37話 一夜限りのプリンセス
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来場者の投票を含めた結果はまさかの引き分け、準決勝は後日改めるというアナウンスを耳にした樹は思わず肩の力が抜けてしまった。
「おかしいわよ、幾らなんでも同数なんて・・・」
「そうだけど、また試合の機会が増えるってのも悪くないじゃない?」
「またこんな大掛かりな舞台を用意して?お金持ちよね」
緊張を返せと言わんばかりのしかめっ面で樹が不満を口にするも、会場は次第に舞踏会の雰囲気を纏いつつあった。シュリさんが指を鳴らすのを合図に弦楽団の演奏が始まり、小城は勝てなかった腹いせに樫野と踊ろうと息巻いたが、攻撃的なドレスを振りかざして突進した先には父親がいた。樫野にかわされたのだ。
「今日もやってるね・・・」
「そうね・・・」
上機嫌で娘とワルツを踊る小城の父を横目に花房と樹は苦笑を漏らす。樫野は足早に小城から距離をとったらしく姿が見えない。気がつけば、いちごと安堂の姿も人ごみに紛れたのか二人の目の前から消えていた。
「僕たちも踊ろうか?バレンタインの時みたいに」
「でもさすがにこの格好じゃ・・・」
「どんな格好でも構わないよ」
花房は微笑んで手を差し出すが、樹は少し躊躇した。その時、後ろから何者かが樹の肩と手に触れて引き寄せた。驚いて樹が振り返ると、豊かな金色の髪を一つに結った青年がそこにいた。頭一つ高いところにあるその顔は仮面で隠されている。
誰かと問う暇も与えず、青年は樹の手を引いて人ごみに紛れた。見覚えは一切無いが、何故か不審感を抱かなかった樹は彼に連れられるままに広間を離れ、人気の無い静かなバルコニーに辿り着いた。
手を離した青年は少しの間意味有りげに樹を見つめていたが、段々と肩が小刻みに震えはじめ、終いには明らかな笑い声を漏らした。
「あーごめん、もう限界だわ」
重厚な金色の仮面を青年がその手で外した瞬間、変化は始まった。金色の髪は解けて豊かに広がり、服も襞が広がり見覚えのあるエプロンドレスに変わる。一回り小さくなった体躯の紛れも無い少女が碧の目を開いた。
「やっぱりアリスだった」
「やろうと思えばできるもんでしょ。ちょっと樹とネタ被ったけど。ねえ、さすがにその格好で来るのはひどすぎるんじゃない?」
「あまりはっきり言わないでよ」
アリスはすっかりいつも通りの姿で可笑しそうにけたけたと笑う。右手でさっきまで着けていた仮面をいじくりながら、夜空を見上げるアリスの横顔はこの上も無く楽しげだ。
「花房の顔、やばかった」
「あまりよく見てなかったわ」
「あんなに面白いことってないよね。でも、さすがにちょっと可哀想だから返してあげるよ」
アリスは樹にウインクを寄越すと、星が瞬いている空に手をかざす。大きな満月がこちらを見下ろしていた。
「いちごのドレスもまあまあ良かったけど、本物の魔法ならチョコレートなんて甘ったるいもの使わなくてもドレスは出来るんだから」
アリスが指を鳴らすと、樹の真っ白なコックコートにチラチラと星が瞬きはじめ、それを覆うかのように濃紺が降って来て上品なフリルを描き始めた。星空を纏った樹の髪はくるくると結い上げられて真珠が散りばめられ、足にはいつの間にか光沢のある繻子の靴が嵌っていた。
その魔法はあまりに美しく、樹は息をするのも忘れた。
このような魔法を使うアリスが何故後ろめたい思いを抱いて国を出たのか、と樹の脳裏には今更のように哀しい疑問が過る。
「樹、早く行ってあげなよ。制限時間はないけどさ」
アリスの手にはいつの間にか樹が着ていたコックコートがある。これは適当に返すから、と言うアリスに樹は思わず抱きついた。
「ありがとう、アリス」
「結構いいもんでしょ、自分がシンデレラになるのも。どうせ女の子は皆そうなんだから」
アリスは樹を促しながら、そっと仮面をその手に渡した。樹は心得たとその仮面を纏って、悪戯に笑うとドレスの裾を揺らしながら広間へと小走りに向かった。