37話 一夜限りのプリンセス
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広間は音と人で溢れかえっていたが、樹は不思議と花房の気配が分かる気がした。魔法のせいなのかもしれないが、踊る人間達に紛れてひとり佇んでいる花房の姿を捉えるのに全く時間はかからなかった。
一歩歩くごとに、ドレスに視線が刺さる気がする。それでも、仮面を付けているとこの世のものならざる謎めいた貴婦人として振る舞える気がした。そのまま花房の元へ向かうと、彼の目はゆっくりとこちらを捉えた。ドレスが映す星空に彼の瞳が揺れるのが分かる。樹は彼の目の前で立ち止まると、裾を持ち上げてしなやかに小さく膝を折った。
「見つけたわよ」
一言勝ち誇ったようなその言葉を発すると、花房は一瞬息を飲み、それからゆっくりと笑みを浮かべた。
「参ったな、樹ちゃんには」
樹はそっと仮面を持ち上げ、くすくすと笑った。花房はその笑みに満足そうに口元を緩めながらも、短く咳払いをすると改まった態度で樹の前に跪きその手を柔らかく持ち上げた。
曲の変わり目だ。
「一曲踊って頂けますか、お姫様?」
「ところで、さっきのは誰だったわけ?」
相変わらず優雅なリードでにこやかに振る舞っていた花房だが、樹がステップに慣れて来た頃を潮時と判断したのか、低い声で囁いた。そういえばそんなことがあったと樹は暢気に思い出す。
「実はあれが私のパートナーなの」
「えっ?パートナーって、男だったっけ・・・そういう話じゃなかったよね・・・?」
ズレた理解をした花房は、何故か焦り出して樹に触れる力を強めた。樹は怪訝な顔をする。
「そういう話?」
「いや、前に聞いたときは女の子の話かと思ってたんだけど・・・」
「アリスは女の子のスピリッツよ。魔法でああいう姿にも化けられるらしくて」
「・・・随分お茶目な子だね」
思わず大きく息が漏れた。そのアリスとやらがどこかでこちらを見物して笑っているのではないかと思うと何となく気が気で無い。花房はついホールの中に視線を彷徨わせた。
「そういえば、いちごがさっき王子様の話をしていたでしょう」
「ああ、ドレス作りのときの」
樹が何やら話しはじめるが、花房は上手く集中できない。明らかに視線が外に向かいがちになっている花房に樹は気づいているようだったが、そのまま樹は言葉を零した。
「私はね、花房くんほど王子様みたいな人っていないと思う」
「えっ・・・?」
花房は中途半端に聞き流したその言葉に何かを感じ、まっすぐその視線を樹に向けた。樹はその視線に微笑みで応えたが、すぐに携えていた仮面で目元を覆った。頬に集まる熱を隠しきれていると信じながら、樹は俯かずに仮面越しに花房を見据えていた。
もう一度、樹は口を開く。
まるで唇にまで魔法が宿っているかのように、今夜は言えないはずの言葉が溢れてくるのだった。
「知っているかしら、今夜も月がとても綺麗だって」