36話 思い出の味
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「三ツ星パティスリーのシェフへのお礼がスイーツって・・・つくづくいちごはチャレンジャーね」
「樹ちゃんも同じ事考えてたくせに!」
最終日の朝食の席に二人が持ち込んだのは、夜に自分たちで作ったスイーツだった。ガナッシュにカスタード、それにオレンジのコンポートを乗せて焼き上げたタルト・オ・ロランジュ。
ムッシュ・ブランは、オレンジの果実の断面を見たのが生まれて初めてであるかのように、一目見た瞬間そのタルトに釘付けになった。あまりに驚いた様子なので樹は少しだけ怯みそうになったが、息を吐いていつものように言葉を発した。
「・・・実習でお世話になったので」
「二人で作った、タルト・オ・ロランジュです!気に入ってもらえると嬉しいんですけど・・・」
「———そうか。じゃあ、いただこう」
意外にも、ムッシュ・ブランは怪訝な反応をせずに素直にフォークを入れた。
大丈夫、拙い所はどこにもない。
緊張して汗ばむ指を組みながら、樹はムッシュ・ブランの様子を見守る。
少しだけれど、彼から教わった技術は活きているはずだ。
貴方は、この香りからどんな記憶を見つけるだろうか。
「・・・!」
ゆっくりと、咀嚼する口の動きが止まる。
突然、ムッシュ・ブランの青い瞳に涙が滲んだ。
その反応に、樹といちごは慌てたが、彼の口元は震えながらも言葉を発そうとしていた。
「ミシェルの・・・妻の、タルト・オ・ロランジュ・・・ショコラのガナッシュといい、オレンジのコンポートといい、亡くなった妻のタルト・オ・ロランジュだ・・・!」
樹といちごは目を見開く。
オレンジとチョコレート、二つが重なったのは単なる偶然だった。いちごが作ったオレンジのコンポートは、かつて祖母の店で見たパウンドケーキに盛りつけられた、果実の瑞々しさと甘さをいっそう引き立てるような味付けを意識したもの。樹のガナッシュは、幼い頃感じた少しのほろ苦さを保ちながらもオレンジに合わせて口当たりの軽い出来に仕上げたものだった。
そして、眼鏡の奥の目を細めたムッシュ・ブランは、今まで語らなかった自分自身の話を始めるのだった。
「妻は、オレンジを使ったスイーツが得意だった。だが・・・」
以前は妻と共同経営していた小さな店。
オレンジのスイーツがそこから消えたのは、妻が亡くなってからのことだったという。
いつでも快活さに溢れていた妻を思わせるその色を見るのが辛くて、かといって庭の木を駄目にする事も出来ず、ムッシュ・ブランは悲しみを抱えたままその木と向き合ってきたのだった。
「でも・・・また妻に会う事ができた!・・・ありがとう、いちご、樹」
「ブランさん・・・!」
ムッシュ・ブランが涙を浮かべながら初めて見せた笑みに、感極まったいちごは彼の胸に飛び込んだ。樹は、涙腺が熱くなるのを感じながらその側に佇んでいた。
(私、いつの間にかなれていたのね)
———それはまるで、魔法のように。
「樹ちゃんも同じ事考えてたくせに!」
最終日の朝食の席に二人が持ち込んだのは、夜に自分たちで作ったスイーツだった。ガナッシュにカスタード、それにオレンジのコンポートを乗せて焼き上げたタルト・オ・ロランジュ。
ムッシュ・ブランは、オレンジの果実の断面を見たのが生まれて初めてであるかのように、一目見た瞬間そのタルトに釘付けになった。あまりに驚いた様子なので樹は少しだけ怯みそうになったが、息を吐いていつものように言葉を発した。
「・・・実習でお世話になったので」
「二人で作った、タルト・オ・ロランジュです!気に入ってもらえると嬉しいんですけど・・・」
「———そうか。じゃあ、いただこう」
意外にも、ムッシュ・ブランは怪訝な反応をせずに素直にフォークを入れた。
大丈夫、拙い所はどこにもない。
緊張して汗ばむ指を組みながら、樹はムッシュ・ブランの様子を見守る。
少しだけれど、彼から教わった技術は活きているはずだ。
貴方は、この香りからどんな記憶を見つけるだろうか。
「・・・!」
ゆっくりと、咀嚼する口の動きが止まる。
突然、ムッシュ・ブランの青い瞳に涙が滲んだ。
その反応に、樹といちごは慌てたが、彼の口元は震えながらも言葉を発そうとしていた。
「ミシェルの・・・妻の、タルト・オ・ロランジュ・・・ショコラのガナッシュといい、オレンジのコンポートといい、亡くなった妻のタルト・オ・ロランジュだ・・・!」
樹といちごは目を見開く。
オレンジとチョコレート、二つが重なったのは単なる偶然だった。いちごが作ったオレンジのコンポートは、かつて祖母の店で見たパウンドケーキに盛りつけられた、果実の瑞々しさと甘さをいっそう引き立てるような味付けを意識したもの。樹のガナッシュは、幼い頃感じた少しのほろ苦さを保ちながらもオレンジに合わせて口当たりの軽い出来に仕上げたものだった。
そして、眼鏡の奥の目を細めたムッシュ・ブランは、今まで語らなかった自分自身の話を始めるのだった。
「妻は、オレンジを使ったスイーツが得意だった。だが・・・」
以前は妻と共同経営していた小さな店。
オレンジのスイーツがそこから消えたのは、妻が亡くなってからのことだったという。
いつでも快活さに溢れていた妻を思わせるその色を見るのが辛くて、かといって庭の木を駄目にする事も出来ず、ムッシュ・ブランは悲しみを抱えたままその木と向き合ってきたのだった。
「でも・・・また妻に会う事ができた!・・・ありがとう、いちご、樹」
「ブランさん・・・!」
ムッシュ・ブランが涙を浮かべながら初めて見せた笑みに、感極まったいちごは彼の胸に飛び込んだ。樹は、涙腺が熱くなるのを感じながらその側に佇んでいた。
(私、いつの間にかなれていたのね)
———それはまるで、魔法のように。