37話 一夜限りのプリンセス
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パリからモン・サン・ミッシェルまでの道のりは長い。モンパルナスの駅から電車で2時間、そこからバスに乗り換えて1時間かかる。出発の時間が早かったのはそのためであった。
電車ではさすがに眠っていた一同だが、バスに乗ってからはすっかり目を覚まして次第に海へ近づいて行く車窓の景色を楽しんでいた。いちごを除いて。
「いつ見ても気持ち良さそうに寝るなあ、いちごちゃんは」
「いつでもどこでも眠れるなんて、器用だね」
道のりも半分を過ぎ、ようやく眼前に小さく目的地の特徴的なシルエットの建造物が現れたというのに、いちごは樹の肩に寄りかかって眠りこけていた。重いので窓側に倒れてもらおうと最初の方は地味な抵抗を続けていた樹も、既に諦めている。
「ふああ・・・ボンボンショコラだ、おいしそ・・・」
「こいつ、夢の中でも食べてるのか・・・!」
気ままな寝言を漏らすいちごの口から今にも涎がこぼれそうだ。樹はティッシュペーパーをいつでも取り出せるように鞄のポケットに手をかけながらいちごの口元を警戒する。「子守りの婆さんだな」と小さく呟いた樫野を横目でしっかりと睨みつつ、樹は見張りに戻って行く。
「樹ちゃんも寝ていいんだよ?」
「眠くないわ」
左隣から花房が何か言ってくるが、忙しい樹は素っ気ない返事を寄越す。樹の物事に対する集中の仕方は時として残酷なほど徹底的である。安堂はドンマイと花房の背中を軽く叩いた。
「それより花房くんは眠くないの」
ふと安堂に苦笑を向けていた花房にそんな声がかけられる。花房は思っても見なかったというような顔で、きょとんと樹の左肩に目を落とす。
「え、いいの?」
「え、何が?」
「お前何考えてんだよ」
樹の変わらない表情と樫野の呆れた声に、花房は残念そうに肩をすくめる。肩を借りて眠るいちごが少し羨ましいだなんていうのは幼稚すぎただろうか。そんなことを思っていると、花房の右肩がそっと指で突かれた。少し驚いてそちらを見ると、目を合わせた樹が少し晴れた表情で微笑んでいる。
「綺麗ね」
樹は窓の外を指差してそう言うと、またいちごの監視に戻る。仏頂面でいちごの面倒を見ているだけかと思ったけれど案外浮かれているらしい。花房はそれに気づいて、思わず頬を緩めた。