39話 自分の味で
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日が落ちてくると、樫野の機嫌はさらに悪くなった。失敗したボウルを一つ増やし、オーブンの方をちらちら見ながら凄い形相をしている。しかし、三人ももう慣れたもので、樫野のこうした様子は心配半分なのだと知っているから放っておいた。
「東堂さん、そういえばスイーツ王国ってどんなところなの?」
「そういえば樹ちゃんは行ったことあったよね」
三人でそれぞれの完成品を囲み試食していると、そんな話になった。樹は日本でのグランプリ決勝前の記憶を辿る。短い滞在だったが濃い場所だったので、色々と記憶に染み付いていた。
「変なところよ。地面がチョコレートだったり、飴の川があったり」
「・・・さすがに胸焼けしそうだね」
安堂は思わず試食の手を止めて苦笑する。
「少しだけ町を歩いたけど、本当にたくさんスピリッツが暮らしていたわ。何というかすごく———シュールだったわ。まあ、私はもう行くこともないでしょうけど」
「ちょっと興味湧いてきたな。今度僕も頼んで連れて行ってもらおうかな」
花房は紅茶を啜りながら笑う。パリの調理室でも、彼自前のティーセットは健在だ。日本ですっかり慣れ親しんだ彼の紅茶の味を、皆ありがたく頂戴している。
「樫野もそろそろ休憩したら?作ったものまだ結構残ってるのよ」
気遣っているのか、処理を手伝えといっているのか曖昧な言い方で樹は樫野に休憩を促す。樫野は顔を上げると、少しの間考えを巡らせるように黙った。
「そうだな、これが終わったらちょっと休みたい。その辺で寝るから、作ったものは少し取っといてくれ」
「分かったわ」
調理室で寝る、という行為にも慣れはじめている。グランプリが始まってからというもの、昼も夜も無く時間があれば練習しているせいで、気がつけば誰かがその辺りで仮眠を取っている姿が見受けられる。
しばらくして宣言通りに椅子の上で目を閉じ、静かに休息に入った樫野のために、三人は声の調子を落とした。
オーブンがひとりでに開き、中から光が溢れ出したのは、辺りがすっかり暗くなった頃だった。小さな光がテーブルの上にこぼれて、スピリッツが姿を現わす。オーブンの真下に急降下した光からは、元の姿に戻ったいちごが現れた。尻餅をついて着地したいちごは、痛そうに立ち上がる。
「いちごちゃん!」
「おかえり!」
「ごめん、遅くなっちゃった!」
出迎える花房と安堂にいちごは少し頭を下げて謝る。
「色々とたいへんだったですぅ」
「ほんと、よく今日中に帰ってこられたよね」
キャラメルとカフェの言葉からは苦労が伺えたが、とりあえず全員ぴんぴんしているようで、樹は安心する。いちごだけでなく、決勝前にスピリッツに何かあったらメンバー全員が試合どころではなくなるだろうから。
「あら?樫野・・・」
ショコラは、妙に静かだと思っていたら樫野が椅子の上で眠っているのに気付いたようだ。樹は樫野が寝ているのか狸寝入りなのか判別もつかないままに、密告した。
「最後まで色々文句言ってたわ。レシピなんて見つからなけりゃいいんだって」
「樫野・・・」
いちごが不安げに名前を呟くと、樫野が目を開けた。辺りを見回して、いちごとスピリッツたちが帰ってきたことを確認する。
「ん・・・?ああ、天野か・・・レシピあったのか?」
「あ、うん・・・」
「どうする?バニラの魔法で日本語に直すこともできるけど・・・」
歯切れの悪い返事をするいちごにバニラが何か囁くが、いちごはしばらく沈黙して考えたのちにゆっくりと顔を上げた。その表情は晴れやかで、いつも通りのいちごだ。
「・・・大丈夫。直さなくていいよ、バニラ。レシピはあったけど無かったの!」
「どういうことだい?」
「わたし、決勝は何が課題になっても自分のオリジナルの味で勝負してみる!」
「・・・そんなの当然だろ。今日練習できなかった分は、明日みっちり仕込むからな!」
「うん!」
いちごに訪れた変化に、樫野の表情も嬉しそうに少し緩んだ。何はともあれ、これでまた同じ方向に向かって皆で進んでいける。
夜なのに何だか先ほどよりも雰囲気が明るくなった調理室で、決勝に向けたミーティングが始まる。
それぞれの課題、それぞれの味、それぞれの夢。
