41話 予期せぬ帰還
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このまま地面に打ち付けられたら自分はどうなるのだろう、と樹の心は完全に恐怖に支配されていたが、やがて落下の速度は緩やかになった。背の高い木々を下に、宙に浮いた状態で止まる。
樹は落ち着くと同時に視界の内からスピリッツ姿のアリスを見つけ出して睨み付けた。あろうことか申し訳なさそうな素振りもなく笑いで口を震わせている。
「急に飛び降りることないでしょう!?」
「それはごめん。でも樹が叫んでたの面白すぎて、色々飛んだ」
反射的にアリスの側まで近づいて肩をきつめに叩く。どうやら今の樹は自分の感覚で自由に飛ぶことができるようだった。アリスはやっとの事で笑いを抑える。
「・・・で?今からパリに戻るの?」
樹は、眼下に広がる壮大な自然を前にこれからのことを確認する。樹としては、ここに来るのは全く予定外だったが多少居たところで練習には差し支えない。しかし、他のスピリッツと顔を合わせた途端に態度が急変したアリスの方では、一刻も早く帰りたいのではないかと思ったのだ。
「そうだね。戻りたいところなんだけど・・・さっき力を使いすぎて今私の魔法で人間界まで戻るのは厳しいんだよね」
アリスは少し困った顔をする。どうやら使う魔法の力の大小によっても消費エネルギーが異なるらしい。確かに羽根のない人間を自力で飛行できるようにする魔法というのは高度そうだ。それに、空間を飛び越える魔法というのも。
「魔法を使わないとなると、汽車の駅まで行かないといけないんだけど・・・そんな場所、まあ死ぬほど人目につくといいますか」
「じゃあ力が戻るまでは人目につかないように適当に時間を潰す必要があるってことね」
「さすが。物分かり良くて助かるわ」
アリスは樹に向かってありがたそうに手を合わせた。また、飛んでいる間にも力を消費するから適当な場所で降りようというので、樹は了承する。しばらくして、城下町が遠くに見えてきたところでアリスは森の中に降り立った。降りてみるとだだっ広い森の真ん中という感じだが、大丈夫だろうか。樹は少し不安になったが、アリスは「このあたりは覚えている」と静かに言った。
「小さい時からこの辺で遊んでたから大丈夫だよ」
「じゃあ、アリスの家はこの辺ってわけ?」
「うん。この森を抜けてすぐのところにある」
アリスは迷いなく一つの方向を指差しながら言った。釣られてそちらを見ながら、ふと樹の胸に疑問が宿る。スピリッツにも家族はいるのだろうか。アリスが生まれ育った家とはどのようなものなのだろう。基本的な情報が欠落していることに今更気づく。
「家っていっても、樹が想像してるような家じゃないよ、多分。私は親元で育たなかったタイプだから」
見透かしたようにアリスが言った。なんと言うことはないような口調だった。アリスがそう言うなら、樹も同じ態度でいるしかない。親がいる者もいればいない者もいる。人間界でもそれは同じだ。樹が黙っていると、アリスは木の幹に触れながら昔の話を続ける。
いろんな子と同じ家で育ったんだけど、その内一緒に遊ぶような子はいなくなったよとアリスは冷めた口調で言う。物心ついた時には人並みはずれた能力が現出していたらしく、不可思議な魔法で遊ぶアリスと同じことができるスピリッツがいないことにもすぐ気付いたのだと言う。
「その時から一人になる癖がついて、あとは宮廷パティシエの修行に入ってから初めてスイーツの才能が無いことに気づいて逃げて、名前も姿も変えて今に至ります」
アリスは自嘲するような笑みを向ける。樹が言葉に迷った末に「コメントし辛い人生ね」と率直に告げると、お恥ずかしいと言いながらニヤリと笑った。今度は本気で面白がっている笑い方だった。
