36話 思い出の味
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パティシエ服に着替えた二人は、まず店頭での手伝いをすることになった。接客と掃除を分担するように言われて、樹はいちごに接客を任せた。コミュニケーション面で圧倒的なポテンシャルを誇るいちごなら自分よりも頼りになると思ったのだ。
「あ・・・」
しかしいちごは今、愛想と勢いだけでは乗り切れない事態に陥っていた。
「あははは・・・パリジャンってどれかな?パンの名前ってあんまり知らないし・・・」
頬を掻きながら苦笑いするも、女性客は不安げに言葉を詰まらせるだけだった。ちらりと入り口の方向に目をやると、丹念に窓拭きをしている樹と目が合った。
「いちご、早くしないと!お客さん困ってるわよ!」
「わ、分かってるよー!」
反射的に言い返してしまったいちごは、ますます混乱する。
「あっ・・・パリジャンよりも、こちらのパン・オ・レザンはどうですか?お日様を浴びてしっとり甘くなったレーズンが、のんびり牧場で育った牛のミルクを使ったデニッシュに包まれて・・・!気分はもうブルゴーニュ!」
不意に飛び出したいちごお得意の独創的な言い回しに、樹は思わず閉口した。女性客もこれには参ったようで、苦々しい表情を浮かべたまま硬直してしまう。ムッシュ・ブランが厨房から出てきたのはそのときだった。彼は女性客の応対を鮮やかに済ませると、眼鏡の奥から二人を睨んだ。
「・・・すみません、ムッシュ・ブラン!」
いちごは慌てて頭を下げる。樹も隣に駆け寄り、一緒になって頭を下げた。ムッシュ・ブランは厳しい声色で、静かに宣告した。
「お前達にはもっとふさわしい仕事をやろう」
「えっ・・・」
二人が追いやられたのは、店の最奥部にある薄暗い貯蔵庫だった。厨房から遠く離れたこんな場所に来させられては、かなりの役立たずと思われたに違いなかった。その暗さに調和するように機嫌を落としたような樹とは対照的に、しかしいちごはここでも棚に並んだ色鮮やかなコンフィチュールに目を輝かせていた。
「わーっ!レモンジャム、爽やかー!ねえ、倉庫って色々な材料があって楽しいね!」
「うっとりしてないで、小麦粉運ぶの手伝いなさいよ!」
「あ、ごめん!」
いちごは慌てて袋を抱えて、樹が袋を置いた上に重ねる。前髪を払いながら息を吐く樹が怒っているのかも分からずに、いちごはおずおずと口を開く。
「樹ちゃん、あたしのミスで店頭から追い出されちゃってごめんね・・・」
樹は、急にしゅんとした様子のいちごを見て両の目を瞬かせた。かと思うと、少し気まずそうに視線を逸らす。
「いや、えっと・・・私も悪かったから」
「え?あたし、樹ちゃんの言い方きついの慣れてるし・・・」
いちごは、客への応対を急かされた時の言葉を思い返してきょとんとした顔で言う。
「は?きつい?」
樹は低い声で呟く。どう考えても素の声だったので、いちごは間違えたと自分の判断を呪った。
「ああ、ごめんなさい。じゃなくて・・・私、自分が失敗したくなくていちごに接客を押し付けていたから」
「・・・それって」
急にしおらしくなった樹の言葉を暫し考えたいちごはくすりと笑う。
「樹ちゃんって、悪い人になれないタイプってやつ?」
「え?何よ」
「あたしは全然気にしないよ!安心して!もし樹ちゃんが接客の方にいたら、あたし窓割っちゃったり水こぼしちゃったりしてたと思うし!そっちの方が断然ひどいよね!」
「いちご、全く安心できないんだけど・・・」
あっけらかんと言い切ったいちごに渋い視線を送りながらも、樹は安心したように息を吐いた。その息の吐き方もよく知っているいちごは、にっこりと笑顔を浮かべた。
その後もいちごの明るさに押されるように作業は進み、倉庫はだんだんと整った姿になってきた。倉庫の入り口前を通り過ぎたムッシュ・ブランに目ざとく視線をやった樹は声を落とす。
「とにかく厨房に入らないと意味が無いわ。店頭はいいのよ、店頭は・・・」
もはや技術の亡者のようにも見える樹をそばに、いちごはふと考える。
「樫野たちはどうしてるかなあ?」
「あっちも似たようなもんじゃないの」
