36話 思い出の味
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念願での厨房での初仕事はやはりというか洗い物だった。古くからの教えの通り、技は盗むしかないようなので、二人は機敏に手を動かしながらも横目でムッシュ・ブランを観察していた。彼は今、タルト・オ・ノアの生地をボウルから型にとっていた。へらがボウルを数往復すると、空いたボウルはすぐに手近な台の上に置かれた。それを、いちごが弾けるように飛んで行って回収する。しかし、二人でわくわくと中を見るも、生地は全てきれいに掬いとられていた。樹は苦い顔をしたが、いちごの方はなおも諦めずに真剣な目つきで空のボウルに顔を近づける。
「卵とお砂糖、小麦粉が入ってるのは当たり前だよね。あとは・・・アーモンドパウダーに、ちょこっとチーズ入ってる?樹ちゃん、どう思う?」
「うそ、匂いだけじゃなんとも言えないわよ」
樹は驚異的ではあるが妙に説得性のある分析に、うんともすんとも言えず自分もボウルに鼻を近づける。
(・・・ぜんっぜん分からない)
「チーズだと思うんだけどなあ・・・」
いちごも樹の隣にぴったり身を寄せながら再度鼻を利かせる。
「ねえ、あなた警察犬になれるんじゃない?」
「いぬー!?」
樹の言葉にいちごは涙目になって嘆く。しかし、その視界の端でムッシュ・ブランが新たな空きボウルを台に置くと、すかさず動いて手に取った。その反射神経がいよいよ犬のようなので、樹はますます可笑しくなった。
「あっ、今度はクリームが少し残ってるよ!」
「ほんとだわ!」
二人は中を見て小声で歓声をあげた。迷わずに指で掬って口に入れる。
「わーっ!」
思わず漏れ出た声も一致した。
「カシスピューレとリキュールのバランスが絶妙!」
「クリームが濃厚なのに、それが重くならずむしろさっぱり出来上がっているわ!」
ムッシュ・ブランはつまみ食いに盛り上がる二人の様子に気づいていそうだったが、咎めるような態度は少しも見せずにその後も隙がある作業を続けたため、二人は嬉々として彼の菓子作りを学んだのだった。聖マリーで培ってきた感覚は確かなもので、本場のパリにおいてそれが解放できることはひたすらに楽しいものだった。
パティシエの仕事ぶりを夢中で観察している内に、気がつけば日が暮れていた。夜中でも煌びやかな中心街から少し離れているこの店の周りでは、街灯の寂しい灯りしか点らない静かな夜が訪れるのだった。
夕食の支度も二人の見習いたちが担当らしかった。冷蔵庫にあるもので作るようにと指示を受けたいちご達が見つけたのは、ジャガイモに人参、タマネギ、ベーコン。
「えーっ、これだけで?」
いちごは、テーブルに並べられた材料の乏しさに不安げな声をあげる。ただでさえ普段料理はしないというのに、選択肢が少なすぎる。しかし、とにかくやるしかないと頭を働かせた樹には、既に構想が出来上がっていた。
「いちご、ジャガイモ取って」
「何作るの?」
「適当に全部使っちゃうから」
樹は手早くジャガイモの皮を包丁で剥いて行く。いちごはその流れるような包丁さばきに感心した。
「樹ちゃん、野菜も切れるんだ!」
「当たり前でしょ。包丁持ってるんだから」
「ねえ、全部剥くの?」
「ええ、私が剥くからいちごは切ってね」
「うん!向こうでも今頃お料理中かなあ・・・」
いちご達はここでも、三人がホテルで開かれたパーティーのおこぼれにあずかってエビとムール貝の豪華スープにありついていることを知らないでいた。
「卵とお砂糖、小麦粉が入ってるのは当たり前だよね。あとは・・・アーモンドパウダーに、ちょこっとチーズ入ってる?樹ちゃん、どう思う?」
「うそ、匂いだけじゃなんとも言えないわよ」
樹は驚異的ではあるが妙に説得性のある分析に、うんともすんとも言えず自分もボウルに鼻を近づける。
(・・・ぜんっぜん分からない)
「チーズだと思うんだけどなあ・・・」
いちごも樹の隣にぴったり身を寄せながら再度鼻を利かせる。
「ねえ、あなた警察犬になれるんじゃない?」
「いぬー!?」
樹の言葉にいちごは涙目になって嘆く。しかし、その視界の端でムッシュ・ブランが新たな空きボウルを台に置くと、すかさず動いて手に取った。その反射神経がいよいよ犬のようなので、樹はますます可笑しくなった。
「あっ、今度はクリームが少し残ってるよ!」
「ほんとだわ!」
二人は中を見て小声で歓声をあげた。迷わずに指で掬って口に入れる。
「わーっ!」
思わず漏れ出た声も一致した。
「カシスピューレとリキュールのバランスが絶妙!」
「クリームが濃厚なのに、それが重くならずむしろさっぱり出来上がっているわ!」
ムッシュ・ブランはつまみ食いに盛り上がる二人の様子に気づいていそうだったが、咎めるような態度は少しも見せずにその後も隙がある作業を続けたため、二人は嬉々として彼の菓子作りを学んだのだった。聖マリーで培ってきた感覚は確かなもので、本場のパリにおいてそれが解放できることはひたすらに楽しいものだった。
パティシエの仕事ぶりを夢中で観察している内に、気がつけば日が暮れていた。夜中でも煌びやかな中心街から少し離れているこの店の周りでは、街灯の寂しい灯りしか点らない静かな夜が訪れるのだった。
夕食の支度も二人の見習いたちが担当らしかった。冷蔵庫にあるもので作るようにと指示を受けたいちご達が見つけたのは、ジャガイモに人参、タマネギ、ベーコン。
「えーっ、これだけで?」
いちごは、テーブルに並べられた材料の乏しさに不安げな声をあげる。ただでさえ普段料理はしないというのに、選択肢が少なすぎる。しかし、とにかくやるしかないと頭を働かせた樹には、既に構想が出来上がっていた。
「いちご、ジャガイモ取って」
「何作るの?」
「適当に全部使っちゃうから」
樹は手早くジャガイモの皮を包丁で剥いて行く。いちごはその流れるような包丁さばきに感心した。
「樹ちゃん、野菜も切れるんだ!」
「当たり前でしょ。包丁持ってるんだから」
「ねえ、全部剥くの?」
「ええ、私が剥くからいちごは切ってね」
「うん!向こうでも今頃お料理中かなあ・・・」
いちご達はここでも、三人がホテルで開かれたパーティーのおこぼれにあずかってエビとムール貝の豪華スープにありついていることを知らないでいた。