39話 自分の味で
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五人が暮らすアパルトマンにオーブンの中を覗き込んだいちごの歓声が響き、樹はイメージを描き出していたスケッチブックと鉛筆をその場に置いて振り返った。
ちょうど、そろそろ焼き上がりの頃合いだった。タイマーを確認した樹は両手にミトンをはめてオーブンに近付き、慎重に天板を取り出す。いちごの目がまたひときわ輝いた。
樹が両手で持ち上げた天板の上、規則正しく並べ置かれたマカロンのひとつひとつに、誇らしげな縁取りが表れている。正しい撹拌と正しい温度、正しい時間の全てが揃わなければきれいに出ない、この膨らんだ縁の部分をピエという。
ここ数日、樹はこのピエを安定させる練習を続けていた。個人戦でどんな課題が出るのか分からないが、プロのパティシエでも失敗することがあるというマカロンを押さえておけば、差がつけられるのではないかと踏んだのだ。
ひび割れひとつなく、しっとりと焼き上がっているその出来栄えを見て、静かに一安心する樹の隣で、いちごははしゃいだ声をあげた。
「すっごく綺麗な焼き上がり!これなら樹ちゃんの優勝、間違い無しだよ!」
「いつもながら簡単に言うじゃねえか、天野。問題は味だろ」
耳聡くいちごの発言を聞きつけた樫野が、わざわざ読んでいた大判の本を放り出してつかつかと近寄ってくる。
話は分かるが語調が少し気に入らないので、樹の眉根が僅かに寄った。樫野はその表情に気付いていながらも慣れきっているので、特に気にせず続ける。
「それにマカロン一つ完璧に焼けたからといって、世界大会レベルの人間の中でどこまで通用するか。今までだって、実力差だけで勝ち上がってこられたわけじゃないだろ」
「確かにそうかもしれないけど・・・でも、何度も違うオーブンで焼いて、それでもずっと綺麗な焼き上がりなんだよ?樫野だってすごいと思うでしょ?」
「・・・別に、そう思うのは今更初めてのことじゃない」
食い下がったいちごの言葉に、気恥ずかしいのか視線を落としながら樫野はボソリと呟いた。樹は少し満足したように笑みを浮かべる。
「どうもありがとう。少しは褒めてくれるようになったじゃない。前に皆でホワイトチョコを使ってスイーツを作った時、私の方が評判良かったのをまだ根に持ってると思っていたわ」
「そういえば、樫野あの時しばらく樹ちゃんと口聞かなかったよね」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねえ!単純に話すこと無かっただけだ!」
そう言われても、言い訳にしか聞こえない。二人の女子は笑いを含んだ視線を交わす。樫野は憮然として大きな溜息を吐いた。樹は天板を台の上に置いて、ダイニングへ戻っていく樫野やいちごと共にソファーへ腰を下ろした。花房も安堂も、いつの間にかテーブルを囲んで寛いでいて、全員集合の形になっている。樫野は、テーブルに置いた本を再び取り上げる。フランス語で表題が書かれているいかにも古そうな本だ。
「ところでその本は何?」
「有名パティシエたちのレシピ本だ。パリ本校の図書館で借りてきた」
「これを参考に勉強、勉強ですわ!」
ショコラの言う通り、決勝に望むにあたってパリ本校の豊富な蔵書を活用しない手はない。得意の手数を増やすのか、自信のあるものを更に伸ばすのか、レシピ選びは練習の内容にも関わる。いちごは本を見つめて、何か思うところがあるらしい。
「レシピかあ・・・もし消えてなかったら、今朝市場で買った苺であたしもおばあちゃんの苺タルト作れるのになあ・・・」
「前に言ってたおばあちゃんのレシピのこと?」
「うん・・・」
消えるという言葉がひっかかり、話を確認する花房にいちごは頷く。出発前に、以前譲り受けていたが鍵を失くしたと言われていたおばあちゃんのレシピ帳の鍵が見つかり、開けることができたのだという。
「せっかく鍵が開いたのに、どういうわけか苺タルトのページだけ消えてたのよね・・・」
「不思議だな。大切なレシピなら、こうして書き残しておくはずなのに・・・」
いちごの話を聞きながら、樫野は本をぺらぺらと捲る。どのページにもびっしりと文字が埋められていて迫力さえ感じさせる。そばで何となくページの動きを見ていたショコラがふと大声を出した。