「見て、スプーンもこんなだよ。完全に壊れてる」
どこからか、アリスは自分のスプーンを出して見せた。ふわふわと宙に浮かぶそのスプーンは柄の真ん中でぱっきりと二つに折れている。自分の体長ほどもあるそのスプーンは、古びてはいないがバニラ達が持っていたものと比べると輝きを失っているようだった。以前、ショコラが膨らんだ柄の端、Mの紋章が入った部分に画像を投影しているところを見たことがあるが、そうした機能も使えなさそうだった。もっとも、自分の魔法があるアリスには必要がないのだろうが。
ずっと一人というのはどんな気分だろうと樹は思う。
自分は、思えばいつも一人ではなかった。小学生の頃はおばあちゃんがいた。中学に上がり、おばあちゃんが亡くなると家のキッチンに立つのが辛くなって聖マリーに転入することを決めた。その時に、河澄がいたことにも気付いた。
聖マリーでは、一人になる前にアリスが現れた。同じグループのいちご達とだんだん距離が近づき、クラスの他の人間やグランプリで出会った先輩達とも繋がりができた。いつも誰かのおかげで、樹は一人ではなかった。
「でも、そろそろやり直せそうかなって思ってるんだよ。本当に」
アリスは指を鳴らしてスプーンを消すと、両指を組む。ふとそちらに視線をやると、所々にテーピングが施されていることに樹は気付いた。そういえば、前にも指をかばっているとこを見たことがある気がする。発言と照らして、ようやく樹は合点がいった。
「練習してるのね」
「うん。これに限って言えば魔法より自分の手でやる方がマシかもと思ってね」
「素人が一人で?言ってくれればいいのに」
「偉そうなこと言わないでよ。こちとら、スイーツを作るために生まれてきた純粋でいたいけで親切な精霊なんだからね」
「今の発言でスピリッツに対する尊敬も幻想も失った気がするわ」
やり取りするうちに、二人の顔に自然と笑みが浮かんでいた。過去がどうであれ、今の二人は親友だ。挫折したことも通過点に過ぎない。今のアリスが前を向いていることがわかれば、もう何でもよかった。
樹は落ち着くと同時に視界の内からスピリッツ姿のアリスを見つけ出して睨み付けた。あろうことか申し訳なさそうな素振りもなく笑いで口を震わせている。
「急に飛び降りることないでしょう!?」
「それはごめん。でも樹が叫んでたの面白すぎて、色々飛んだ」
反射的にアリスの側まで近づいて肩をきつめに叩く。どうやら今の樹は自分の感覚で自由に飛ぶことができるようだった。アリスはやっとの事で笑いを抑える。
「・・・で?今からパリに戻るの?」
樹は、眼下に広がる壮大な自然を前にこれからのことを確認する。樹としては、ここに来るのは全く予定外だったが多少居たところで練習には差し支えない。しかし、他のスピリッツと顔を合わせた途端に態度が急変したアリスの方では、一刻も早く帰りたいのではないかと思ったのだ。
「そうだね。戻りたいところなんだけど・・・さっき力を使いすぎて今私の魔法で人間界まで戻るのは厳しいんだよね」
アリスは少し困った顔をする。どうやら使う魔法の力の大小によっても消費エネルギーが異なるらしい。確かに羽根のない人間を自力で飛行できるようにする魔法というのは高度そうだ。それに、空間を飛び越える魔法というのも。
「魔法を使わないとなると、汽車の駅まで行かないといけないんだけど・・・そんな場所、まあ死ぬほど人目につくといいますか」
「じゃあ力が戻るまでは人目につかないように適当に時間を潰す必要があるってことね」
「さすが。物分かり良くて助かるわ」
アリスは樹に向かってありがたそうに手を合わせた。また、飛んでいる間にも力を消費するから適当な場所で降りようというので、樹は了承する。しばらくして、城下町が遠くに見えてきたところでアリスは森の中に降り立った。降りてみるとだだっ広い森の真ん中という感じだが、大丈夫だろうか。樹は少し不安になったが、アリスは「このあたりは覚えている」と静かに言った。
