ってきたんだ。ここは小城さんの別荘。他のみんなは、訳あって別行動中」
「アリスは・・・向こうなのね」
樹の身体から少し力が抜ける。これまでに起きたことと、今の時間がつながっていることに早くも納得したようだった。
「もう少し休んでいて、何か飲み物を持ってくるから」
花房がそう言って去ると、樹は部屋を見渡した。
目覚めた瞬間、正直気が狂うかと思った。
捕らえられたアリスの姿が遠のいたと思ったら、ここにいたのだ。
天蓋つきのベッドに、細やかな植物の柄の壁紙や絨毯、家具・調度の風合いはおおよそ21世紀とは思えない。
小城という名前を聞いたから全て納得できたが、聞いていなければ自分が無事に帰ってきたとは信じがたい環境だ。
そして、花房は花房でいつからここにいたというのだろう。
肩に彼の手の温度が残っている。
樹は思わず肩口まで布団を引き上げた。