「ああっ、樫野!ここを見るのですわ!」
ショコラに示された箇所へとページを繰った樫野の表情が、驚愕に染まる。
「なんだこれ!?」
ちょうど、そろそろ焼き上がりの頃合いだった。タイマーを確認した樹は両手にミトンをはめてオーブンに近付き、慎重に天板を取り出す。いちごの目がまたひときわ輝いた。
樹が両手で持ち上げた天板の上、規則正しく並べ置かれたマカロンのひとつひとつに、誇らしげな縁取りが表れている。正しい撹拌と正しい温度、正しい時間の全てが揃わなければきれいに出ない、この膨らんだ縁の部分をピエという。
ここ数日、樹はこのピエを安定させる練習を続けていた。個人戦でどんな課題が出るのか分からないが、プロのパティシエでも失敗することがあるというマカロンを押さえておけば、差がつけられるのではないかと踏んだのだ。
ひび割れひとつなく、しっとりと焼き上がっているその出来栄えを見て、静かに一安心する樹の隣で、いちごははしゃいだ声をあげた。
「すっごく綺麗な焼き上がり!これなら樹ちゃんの優勝、間違い無しだよ!」
「いつもながら簡単に言うじゃねえか、天野。問題は味だろ」
耳聡くいちごの発言を聞きつけた樫野が、わざわざ読んでいた大判の本を放り出してつかつかと近寄ってくる。
話は分かるが語調が少し気に入らないので、樹の眉根が僅かに寄った。樫野はその表情に気付いていながらも慣れきっているので、特に気にせず続ける。
「それにマカロン一つ完璧に焼けたからといって、世界大会レベルの人間の中でどこまで通用するか。今までだって、実力差だけで勝ち上がってこられたわけじゃないだろ」
「確かにそうかもしれないけど・・・でも、何度も違うオーブンで焼いて、それでもずっと綺麗な焼き上がりなんだよ?樫野だってすごいと思うでしょ?」
「・・・別に、そう思うのは今更初めてのことじゃない」
食い下がったいちごの言葉に、気恥ずかしいのか視線を落としながら樫野はボソリと呟いた。樹は少し満足したように笑みを浮かべる。
「どうもありがとう。少しは褒めてくれるようになったじゃない。前に皆でホワイトチョコを使ってスイーツを作った時、私の方が評判良かったのをまだ根に持ってると思っていたわ」
「そういえば、樫野あの時しばらく樹ちゃんと口聞かなかったよね」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねえ!単純に話すこと無かっただけだ!」
そう言われても、言い訳にしか聞こえない。二人の女子は笑いを含んだ視線を交わす。樫野は憮然として大きな溜息を吐いた。樹は天板を台の上に置いて、ダイニングへ戻っていく樫野やいちごと共にソファーへ腰を下ろした。花房も安堂も、いつの間にかテーブルを囲んで寛いでいて、全員集合の形になっている。樫野は、テーブルに置いた本を再び取り上げる。フランス語で表題が書かれているいかにも古そうな本だ。
「ところでその本は何?」
「有名パティシエたちのレシピ本だ。パリ本校の図書館で借りてきた」
「これを参考に勉強、勉強ですわ!」
ショコラの言う通り、決勝に望むにあたってパリ本校の豊富な蔵書を活用しない手はない。得意の手数を増やすのか、自信のあるものを更に伸ばすのか、レシピ選びは練習の内容にも関わる。いちごは本を見つめて、何か思うところがあるらしい。
「レシピかあ・・・もし消えてなかったら、今朝市場で買った苺であたしもおばあちゃんの苺タルト作れるのになあ・・・」
「前に言ってたおばあちゃんのレシピのこと?」
「うん・・・」
消えるという言葉がひっかかり、話を確認する花房にいちごは頷く。出発前に、以前譲り受けていたが鍵を失くしたと言われていたおばあちゃんのレシピ帳の鍵が見つかり、開けることができたのだという。
「せっかく鍵が開いたのに、どういうわけか苺タルトのページだけ消えてたのよね・・・」
「不思議だな。大切なレシピなら、こうして書き残しておくはずなのに・・・」
いちごの話を聞きながら、樫野は本をぺらぺらと捲る。どのページにもびっしりと文字が埋められていて迫力さえ感じさせる。そばで何となくページの動きを見ていたショコラがふと大声を出した。
「ああっ、樫野!ここを見るのですわ!」
ショコラに示された箇所へとページを繰った樫野の表情が、驚愕に染まる。
「なんだこれ!?」