37話 一夜限りのプリンセス
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モン・サン・ミッシェルへ到着すると同時に勢い良く覚醒したいちごは瞬く間に姿を消し、次に樹達の元へ戻ってきた時には土産物独特の装いをしたクッキーの缶を携えていた。
「見て見て!モン・サン・ミッシェル名物のバタークッキーだよ!」
「お前ってほんとよく食うよな・・・」
「せっかくなんだからこれは食べとかなきゃでしょ!」
「ほんとによく食べるわね」
「お前も食うのかよ!」
言葉と裏腹にこっそりいちごが差し出すクッキーに指を伸ばしている樹に樫野は目ざとくツッコミを入れる。その時、耳をつんざくような喧しいプロペラ音が五人の頭上に襲いかかって来た。爆音ともいえるその音に耳を塞ぎながら頭を上げた樹の視界に入ったのは趣味の悪いけばけばしいピンク色をしたヘリコプターの機体だった。
ヘリコプターが徐々に下降してくるのを五人は黙って見守っていた。しかし、その着陸を待たずに勢いよく機体から何かが発射されるように降って来た。
「まーこーとー君!」
「オジョー・・・!?」
ダイナミックにパラシュートで滑空しながら現れたのは小城だ。恐ろしい勢いで樫野を目がけてやってきた彼女だが、あまりの勢いに恐れを成した五人は一様に道を空け、小城は地面にスライディングする形で無様な着地を遂げた。
「つれないわね!あいさつくらい良いじゃない!」
大怪我をしていてもおかしくない倒れ姿から即座に立ち上がった小城は大股でそう言いながらこちらに近づいて来る。
「あいさつ代わりに抱きつかないでください!」
「天野いちご!バタークッキーぐらいではしゃぐなんて、とんだ田舎者ねえ!」
「だっておいしいんだもん!」
「そんな物で喜ぶなんてあなたくらいよ!ああ、恥ずかしい!」
小城の言葉を意にも介さずいちごは我が道を歩き続ける。最早クッキーを頬張る姿に貫禄すら覚え、樹はそれを支援するように思わず小さく頷いた。
「おおおおおお!」
そのとき、遅れて降り立った小城のヘリから三人の男子がイノシシのように飛び出して来た。嬉々として海に向かった彼らは、波打ち際に足をつけてきゃっきゃと水をかけあっている。
「海か?これが海なのか?」
「ああ、海だべホセ!本物の海だべ!」
彼らは小城が買収したアンドラ公国の学園の生徒だ。生徒数三人という驚異的な過疎化に悩まされる分校育ちの彼らは、それまでの機材も場所も先生にも恵まれない環境が小城の買収によって一変して人並みの教育を受けられるようになったことにひどく感謝し、小城のリーダー権の下で世界大会に出場することを喜んで引き受けたらしい、というのが樹の知っているところだった。
(それがあの・・・)
今まで海を見たことがないのだと言って感動に泣いたり笑ったり踊ったりしている彼らの様子に小城は恥じ入っているようだった。確かに相当恥ずかしい光景だが、悪い人でないということだけはすぐに分かる。鮎川の件で疑り深くなっていた他のメンバーも、心無しか安心したような表情を見せていた。
「それにしても、どうして小城先輩がいるんですか」
「招待状が来たからよ!」
少し得意気に小城はどこからともなく上等そうな封筒を取り出した。
「それ、あたし達にも来ました!8時からの仮面舞踏会!」
いちごが全く同じ封筒を鞄から取り出してみせる。小城が訝しげな顔をしたその時、白いスーツを着込んだすらっとした体躯の女性が姿を現した。
「みなさん、お揃いですね。チームいちご、チーム小城」
「はい・・・!」
少し驚きながらも一同はまばらに返事をした。見たことがない女性だが、どうやら大会関係者のようだった。ついてくるように促されるままに店のひしめく石造りの参道を進んで行き、最後に長い階段を上り終えると、そこはもう聖堂の内部であった。
「ようこそ、モン・サン・ミッシェルへ。長旅お疲れさまでした」
聖堂の主か何かのような佇まいで待っていたのはアンリ先生だった。同時に、秘書として先ほどの女性を紹介される。名前をシュリさんといい、一介のパティシエの枠を超えるアンリ先生の仕事をサポートする頼れる女性のようだった。突如目の前に現れたアンリ先生に、いちごの頭は疑問で埋め尽くされているらしかった。
「先生が招待状を出したんですか?」
「ええ、その通りです」
「両チームをわざわざこんなところに呼び出すからには、ただのパーティーでじゃないんでしょう?」
対して、樫野が冷静に切り込むと、アンリ先生は余裕げに笑みを浮かべた。
「今日ここで、世界ケーキグランプリの準決勝を行います」
「えっ?」
それは唐突な宣言だったが、あらかた目星がついていた者たちは澄ました顔でその言葉を飲み込んだ。して、舞踏会で披露することになる課題とはどのようなものなのか。アンリ先生はそれぞれの反応の違いに笑みを見せたまま、続けた。
「課題は、チョコレートでパーティドレスを作ることです。タイムリミットは今夜8時。舞踏会の始まりの鐘が鳴り終わるまでです。舞踏会には多勢のお客様がやってきます。皆様を楽しませるドレスを作ってください」