「小さい時からこの辺で遊んでたから大丈夫だよ」
「じゃあ、アリスの家はこの辺ってわけ?」
「うん。この森を抜けてすぐのところにある」
アリスは迷いなく一つの方向を指差しながら言った。釣られてそちらを見ながら、ふと樹の胸に疑問が宿る。スピリッツにも家族はいるのだろうか。アリスが生まれ育った家とはどのようなものなのだろう。基本的な情報が欠落していることに今更気づく。
「家っていっても、樹が想像してるような家じゃないよ、多分。私は親元で育たなかったタイプだから」
見透かしたようにアリスが言った。なんと言うことはないような口調だった。アリスがそう言うなら、樹も同じ態度でいるしかない。親がいる者もいればいない者もいる。人間界でもそれは同じだ。樹が黙っていると、アリスは木の幹に触れながら昔の話を続ける。
いろんな子と同じ家で育ったんだけど、その内一緒に遊ぶような子はいなくなったよとアリスは冷めた口調で言う。物心ついた時には人並みはずれた能力が現出していたらしく、不可思議な魔法で遊ぶアリスと同じことができるスピリッツがいないことにもすぐ気付いたのだと言う。
「その時から一人になる癖がついて、あとは宮廷パティシエの修行に入ってから初めてスイーツの才能が無いことに気づいて逃げて、名前も姿も変えて今に至ります」
アリスは自嘲するような笑みを向ける。樹が言葉に迷った末に「コメントし辛い人生ね」と率直に告げると、お恥ずかしいと言いながらニヤリと笑った。今度は本気で面白がっている笑い方だった。
「見て、スプーンもこんなだよ。完全に壊れてる」
どこからか、アリスは自分のスプーンを出して見せた。ふわふわと宙に浮かぶそのスプーンは柄の真ん中でぱっきりと二つに折れている。自分の体長ほどもあるそのスプーンは、古びてはいないがバニラ達が持っていたものと比べると輝きを失っているようだった。以前、ショコラが膨らんだ柄の端、Mの紋章が入った部分に画像を投影しているところを見たことがあるが、そうした機能も使えなさそうだった。もっとも、自分の魔法があるアリスには必要がないのだろうが。
ずっと一人というのはどんな気分だろうと樹は思う。
自分は、思えばいつも一人ではなかった。小学生の頃はおばあちゃんがいた。中学に上がり、おばあちゃんが亡くなると家のキッチンに立つのが辛くなって聖マリーに転入することを決めた。その時に、河澄がいたことにも気付いた。
聖マリーでは、一人になる前にアリスが現れた。同じグループのいちご達とだんだん距離が近づき、クラスの他の人間やグランプリで出会った先輩達とも繋がりができた。いつも誰かのおかげで、樹は一人ではなかった。
「でも、そろそろやり直せそうかなって思ってるんだよ。本当に」
アリスは指を鳴らしてスプーンを消すと、両指を組む。ふとそちらに視線をやると、所々にテーピングが施されていることに樹は気付いた。そういえば、前にも指をかばっているとこを見たことがある気がする。発言と照らして、ようやく樹は合点がいった。
「練習してるのね」
「うん。これに限って言えば魔法より自分の手でやる方がマシかもと思ってね」
「素人が一人で?言ってくれればいいのに」
「偉そうなこと言わないでよ。こちとら、スイーツを作るために生まれてきた純粋でいたいけで親切な精霊なんだからね」
「今の発言でスピリッツに対する尊敬も幻想も失った気がするわ」
やり取りするうちに、二人の顔に自然と笑みが浮かんでいた。過去がどうであれ、今の二人は親友だ。挫折したことも通過点に過ぎない。今のアリスが前を向いていることがわかれば、もう何でもよかった。