38話 旅するボンボンショコラ
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そのまま準決勝は終了し、審査員もいちご達も全体的に今日ばかり試合の余韻に浸る空気になっていたが、彼女だけは樫野と結ばれることが叶わなかった悔しさが発散できず、高い場所に上って金切り声を上げていた。
「キーッ!ヘリに乗って何が悪いのよお!シャトー製菓の社長令嬢なんだから、シャトー製菓の製品を使うのは当たり前じゃない!ねえ、パパ?」
「そうだねえ・・・」
しかし、隣で娘を見守る社長の表情は奇妙ににこやかだ。
「・・・パパ?なに、その笑顔は・・・」
「だって、これで美夜の結婚はナシだろう?お嫁に行くのはまだまだ先だなあ!はっはっはっはっ!」
「・・・!まさかパパ、チームいちごに点数を入れたんじゃないでしょうね・・・」
小城は血相を変えて訝しげな目つきで父親に迫る。
「ん・・・?そこはほら・・・パパは公平な審査員だから・・・ちゃあんと美味しいと思った方に・・・ね?」
「なんですってえ!?パパ・・・!」
「ハハハ・・・じゃあね、美夜!」
社長は図ったようなタイミングで頭上に降りてきた縄梯子に体重を預けると、そのままヘリコプターに吸い込まれるように地上から遠ざかって行く。
「待ってよ、パパ!」
「ゆっくり観光でもしながら帰っておいでー!」
「ちょっと、パパー!もう、パパなんか大っ嫌―い!!」
満足に糾弾することを許さず宙に消えていった父親への癇癪をどこへぶつけたものか、たまらなくなった小城はその場からブーケを思い切り放り投げた。
(ほんと騒がしい人・・・)
塔の真下にいた樹は片手で花束を受け止め、息を吐く。試合終了後、樹はひとりアンリ先生にこの場所で待つようにと指示されていたのだ。思いがけず父娘のやり取りを一つ残らず聞いてしまった樹は、あれで小城も家への誇りはあるのだなと彼女の人格を少しだけ再認識しはじめていた。
「それで先生、何のお話ですか」
樹は静かにやってきたアンリ先生に、発言を急かした。どうもあまり聞きたく無いことを言われる気がしてならない。覚悟はあるはずだが、もう少しくらいはいちごや花房、樫野、安堂と皆で手にした勝利の味に酔っていたかったのに。
樹は花束に顔を寄せながら先生の言葉を待った。花の香りが少しでも自分に勇気をくれればいいのに、樹はいつか越えると宣言していながらも、まだ少しこの人間が放つプレッシャーが苦手だ。
「君の、チームいちごの一員としてのグランプリはここで終わりです」
花束を握る手に少し力が籠った。それでも、樹はアンリ先生の青い瞳を正面から見据える。同じ青でもアリスより幾らか冷たく、全て見透かしてくるような瞳。
こんなことは想定内、最初から分かっていてパリに来た、その上で自分はやれるだけのことはやってきた。
樹はパリでの出来事を思い返す。夜通し手を動かし続けて考案した桜のジェラート、真剣に頭を付き合わせてデザイン構想を練ったチョコレートドレス、そして旅をしながら皆と共有した思い出を散りばめたボンボンショコラ。一つ一つが確かな自信になっている。
きっとここで道が閉ざされる訳ではない、その瞳の奥に僅かな期待が滲んでいることを読み取った樹はそう確信して口元に笑みを浮かべる。
「それで、私のグランプリはどうなるんですか?」
飄々と言ってのけた樹の挑戦的な態度に、アンリ先生は驚きながらも表情を和らげた。その口から次の言葉が紡がれるのを、樹は待った。
「あなたには個人戦で優勝を競って頂きます。試合は決勝と同日、チャンスは一度きりです」
「キーッ!ヘリに乗って何が悪いのよお!シャトー製菓の社長令嬢なんだから、シャトー製菓の製品を使うのは当たり前じゃない!ねえ、パパ?」
「そうだねえ・・・」
しかし、隣で娘を見守る社長の表情は奇妙ににこやかだ。
「・・・パパ?なに、その笑顔は・・・」
「だって、これで美夜の結婚はナシだろう?お嫁に行くのはまだまだ先だなあ!はっはっはっはっ!」
「・・・!まさかパパ、チームいちごに点数を入れたんじゃないでしょうね・・・」
小城は血相を変えて訝しげな目つきで父親に迫る。
「ん・・・?そこはほら・・・パパは公平な審査員だから・・・ちゃあんと美味しいと思った方に・・・ね?」
「なんですってえ!?パパ・・・!」
「ハハハ・・・じゃあね、美夜!」
社長は図ったようなタイミングで頭上に降りてきた縄梯子に体重を預けると、そのままヘリコプターに吸い込まれるように地上から遠ざかって行く。
「待ってよ、パパ!」
「ゆっくり観光でもしながら帰っておいでー!」
「ちょっと、パパー!もう、パパなんか大っ嫌―い!!」
満足に糾弾することを許さず宙に消えていった父親への癇癪をどこへぶつけたものか、たまらなくなった小城はその場からブーケを思い切り放り投げた。
(ほんと騒がしい人・・・)
塔の真下にいた樹は片手で花束を受け止め、息を吐く。試合終了後、樹はひとりアンリ先生にこの場所で待つようにと指示されていたのだ。思いがけず父娘のやり取りを一つ残らず聞いてしまった樹は、あれで小城も家への誇りはあるのだなと彼女の人格を少しだけ再認識しはじめていた。
「それで先生、何のお話ですか」
樹は静かにやってきたアンリ先生に、発言を急かした。どうもあまり聞きたく無いことを言われる気がしてならない。覚悟はあるはずだが、もう少しくらいはいちごや花房、樫野、安堂と皆で手にした勝利の味に酔っていたかったのに。
樹は花束に顔を寄せながら先生の言葉を待った。花の香りが少しでも自分に勇気をくれればいいのに、樹はいつか越えると宣言していながらも、まだ少しこの人間が放つプレッシャーが苦手だ。
「君の、チームいちごの一員としてのグランプリはここで終わりです」
花束を握る手に少し力が籠った。それでも、樹はアンリ先生の青い瞳を正面から見据える。同じ青でもアリスより幾らか冷たく、全て見透かしてくるような瞳。
こんなことは想定内、最初から分かっていてパリに来た、その上で自分はやれるだけのことはやってきた。
樹はパリでの出来事を思い返す。夜通し手を動かし続けて考案した桜のジェラート、真剣に頭を付き合わせてデザイン構想を練ったチョコレートドレス、そして旅をしながら皆と共有した思い出を散りばめたボンボンショコラ。一つ一つが確かな自信になっている。
きっとここで道が閉ざされる訳ではない、その瞳の奥に僅かな期待が滲んでいることを読み取った樹はそう確信して口元に笑みを浮かべる。
「それで、私のグランプリはどうなるんですか?」
飄々と言ってのけた樹の挑戦的な態度に、アンリ先生は驚きながらも表情を和らげた。その口から次の言葉が紡がれるのを、樹は待った。
「あなたには個人戦で優勝を競って頂きます。試合は決勝と同日、チャンスは一度きりです」