37話 一夜限りのプリンセス
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会場に到着したのは最後の鐘の音が響くのと同時だった。大きな黒いマントに身を包んだ怪しい小城はぎりぎりセーフの五人の到着に大層不満そうだったが、自信はあるらしい。自分たちの勝ちに変わりはないがと次の瞬間に高笑いを始めるのだから大したものだ。
「ところであんたのその服はどうなってんのよ?」
ひとしきり勝ち宣言を終えたところで、小城の目が樹のコックコートを捉えたのは突然のことだった。完全に眼中に入っていないものと思い込んでいた樹は驚いて二三度瞬きを繰り返した。
「・・・そのまま出て来たので」
困った末に樹は身もふたもなくそう述べる。小城は呆れかえった様子で大げさに息を吐いた。
「もう、これだから庶民ってのは・・・あんた私のドレス借りる?」
「え、小城さんのドレスは結構です・・・」
「やっぱりなんか失礼ね、あんた。いいわ、一人で恥かいてなさい!」
小城は少しむくれながら広間に降りる階段の方へ向かって行く。まずは彼女がドレスをお披露目するのだ。残った四人はドレスの出来栄えよりも正直小城の態度が気になる。
「お前、前も思ったけどいつの間にオジョーと仲良くなったんだよ?」
「別に仲良くなってないじゃない」
「でも確実に東堂さんのこと気にかけてるよね。目障りなんじゃなくて」
「樹ちゃんってちょっと変な人に気に入られるよね!」
いちごの邪気の無い一言が何故か胸に刺さる。樹は口元だけで笑って応えた。
「それにしても、オジョーのドレスを着る訳にはいかないよね。彼女の服、物は良いけど趣味がアレだから・・・」
花房が横目で階下の小城の様子を見ながら小声で言う。彼女の趣味はロココ調そのままの豪華絢爛な怒濤のフリルなど、とにかくごてごてとした華美で贅沢な装飾物がつきものなのだ。今回のドレスも、波打つように巨大なチョコレートのドレスにカラフルなLEDを埋め込んで点灯させたものらしく、ちょっとした電光掲示板のようだった。
「ちょっと私外に出てくるわ」
小城に言われたからではないが、何となくもう少し自分の服をどうにかした方が良いと思った樹はひとまずその場を離れた。
もしかしたらアリスに会えるかと思ったが、建物の外には人影など全くない。
(なんで持ってこなかったのかしら、あのドレス・・・)
樹はバレンタインパーティのことを思い出して息を吐く。あの時は花房が密かに送って寄越したドレスを着て参加したのだ。今でも思い返すと鮮やかに甦る思い出だった。
チョコレートの甘い香りが広がるパーティ会場。色とりどりの衣装に、優美な弦楽器の音色。そして、あの時の花房はまるで———
(じゃなくて、アリスがいないなら早く戻らないと)
樹は我に返って部屋の中に戻る。そこに皆の姿は無く、どうやらもう出番が来たようだった。慌てずに機を伺い紛れ込んでしまおうと冷静に判断した樹は、階段の方へ向かう。そっと階下の様子を窺おうと思った樹だったが、その場所には先客がいた。
「あ、樹ちゃん・・・」
「何してるのいちご」
広間にいる観客からは辛うじて死角になっている場所。そこに、ドレス姿のいちごがひとり佇んでいたのだった。
「緊張しちゃって・・・」
「樫野たちは?」
「別の入り口から先に広間に行くように言われて・・・」
度胸は座っているはずのいちごだが、華やかなドレスを着たモデルとしての自分はどうも慣れないらしい。
「でも、行くしか無いじゃない。それともそのドレスに自信が無いって言いたいの?」
「そんなこと無いけど、でもあたし・・・」
「しょうがないわね、全く」
煮え切れないいちごの態度に反して何か決意した様子の樹の左手が自身の胸元に伸びて、きつく結んでいた赤いタイをするりと解いた。
「これでちょっとはいつもの雰囲気から離れたかしら・・・さ、行くわよお姫様」
「えっ、わわわ・・・」
樹は右手を下側からいちごの左の手の平に重ね、そのまま慌てるいちごを階段の上に引きずり出した。
瞬間、踊るように靡いた桃色のドレスのフリルに来場者の仮面越しの視線が刺さる。いちごがそれに萎縮する間も無く、樹はいちごの手を引きながら颯爽と階段を降りてゆく。その下で、花房と安堂がいちごを待ち受けていた。樹は二人の面食らった顔が面白くて仕方がない。
「これでもスイーツ王子の端くれですもの」
恭しく膝を折った樹は、鮮やかに二人に主導権を託す。彼らに連れられて徐々に広間の中央へ向かういちごの表情は既に晴れやかなものになっている。最後に樫野がいちごの手をとって導いて行く頃にはもういつものいちごだった。
審査員の前に出たいちごは樫野の手を離し、可憐に一回転した。ふわりと風を受けたドレスが花のような舞を見せた。
「あれが本当にチョコレート!?信じられない出来栄えですね!」
感嘆の声を漏らす審査員席には小城の父親もいる。娘を公正な目で審査できるのか不安なところではあるが、バレンタインでの同点への采配を見たところでは信頼できなくもない。
「ドレスに施されたチョコレート細工の素晴らしいこと!それに、なんて可愛らしいお姫様なんでしょう!」
一列に並んだ樹たちは満足げに一種のいちごの晴れ舞台を見守っていた。相変わらずコックコート姿の樹だが、何故かその立ち姿は三人に馴染んでいた。
「・・・お前、花房に似て来たよな」
「え、なによ」
「別に」
何だか複雑な気分になりながら樹は審査結果を待つ。小城のドレスのダイナミックさはいちごのドレスとは全くコンセプトが異なるが、無駄に技術的な装飾が施されているので侮れない。
緊張の一瞬を待つ樹の視界に、一瞬見慣れた金色の髪が映り込んだ気がした。