一方のスイーツ王子たちの配属先は泣く子も黙る超高級ホテルであったことを、二人は知らないのだった。ましてや早々と彼らが厨房にあがりこんで若手のパティシエたちにちやほやされていることなど、二人が思う由も無かった。
「あ・・・」
しかしいちごは今、愛想と勢いだけでは乗り切れない事態に陥っていた。
「あははは・・・パリジャンってどれかな?パンの名前ってあんまり知らないし・・・」
頬を掻きながら苦笑いするも、女性客は不安げに言葉を詰まらせるだけだった。ちらりと入り口の方向に目をやると、丹念に窓拭きをしている樹と目が合った。
「いちご、早くしないと!お客さん困ってるわよ!」
「わ、分かってるよー!」
反射的に言い返してしまったいちごは、ますます混乱する。
「あっ・・・パリジャンよりも、こちらのパン・オ・レザンはどうですか?お日様を浴びてしっとり甘くなったレーズンが、のんびり牧場で育った牛のミルクを使ったデニッシュに包まれて・・・!気分はもうブルゴーニュ!」
不意に飛び出したいちごお得意の独創的な言い回しに、樹は思わず閉口した。女性客もこれには参ったようで、苦々しい表情を浮かべたまま硬直してしまう。ムッシュ・ブランが厨房から出てきたのはそのときだった。彼は女性客の応対を鮮やかに済ませると、眼鏡の奥から二人を睨んだ。
「・・・すみません、ムッシュ・ブラン!」
いちごは慌てて頭を下げる。樹も隣に駆け寄り、一緒になって頭を下げた。ムッシュ・ブランは厳しい声色で、静かに宣告した。
「お前達にはもっとふさわしい仕事をやろう」
「えっ・・・」
二人が追いやられたのは、店の最奥部にある薄暗い貯蔵庫だった。厨房から遠く離れたこんな場所に来させられては、かなりの役立たずと思われたに違いなかった。その暗さに調和するように機嫌を落としたような樹とは対照的に、しかしいちごはここでも棚に並んだ色鮮やかなコンフィチュールに目を輝かせていた。
「わーっ!レモンジャム、爽やかー!ねえ、倉庫って色々な材料があって楽しいね!」
「うっとりしてないで、小麦粉運ぶの手伝いなさいよ!」
「あ、ごめん!」
いちごは慌てて袋を抱えて、樹が袋を置いた上に重ねる。前髪を払いながら息を吐く樹が怒っているのかも分からずに、いちごはおずおずと口を開く。
「樹ちゃん、あたしのミスで店頭から追い出されちゃってごめんね・・・」
樹は、急にしゅんとした様子のいちごを見て両の目を瞬かせた。かと思うと、少し気まずそうに視線を逸らす。
「いや、えっと・・・私も悪かったから」
「え?あたし、樹ちゃんの言い方きついの慣れてるし・・・」
いちごは、客への応対を急かされた時の言葉を思い返してきょとんとした顔で言う。
「は?きつい?」
樹は低い声で呟く。どう考えても素の声だったので、いちごは間違えたと自分の判断を呪った。
「ああ、ごめんなさい。じゃなくて・・・私、自分が失敗したくなくていちごに接客を押し付けていたから」
「・・・それって」
急にしおらしくなった樹の言葉を暫し考えたいちごはくすりと笑う。
「樹ちゃんって、悪い人になれないタイプってやつ?」
「え?何よ」
「あたしは全然気にしないよ!安心して!もし樹ちゃんが接客の方にいたら、あたし窓割っちゃったり水こぼしちゃったりしてたと思うし!そっちの方が断然ひどいよね!」
「いちご、全く安心できないんだけど・・・」
あっけらかんと言い切ったいちごに渋い視線を送りながらも、樹は安心したように息を吐いた。その息の吐き方もよく知っているいちごは、にっこりと笑顔を浮かべた。
その後もいちごの明るさに押されるように作業は進み、倉庫はだんだんと整った姿になってきた。倉庫の入り口前を通り過ぎたムッシュ・ブランに目ざとく視線をやった樹は声を落とす。
「とにかく厨房に入らないと意味が無いわ。店頭はいいのよ、店頭は・・・」
もはや技術の亡者のようにも見える樹をそばに、いちごはふと考える。
「樫野たちはどうしてるかなあ?」
「あっちも似たようなもんじゃないの」
一方のスイーツ王子たちの配属先は泣く子も黙る超高級ホテルであったことを、二人は知らないのだった。ましてや早々と彼らが厨房にあがりこんで若手のパティシエたちにちやほやされていることなど、二人が思う由も無かった。