以前よりもずっと互いのことを理解している。今更ながら、樹はそんなことを実感した。四人のことだけではない、それぞれのパートナーのスピリッツたちが、各々宮廷パティシエを目指していることも知っている。
最近、彼らを見ていると樹は思う。
何故アリスがここにいられないのだろう、と。
「東堂さん、そういえばスイーツ王国ってどんなところなの?」
「そういえば樹ちゃんは行ったことあったよね」
三人でそれぞれの完成品を囲み試食していると、そんな話になった。樹は日本でのグランプリ決勝前の記憶を辿る。短い滞在だったが濃い場所だったので、色々と記憶に染み付いていた。
「変なところよ。地面がチョコレートだったり、飴の川があったり」
「・・・さすがに胸焼けしそうだね」
安堂は思わず試食の手を止めて苦笑する。
「少しだけ町を歩いたけど、本当にたくさんスピリッツが暮らしていたわ。何というかすごく———シュールだったわ。まあ、私はもう行くこともないでしょうけど」
「ちょっと興味湧いてきたな。今度僕も頼んで連れて行ってもらおうかな」
花房は紅茶を啜りながら笑う。パリの調理室でも、彼自前のティーセットは健在だ。日本ですっかり慣れ親しんだ彼の紅茶の味を、皆ありがたく頂戴している。
「樫野もそろそろ休憩したら?作ったものまだ結構残ってるのよ」
気遣っているのか、処理を手伝えといっているのか曖昧な言い方で樹は樫野に休憩を促す。樫野は顔を上げると、少しの間考えを巡らせるように黙った。
「そうだな、これが終わったらちょっと休みたい。その辺で寝るから、作ったものは少し取っといてくれ」
「分かったわ」
調理室で寝る、という行為にも慣れはじめている。グランプリが始まってからというもの、昼も夜も無く時間があれば練習しているせいで、気がつけば誰かがその辺りで仮眠を取っている姿が見受けられる。
しばらくして宣言通りに椅子の上で目を閉じ、静かに休息に入った樫野のために、三人は声の調子を落とした。
オーブンがひとりでに開き、中から光が溢れ出したのは、辺りがすっかり暗くなった頃だった。小さな光がテーブルの上にこぼれて、スピリッツが姿を現わす。オーブンの真下に急降下した光からは、元の姿に戻ったいちごが現れた。尻餅をついて着地したいちごは、痛そうに立ち上がる。
「いちごちゃん!」
「おかえり!」
「ごめん、遅くなっちゃった!」
出迎える花房と安堂にいちごは少し頭を下げて謝る。
「色々とたいへんだったですぅ」
「ほんと、よく今日中に帰ってこられたよね」
キャラメルとカフェの言葉からは苦労が伺えたが、とりあえず全員ぴんぴんしているようで、樹は安心する。いちごだけでなく、決勝前にスピリッツに何かあったらメンバー全員が試合どころではなくなるだろうから。
「あら?樫野・・・」
ショコラは、妙に静かだと思っていたら樫野が椅子の上で眠っているのに気付いたようだ。樹は樫野が寝ているのか狸寝入りなのか判別もつかないままに、密告した。
「最後まで色々文句言ってたわ。レシピなんて見つからなけりゃいいんだって」
「樫野・・・」
いちごが不安げに名前を呟くと、樫野が目を開けた。辺りを見回して、いちごとスピリッツたちが帰ってきたことを確認する。
「ん・・・?ああ、天野か・・・レシピあったのか?」
「あ、うん・・・」
「どうする?バニラの魔法で日本語に直すこともできるけど・・・」
歯切れの悪い返事をするいちごにバニラが何か囁くが、いちごはしばらく沈黙して考えたのちにゆっくりと顔を上げた。その表情は晴れやかで、いつも通りのいちごだ。
「・・・大丈夫。直さなくていいよ、バニラ。レシピはあったけど無かったの!」
「どういうことだい?」
「わたし、決勝は何が課題になっても自分のオリジナルの味で勝負してみる!」
「・・・そんなの当然だろ。今日練習できなかった分は、明日みっちり仕込むからな!」
「うん!」
いちごに訪れた変化に、樫野の表情も嬉しそうに少し緩んだ。何はともあれ、これでまた同じ方向に向かって皆で進んでいける。
夜なのに何だか先ほどよりも雰囲気が明るくなった調理室で、決勝に向けたミーティングが始まる。
それぞれの課題、それぞれの味、それぞれの夢。
以前よりもずっと互いのことを理解している。今更ながら、樹はそんなことを実感した。四人のことだけではない、それぞれのパートナーのスピリッツたちが、各々宮廷パティシエを目指していることも知っている。
最近、彼らを見ていると樹は思う。
何故アリスがここにいられないのだろう、と。