37話 一夜限りのプリンセス
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アンリ先生がチームいちごのために用意していたキッチンは休業中のパティスリーらしき場所だった。課題のドレスはチョコレートで成形した後に、実際に着用できるようスイーツマジックをかけることになっている。
「ここは僕の出番だね」
真っ先にそう言い切ったのは花房だ。
「衣食住のコーディネーターを目指している僕は、当然衣装にも自信があるよ。デザインなら任せて!」
男子中学生の割には華美が過ぎるモチーフが特徴的な花房自身の私服は、ときにセンスが悪いのか良すぎるのかと物議を醸すことがあるが、ことロマンティックが過ぎるほどがちょうど良いドレスのことならばこれほど信頼できる人間はいなかった。
「チョコレートのドレスなんて、ロマンチックだね!ねえねえ、どんなのにする?」
これまでとは趣向が異なるこの二回戦に花房に次ぐ興味を示したのはいちごだ。
「アイデアはあるよ———山ほどね」
花房は不敵な笑みを浮かべる。得手不得手をよく理解している樫野は安堂を連れてチョコレートの買い出しに向かったので、残った三人の中心にはスケッチブックが広げられた。
「舞踏会といえばやっぱりお姫様みたいなドレスがいいなあ・・・シンデレラみたいな!」
「シンデレラか・・・一夜限りのプリンセス、華々しい舞踏会の会場中をその可憐さで虜にする幸福な女の子のお話だね」
「魔法にかかる前のシンデレラは夢見る蕾、カラーはぱあっと花が咲くようなピンク色がいいと思うの!それに贅沢なフリル、バラ色満開のシンデレラの幸福を表現したいの!」
「とても良いと思うよ。袖とスカートにはふくらみをもたせて柔らかい雰囲気になるといいな」
「可憐さなら、これぐらい淡い色味の色がいいんじゃないかしら。裾の丈もクラシカルなものよりも少しだけ短めにするといいと思うわ」
話し合いと共にデザイン案は着々と纏められていった。ことデザインに絞って議論を重ねたことはあまり無かったため、樹にとってそれは新鮮な経験だった。そして、花房の発する言葉の節々に満ちている美意識とスケッチブックに向かう真摯な眼差しを意識する度に樹の心は僅かに高揚した。
「うん!こんなドレスならシンデレラもステキな王子様に巡り会えるよ!」
完成したドレス案を見ていちごは満足そうに頬に手を当てながら言った。
「いちごが想像しているのはどんな王子様?」
「えっとね、王子様ならやっぱりブロンドの髪に青い瞳、眼差しはとっても優しげで・・・」
アンリ先生だな、と樹はひとり勝手に納得する。
「それで、樹ちゃんの王子様は?」
「えっ?」
「やっぱりリック?」
「なんでリック・・・」
唐突に聞いて来たかと思えば、いちごは目の付け所がたまに謎だ。樹は何となく意識的に花房の方を見ないようにしながら、力強く否定する。
「そう?でも樹ちゃん、パリ本校でよく話してるよね。一回戦のときからすごく仲良さそうだなって!」
「いちご、いま王子様の話してないわね?」
「ばれたか・・・だって気になってたんだもん!ね、花房君も気になるよね?」
「彼、まだ諦めてなかったの?」
心無しか冷ややかな声色は、彼が平静を装おうとしすぎたせいだった。樹は何故か責められているようで無意味に緊張する。
「諦める以前の問題だってことはリックも納得してるわよ。話をしているだけでそんな風に見るのはやめなさいよね」
「えへへ、ごめん!」
内心の気まずさを誤摩化すように樹がその後もくどくどといちごに説教していると、買い出しに行った樫野と安堂が帰って来た。早速デザイン画を一瞥した樫野は首を捻る。チョコレートで実際に成形して行くこの先の作業は彼が面舵をとることになるのだ。
「これは、かなり難しいぞ・・・バラの花ひとつひとつもチョコで作るんだろ?技術もいるし、時間もかなりかかる・・・」
「デザイン的には最高だと思うんだけど・・・」
「どうする・・・?もし時間内に完成できなかったら減点される・・・」
脳裏に日本でのグランプリ決勝の頂部のないエッフェル塔が甦っていたのか、安堂は飾りを減らすことを提案しかけたが、その言葉を樫野が遮った。
「いや、これで行こう」
決断は早かった。樹にはもう樫野が先の先まで考えはじめているのだと確信する。
「ドレスの善し悪しは良く分かんねえけど、最高のデザインなんだろ?だったら変えることねえよ。これで勝負しよう」
「樫野ならそう言ってくれると思ったよ」
「こうなったら、さっさと始めましょう!」
「おーっ!」
五人とスピリッツは高々と拳を掲げて作業に取りかかった。