37話 一夜限りのプリンセス
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ドレスが出来上がったのは制限時間の30分前のことだった。入念な最終確認の後に、スピリッツ達が所定の手順を踏んでスイーツマジックをかけると、見た目の色調や質感はそのままに、手触りは布のように変化した。暫しその優美な出来栄えに見とれていたいちごだが、はっと顔色を変えて頬に手を当てる。
「ああーっ!肝心のドレスを着てもらうモデルさんを忘れてた!どうする?誰に着てもらう?」
「モデルならそこにいるじゃない」
樹が言うと同時、示し合わすでもなく四人の視線が一斉にいちごに向かう。一瞬遅れてそれに気づいたいちごは目を丸くしてあたふたしはじめた。
「あたし!?無理無理、ドレスなんて似合わないし・・・ほら、あたしなんかより樹ちゃんに着てもらった方が・・・」
「何言ってるの、これはあなたのドレスよ」
困った顔でこちらを見るいちごに、樹はそう言って微笑みかける。
「いちごの夢のドレスなんでしょう。着たくないの?」
「でも・・・」
「いいんじゃねえの、魔法使いがたまにはシンデレラになったって」
「樫野・・・」
思いもよらぬ樫野の言葉に、いちごはほんの僅かに頬を染めてもう一度ドレスの方を一瞥する。瞳に鮮やかなバラ色のフリルを映し、決意を固めたいちごがもう一度こちらを向いて頷いた時の表情は明るい笑顔だった。
「樫野・・・」
妙に感心してしまった三人が情感を込めて繰り返すと、真っ赤になった樫野は憤怒の形相で一人ずつに制裁を加えた。
「お前らもさっさと着替えろ!制限時間ギリギリなんだぞ!」
「着替え・・・?」
樹がはたと首を傾げている間に、男子三人がスピリッツの魔法でたちまち礼装に変身する。
「あ、忘れた」
「・・・!?」
びっくりするほど気の抜けた声を出した樹に、三人は大声をあげるでもなく只只絶句した。数秒後大きく咳き込んだ安堂が恐る恐る口を開く。
「東堂さん、舞踏会だって聞いてたよね・・・?」
「でも最初から二回戦のことだと思っていたからそんな準備していないし、そもそもパリにドレスなんか持って来てないわよ」
「カフェ君、ドレスとか持ってたりしない・・・?」
「僕一回戦の衣装ぐらいしか女の子ものは持ってないよ」
「わたくしも樫野の分しか・・・」
「キャラメルもですぅ」
「あああ、どうしよう・・・」
安堂が何故か樹よりも慌てはじめ、花房が愕然と頭を抱える。
「ドレスコードってまさか減点対象じゃねえよな・・・?」
「そんなんだったら狂っているのは運営の方よ」
樹は地味に怯えている樫野に向かって鼻を鳴らして言い返す。
(みんな、たまに私にスピリッツついてないの忘れてるわよね)
「あれっ、樹ちゃんまだ着替えてないの?」
そこに、隣の部屋で着替えていたいちごが戻ってきた。傍らにくっついて出てくるバニラを見て、ショコラがまっすぐに近づいて行く。
「そうだ、バニラは持ってますわよね、いちごの衣装!」
「え、なんのこと?」
「舞踏会のドレスのことですわ!」
「・・・あ、忘れてた!」
「どいつもこいつも・・・」
苛々と奥歯を噛みしめる樫野の様子と樹を見比べて、いちごも何となく状況を察する。それに対して、とうの樹は落ち着いたもので、いちごの着こなしを素早く確認してからチョコレートのバラで作られた仕上げの花冠をそっといちごの頭に被せた。
今宵の舞台はあくまで二回戦、樹にとってはいちごさえ完璧であればそれで良かった。
「どうってこと無いわよ。私このままコックコートで行くわ。これがパティシエールの正装よ!」
「なんか樹ちゃんかっこいい!」
ドヤ顔で言い切った樹の立ち姿があまりに堂々としているので、四人は思わず安心してしまった。
「ほら、こんなことに時間かけてる場合じゃないわよ!」
樹はそう言うと、先陣を切って駆け出して行った。その勢いに釣られるように四人も走り出す。
急ぎながらも樹は何故だか気持ちがよかった。
仲間と全速力で向かって行く道の先が、こんなにも広く明るい場所なのだから。